2010/03/12 - 2010/03/15
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アルデバランさん
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北京二日目は「明の十三陵」を時間かけてまわってみる。
市内に早く戻れたら昨日行けなかった、古観象台とか皇城跡めぐりを予定…
聞くところによると十三陵といっても、全て公開しているわけではなく長陵、定陵、昭陵の3つだけが公開されており、長陵、定陵と神道を巡るのがツアーコースらしい。
ツアーは自由が利かないのでフリーで行き、これらをじっくり見てみよう。
当初予定の東清陵は暖かくなるとバスツアーが再開される。またの機会を待つ事にしよう…
以上が昨夜考えた本日の計画。
外はまだ暗かったが、同室の他の3人、先客のドイツ人女性、10時ごろチェックインしてきた二人の韓国人女性を起こさないよう5時30分に部屋をそっと出る。
-
5時30分…
まだ暗いけど、ベットから這い出し本日の行動開始。
同室の3人を起こさないようにコッソリ部屋を出て、
まずは朝飯。
ユースの部屋は暖房が利いており暖かったのでコートを置いて出た。
これが大失敗、後でとんでもないことに…
煤市街は食事には困らない。早くも早餐の支度に取り掛かる一軒に入る。 -
蒸篭を積み上げて包子を蒸すことに余念のない親子。
-
エネルギー切れしないように、包子と粥をしっかり食べることに。
ビンはビールではありません。醤油です… -
では十三陵にGO!
まずはバスに乗るために、市内の反対側にある徳勝門に。6時30分。
問題は徳勝門まで行って、バス停がわかるかどうかだ。
案の定、めざす昌平行きのバス停が無い。
万里の長城、八達嶺行きのバスは停まっており、早くもお客が乗っているが…
地下鉄の積水譚駅から徳勝門まではバス停が色々あるのでそちらかなあ、と思いながら人に聞くと
やはりあと100mほど行けばバス停があるとのこと。 -
徳勝門西大街を100mほど歩いて振り返ると、バス停を確認する暇も無く後ろから345番のバスがやってきた、
ラッキー!これに乗れば明十三陵への乗り換え地点である昌平東関に行ける。しかも快と書いてある!
快適の略か快速の略かわからないけど…
しかも北京市の交通カードが使えて安い。 -
高速道路を飛ばして50分ほどで昌平区の市内に着いた。
市内を10分ほど走って、乗換え地点の昌平東関はただの、大通りのバス停でした。
降り立つとあまりの寒さに宿にコートを置いてきたことを悔やみ、どこか洋品店のようなとこ無いか、少し歩くが7時半では開いているのは飯屋だけ… -
仕方なく、十三陵行きのバス停を探すと、ありました!
先ほどのバスを降りた20m先に。
寒さに震えながら待っていてもなかなか、バスは来ません。
他の人に「十三陵行きのバスは来ませんねえ」と言うと
「おまいさん、十三陵は向かい側のあそこのバス停でっせ」と言われる… -
道路を渡って向かい側に行くとなるほど、ここにもバス停が…
よく見ると、矢印の向きが違います。バスは直ぐ来た。
デイバックを背負った数人のハイカーと一緒に乗り込む。この寒いのに付近の山に行くそうだ。
こんな田舎でも北京市の交通カードが使えた。ここも北京市には違いない… -
右手に十三陵水庫というダムが見えてきた。
南新村というバス停で降りれば陵墓に向かうアプローチの神道に行けるはずだが降りそこね、
逆に定陵道口で降りようとすると、車掌に「ここじゃない」と制止され… -
やがて着いたのは定陵の駐車場。昌平東関からちょうど40分。時間は8時20分だ。まだまだ寒〜い。
は、早く陽が出て来い!
バスはこの後、終点の永楽帝の長陵に向けて去って行った。
朝早いので周りの土産物店は開店準備中。
建物越しに料金所らしき建物が見える。行ってみましょう。 -
それにしても、デカイ看板の表示だねエ。入場料もでかいよ、50元!
