2011/01/10 - 2011/01/10
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ドクターキムルさん
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横浜市戸塚区柏尾には建武2年(1335年)に暗殺された後醍醐天皇の第一皇子護良(もりなが、もりよし)親王の首を洗い清めたとされる井戸がある。
護良親王は建武中興のときに征夷大将軍として父の新政権を支えた。しかし、南北朝動乱のさなか捕らえられ、幽閉先の鎌倉二階堂で足利尊氏の弟である直義の家臣によって暗殺された。現在の鎌倉宮の地である。
親王の首を奪い取った側近は、山の道なき道を伝い、皇子救出のため柏尾で待つ仲間のもとへ逃れる途中、この井戸で首を洗い清め、近くの王子神社の地に葬ったとされている。
この付近の字名は「よつぐひ」という。側近が鎌倉から山を四つ越えて逃走したルート「よつごえ」からきたという説と、親王の首を清める際、井戸に四本の杭を打ち祭壇としたためという説があったが、首洗い井戸の傍には最近建てられた「四つ杭跡」の石碑があり、後者の説になったようだ。
井戸枠、「護良親王 首洗井戸」石碑、「四つ杭跡」石碑、「歴史の小径」石碑と全てが新しく、おかしな気がする。王子神社管理御料地となっているが、「遺跡」という雰囲気は全く感じられないものだ。明治の初めではなく、昭和後期から平成にかけてこうした整備がなされたことは異常とさえ思われる。100年以上も遅れた理由は何であったのであろうか。
(表紙写真は首洗い井戸)
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「歴史の小径」石碑。戸塚から行くと斎藤家のレンガ倉庫直ぐの谷沿いの道が「歴史の小径」のようだ。ここにあるのは変だ。
裏に「首洗い井戸二丁」とあるが、首洗い井戸は、モチノキのある益田家の裏あたりになる。 -
「王子神社御料地」。駐車場になっている。
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駐車場端の「王子神社御料地」に建つ建物。
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駐車場端の「王子神社御料地」に立つ「神宮 拝領の檜」石碑。
「歴史の小径」石碑から二丁くらいかと思ったが、ここではない。 -
お墓を越えて進むと「王子神社管理御料地 遺跡 首洗井戸四ッ坑跡」があった。
場所が違うために「王子神社管理御料地」と「王子神社御料地」に分けているのか? -
「管理用馬車繋留処」。古さを感じさせてくれるのはこの馬車か。
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「四つ杭跡」石碑。
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「四つ杭跡」石碑(裏)面。昭和62年に建てられた。
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「四つ杭跡」石碑。
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建物というよりは屋根だけか。
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首洗い井戸。コンクリートブロックがいかにも安っぽい。
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首洗い井戸。
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首洗い井戸。
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首洗い井戸。
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「護良親王 首洗井戸」石碑。昭和45年4月に建てられた。
「首洗井戸
みつる志を流し井戸を つ田えき久 杉はかれても 名はのこさるらん」。 -
首洗い井戸の井戸枠。中は無く、井戸ではない。最近に設えたものであろう。
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