2009/08/24 - 2009/09/09
10728位(同エリア17047件中)
さんしぇさん
パリ3日目。
本日のメニュー
・エッフェル塔
・ファラフェル・ランチ
・カルナヴァレ美術館
・ギャラリー・ラファイエット
・シャンゼリゼ、イルミネーション見学
・ラデュレ
・凱旋門昇らず観光
- 旅行の満足度
- 4.5
- 同行者
- 家族旅行
- 交通手段
- 高速・路線バス
-
カタコンブ、
ではありません。
どんなアパルトマンにも地下部分に在るらしい、かのカーヴ(酒倉)。
いつも締まっている、地下への扉、今朝、ゴミ捨ての際に見ると開け放っているので覗き込んだところ、下からあがって来たのが管理人さんとおぼしき掃除機を持ったムッシュ。
「下を見てもいいですか?」すかさず私。どうぞどうぞ、と感じのいいムッシュ。
もともとワインの保存用の倉だと聞いていたので、こんな個別の扉が付いた倉庫とは、思いもよりませんでした。
アパルトマンの住人が必要とあらば、倉庫として貸し出しているとは聞きました。
このフロア、ざっと眺めても、5,6室ほど、更にに下階にもあるのかどうか。
埃っぽい空気こそあれ、なかなか乙な異空間を画像に納め、浮上。
管理人さんは40歳前でしょうか、
「空手を25歳からやっててね。」
こちらが日本人と知り、話題を寄越してくれます。
やがて、私は部屋に、ムッシュはそのまま上階へ。
日本式7階の上から廊下のお掃除、いつも、ゴミ一つ無い廊下はムッシュのお仕事の賜物だったのでした。 -
昨日今日、朝一番からお天気な試しがなく、かと言って、雨に振られるでもなく。
出たとこ勝負で行き先が決まります。
今日もメトロに向ううち、晴れ間が顔を出したので、予定をこなしましょう。
メトロ、トロカデロ下車で浮上し、角を曲がると飛び込んで来るのが、いささか曇りとは言え、なかなかな絶景。 -
エッフェル塔に向かってゆるゆると降りて行く。
シャイヨー宮とエッフェル塔に挟まれたここいらでお茶をするのも
結構好きです。
因みに観光バスで、撮影ポイントとして停車してくれるのは、エッフェル塔を挟んで反対側のシャン・ド・マルス公園側。
芝生が広がって、そちらもとても素敵です。 -
シャイヨー宮前の、いつもは噴水の涼しげな池も、パリジャンのお休みな今時分に大掃除。
街中至る所、補修するのもこれまたパリジャンのいない今時分。
観光都市パリの年間時計は、実のところ在住の市民本位に動いているのは
やはり、と言うべきか。 -
年間通してメリーゴーラウンドのあるイエナ橋のたもと付近。
で、肝心のエッフェル塔は見上げるだけ。
いずれ、恋人とでも昇ったらよろし。
セーヌの有名な船クルーズ、これら、べたな観光は全て恋人や奥さんとに取っておくべし。 -
今日はセーヌ沿いをバスクルーズしたい。
折りよくやって来た72番、実はこれ、民放の番組でセーヌ岸を行く路線と紹介されていて乗ってみたいと思っていたバスです。
そんなで特に昇るわけでもなく周辺を歩いた後は、セーヌ沿いをパリ市庁舎まで走り飛ばす72番バスで窓外見学。 -
向こうに明日の予定、アンヴァリッド。
-
パリ市庁舎からメトロで一駅、サン−ポール(聖パウロ)駅下車。
向かうのはお昼がてらマレにあるB級グルメ、ファラフェルの激戦地区へ。
途中、ひっそりあった歴史案内板には、
「Le Pletzl プレッツル(小広場)」
マレはユダヤ人街と言われ辻に屯するムッシュの頭には、キッパと称すちいさな帽子やはたまた、つば広の帽子に長い上着、全身黒尽くめに覗く顔は、例外なく黒々したひげを蓄えていたり。
そんな見るからに異文化を身に纏った人々や、建物の戸口上部に見えるユダヤの星、あるいは、独特な食材店、などそれらしい風景を探すのは、さほど難しくなく。
案内板に拠ると。
もともとこの地区に定住していた
同宗者のもとに、迫害から逃れた
人々が身を落ち着けた。
更にロシア、ルーマニア、ハンガ
