2007/09 - 2007/09
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ドクターキムルさん
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出雲大社は江戸時代以前から大社と名の付いた唯一の神社である。江戸時代に先駆けて仏教色を払拭している。かつては松江城のお堀端にあった県立博物館がここ出雲大社の横に移転して古代出雲歴史博物館として新装なった。これで、老朽化した鉄筋コンクリート造りの安普請な建物が残るのは岡山県立博物館くらいのものか。かつての県立博物館は天皇陛下が来られてもお茶を出す部屋もないということで埋蔵物センターに銅鐸、銅剣、銅矛などを運び込んでお見せしたそうだ。その時に天皇陛下がせひ見たいと所望されたのが出雲大社境内から出土した金輪造営図に描かれた杉の3本束ねた柱跡である。天皇陛下が見学された1週後に行ったが、もうなかった。天皇陛下が見学されたその日の午後に掘り出されて保存修理に出されたという。その3本束ね柱も古代出雲歴史博物館の玄関直ぐに展示されていた。直径90cmあまりの杉の大木の樹齢が80年程度であるという。なるほど年輪が粗い。柔らかい杉材でしかもこれほど年輪が粗い柱ではいくら3本束ねようが強度はあるまい。古代はともかく、鎌倉時代以降では出雲大社の社殿の高さはせいぜい50mには届かないぐらいの高さであったのではあるまいか。地元でもそれほど高くはなかったという意見が多く聞かれた。ただし、掘り出された柱の材質を根拠とする説は聞かなかった。出雲神話を裏付けるような発掘が続いた出雲地方にもそれらが国宝指定を受け、それらを収蔵展示するのに相応しい博物館が必要になったのだ。地方の県立博物館が新装開館以来見学者が絶えないのは喜ばしいことだ。出雲の大神のご利益かも知れない。
(表紙写真は出雲大社の大鳥居)
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古代出雲歴史博物館。
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古代出雲歴史博物館。
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古代出雲大社の3本柱。金輪造営図で知られていた。裏の彰古館2階にはどこかの大学教授が復元した3本柱が展示されていた。丸い柱に間材を詰め6角柱に復元していた。
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古代出雲大社の3本柱。金輪造営図で知られていた。
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古代出雲大社の3本柱の復元模型。
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古代出雲大社の復元模型。1町(109m)あったという引橋の角度は20°〜30°程度であったろう。そうすると引橋の高さは39.67m〜62.93mになる。その上に社が建つことになる。写真の模型では15°くらいで高さは29.2m程度にしかならない。
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参道の竹内まりやの実家、旅館竹野屋。
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旧大社駅舎。
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旧大社駅舎前道路を蟹が渡る。
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神楽殿。
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出雲大社拝殿。
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出雲大社拝殿。
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出雲大社拝殿。
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出雲大社拝殿。
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出雲大社本殿。
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観祭廊と廻廊。
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出雲大社本殿。
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出雲大社本殿。
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「平成の大遷宮 仮拝殿建設工事」の看板が立っている。
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拝殿と観祭廊と廻廊。
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鳥居。
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境内の橋。
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境内の池。
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境内の池。
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大鳥居。
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