せめてもの救いはオフシーズン価格。
入場券はいっちょまえに「定陵博物館紀念卡」(北京市政交通一卡通有限公司提供) -
おっ!地図だ。
お節介にも歩くルートもしるされている。反時計回りにぐるっと往復か…
真ん中は行けないんかな?
前方後円墳と同じような形だね。 -
とにかくデカイ、広い。
バス停、料金所、改札口それぞれ100mぐらい歩かねばならない。
ほれ、こんな感じだ。
正面の門が改札の陵門。右側の建物は発掘品等を展示する資料館。左側にはビジターセンターと工芸品の土産物店。背後の山は太峪山。
そして後ろを振り返ると… -
ポツンと道の真ん中に神功経徳碑
でも、何も彫られてないじゃん
寒い、寒い… -
情報収集のためビジターセンターにも行って見ましょう。
なんせ、時間はたっぷりあるからね…
でも中は閑散。十三陵域全体の画がありました。 -
右側の資料館は帰りに寄りましょう…
それにしても、さみー! -
前方後円墳の周りに濠をめぐらしその外側に外堤を設けるのと同じように、定陵と永陵にはぐるっと囲む外羅城があったんだ…
-
それでは陵門を入ってみましょう。
定陵博物館という額は故宮の北門の神武門にかかっている扁額「故宮博物館」と同じ書体だ。郭沫若が書いたんだね… -
入場して稜門を振り返る…
左右に雪をかき集めた槐ですねえ。別名、龍爪樹。夏には綺麗な花をつけます。
龍爪といえば龍爪講、今年は休んでしまいました… -
そして、正面をむいても左右に槐。彼方に大峪山を背にして明楼。
階段は稜恩門の基壇だ。 -
稜門を入って50mほど歩くと、まずはこの基壇が待っている。木造の門は明末の李自成の乱で焼かれ、清の乾隆年間に再建されたが民国時代に再度破壊されてしまったようだ。今は礎石だけが残ってる…
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この辺りの松は随分いじけた幹が多く、これなんぞ、寄りかかった木の方が枯れてしまった…
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更に行くと稜恩殿跡。位牌を安置して祭祀を行う所だが、ここも李自成の乱のどさくさで焼かれ乾隆年間に再建されたが、
1913年というから中華民国の2年にまた破壊を受けたようだ。
稜恩殿といえば永楽帝の長陵が有名だ。後でそこに行くからここは通過するだけ… -
更に行くと櫺星門。天に突き抜けた2本の柱頭に、かいちかな?
装飾は違うがいわゆる烏頭門の牌楼だ。この辺りでは系柱出頭式というらしい…
親切にも太鼓石のメンドルや4本のメンツアンまで着いてる… -
明楼の手前に石五供。
真ん中に香炉、その隣に燭台、その外側に花瓶 -
明楼の手前の左右にあるはずの文物陳列館は建て替え中なのか、まだ建築途上でした。
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この寒いのにとても座る気になりません…
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立ちはだかる明楼を見上げる…
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根性ある5人兄弟の側柏。
明楼の両脇に階段があり、ぐるっと回りこんで後円部の宝城へ上れます。 -
左手から宝城に上がった所にトンネルがありました。
1956年に発掘を始めた時に、どこから取りつくか悩んでいたところ、よく観察すると外側の壁の磚が一部が崩れており、
そこを掘ると宝城墻の内側に「隧道門」さらに「金墻前皮」「石道」「宝城中」「左道」とか掘られた石が次々に見つかり、地下宮殿にたどり着いたという話だ。
でもね、明楼の横の階段を登ればそんな苦労せずに簡単に行けまっせ… -
道に沿って丘を登ると側柏(コノテガシワ)の森になった。宝城内にきっと木を植えたんだね?もう400年以上経っているけど。
日本の陵墓の場合は土留めだけで裸だったとういが… -
植わっている側柏にはランクがあるようで、これは古樹二級だ。
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こちらはもっと年代がいっているのか、古樹一級。あまり違いはないように見えるが…
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柵で囲まれ、特別扱いを受けているものもあった。特別なら特級位にしてあげればいいのに、これも古樹一級。
しかも、名前までつけられたました。曰く「鹿角柏」
例えば神宗が可愛がっていた鹿も殉葬したら、角が伸びて木になったとか… -
宝城の真ん中はモッコリと盛り土してある。宝頂だ。
漢までの墳墓はピラミッド型の方上方式、唐の墳墓は「山を持って墓となす」だけど明のは円丘なんだね。 -
団体客がぞろぞろやってきたので、地下への入口をやり過ごして宝城の一番奥まった場所まで行ってみた。
