鶴岡旅行記(ブログ) 一覧に戻る
 庄内藩校致道館は庄内藩九代目藩主酒井忠徳公が文化2年(1805年)に創設した藩校である。致道館の名前は、論語にある「君子ハ学ビテ以テソノ道ヲ致ス」から名付けられた。<br /> 18世紀の後半になると、庄内藩は財政が行き詰まり、農民たちが困窮し、その上、藩士たちの暮らしが派手になり、武士らしくない振る舞いする者も多く見られ、藩主は藩の将来を憂いていた。農政改革の実施などで、農民たちの暮らしが少し楽になり、藩の財政が落ち着き始めた19世紀になって、藩の士風の刷新と、優れた人材の育成を目的に、創設された。徂徠学を教学とし、自主性を重んじた教育方針で、各自の天性に応じ長所を伸ばすことに主眼がおかれ、質実剛健な教育文化の風土を育む土壌となった。<br /> 表御門、聖廟、講堂、御入間などが現存し、国の史跡に指定されている。この藩校建築は、現存するものとしては東北地方唯一のものである。<br />(表紙写真は致道館)

庄内藩校致道館

1いいね!

2006/04/30 - 2006/04/30

515位(同エリア551件中)

0

8

ドクターキムル

ドクターキムルさん

 庄内藩校致道館は庄内藩九代目藩主酒井忠徳公が文化2年(1805年)に創設した藩校である。致道館の名前は、論語にある「君子ハ学ビテ以テソノ道ヲ致ス」から名付けられた。
 18世紀の後半になると、庄内藩は財政が行き詰まり、農民たちが困窮し、その上、藩士たちの暮らしが派手になり、武士らしくない振る舞いする者も多く見られ、藩主は藩の将来を憂いていた。農政改革の実施などで、農民たちの暮らしが少し楽になり、藩の財政が落ち着き始めた19世紀になって、藩の士風の刷新と、優れた人材の育成を目的に、創設された。徂徠学を教学とし、自主性を重んじた教育方針で、各自の天性に応じ長所を伸ばすことに主眼がおかれ、質実剛健な教育文化の風土を育む土壌となった。
 表御門、聖廟、講堂、御入間などが現存し、国の史跡に指定されている。この藩校建築は、現存するものとしては東北地方唯一のものである。
(表紙写真は致道館)

  • 大宝館。郷土人物資料館。大正天皇の即位を記念して、大正4年(1915年)10月に完成。

    大宝館。郷土人物資料館。大正天皇の即位を記念して、大正4年(1915年)10月に完成。

  • 大宝館。致道館のはす向かいにある。

    大宝館。致道館のはす向かいにある。

  • 致道館。

    致道館。

  • 致道館。

    致道館。

  • 致道館。

    致道館。

  • 致道館。

    致道館。

  • 致道館。

    致道館。

  • 致道館。

    致道館。

この旅行記のタグ

1いいね!

利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。 問題のある投稿を連絡する

コメントを投稿する前に

十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?

サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)

報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。

旅の計画・記録

マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?

フォートラベル公式LINE@

おすすめの旅行記や旬な旅行情報、お得なキャンペーン情報をお届けします!
QRコードが読み取れない場合はID「@4travel」で検索してください。

\その他の公式SNSはこちら/

PAGE TOP