2011/01/12 - 2011/01/18
6988位(同エリア17021件中)
かとぽんさん
バスティーユのマルシェにやってきた二人。
パリの胃袋ともいわれているおおきなマルシェを満喫したあとは
今回の旅の目玉イベント、クロード・モネ特別展へと意気揚々と向かうが、
そこで目にしたものは・・・??
- 旅行の満足度
- 5.0
- 同行者
- 友人
- 一人あたり費用
- 10万円 - 15万円
- 利用旅行会社
- 阪急交通社
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バスティーユのマルシェに到着。
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魚介やチキン、さまざまな食料品が並びます。
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マルシェの店員さんもカッコいいw
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ハーブやオリーブの実も種類が充実
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刃物やさんもあります。
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お惣菜やさんにカキ屋さん?
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1豚足2.6ユーロw
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尾頭つきですか・・・w
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チリチリ模様がきれいなキャベツw
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ブルーチーズおいしそうw
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ハモンドオルガンのストリートライブ?
いろいろ見て回ったが買ってすぐ食べられそうなものもなくw
今日はこのあとまだまわるところがあるのでお買い物はやめましたw -
マルシェを後にし、すぐ目の前のオペラ・バスティーユの前を通る。
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オペラをもっと大衆化しようという、当時の大統領ミッテラン氏の肝いりでガルニエに続き、二つ目のオペラ座として建設が始まり、
1989年、フランス革命200周年前夜祭の日にオープン。
記念式典には当時の日本の首相、「3本指」でお馴染みのw宇野宗佑氏も出席した。最新鋭の舞台設備で世界最大の9面舞台を有するそーです。
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おりしも今日はオペラ「蝶々夫人」が初日を迎えるそう。
念のため予約状況を調べたが本日のチケットは既に完売だそーです・・・
夕方にはこの辺りはドレスアップした紳士淑女が集うのでしょうw
ちなみに看板は次に上演する演目のものです -
かつてはフランス革命の発端となった凄惨な事件が起きた場ですが
今は自由を象徴する広場となってます。 -
プレゼントの実がなる木w
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さて、ここからメトロ1号線で移動、
シャンゼリゼ・クレマンソー駅のグランパレへ。
昨年の9月から開催されているモネ回顧展を見に行きます。
メトロを降りて地上に出ると -
すぐ目の前に立派なグラン・パレの建物が。
1900年パリ万博のメイン会場として建設されたグラン・パレはフランス国立の企画展など様々でBIGな催しが途切れることなく開催されてます。 -
今回のモネ回顧展も国立美術館連合、オルセー美術館との提携により昨年9月に始まり、世界中の主要美術館より集められたモネの作品200点余りがここに集結しています。
しかも会期は1/24までとあと1週間あまりというきわどさw
やっぱ私達ラッキーだよね〜♪などとルンルン気分でナショナルギャラリー正門にやって来た我々はわが目を疑ったw -
敷地内の噴水の周りをかるーく1周して余りあるほどの長蛇の列。
( ̄□ ̄;)!!なんじゃこれ。
ルーヴルだって、ガラガラでこんな行列なかったのに〜・・・
こんなオフシーズンのパリにツアーでやってきて
行列らしい行列など体験したことがない我々に
初めての試練がまさかのグランパレでおとずれようとはw
周囲の行列の日本人らしき人から漏れ聞くところ
今からだと2時間待ちとのこと・・・ただいまの時刻13:45、
入場できるのは15時半過ぎかぁ?
