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 おやじ達は、「日本夜景100選」の「弓張岳展望台」から佐世保の夜景を見て、地元で人気の居酒屋「さかな市場」で食事を終え、すぐ近くにあるジャズバー「イーゼル」に向かいました。<br /><br /> 今回の「旅」の打ち上げにここを選んだのですが、今夜は「ライブ演奏」があり、店内は満員で入ることが出来ず、外の階段までお客さんがあふれていて残念ながら「佐世保のジャズバー」を経験することができませんでした。<br /><br /> そして、ホテルの近くまで来て上の方を見ると、淡いエメラルドグリーンにライトアップされた「三浦町カトリック教会」が見えてきました。<br /><br /> 翌朝、全景を見る為、向かい側の道路に渡り、高台に建つこの教会を写真に収めました。           明治32年市内に建てられ、昭和6年にこの場所に移築され、又、戦時中は軍の命令で敵機からの空爆を避ける為、外壁をコールタールを塗り、「黒の教会」と呼ばれた時期もあったとのことです。<br /><br /><br /> そして、4日目(最終日)の予定地、島原半島に向かいました。<br />途中、国道251号線国見町・神代にある「国指定重要文化財 鍋島邸」に寄りました。<br /><br /> 江戸中期に建てられた武家屋敷と明治以降の近代和風建築とが相まった建物と、3000?の庭園は見ごたえがあり観光バスのコースに入っているのもうなずけます。<br /> <br /> ちょうど、昨日・今日は国見町・神代小路「緋寒桜(ひかんざくら)の郷まつり」で、いろいろなイベントが予定されていて、駐車場もほぼ満車でした。<br /><br /> 又、251号線に戻り30分ほどで島原市内に入り「島原城」が見えてきました。<br />島原城は1618年から7年の歳月を費やして築いたもので、城内にはキリシタン関連の資料が展示してあるとのことです。<br /><br /><br /> それからすぐ近くにある「島原武家屋敷」別名「鉄砲町」に到着。<br /><br />その「鉄砲町」のいわれとして、ここ「島原武家屋敷」には25坪の藁葺きの住居が690戸あり、ほとんどの武士が「鉄砲」を担いで戦いに行く徒歩(かち・歩兵)が住んでいたところからからきているようです。<br /><br /> そして、武家屋敷の道路の中央には2k先の湧水から引いてきた、長さ406.8m、水路幅50?の生活用水が設備されていて、又、当時、各屋敷内では柿・枇杷・梅・蜜柑類の果実を植え、匹季の果物は自給していたとのことです。<br /><br /> <br /> 現在、山本邸・篠塚邸・島田邸の3つの屋敷が無料開放されており、休憩所も備えられていました。<br /> <br /><br /> <br />                        最終編に続く<br /><br /> <br /><br /><br /> <br /><br /><br /> <br /><br /><br /> 

「おやじ3人旅」 長崎編 パート8

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2011/02/24 - 2011/02/27

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ミッキー

ミッキーさん

 おやじ達は、「日本夜景100選」の「弓張岳展望台」から佐世保の夜景を見て、地元で人気の居酒屋「さかな市場」で食事を終え、すぐ近くにあるジャズバー「イーゼル」に向かいました。

 今回の「旅」の打ち上げにここを選んだのですが、今夜は「ライブ演奏」があり、店内は満員で入ることが出来ず、外の階段までお客さんがあふれていて残念ながら「佐世保のジャズバー」を経験することができませんでした。

 そして、ホテルの近くまで来て上の方を見ると、淡いエメラルドグリーンにライトアップされた「三浦町カトリック教会」が見えてきました。

 翌朝、全景を見る為、向かい側の道路に渡り、高台に建つこの教会を写真に収めました。           明治32年市内に建てられ、昭和6年にこの場所に移築され、又、戦時中は軍の命令で敵機からの空爆を避ける為、外壁をコールタールを塗り、「黒の教会」と呼ばれた時期もあったとのことです。


 そして、4日目(最終日)の予定地、島原半島に向かいました。
途中、国道251号線国見町・神代にある「国指定重要文化財 鍋島邸」に寄りました。

 江戸中期に建てられた武家屋敷と明治以降の近代和風建築とが相まった建物と、3000?の庭園は見ごたえがあり観光バスのコースに入っているのもうなずけます。
 
 ちょうど、昨日・今日は国見町・神代小路「緋寒桜(ひかんざくら)の郷まつり」で、いろいろなイベントが予定されていて、駐車場もほぼ満車でした。

 又、251号線に戻り30分ほどで島原市内に入り「島原城」が見えてきました。
島原城は1618年から7年の歳月を費やして築いたもので、城内にはキリシタン関連の資料が展示してあるとのことです。


