2010/09/18 - 2010/09/18
166位(同エリア193件中)
まみさん
アムール川のミニ・クルーズが終わって岸に戻ってきたところで、時間は16時30分すぎでした。
観光を切り上げるにはまだ早すぎるけれど、これから残りの博物館に向かうには遅すぎる時間です。
幸い、ミニ・クルーズの後半から太陽が雲から顔を出し、まぶしい日差しが戻ってきたので、徒歩での散策を続けることにしました。
ぜひ行きたいと思ったけれど、ちょっと離れているので行けるかどうか危ぶんでいた栄光広場へ。
行けるかどうか危ぶんでいたとはいえ、ハバロフスク観光は2日間あり、特に郊外に行く予定はないので、2日目なら行けるかも、と思ってはいました。
ミニ・クルーズといい、栄光広場といい、1日目で観光できてしまいました。
逆に博物館めぐりの続きが2日目となりました。
栄光広場は、ハバロフスクのロシア正教会のスパソ・プレオブラジェンスキー大聖堂が目当てです。
「地球の歩き方」やネットで検索できた写真は、ロシア正教会典型の黄金の玉ネギドームを抱く白亜の教会でした。
なので、ぜひ見に行きたいと思っていました。
年に一度の長めの海外旅行は、今年2010年は7月にバルト3国に出かけましたが、バルト3国には今までの私の東欧旅行にはなかったいろいろな魅力があったものの、正教会の国ではないので正教会見学があまりできなかったのが残念でした
その点、極東ロシアは、前日のウラジオストクも含め、このハバロフスクでも、規模はさほど大きくないけれど教会といえばみんなロシア正教会ばかりで嬉しいです(ロシア正教会以外の教会がないわけではないと思いますが、遭遇しませんでした)。
スパソ・プレオブラジェンスキー大聖堂は、大聖堂と名乗るわりには、外から見るととてもこぢんまりして見えました。
しかし中に入ってみると、さすがに大聖堂でした。
思ったより広くて華やかで、何段ものイコンの列で埋め尽くされたイコノスタシスはとても豪華でした。
規模の違いはありますが、去年2009年の夏のウクライナ旅行の帰りに寄ったモスクワの赤の広場のカザン聖堂を思い出しました。
※カザン聖堂の写真がある旅行記
「2009年ウクライナ旅行第16日目(1)モスクワ:アエロフロートのトランジットで見学した、9年ぶりの赤の広場」
http://4travel.jp/traveler/traveler-mami/album/10469229/
スパソ・プレオブラジェンスキー大聖堂のある栄光広場に到着した時点で17時10分でした。
周囲の撮影をした後、大聖堂の中に入ったところ、ちょうどミサの最中でしたので、しばらくミサを見学しました。
ミサの最中だとあまり自由に見学できませんが、ミサそのものも見応えがあります。
イコノスタシスのまわりにろうそくが常よりもたくさん灯されて、厳かな雰囲気が高まっています。
通常は教会内にふらふらしていない司教さまたちが、金糸の刺繍のすばらしいガウンをまとって、イコノスタシスに向かって、すなわち信者に背を向けて聖書を読み上げます。
司祭さまや助祭さまたちの衣装は、カトリック教会よりもずっと豪華で、まるで在りし世の皇帝のガウンのようです。
そして、教会音楽はカトリック教会のようにオルガンではなく、アカペラのような合唱、あるいは聖書の賛歌や朗読がそれに当たります。
パイプオルガンもすばらしいですが、アカペラの方がさらに宗教的な雰囲気や中世にタイムスリップした気分が味わえる気がします。
ちなみに正教会では、女性は頭を向きだしにせず、何かで───通常はスカーフで覆うのがエチケットです。
信者ではない外国人観光客は、ノースリーブなどと違ってスカーフくらいであれば大目に見てもらえているようですが、それでも熱心な信者が内心どう感じているかは分かりません。郷に入れば郷に従うのがよいでしょう。
ただし、聖書にはスカーフとはっきり指定されていないので、夏であれば帽子をかぶっているので、私は正教会に入るときにはスカーフ代わりに帽子をかぶったままにします。
つまり、カトリック教会に入るときには帽子をとるのですが、ロシア正教会に入るときには、むしろ帽子をかぶるのです。
ただ、帽子でも構わないと教えてくれたのは、2007年ルーマニア旅行のときにマラムレシュ地方とブコヴィナ地方を案内してくれた現地ガイドですが、聖書の解釈は宗派によって違うしこだわりがあると思うので、厳格そうなところではスカーフをかぶったこともあります。