どーする?やめようか・・・などと相方ゆうこママさんと協議。
が結局、ルーブルやオルセーならいつだって見られるが
このモネ特別展は今しか見れない!と、ゆーことで行列に参戦することに決定〜w -
それにしてもモネ展がこれほどの人気とは。
ちょうど後ろに並んだのがパリ在住の日本人女性とフランス人のカップル。
このモネ展は見たいと思ってたがなかなか来られず、
ネットでのチケット予約はすでに完売、仕方なく終了間際にあわててやって来ました、とのこと。
恐るべし、モネ人気です。
考えてみればルーヴルを見に来るのはほとんど外国人観光客、
こーゆう特別企画展は地元民がほとんどなんだった。
「そういえば上野の国立博物館でも特別展とかあると2時間待ちとかざらだわ」とのたまう相方ゆうこママさん。
ウーン、読みが甘かったw
こーゆうトコロこそ、朝一で来るべきだったか。
朝市なんか行ってる場合じゃなかったw
よく見ると行列は建物中央から左右に分かれて続いていた。
どーやら右の行列は予約チケットを持ってる人で、時間になれば入場できる。左側はその予約客の合間に少しずつ入れてもらえるみたい。
しかも行列の位置は方角的に建物の北東側となるため午後からは陽が当たらない。次第にしんしんと冷えてくる。 -
フランスに来てからというもの、
連日最高気温10℃以上のあたたかさで、寒波対策に持ってきたヒートテック類やほかほかカイロ25個などすっかり出番もなくなり、ホテルに放置してましたw
あ〜、なんで今カイロが手元にないのかw
あればこの場で1個3ユーロくらいで売れるのにw
などと、バカなことを口走ってるうちに ここまでやってきました。
あと少しで天国への階段を上れますw -
よーやく階段を上り、テラスまで到達したのは15:20頃。フー、やれやれ。
下の行列より一段高くなっただけでもなんだか優越感w
ちょっと王室の一員になった気分で民衆を見下ろしてみるw
やっとの思いでギャラリーに入れました。
ここからはカメラの撮影も禁止。
音声ガイドはフランス語と英語のみ・・・やむなくめくらめっぽう知ってる絵を探してうろつきまわる。
ちなみに画像はおみやげで買った絵葉書やカレンダー類から引用したものです。 -
最初にぱっと目についたのは「草上の昼食」(1865オルセー)です。
こんな風にサイズも異なる大きな絵が2枚に分かれて展示してあるのでかなりな違和感が。
「光と色彩の画家」の別称をもち、今でこそセザンヌやルノワールと並ぶ印象派の巨匠といわれるモネだったが
当時のパリの画家たちの発表の場であるサロン(官展)での評価はひどいものだったようです。
画家としてのスタートをきった1860年代、モネは自分のマニフェスト的作品とするため、
2年前にマネがその作品上に裸婦を描いてスキャンダルを巻き起こした「草上の昼食」をモチーフに描きました。
が、結局この作品は未完成に終わり、質屋に預けられてしまう。
20年後に買い戻すものの、保存状態が悪く一部が傷んでいたため、モネはそれを3つに切断したという。
現在残ってるのは中央部分と左側のみ。右側は失われてしまったそーです。 -
モネがサロンから高い評価を受けたのは皮肉にもこの「緑衣の女」(1866ブレーメン美術館)でした。
未完成に終わった草上の昼食の代わりに急いで描き上げたのだが
当時のサロンでの成功の大前提である人物画で暗く重々しい構図が高評価を得たのだったw
が、モネの追い求めるまばゆい光にあふれた明るい色彩の画風とは程遠いため、その後はサロンから次第に遠ざかるようになります。 -
庭の女1866エルミタージュ美術館
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1867サンタドレスのテラス・メトロポリタン美術館
緑衣の女以来、サロンからも拒絶されお金のないモネは緑衣の女のモデルでもあり、妻であるカミーユをおいてル・アーブルのモネの理解者であり支援者であった伯母の家で作品作りに没頭、作品の中にも伯母や父の姿が描かれてます。
-
妻カミーユと二人の間に生まれた子ジャンとともに債権者に追われモネはさまざまな地を渡り歩きます。
1870年になってよーやく落ち着いたアルジャントゥイユで描かれたもの。
1872年メロンのある静物/グルペンギアン -
1873年アルジャントゥイユのひなげし/オルセー
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1875年散歩 日傘をさす女性/ナショナルギャラリーワシントン
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1877年サンラザール駅/オルセー
天気のいい日は戸外で、雨の日は室内で静物画を描く、
モネのひとときの穏やかな生活でしたがその幸せも
1879年カミーユの死により終わりを告げました。 -
再び放浪の生活となり、
モネのパトロンであったオシュデの未亡人アリスと6人の子供をつれ、安住の地を求めて渡り歩く生活に。
1887年ノルウェー型の船で/オルセー -
1890年 陽を浴びる積みわら 日中/オーストラリア国立美術館
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1893〜1894年ルーアン大聖堂アルバーヌの塔サンロマンほか/オルセー
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が、これらの移動の中で一貫して自分の信念を曲げずに描き続けてきたモネの作品は次第に世間からも認められるようになりました。
アリスと結婚し、よーやく最後の安息の地となるジヴェルニーに落ち着き、モネは自分の理想とする庭園づくりに励むようになる。
1899年睡蓮の池/ロンドンナショナルギャラリー -
1914〜1926年睡蓮 朝/オランジュリー
彼の絵の対象は庭園と旅行先を描いたものに絞られ連作が多く生み出されました。特に睡蓮に関しては一連の作品が200点以上にも及びます。
パリのオランジュリー美術館にはモネ自身が寄贈を提案し、そのために作られた部屋に2m×10数mという大作を含め、22点も残されました。
晩年白内障を患い、視力の低下したモネは独自の創作方法でもって最期まで睡蓮に筆を入れ続け、修正を繰り返し、モネの希望どおりオランジュリーに展示されたのはモネの死後の1927年5月のことでした。
画家としてはかなりの長寿だったモネの波乱の人生の中で年代ごとに展示された作品の数々は見る者を惹きつけ、その熱気に圧倒されつつギャラリーを後にしました。ふぅ〜、ルーヴルとはえらい違いでしたw -
が、鑑賞を終えてから何かもの足らない気がして
帰国後に改めて展示作品を見てみたところ、えらいことが判明w
なんと、モネの印象派の由来ともなった「印象 日の出/1872年」が飾られてなかったではないかっw
モネの代表作ともあろう作品がなんでモネ展に展示されない??