この辺りの内側に「大中」の刻印の石があったとか…
円形に城墻をめぐらしているのが良くわかります。
地下宮殿を造った後に周りを磚で城壁を築く。この城壁が宝城だ。
そしてその中を盛り土して正面に角型の基壇を築き上げ、ランドマークタワーの明楼を建てる。
先程の円丘の宝頂とこの宝城、明楼の3点セットが明、清朝の陵墓の特徴ですね… -
さあ、地下宮殿に入ろう。何故かセキュリティチュックを受けて、地下宮殿なんで階段を随分と下っていきます。
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地底まで着きました。唐突にがらんどうの部屋に入ります。
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配置ははこんな感じになっているんだ。
これって、紫禁城の内宮の配置と同じだよね。
地上前方部分の隆恩殿とか明楼を大和殿のある外宮とみなせば紫禁城全体と同じようになる… -
階段を降りて着いたのは、左拝殿。
その左拝殿の様子。奥に降りてきた階段が見えるよネ。
そして、こんもりと夥しい数の紙幣のお賽銭。
部屋は柱も窓も無いが(あたりまえか…)、トンネル状の高いアーチとなっており地下室、墓室とは思えない広い空間だ。
空気が澱んでいるのはしかたないか… -
「塵も積もれば山となる」の典型ですね…
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左配殿から中殿にはこんな立派な石の扉がついてます。
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中殿にある神宗、万暦帝の漢白玉製の宝座…
背もたれから怖い龍が覗いており、あんまし座りたくないねエ
万暦帝って明朝では空前絶後の皇帝。
なんせ25年間後宮に閉じこもって政務をかえりみなかったという。
元祖引きこもりというか周りの大学士等があまりに煩いんで、拗ねちゃったんだろうね。
大臣、諸外国の使節は誰もいない玉座に叩頭し、
空きが出た官職は補充されず、2/3が空席だったとか…
でも、税金だけはしっかり取ったようだ。
どこかの国と同じように財源が必要だったからね。
なんせ、あちこちで反乱は起きるは、秀吉は攻めてくるは…
おまけに自分の墓まで造らにゃならなかったから。
もっとも、墓は拗ねる前に造ったようだけど。 -
他にも2つ、二人の皇后用の同じものが有りました。
宝座も全く同じものを誂えたかと思うと、そうではなく背もたれの柄が皇帝のものは龍で皇后は鳥の柄だ。
そして、宝座の前に香炉、燭台、花瓶の五供。(ロウソクがちょいと傾いてまっせ…)
手前の巨大な火鉢みたいのは、長明灯。灯明用の油があふれんばかりに入っていたとか。
一杯に入っていても限りあることは分かっていたのに… -
中殿から後殿への扉は漢白玉石の扉で縦横九列の化粧釘が彫られ、さらにドアノブまで着いてる。
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それがこのパンチパーマのたぶん麒麟。可愛い角が生えてる。
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後殿の腰壁漢白石の装飾。
中殿、後殿は約束どおり「前朝後寝」の形をとっており後殿は寝殿に相当。 -
後殿には棺床の中央に神宗、万暦帝の棺、その左右に二人の皇后の棺、さらには副葬品の漆朱塗りの木箱が20以上。
発掘時大いなる期待がもたれたが、残念なことに遺体は白骨化していたそうな…
骨の診断の結果、万暦帝は左右の足の長さが違い足が不自由だったとか。 -
孝瑞皇后が万暦帝の最初の皇后。孝靖皇后は慈寧宮の女官すなわち万暦帝の母親の腰元だったのを17歳の時万暦帝に見染められ
長男(後の光宗、泰昌帝常洛)を生むが、貴妃で亡ったが、死後皇后に出世して墓も移された。
でも、万暦帝の愛情はすぐに鄭貴妃に移ってしまった。
その後、鄭貴妃は万暦帝の寵愛を欲しいままにしたというから、よっぽど魅力的な何かが備わっていたんだろう。
単に美しい人なら幾らでも居たから。 -
後殿の床は硬い石質で磨くといろんな模様や光沢が出る花斑石を敷き詰めているというが、
一見、金磚のような、この床がそれか分からずじまい。 -
中殿から右配殿への入り口。
左配殿と同じように観音開きの石の扉が付いている。
明かりがついておらず、公開していないようだ。
左右の脇殿は本来は皇后の棺を安置する予定が、狭くて通れなかったとか
ホントなら、間抜けな話だよね。 -
前殿から中殿を見る。
ここには石軒を施したアーチ状の門の先に観音開きの石扉がピッタリ閉まって、発掘時には動かそうにもビクともしなかったそうだ。
先程の中殿と后殿の漢白玉石の扉と同じやつだ。あのボツボツがあるやつ…
その扉に内側からつっかい棒がしてあったんで動かなかったんだよね。
内側から誰がつっかい棒をしたかって?