今回は秋旅行なので、帽子は持参していません。
でも、防寒用のスカーフを持参していて、アムール川ミニ・クルーズのときに首回りにまいていたので、教会の中ではそのスカーフを再びカバンから取り出してかぶりました。
ただでさえ異邦人で、いかにも旅行者スタイルの私は、人口密度の高い教会のミサの最中には特に目立ちますから。
地元の熱心な信者の「なにしに来たのかしら、この外国人?」という不審な視線を全く感じないわけでもないのです。
大聖堂では撮影禁止ということもあり、アムール川ミニ・クルーズまでで本日のハバロフスク散策の写真はほとんど撮り終えた気分になっていましたが、なんの、被写体にしたいものは次から次へと目の前に現れました。
見慣れぬ物珍しい外国の街並みは、やはり日差しに照らされて明るくなると、ますます写欲をかきたてられるようです。
黄色くなった落ち葉やひとふりの黄葉の枝に秋を求めたり、極東ロシアではごく一般と思われる家屋に魅せられたり。
栄光広場に向かうツルゲーネヴァ通りは、ハバロフスク随一の目抜き通りムラヴィヨフ・アムールスキー通りと違って、帝政ロシアの香りよりは、ふつうの家屋と、それからもっと現代のロシアの建物が並んでいました。
ソ連時代の無味乾燥な高層アパートではなく、どちらかというと、少しデフォルメしたら古典SFの挿絵になりそうな建物だと思いました。
一方、栄光広場のすぐ近くには、いかにもソ連時代の黙唱がずらっと壁に飾られた一角や、巨大な第二次世界大戦戦没者慰霊のモニュメントもありました。
夕方だからか、あるいは観光の中心から徒歩圏内とはいえ若干離れているためか、モニュメントのまわりに人影はほとんどありませんでした。
見かけたのは、石に刻まれた人名をなんとなく眺めていた若い女性と、記念写真を撮っていた親子連れでした。
どちらも地元の人か、あるいは何かの用事でセントラルまできた近隣の人のように思えました。
ハバロフスク観光は明日あと1日ありますが、この時点で財布の中のルーブルの現金残高は1,000ルーブルでした。
明日、残りの博物館2ヶ所に行くとしても、節約すれば1日の観光のおこづかいとして間に合うはずです。
兌換性がなく、国外持ち出し制限のあるルーブル現金を帰国日に余らせたくなかったので、今晩の夕食はクレジットカードが使えるレストランに行き、現金は明日のためにとっておいて、これ以上キャッシングをしないですませようと思いました(実際は買い物がしたくてしてしまいましたけどネ)。
そうして夕食をとったレストラン・ルースキーでは、料理は順調に来たのですが、食後のコーヒーのあと、お勘定までえらく待たされて、夕食に2時間もかかってしまいました。
私が日記を書いていたり、居眠りもしていたので、ウェイトレスさんは邪魔しちゃいけないと思ってほっといたのでしょうか(苦笑)。
そのため、徒歩で1時間はかかるホテルに明るいうちに戻る計画はすっかり狂ってしまい、教会広場に戻ったときには、空もあたりもすっかり群青色に染まり、街灯きらめく夜になってしまいました。
だけど、アムール川の彼方では目の覚めるような夕焼け空が、まだ薄明るい群青色の空と解け合っていて、それはそれは美しい景色でした。
極東ロシアでは、女1人の夜歩きはすまいと思っていたのですが、つい目の前の誘惑に負けました。
もう一度、文化と憩いの公園の階段を下りて、夕景のアムール川撮影に興じてしまいました。
ホテルに戻ろうと思った時にはもう夜9時近くで、結局、女1人の夜歩きをするはめに。
結果的に特になんのトラブルもなく無事にホテルに戻れましたけどネ。
ハバロフスク観光1日目最後のこの旅行記では、アムール川ミニ・クルーズ後、栄光広場に向かうまでのツルゲーネヴァ通りや、栄光広場で撮った写真を集めました。
栄光広場で見つけたソ連の紋章の写真、レストラン・ルースキーと夕食の写真、それから夕景のアムール川とホテルに戻るまでの夜景写真は、ハイライト旅行記に収めました。
関連の旅行記
「2010年秋ふらっと極東ロシアへ4泊3日の旅ハイライトその6:極東ロシアのソ連の残り香」
http://4travel.jp/traveler/traveler-mami/album/10502734/