・・・で、ここからは勝手にネットで調べた中での話です。
事の発端は国立美術館連合のG会長とオルセー美術館のC館長が グラン・パレでモネ展を開催することを決定。
その成功のためには世界中から優れたモネ作品を集めなくては、
それにはマルモッタン美術館所蔵の「印象・日の出」の展示は欠かせない。そこで、2人はマルモッタン美術館のT館長と会い、意気込んでグラン・パレでのモネ展の開催をもちかける。
しかし、マルモッタンのT館長は自分も以前からモネ展の企画を考えている、と。
するとオルセーのC館長はオルセーの名声をかさに「それは巨人に向かうダビデのようなものだから諦めた方がいい」と威圧した。
結局T館長は貸し出しを拒否、物別れに終わった。が、諦めきれない2人はその後も再三に渡り、おいしい条件をつけたりして交渉を重ねたがガンとしてT館長は拒否。
結局マルモッタン美術館のモネ作品は貸し出されることなく、時をおなじくしてグラン・パレとマルモッタン美術館とで二つのモネ展が開催されたのでした。 -
幸い、どちらも大盛況の客の入りで二つのモネ展は大成功。
めでたしめでたし、というわけですが、
腹の虫が治まらないのはオルセーのC館長。
マスコミを通して公然とマルモッタンのT館長を非難した。
というのも、T館長がガンとして貸し出さなかった「印象・日の出」は
その年の春、マドリードの美術館に貸し出されていたからですw
今後、マルモッタン美術館の立場が悪くなることは確実です・・・
いやー、驚きました。なんだか大人気ないといえばそれまでだし。
いかにも誇り高いフランス人らしい立ち居振る舞いだなぁ〜と妙に感心する事件でしたw
・・・かくして「印象・日の出」は我々は見ることなく終わってしまいました。でももし再びパリに来ることがあれば 迷わずマルモッタン美術館に足を向けようと思いますw -
その後、併設されてるミュージアムレストランで
遅い昼食、とゆーか、早目の夕食。
予想外に時間がかかったので夕食はここで済ませようとゆーことに。
サーモンとかシーフードの入ったサラダにパン、
飲み物はホテルで仕込んできた手作り伊右衛門茶w -
グランパレを後にし、
-
夕暮れのアレクサンドル3世橋を渡り、
-
朝乗ってきたRERでホテルへ一旦戻ります。
-
さて、ホテルに戻って着替えたあとは、
いよいよ本日の、とゆーか、この旅のメイン・イベントといってもいい、オペラ・ガルニエのサロン・コンサートです。
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この旅行記へのコメント (2)
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- ゆうこママさん 2011/02/07 22:49:00
- モネ展示の裏舞台に衝撃
- モネ展示の裏側にはこんな事情が隠されていたのですネエ。
なんとも大人げないというか、情けないというか・・・
フランス人の誇りがヘンな方向に向かってしまったのかな?
でも、この展覧会のおかげで一味違うパリ旅行を体験。
貴重な時間ではありましたが、替え難いひとときでしたね。
そして、丁寧な解説。お勉強になります。
- かとぽんさん からの返信 2011/02/08 15:47:52
- RE: モネ展示の裏舞台に衝撃
- まさにフランス人の意地と誇りのぶつかり合いってかんじですね。
私的には強大な国立美術館パワーに屈しないマルモッタン美術館の館長さんに肩入れしちゃいますね。
しかも国立のオルセーに比べ、私設のマルモッタンは国からの補助金も受けておらず、
収入は入場料やグッズの販売、作品の貸出し料に頼るのみ。
館長といっても名誉職で手当ては月9万円ほどだそーで・・・
オルセーの館長に「田舎美術館」と非難されたとき、
マルモッタンの館長は「私は田舎の美術館、それもモネの作品で溢れた美術館にいることができて幸せだ。」と述べたとか。
いかにもフランス気質が表れてると思いませんか。
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