2009/12/20 - 2009/12/20
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ドクターキムルさん
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上野の博物館には頻繁に行くが、周辺は行ったことがない。はじめて、国立科学博物館の北側にある輪王寺両大師に寄ってみた。江戸時代には上野寛永寺、 日光満願寺の両山の山主が輪王寺宮であり、親王が入る門跡寺院であった。現在の輪王寺は、東叡山輪王寺という天台宗の寺ではあるが、東叡山の開山、 天海大僧正を祀る開山堂と同じ境内に在り、正保元年(1644年)、天海僧正の像が安置されたが、後に比叡山延暦寺の高僧慈恵大師良源の像も安置され、2人になったことから、両大師と呼ばれるようになった。したがって、別称の開山堂・両大師で呼ばれる。
山門屋根には「丸に二引き両」の家紋の飾り瓦が上がり、その家紋から足利氏の出自としていることが分かる。家紋の飾り瓦は初めて見た。天海の前半生は不明であるが北院の住職となったのは慶長4年(1599年)であり、慶長17年(1612年)に寺号を喜多院と改め関東天台の本山とした。このため川越喜多院山門前に銅像が建てられ、川越市立博物館にも天海の坐像が展示されている。家康、秀忠、家光に使え、寛永元年(1624年)には上野寛永寺を創建した。寛永20年(1643年)に108歳で没したとされる。川越市立博物館にはかつて138歳説も記載されていたが、神話期の天皇ではあるまいし、最近では108歳とのみ記載されている。
境内には「御車返しの櫻」と呼ばれる珍しい櫻がある。鎌倉極楽寺のものと見比べたいものだ。
(表紙写真は輪王寺開山堂(両大師))
- 交通手段
- JRローカル
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山門には「東叡山寛永寺開山堂」とある。
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山門と横の阿弥陀堂。
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山門屋根の飾り瓦は「丸に二引き両」の家紋(×2)だ。
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山門屋根の飾り瓦は「丸に二引き両」の家紋(×2)だ。
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阿弥陀堂。
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宝塔。
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宝塔。
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地蔵堂のお地蔵さま。
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手水鉢。
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銅燈籠。
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銅燈籠。
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銅燈籠。
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銅燈籠。
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銅燈籠。
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銅燈籠。銅燈籠が多いのは上野東照宮と同じだ。
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鐘楼。
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鐘楼の鐘。
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輪王寺開山堂(両大師)。
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輪王寺開山堂(両大師)。
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手水舎。
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手水鉢。青銅製だ。
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手水。龍だ。
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手水鉢の鶴。
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手水鉢の鶴。
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手水鉢を支える獅子。
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手水鉢を支える獅子。
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境内の井戸。
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井戸。
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御車返しの桜。
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御車返しの桜。大木だ。
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「御車返しの櫻
この櫻は一本の木に一重と八重の花が同時に咲きます。
後水尾天皇が京の寺で花見を終えた帰路
花の余りの美しさに牛車を返して再び
ご覧になったことからこの名前があります。」 -
寛永寺旧表門。
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寛永寺旧表門。明治維新の上野戦争の時の弾痕が残る。
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輪王殿。
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石仏。地蔵菩薩坐像か。
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裏の駐車場の大木。根がくっ付いている。
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