「2010年秋ふらっと極東ロシアへ4泊3日の旅ハイライトその2:食事とおやつとレストラン編」
http://4travel.jp/traveler/traveler-mami/album/10502729/
「2010年秋ふらっと極東ロシアへ4泊3日の旅ハイライトその8:アムール川/黒竜江の夕景」
http://4travel.jp/traveler/traveler-mami/album/10502739/
「2010年秋ふらっと極東ロシアへ4泊3日の旅ハイライトその10:ちょっとだけハバロフスクの夜景」
http://4travel.jp/traveler/traveler-mami/album/10502741/
<日程>
9月16日(木):行くだけ~!<ウラジオストク泊>
9月17日(金):ウラジオストク<シベリア鉄道寝台車泊>
9月18日(土):ハバロフスク1日目<ハバロフスク泊>←第3日目
9月19日(日):ハバロフスク2日目<ハバロフスク泊>
9月20日(月):帰るだけ~!
- 同行者
- 一人旅
- 旅行の手配内容
- その他
-
ウスリースキー並木通りのモニュメント
ウスリースキー並木通りは栄光広場に向かうツルゲーネヴァ通りに交差する通りです。
駅前から伸びるアムールスキー並木通り同様、こちらも中央緩衝帯が公園になっていて、散策しがいがありそうで、翌日ここを通るつもりでしたが、通り損ねました。
この日の帰りに通ったアムールスキー並木通りの中央緩衝帯の写真
http://4travel.jp/traveler/traveler-mami/pict/20311959/
http://4travel.jp/traveler/traveler-mami/pict/20311960/
http://4travel.jp/traveler/traveler-mami/pict/20311961/
関連の旅行記
「2010年秋ふらっと極東ロシアへ4泊3日の旅ハイライトその3:植物編」
http://4travel.jp/traveler/traveler-mami/album/10502730/ -
ウスリースキー並木通りのモニュメントの詳細(一部)
兵隊さんの顔が日本人的と思うのは考えすぎ? -
ウスリースキー並木通りのモニュメントの詳細(一部)
反対側です。
シベリアの地図です。
戦車や軍艦や軍用ヘリがあって穏やかならぬ浮彫ですが、何を意味しているか分かりません。
地図は、色が薄いところはハバロフスク地方、その下に伸びている半島がウラジオストクのある沿海地方(またはプリモールスキー地方)です。
ほかには、ハバロフスク地方と同じ色の小さなところがユダヤ自治州、一番面積が大きいのがサハ共和国です。
永久凍土の上に町があるサハ共和国のヤクーツクもいつか行ってみたいですね。
きっかけは同じく、NHKテレビ「ロシア語会話」のシベリア旅行シリーズです。レポーターのサーシャはどこか日本人的であり韓国人的な、とても親しみのもてる顔つきをしている男性でした。 -
ツルゲーネヴァ通りのバス停
-
ツルゲーネヴァ通りの近代的(?)あるいは社会主義的(?)な建物
ちょっとデフォルメしたら、古典SF小説の挿絵に使えそうな気がするんですけど、いかが? -
ツルゲーネヴァ通りの通り沿いの建物が切れた一角でちょっとだけ見えたアムール川
-
栄光広場の第二次世界大戦犠牲者慰霊碑の一部
砲撃された様子でしょうか -
栄光広場の第二次世界大戦犠牲者慰霊碑の一部
モニュメントの巨大さを出すために、対比として通りがかりの女性の姿を利用させてもらいました。
この女性は、モニュメントに刻まれた人名をなんとなしに眺めていました。 -
イチオシ
第二次世界大戦犠牲者慰霊碑の一部
これは裏側にあたります。
実は、この1941〜1945年の年号で、これが第二次世界大戦犠牲者慰霊碑だと気付きました。
この慰霊碑はあとで見学するとして、まずはスパソ・プレオブラジェンスキー大聖堂をめざしました。 -
スパソ・プレオブラジェンスキー大聖堂と栄光広場
「金のドームが美しい教会、スパソ・プレオブラジェンスキー大聖堂
金色のタマネギ形の屋根と白い壁が遠くから目をひく、栄光広場に建つ高さ70mの極東ロシアで最も大きい教会。建物は2003年に建てられ、内部の装飾は2005年に完成した。内部は広く、週末になると、結婚式を挙げるカップルの姿を目にする。」
