2010/03/12 - 2010/03/15
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アルデバランさん
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3時30分に長陵を見終わって、さてどうしようか…
先ほど稜恩殿にあったジオラマで長陵の北側に献陵等があった。
公開されていないけど行ってみようかとビジターセンターで聞いてみると、隣なのに歩いて40分もかかると言う。
「まさかバスはないよね?」と聞くと意外にも
「ある」とのこと。
道で待っていれば、ちびバスだけど55番の路線バスが集落に沿って山の奥の方まで行くそうだ。
結局、バス停まで行く前にワンボックスカーの運ちゃんと交渉して献陵に…
道中、「参考のため北側部分、7個全部まわるとナンボ?」と聞くと運ちゃんは俄然やる気になって100元ときた。
1陵で10元なら7陵では70元なのにと言うと
この辺りの算数では7×10元=100元になるらしい。
「崇禎帝の思陵だけは西側のとんでもない所にあるけど、そこも行ってくれる?」
「まかせなさい」
「最後は大紅門で下ろしてくれる?」
「まかせなさい」
結局、非公開なので中は見れないがどんなあんばいか、時間もあることだし行ってみる事に…
-
長稜入り口にある、ビジターセンター。
後ろには客待ちのタクシーがたむろ。
運ちゃん同士お喋りして営業には熱心ではない。 -
タクシーからちょっと離れたところにワンボックスカーが…
こっちの運ちゃんは意欲的で目が合った途端、「定陵?」ときた。
「定陵はもう行ったがな。隣の献陵は?」と聞くと10元だと言うので、10元なら、いつ来るか不明な路線バスより良いだろう。 -
ものの5分で献陵に着いた。
ぐるっと取り囲む塀の手前に石橋だ。
ここの主の永楽帝の長子、明朝第4代の洪熙帝は病弱だったようだ。
父ちゃんが長生きしたんで45を過ぎて即位したけど
1年経たずに亡くなってしまった…
一緒に祀られてる張皇后はしっかりしており、息子の宣徳帝より長生きしたけどね… -
非公開だからピッチリ閉まってる。
でも、あのオバちゃんは献陵に行くのかな? -
どうやら献陵に入るみたいで、鍵を開けてる…
-
戸を開けると中にはオッちゃんも居ました。
-
そこで、図々しく中を覗いて良いかと聞くと、「いいよ」とのこと…
ラッキー!
でも、一歩でも中に入ろうとすると、「これこれ!覗くだけじゃ!」 -
左側の平屋の建物に住み込みで陵を番している管理人夫婦のようだ。
櫺星門と五供と基壇の上の2層からなる明楼が見えました。 -
献陵でいい思いをしたんで、他も…
この際だから長陵の北側の7つの陵(崇禎帝の思陵は西側で離れてるが…)を皆まわって貰う事にした。
お次はというと… -
次は慶陵。
ここは門も塀もかなり壊れていますなあ…
中に入れないように鉄柵がしてある。
鉄柵なんで中は丸見え…。 -
朽ち果てた建物の彼方に明楼が見えます。
慶陵は万暦帝の長子、光宗の泰昌帝の陵墓だ。
泰昌帝は万暦帝亡き後の明朝期待の星だったけど、
何故か即位1ヶ月で急に亡くなった。
「紅丸案」という明末三大疑惑の一つで当時から陰謀だと大騒ぎになった事件の当事者だ。 -
慶陵。
非公開なのにあそこに案内板というか平面図がある… -
では、つぎ行って見ましょう。
ということで、ちょいと走ると
脇道に…
細い農道をどんどん行きます。 -
果樹園の向こうに建物が見え隠れしてきた。
-
そして果樹園のなかに塀に囲まれた明楼が忽然と現れた。
-
ぴっちり門は閉ざされています。
-
少し考えて謎が解けました。
これも慶陵です。
さっき見えていた明楼はここだったんだ。
明楼、宝城と先程の入口の門があまりに離れているんで中間が畑とか果樹園になってしまったようです。 -
そうこうしているうちに何やらがやがや声がしてきて
若者たちがやって来ました。
聞くと美術学校の生徒だそうです。
まさか、こんなところで出くわすとは… -
「戸が閉まってるけど間からちょいと覗いてみ。
ワイワイ騒いでいると中のものがこっちに来るよ…」
と教えてあげました。 -
中の者ってこれです。
基壇のところに寝そべっている…
どうやら中には番犬がいるようです。 -
明楼は最近修復したのか新しそうでした。
そのうち公開するのかネエ… -
ちょっと戻って果樹園のなかの石橋から慶陵の明楼を眺めてみます…
-
石橋から反対側を見ると…
門の向こうの松林の下あたりが最初見た、朽ち果てた建物があった所だ。 -
次、裕陵に行って見ましょう…
見えてきました。
ここは凄いことになってる! -
柿畑を行くと裕陵だ。
-
いやはや凄いですね。
修復しないでこのまま公開したほうが
観る人は絶対喜ぶね。
だって、直したら皆、似たり寄ったりだもん… -
これが裕陵の入口です。
主は英宗の正統帝。
宦官の王進のおだてに乗ってモンゴルを攻めたけど大敗したあげく捕虜になっちゃった。いわゆる土木の変。
モンゴルは皇帝を捕まえたんで明に多額の身代金を要求したけど、明の方が1枚うわてだったね。新しい皇帝をたてて、支払い拒否。正統帝はモンゴルで面目丸つぶれ… -
次は茂陵です。
あーあ…
ここは修復工事かなりしちゃってる。 -
わずかに空いた隙間から中を覗いて見ました。
-
明楼も足場をかけて、直してます。
厚化粧の君より素顔の君がいい…
なんて言ってもダメだよね。 -
なんか臭うと思ったら、果樹園に施すのか牛ふんの山。
こんなトコに放置していいのかネエ。 -
茂陵をぐるっと取り囲むレンガの塀も補修してました。
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