リー、オーストリアなど東欧諸国
から逃れ流れて来たユダヤの民の
受け皿となっていった。
この場所には小広場を、また付近
には職業学校などコミュニティーを
形作ったが、住民の半分以上はその
後のナチの迫害で命を落とした。
そもそも、フランス革命以前はマレに居住していた貴族たち、革命によって彼らが駆逐された後住処にしたのがユダヤ人だったそうです。
そして全ての人民の自由と平等を謳った時の人権宣言に則って、ユダヤ人も市民権賦与を請願し、叶ったそうです。
その後、執行されたショアー(ユダヤ人虐殺)について何かを言う術を持たぬ私、いつか、同じ4区にあると言う、Memorial de la Shoah ショアー記念館を訪れて見たいと思いました。 -
住民の半数以上が命を落としたショアーの後、街に活気をもたらしたのが、やはり移民であった、北アフリカ系ユダヤ人。
1950〜60年代の相次ぐチュニジア、モロッコ、アルジェリアの独立で、そこにいたユダヤ系住民が大挙して本土フランス、更にパリのこの地区に居を据えたのだそうです。
それで、今やパリのB級グルメの雄、北アフリカ産のファラフェルが、この地区に根を降ろした訳が判りました。
時は11h過ぎたものの、さすがに準備中、どうしようかと店先で躊躇する間に、店から、青年がファラフェル?と声を掛けてくれました。
ひよこ豆の小さなコロッケをころころと手際よく作っていきます。 -
揚げたてを手際よくピタパンに詰めて。
ホワイトソースだけだと少々退屈なので、辛いソースを加えて貰うよう所望。 -
恐る恐る口に運ぶあっつん。
-
お腹もくちくなって、
あっつんの興味の在りかを計りがてら
パリ市の歴史をひもとく
カルナヴァレ博物館へやって来ました。 -
ここはまずお庭がすてき。
ぐるりを囲まれた内庭がひっそりして、
そこに刈り込まれた緑と彩る花々が
絶妙のバランスを見せます。 -
キャバレー「Chat Noir シャ・ノワール(黒猫)」
の看板が天井にあったり、上に下に壁面に、見るもの満載、
何かをいちいち聞いてくるあっつん、初めは辞書など引き
つつ応戦するも、終いには、辞書貸すよ、な感じ。 -
時代毎にまとめてあるので徐々に時代を下って来たと思ったら、昼休みだかで、その先が閉まってる。
聞けば、40分後に開きます、と。
全面的に閉じないまでも、閉室が立て続けで、少々気が削がれ。
また来ればいいし、今日は引き上げようか。
と、意見の一致を見る。
美術館前の通り、確か20番代のバス停があった、と言う事は、まっすぐ
サン−ラザール駅へ行ける筈。
一方通行東進の道なので、反対向きを探す。
ピカソ美術館南まで行ってようやく駅方向西行きのバス停発見。
どうしたいかと言うと、ここらでお土産物色、駅手前、プランタンやらラファイエットで下見をしたかったのでした。
ここで、あっつんはバイトの蓄えで、良質な革のセカンドバッグをお買い上げ。
社会人目前の、渋い選択ぶりに安堵した私でした。 -
部屋に戻り、お夕飯。
後片付けに甲斐甲斐しいあっつんに、
「今からシャンゼリゼ行ってみようか?」
「イルミネーション、いいね!」 -
ぐんぐん暮れなずむシャンゼリゼ、
投げかける光がどこかシック。
道中、ラデュレもさすがに空いていてお茶のお供を入手。 -
生ける銅像を冷やかしつつ。
-
地下から凱旋門へ浮上。
門周囲、幾多の彫刻や刻み込まれた名前に興味深そうなあっつん。
門の足元に腰を降ろしさっき調達したマカロンをおやつに持って出たコーヒーを飲みながら光をまとったエッフェル塔に魅入る。
ロンポアンを器用に出入りする車列を目で追ったり、来し方行く末など語ったり、なにやら、胸に響くひととき。
時計を見れば、まもなく22h。
待つことしばし、やがてエッフェル塔を上から下へと光の粒が。
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