(「’07〜’08年版 地球の歩き方 シベリア」より)
右手の塔は、労働戦士をたたえる記念碑、そのとなりの建物は国営ラジオ局らしき建物です。
このそばの壁に、ソ連時代らしき紋章がずらりとありました。
その写真はこちらのハイライト旅行記に収めました。
関連の旅行記
「2010年秋ふらっと極東ロシアへ4泊3日の旅ハイライトその6:極東ロシアのソ連の残り香」
http://4travel.jp/traveler/traveler-mami/album/10502734/ -
労働戦士をたたえる記念碑
-
スパソ・プレオブラジェンスキー大聖堂
こぢんまりとまとまって見えるけれど、かなり大きいです。 -
金のドームが家族のように密集@
-
栄光広場
右手のかわいい建物は大聖堂付属の施設? -
外灯と黄金のとんがり屋根
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スパソ・プレオブラジェンスキー大聖堂の正面入口の上のモザイク
両手を広げて祈りの姿勢をとる「オラント」の聖母子像です。
中に入ったのは17時すぎで、ミサの最中でした。
なので、入口付近にしか立っていられなかったけれど、中はとても広く感じました。
すばらしい音響の中の美しいアカペラと司祭さまの歌うような祈りの言葉、それからたくさんのロウソクで照らされたイコノスタシスや豪華な刺繍の司祭さまの衣装を、荘厳な雰囲気の中でゆっくり味わいました。 -
大聖堂脇のテラスからアムール川を望む・その1
ここでまた新婚さんたちを撮影@
http://4travel.jp/traveler/traveler-mami/pict/20360314/
テラスの下には新婚さん用のなっがーい車が待機
http://4travel.jp/traveler/traveler-mami/pict/20360313/
関連の旅行記
「2010年秋ふらっと極東ロシアへ4泊3日の旅ハイライトその5:金曜と土曜は結婚式日和!」
http://4travel.jp/traveler/traveler-mami/album/10502732/ -
栄光広場から見たアムール川
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大聖堂脇のテラスからアムール川を望む・その2
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見上げるように巨大な第二次世界大戦犠牲者慰霊碑
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石碑と石碑をつなぐものがなかなかかっこいい@
奥に見えるオレンジのモニュメントが戦没者慰霊のモニュメントです。 -
第二次世界大戦犠牲者慰霊碑と戦没者を偲ぶ永遠の火
在ハバロフスク日本国総領事館のサイトによると、第二次世界大戦40周年を記念して建てられたものだそうです。
在ハバロフスク日本国総領事館のハバロフスク市内案内
http://www.khabarovsk.ru.emb-japan.go.jp/j/ -
丁寧に名前が刻まれた巨大な碑
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向かい合わせにあこちらは、おそらく戦勝30周年記念のモニュメント
在ハバロフスク日本国総領事館のサイトの記載から推測。
在ハバロフスク日本国総領事館のハバロフスク市内案内
http://www.khabarovsk.ru.emb-japan.go.jp/j/ -
第二次世界大戦犠牲者慰霊碑、そして背後にはスパソ・プレオブラジェンスキー大聖堂と国営テレコムの無味乾燥な建物
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記念撮影中@
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イチオシ
モニュメントの浮彫とスパソ・プレオブラジェンスキー大聖堂
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戦士をたたえる浮彫!?