聞かないで。我輩はコナンじゃないんで… -
その石のつっかい棒がこれ。
通称「自来石」と言うんだ。
何故かというと、横に墨で「玄室七座門自来石倶未験」と親切にも書かれていた…
きっとさっきの麒麟が内側の扉にもいて、引っかかってただろうね。
口のところで… -
玄室への入り口、金剛墻。宝城と同じ磚を23層積み上げてふさがれていた。
圭の字型の出入り口。 -
定陵の発掘物語はこの場所から始まったんだよね。
ここに「此石至金剛墻前皮十六丈深三丈五尺」と掘られた目印の石が有ったんだって。
これを見れば我輩だって、金剛墻まで到達できまっせ、シャベルがあれば…
きっと、竣工しても神宗の万暦帝はなかなか死ななかったんだ、だから一旦埋めたんだね。
噂だとこの地下宮殿で万暦帝は前代未聞の大宴会の竣工パーティーをやったとか。 -
地下宮からでて、陵墓のランドマーク明楼に行って見ましょう。
-
明楼見上げ。
やたら、たくさんある斗栱。
装飾なんだろうね。 -
この明楼の檐斗、普通なら木造なんだろうけど、石造なのかよくわかりません…
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立派な碑です。
明楼は単にこの碑を囲うためだけの建造物? -
碑には雲の合間に龍がのたうってました。
-
横から見ると…
ぶ厚いですねえ! -
彼方まで中軸線が続いている…
下から目立つ建物ということは、上からも見晴らしが良いです。
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この旅行記へのコメント (2)
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- nao0880さん 2010/05/05 13:23:11
- 明十三陵
- アルデバランさん、こんにちは。
明十三陵、一度訪れてみたいと思っている場所です。
陵内の写真って撮影できるんですね。
旅行記の食事や詳しい明十三陵への行き方、参考にさせていただきます。
先月4月は、山東省煙台に2泊3日で出張してきました。
あまりに、短時間であったため、食事会と仕事で自由時間はほとんどありませんでした。
次回の北京訪問の予定はまだありません。
何かの機会に、訪れることができればと思います。
ではまた。
- アルデバランさん からの返信 2010/05/06 05:52:10
- RE: 明十三陵
- nao0880さん
明十三陵は広くて…
あっちに行ったり、こっちに行ったり
非効率なまわり方をして反省しきりです。
でも、1日かけてタップリ見学できました。
この後まだ2、3回は続きますので
また見てください。
その前に写真整理しなくっちゃ。
なんせ、コンデジと一眼レフ双方に
ぐちゃぐちゃに保存されちゃったんで…
翌日午後にツアーで来た姪っ子達と合流し
nao0880さんのレポートを参考に朝陽劇場の雑技を
見に行く計画でした。
初中国の妹と姪っ子をびっくりさせてやろうと
思ったのですが…
しかし挫折しました。
雪がひどくて、前門、王府井界隈を案内するのが
精一杯でした…
ではまた。
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