2011/01/02 - 2011/01/02
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ドクターキムルさん
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横浜市戸塚区上倉田町にある実方塚は、長徳4年12月12日(999年1月2日)に没した平安時代の公家で、中古三十六歌仙の一人とされる歌人でもあった藤原実方の墓かとも思われていた。しかし、道路予定地となって、一千年周忌を終えた後に横浜市教育委員会が発掘したが、塚からも遺品を埋めたと伝承されてきた場所からも何も出てはこなかったそうだ。
実際には藤中将実方は陸奥守として赴任した地で没し、宮城県名取市のその地に墓が建っている。この墓は後世には、文治2年(1186年)に西行が、元禄2年(1689年)には松尾芭蕉も訪れて、それぞれ「朽もせぬ其名ばかりをとゞめをきてかれのゝ薄かたみにぞみる」と「笠嶋はいづこさ月のぬかり道」の句を残し、それぞれの歌碑と句碑が建っている。また、「桜がり雨は降りきぬ同じくは濡るとも花のかげにかくれん」の実方の歌碑(明治40年(1907年)11月に建立)も建っている。
塚を守ってきた実方一族の本家の長老は、「宮城県名取市に墓があり、参拝したことがある。ここの実方塚は従者か誰かが戸塚の地で亡くなり、塚を造り、塚を守ってきたのだろう。」と言っていた。墓守が藤原ではなく実方性を名乗っているのも、藤原氏ではなかったからであろう。
実方塚に建っていた石碑や墓石などは、一時、実方本家の上の道路傍に置かれていたが、現在では実方分家裏の墓地横に移され、新たに「実方塚移設記念碑」が建てられている。
(表紙写真は実方塚)
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