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ツルゲーネヴァ通りの青い家
時刻は17時30分すぎとなりました。
そろそろ夕食のレストランに向かってもよいでしょう。
その途中で目に留まった家です。 -
イチオシ
洗濯物のある家の中庭
生活感あふれる洗濯物に心がほわっとしました。
天気がよくて日差しがまぶしいと、こういうなんでもない街角が被写体としてたまらなく魅力的になります。
この後、ウスリースキー通りにあるレストラン・ルースキーに入ったのが18時です。
これなら食事に1時間かかったとしても、まだ薄明るいうちにホテルに戻れるだろうと思いました。
ロシアはサマータイムを導入してるので、日没は19時30分でしたから。
ところが、夕食に2時間もかかり、レストランを出たのは20時になってしまいました。
ホテルに戻るたにいったん教会広場までやって来たとき。
ふと来た道を振り返ると、薄暗くなり始めた夕方の空もとで、スパソ・プレオジェンスキー大聖堂が鮮やかにライトアップされていました。
関連の写真
http://4travel.jp/traveler/traveler-mami/pict/20370141/
関連の旅行記
「2010年秋ふらっと極東ロシアへ4泊3日の旅ハイライトその10:ちょっとだけハバロフスクの夜景」
http://4travel.jp/traveler/traveler-mami/album/10502741/
アムール川の方を臨むと、美しい夕焼けが群青色となった日没後の空と溶け合っています。
旅行に行く前に在ハバロフスク日本国総領事館の公式サイトで夕方のアムール川の写真を見たときに、こんな夕景のアムール川を写真に撮れたらいいなぁと思っていました。
なので、ちょっとだけ寄り道してしまいました。
20時20分から20時40分まで、結果的に30分の寄り道。
そのときの写真はこちらのハイライト旅行記に収めました。
「2010年秋ふらっと極東ロシアへ4泊3日の旅ハイライトその8:アムール川/黒竜江の夕景」
http://4travel.jp/traveler/traveler-mami/album/10502739/
教会広場からホテルまでの帰り道は、ムラヴィヨフ・アムールスキー通りとレーニン広場までは、まだ人通りもあって賑やかで、外灯も明るくて、女一人の夜歩きでもちっとも気になりませんでした。
レーニン広場では昼間は水がなかった噴水から水が出ていて、しかも虹色にライトアップもされていたので、通りがてら、そちらも撮影してしまいました。
その写真はこちらのハイライト旅行記に収めました。
「2010年秋ふらっと極東ロシアへ4泊3日の旅ハイライトその10:ちょっとだけハバロフスクの夜景」
http://4travel.jp/traveler/traveler-mami/album/10502741/
このあとは、バス通りなら明るいに違いないと思ってレフ・トルストイ通りを通ってホテルに戻ったのですが、レフ・トルストイ通りは思ったより明るくなかったです。
外灯が歩道の片方のみ、しかもかなり離れてぽつぽつあるのみです。
それでもまだ、カイダル子供公園があったところまでは、公園の中のアトラクションがライトアップされていたせいもあってだいぶ明るかったのですが、そのあとは、なんと、外灯がある側の歩道が工事中で外灯なし!
前をゆくロシア人の女の子2人組のあとについていくようにして歩いていたからまだよかったものの、外灯がなくほとんど真っ暗な初めての道を歩くのは、さすがに心細かったです。
ホテルに着いた時間は21時50分。
ロビーはすでに暗くてレセプションに人はいなくて、ホテルに戻る時間としては深夜に近い時間になってしまいました。
でも、部屋の鍵はフロアごとのジェルジューナヤ(鍵おばさん)が管理していますから、レセプションに人がいなくても大丈夫。
このジェルジューナヤは24時間待機のようでした。少なくとも、夜中も早朝も待機していました。
ハバロフスク2日目につづく。
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