2010/03/13 - 2010/03/13
3759位(同エリア4725件中)
ちゃおさん
ヤマトタケル(日本武尊)が東征からの帰り、姉の倭姫のいる伊勢斎宮への途次、伊吹で傷つき、病も癒えぬまま三重の亀山、能煩野で昇天し、御霊は白鳥となって大和の地を目指したのだった。齢30歳。
古事記、日本書紀の中での日本の白鳥伝説である。小学生の頃、日本人なら一度ならず学校映画で見たであろう、倭武尊の伝説である。
タケル(武尊)が切り開いた日本全国にはこの白鳥、大鳥にちなみ、各地に同名の神社がある。目黒のサンマで有名な東京目黒にも由緒ある大鳥神社があり、主祭神として日本武尊を祭っている。
今、この皇居のお堀に白鳥が二羽、悠然と泳いでいる。渡り鳥に違いないが、どこからやってきて、どこへ行く途中にここ皇居のお堀で、羽根を休めているのだろうか。
野川、井の頭では鴨を多く見かけるが、このお堀では白鳥とカモメ。東京湾のカモメが海からかなり隔たったこんな場所までやってきている。お堀の水も神田川を通じ、東京湾と繋がっている。何等か、餌になる魚でもいるのだろうか・・
平安時代の昔、在原業平が東国武蔵・下総までやってきたのかどうか定かで無いとも言われているが、現に隅田川畔には「業平橋」もあれば「言問橋」もある。彼は必ずや吾妻下りをしたであろうし、彼が詠じた「名にし負ふ いざ言問わむ都鳥 わが思ふ人はありやなしやと」に詠われた「都鳥」。
今、その都鳥、ユリカモメがお堀を舞っている。1200年前の業平の時代、2000年前の武尊の時代、いやもっとそれ以前の蝦夷、毛人の時代の更にそれ以前の、この大八島が生まれた当初より舞い続けている「白鳥」と「ユリカモメ」。この皇居のお堀に舞っていてこそ、大和心の顕現なのだろうか。
この旅行記のタグ
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
ちゃおさんの関連旅行記
丸の内・大手町・八重洲(東京) の旅行記
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
0
10