 それからすぐ近くにある「島原武家屋敷」別名「鉄砲町」に到着。

その「鉄砲町」のいわれとして、ここ「島原武家屋敷」には25坪の藁葺きの住居が690戸あり、ほとんどの武士が「鉄砲」を担いで戦いに行く徒歩(かち・歩兵)が住んでいたところからからきているようです。

 そして、武家屋敷の道路の中央には2k先の湧水から引いてきた、長さ406.8m、水路幅50?の生活用水が設備されていて、又、当時、各屋敷内では柿・枇杷・梅・蜜柑類の果実を植え、匹季の果物は自給していたとのことです。

 
 現在、山本邸・篠塚邸・島田邸の3つの屋敷が無料開放されており、休憩所も備えられていました。
 

 
                        最終編に続く

 


 


 


 

同行者
友人
一人あたり費用
5万円 - 10万円
交通手段
レンタカー ANAグループ
旅行の手配内容
個別手配
  • 今日、日曜日のこの時間は中で「ミサ」が行われています。

    今日、日曜日のこの時間は中で「ミサ」が行われています。

  • 佐世保駅近くにある「三浦町カトリック教会」。                 (正式名称は聖心天主堂)

    佐世保駅近くにある「三浦町カトリック教会」。                 (正式名称は聖心天主堂)

  • キリスト像が見えます。

    キリスト像が見えます。

  • 鍋島邸・長屋門入口。

    鍋島邸・長屋門入口。

  • 鍋島邸正面玄関。

    鍋島邸正面玄関。

  • 鍋島邸と庭園。(写真を撮影)

    鍋島邸と庭園。(写真を撮影)

  • 今日は、国見町「緋牡丹桜の郷まつり」とあって、観光バスを含め観光客が多かったです。

    今日は、国見町「緋牡丹桜の郷まつり」とあって、観光バスを含め観光客が多かったです。

  • 鍋島邸に緋寒桜が3本植樹されていて、最古のものは、樹齢85年以上とのことです。

    鍋島邸に緋寒桜が3本植樹されていて、最古のものは、樹齢85年以上とのことです。

  • 一番大きな緋寒桜。<br />今年は咲が一週間ほど遅れているようです。

    一番大きな緋寒桜。
    今年は咲が一週間ほど遅れているようです。

  • 鍋島邸母屋。

    鍋島邸母屋。

  • 母屋の前庭。

    母屋の前庭。

  • 山の斜面を利用した立体的庭園。

    山の斜面を利用した立体的庭園。

  • 山の斜面から見た鍋島邸。

    山の斜面から見た鍋島邸。

  • 山の頂から見た鍋島邸。

    山の頂から見た鍋島邸。

  • 鍋島邸には洋風の植物も植えてあります。

    鍋島邸には洋風の植物も植えてあります。

  • このようなハッピを着た人が数人いて、パンフレットを配っていました。

    このようなハッピを着た人が数人いて、パンフレットを配っていました。

  • 国道251号線、国見町の街路灯には何キロにもわたり、サッカーボールの街路灯を見ることができました。

    国道251号線、国見町の街路灯には何キロにもわたり、サッカーボールの街路灯を見ることができました。

  • 島原城は、ここ東側の堀からの眺めがベストポイントです。

    島原城は、ここ東側の堀からの眺めがベストポイントです。

  • 車はここ「武家屋敷車置所」に止めます。(無料)

    車はここ「武家屋敷車置所」に止めます。(無料)

  • 島原城西に建設された690戸の「島原藩士屋敷図」。

    島原城西に建設された690戸の「島原藩士屋敷図」。

  • 車置所からすぐ近くにある、明治元年に建設された「山本邸」武家屋敷。<br />

    車置所からすぐ近くにある、明治元年に建設された「山本邸」武家屋敷。

  • 山本家は城主からの信任が厚く、幕末まで13代の城主に仕えたとのことです。

    山本家は城主からの信任が厚く、幕末まで13代の城主に仕えたとのことです。

  • 篠塚邸武家屋敷の玄関。

    篠塚邸武家屋敷の玄関。

  • 篠塚家は「物書きや代官」を勤めたとのことです。

    篠塚家は「物書きや代官」を勤めたとのことです。

  • 屋敷坪数は90坪で住居は25坪とのことです。

    屋敷坪数は90坪で住居は25坪とのことです。

  • 平成元年「郷土資料館」として開館。<br />各種資料や民具が陳列されているとのことです。

    平成元年「郷土資料館」として開館。
    各種資料や民具が陳列されているとのことです。

  • 南北に通じる各丁の道路の中央には水路を設け、清水をを引いて生活用水に利用していたとのことです。

    南北に通じる各丁の道路の中央には水路を設け、清水をを引いて生活用水に利用していたとのことです。

  • 長さ406.8m・水路幅50?の生活用水。<br />流れている水はキレイですが、現在は飲むことは出来ないようです。<br />

    長さ406.8m・水路幅50?の生活用水。
    流れている水はキレイですが、現在は飲むことは出来ないようです。

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