2011/01/02 - 2011/01/02
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ドクターキムルさん
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横浜市戸塚区下倉田町にある南谷戸(みなみやと)のおおわらじは江戸時代以前からある古くからのものかと思っていたが、説明看板には大正初期からのものだとある。鎌倉大仏や寺の山門などには大草鞋(おおわらじ)を見かけるが、左右ペアの1足に決まっている。それも江戸時代以前からあるものだ。100年前ともなればもう草鞋などという時代ではなくなっていたであろう。南谷戸(みなみやと)のおおわらじは100年前から、松の木が枯れると白檀(ビャクダン)の古木に吊るしたとある。松の木や白檀の古木があるのは庚申塚があったからであろう。横の小山に建つ神社の石碑は、中心石碑が明治35年(1902年)に建てられた。
おそらくは鎌倉道の傍らか辻には江戸時代以前から庚申塔が建ち、明治後期に神社石碑を祀るようになり、その後に庚申塚側に大草鞋を祀るようになったのであろう。
(表紙写真は南谷戸のおおわらじ)
「広報よこはま 戸塚区版」(平成23年(2011年) 9月号)の「とつかの歴史?(近代?現在)」に、「南谷戸の大わらじ 鎌倉時代、村の安泰と旅人の安全を祈願するため、木に普通サイズのわらじを吊るしたところ、旅の僧が古くなった自分のわらじと交換していくようになり、「お坊さんに履いていただけるならありがたい」と、以後盛んになった。大正初期に、地元の青年団が、鎌倉の寺にある大わらじに倣って、大きなわらじを吊るしたのが南谷戸の大わらじの始まり。重さは片足だけで約100キログラム。今も、通行する人の安全を見守っている。」南谷戸の大わらじの写真の解説には「近くで見ると思わず首をそって見上げてしまうほどの大迫力!(下倉田町)」と掲載された。
「鎌倉の寺にある大わらじ」とは1組の大わらじを吊るしてある高徳院(鎌倉大仏)のことであろう。わらじの大きさだけに気を取られた幼稚な駄文ではあるが、南谷戸の大わらじの起こりとしては「南谷戸和楽会、戸塚観光協会」や「横浜市教育委員会」 が設置している看板の説明よりも分かり易い。
7年経って、片足ではなく両足であると指摘を受けた。なるほど、横からの写真を良く見ると草鞋を重ねて吊るしてある。
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下倉田八幡神社どんど焼き(1月10日)のビラ。
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「南谷戸の大草鞋」の説明プレート。
「この地に鎌倉時代より道祖神が祀られ、南谷戸村人は草履を献納して家内安全・無事息災で慶事に励めるよう祈念した、又お伊勢詣りや大山神社等への旅の安全を祈願した。
この鎌倉街道を往来する旅人はよき小憩の場として利用し、その草履を旅人や僧侶は履き替えて元気に旅立って行った。
いつの頃からか村民が総動員で大草鞋を作り住民と往来の人々の交通安泰を祈願して今日に及んでいる。
南谷戸和楽会
戸塚観光協会」 -
掲示板。
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「南谷戸(みなみやと)のおおわらじ」の説明板。
「横浜市地域有形民族文化財
南谷戸(みなみやと)のおおわらじ
「南谷戸のおおわらじ」は、大正初期に土地の青年達が農業に従事する傍ら、副業に藁(わら)加工を奨励したのがきっかけとなり、南谷戸の象徴としておおわらじを製作し、松の木に吊るしたのが初めだといいます。
昭和三○年頃には、松の木が枯れてしまったため、傍らの白檀(びゃくだん)の古木に替え、さらに、現在は鉄の棒形に編み込んで吊るしています。
その、おおわらじの規格は、全長三・五メートル、幅一・五メートル、重量二○○キログラムを測ります。
家内安全、五穀豊穣(ごこくほうじょう)を願って作られたおおわらじも、戦時中は武運長久、戦後は交通安全を祈願するなど時代を反映しながら伝えられ、市内でも大変珍しい行事の一つです。
なお、現在のおおわらじは、南谷戸和楽会の手により三年毎に作り替えられ、大切に保存されています。
平成六年三月
横浜市教育委員会」
重量200kgとは、片足分が重量100kgで両足分で200kgということだ。 -
南谷戸のおおわらじ。重ねて吊るしてあり、片足分だけのように見える。
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南谷戸のおおわらじ。
高徳院(鎌倉大仏)の藁草履に関しては、Webには、「大仏像に向かって右側の回廊内壁には、常陸太田市中野町郡戸地区に活動拠点を置く松栄(まつざか)子供会によって奉納された、長さ1.8m、幅0.9m、重量45kgにも及ぶ大きな藁草履がかけられています。こうした草履の制作・奉納は、戦後間もない1951年、「大仏様に日本中を行脚し、万民を幸せにしていただきたい」と願う、茨城県久慈郡の子供達によって始められました。松栄会はその事績も後世に伝えつつ、1956年以降、数年に一度巨大な藁草履の制作を試み、当院への寄進を続けておられます。」とある。
地方のお寺の仁王門には大きな藁草履が1足(右と左で2つ)吊るされていることがある。それが、坐像の大仏にも藁草履をとなったのであろう。大きさは仁王さまが履く程度の大きさである。
南谷の大わらじは大正時代になって、鎌倉にあるお寺のわらじを真似て始められたとあり、ここ鎌倉大仏を真似たものと思っていた。しかし、高徳院のホームページを見ると、ここの方が早いことになる。
おそらくは、関東大震災以前には大仏用のもっと大きな藁草履が吊るされていたのでは?
なお、鎌倉寺社では藁草履が吊るされているのは高徳院だけになっている。
7年経って、片足ではなく両足であると指摘を受けた。なるほど、横からの写真を良く見ると草鞋を重ねて吊るしてある。 -
庚申塔(貞享元年(1684年)銘)。
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石燈籠(享和2年(1802年)銘)。
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道祖神(昭和35年(1960年)銘)と石祠。石祠は欠けており古そうだ。
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道祖神と石祠。
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堅牢地神(けんろうじしん)(明治45年(1912年)3月銘)。堅牢地神(けんろうじしん)とは仏教における天部の神の1柱で大地を司る。
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五輪塔。
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馬頭観世音(昭和12年(1927年)銘)。
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横には神社石碑が建つ。御岳山神社を中心に長崎大明神、御嶽山霊神、魔利支天、清瀧不動明王などを祀る。
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御岳山神社(明治35年(1902年)銘)。
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南谷戸のおおわらじと御岳山神社。横には墓地もある。
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この旅行記へのコメント (3)
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- Yukie さん 2017/02/06 23:37:52
- はじめまして
- こちらのわらじ、片足ではないんですよ。
ちゃんとペアになっていて重なってるんです。
横から写した写真をよく見ていただければわかります(^-^)
- ドクターキムルさん からの返信 2017/02/07 06:21:25
- RE: はじめまして
- ご指摘して頂き、ありがとうございました。訂正しました。
横から撮影した写真を良く見ると重ねて吊るしてあることが確認できました。
そのうち、また訪ねて、交番ではなく、地元の年配の方にお話しを伺ってこようと思っています。
- Yukie さん からの返信 2017/02/07 08:36:18
- RE: RE: はじめまして
- 今年は新しく作り直すようです。
3〜4年に1度の作り変えなのでお時間があれば見に行かれるといいと思いますよ。
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