2008/01/01 - 2008/01/03
210位(同エリア327件中)
松村博司さん
昨日、最後に訪れる予定でしたがタイムアウトで行くことができなかった島原城。
朝9時のオープンを待っての登城です。
実質4万石の島原藩にあり得ないほどの巨大な城郭。
これは本丸だけというのだからさらに驚き^^;
実際には火山地域と言うこともあり土地がやせていたため表高よりもさらに年貢高は低かったようです。
しかし、幕府には見栄を張り10万石で申告。
そりゃ、暴動も起きますわね^^;
そしていよいよ天守閣。
初日、正月休みが続いた今回の旅。
二日目の一発目、島原城にて初めてお金を払って天守閣内の資料館に侵入。
そして同じ本丸内にある観光復興記念館へ。
時間を忘れて展示物に没頭。
気がつけば2時間弱も島原城にいたことになります^^;
当初の予定では朝から長崎市街地を観光する予定でしたが、もうすでにこの時点で絶望的になってきた?
挫折禁止(松村博司の貧乏旅日記)
「有明の周辺で明けおめを叫ぶ旅」
http://bonkuraii.blog56.fc2.com/blog-category-48.html
- 同行者
- 友人
- 一人あたり費用
- 5万円 - 10万円
- 交通手段
- 自家用車
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8時チェックアウト後、9時オープンの島原城に合わせてまゆやまロードで時間をつぶした私たち。
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GSユアサさん、値上げの連続で我が社でもバッテリーが売れなくて困ってます><
2008年一年間でバッテリーの価格、倍になりましたね。
本当にすごい一年でした^^; -
とアホなことを言っているうちに看板も見えてきました。
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最寄りの駐車場に駐車。
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とりあえず、お金を入れたのですが・・・
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城から帰ってもそのままでしたし、どうやら本日はお正月休みだったようです^^;
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おりゃ!
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気合いを入れて、ここからお城まで歩いていくぜ!
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と気合いを入れるまもなく見えてきました島原城w
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正面、天主を隠しているのが巽の櫓、ってでかすぎ^^;
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上の二枚の写真は本丸、今私たちが歩いているのが二の丸です。
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そもそもこの島原は4万石ちょっとの石高しかありません。
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私の地元の岡山城は宇喜多、小早川時代が入封したときに50万石台、池田氏になってからは31万石ほどですよ?
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そもそも岡山藩の家老たちは3万石だの2万石だの島原の石高並みだったんです。
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4万石でこの城は確かにやりすぎですわね。
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で、ちゃんと通路があったので堀に降りてみました。
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結構な迫力で。
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そもそもこの地に転封してた松倉氏は元々12万石の家臣団を持つ大名だったそうです。
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その大名が4万石の土地に引っ越してくればどうなるか。
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余談ですが、おめでと〜。
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話を戻しますが、これで松倉氏も節制するなり、町の開発や産業のてこ入れなど政に力を注げばよかった物を^^;
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とはいえ、この頃には大名家は参勤交代と公儀普請役の負担でどこの藩も財政的にかなり切迫していたようです。
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入り口発見、てか気がついたら堀を一周してしまった^^;
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地域によっては村ごと村民が蒸発する事件も多発して、幕府もその対策に伝令を出したばかりの出来事でした。
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松倉勝家が斬首され、後世宗教戦争としての色合いを強めていったのも、この乱がそもそも幕府の大名家に対する締め付けに端を発した物だと言うことを隠そうとしたためとも言われています。
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結果としてこの乱で、日本は鎖国を完成させキリシタン弾圧はどんどん厳しくなっていったのです。
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で、本丸までやってきました。
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てか駐車場あるじゃん^^;
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まあ、島原城はやっぱり最初に見た巽の櫓と天守閣のセットって言うのがお約束ですし、そこの写真が撮れたのだから文句はありません。
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時間は9時15分という事で少しオーバーしてしまいました。
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とはいえ中にはいるために時間を調整してきたのですから、とっとと中に入りましょう!
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天守閣は鉄筋コンクリート製で昭和39年の再建。
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内部は資料館になっています。
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てなわけで入場料は共通券で520円。
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その時に貰った冊子です。
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島原藩や深溝松平家をはじめとする藩主に関する資料をいろいろ展示しているのですが、やはり見所はキリシタン関係でしたね。
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てか、本来なら前日の天草でいろいろ資料館を見ることができているはずなので、私たちがここでみた資料に感動していたのはちょっと違うような気がします^^;
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今にして思えば、さんざんキリシタン関連の史跡を回りながらちゃんとした資料を初めて目にすることが出来た感動というのが正直なところだと思います。
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ちなみに2階からは撮影禁止でした。
後先考えず、資料に没頭する私とトド君・・・ -
そして天守閣最上階からの眺めです。
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200年前、島原大変肥後迷惑で崩落した眉山ですが、今でも崩落の爪痕がはっきりわかります。
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そして熊本方面、あれは阿蘇山ですかね?
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そして南島原から天草方面。
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その後、天守閣脱出。
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かなり見応えがあり、天守閣を出たときにはすでに10時になっていました・・・
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しかもまだまだ続くよって感じ^^;
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共通券ということでしたが、天守閣の資料館とともに西望記念館、観光復興記念館もセットになっています。
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西望記念館は地元出身、近代美術家の彫刻を展示しているようですが時間がないのでパス。
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とりあえず、観光復興記念館だけ見ることにします。
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そして民俗資料館。
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無料なのですが時間がないので、こちらもパス。
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近代の暮らしが偲ばれるって、松江や高梨で見た資料館と似たような物だと勝手に予想w
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てなわけでパス><
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観光復興記念館は平成の雲仙・普賢岳噴火と島原被災の資料が展示しているようなのでそれだけは時間無くても見に行くべし!
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で、入り口の写真を取り忘れていました^^;
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中にはいると手延べそうめんで作った島原城がお出迎え。
そう、私と島原手延べそうめんは切っても切れない関係なのです?
今年も我が社では6月の一ヶ月間、島原の手延べそうめんを販売します。
このブログを見ている知人の皆様、今年もなにとぞよろしくお願いします><
(2009年も無事、目標個数を販売することができました。ありがとうございます〜) -
あほ事はこのくらいにして復興記念館です。
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こうして見ると、島原その物が一つの山のようになっているように見えます。
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これを見ていろいろ思うところはあるのですが、私的にはいまだに生々しく残る眉山の崩落跡が、ディオラマによってさらにはっきりとわかって、噴火も恐ろしいと感じつつも、これだけ巨大な山が崩れるのだと、思わず身震いがする思いです。
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今でも鮮明に記憶に残る火砕流、土石流の写真パネル。
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これだけ映像としてはっきりと火砕流がとらえられたことはかつて無かったそうで、今後の火山の研究にとって非常に貴重な資料になっているそうです。
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活動再開から5年間、断続的に発生した火砕流と降り積もった火山灰による土石流により、大きな被害を出しました。
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その火砕流が通った後、残った物です。
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樹脂製のガードレールが見るも無惨な姿になっています。
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いかに火砕流が高温だったかを物語る展示物ですね。
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思わず目頭が熱くなった中学一年生の女の子の作文。
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自衛隊の災害派遣としては史上最長、延べ1658日間という期間でした。
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このように映像でも見ることができます、てか見入ってしまいました^^;
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入り口付近を撮影、非常に見所満載で時間を忘れて見入ってしまいました。
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この後、長崎市街地を観光する予定だったのですが、時間はすでに10時半。
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このまま行けば長崎到着は昼過ぎになりそうです^^;
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とりあえず、島原城脱出です!
つづく〜
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