2009/12/29 - 2010/01/04
70位(同エリア160件中)
きっちーさん
どうやら、華北の気候は肌荒れするものの、自分に合っているようです。もうお肌、カピカピです。
靴下とか、擦れる部分が痛い~。渇く~。
そんな、お肌の曲がり角を引っ提げ、旅ガラスでございマス。
なりゆきで2日間に渡って利用する事になった白タクで、古都洛陽(ルーヤン)を爆走中。
『歩き方』にも紹介されていない、ダイタンな展示が売り物の(?)『古墓博物館』の見学を終え、世界遺産『龍門石窟』へvv
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 15万円 - 20万円
- 交通手段
- 高速・路線バス タクシー
- 航空会社
- JAL
-
白タクの運転手さんのスゴイところは、観光バスが絶対に通らない裏道を熟知しているコト!
「そろそろ、龍門石窟かし〜ら?」というあたりで、ものすごい横道にそれます。
ええ〜っ!
どこ行くんすか?!
ものすごい密集した民家の隙間から隙間へ、強引にハンドルをきりながら、進みます。
ちょ・・っ!
犬を撥ねそうなんですけど・・!
「コレ、進入禁止なんじゃないの〜?!」
と、疑いたくなる道を抜けた、すぐ脇のレストランの駐車場に、おじさんは車を停めます。
「じゃ、行こっか」
って・・勝手に停めといてイイのか?? -
楊くんとチガウ〜。
なんだか、ふてぶてしい〜。
先行き不安になってしまいますが。
ベテランおじさんは堂々としたもので、利用しないレストランの駐車場に停め置いたまま、通りを渡って目の前に広がる公園に歩いて行きます。
う〜ん。
まいっか。
なにはともあれ、龍門石窟だ!
とにかく、だだっ広い公園の中心に、ぽつんと石碑が建っています。
あ!
世界遺産マーク!! -
世界遺産マークはあったものの、石窟らしき岩山もあたりに見えません。
えー?
どこにあんだー??
先に立って歩くおじさんに続いて、きれいに刈り込まれた河川敷の芝に細く作られた小道を、歩きます。 -
ううっ・・!
さすが、川のそば。
冷たい風が、ガンガン吹きつけます。
さ〜ぶ〜い〜だぁ〜(泣)。 -
さりげなく、おじさんを盾にする、私(笑)。
だって、さぶいんだもん。
河川敷の先に、大きな橋が見えてきます。
橋のたもとのスペースが、入場ゲートとチケット・ボックス。
おじさんが、チケットを買って来てくれます。
ただいま、10:30。
見学が終わる頃には、たぶんお昼なので、お昼代をお渡しして、媚を売ります(笑)。
長く見学したいから、ゆ〜っくり、ごはん食べてきてくだたい〜。
戻る時間と場所を確認すると、
「2時間後に、さっきの駐車場」
とのコト。
いやっ!
2時間じゃ、いや〜っ。
「2時間30分にしてもらえます〜」
と、お伺いをたてると、
「わかった、わかった。行きなさい」
背中を押されます。
っと、その前に・・。
「我叫、きっちー(本名)。你叫嗎?」
一応、名乗り合っとかないと。
そう思ったのに・・
「ジューディェン、ジューディェン。早、早」
名乗るのではなく、名前を呼ばれて、ズルズルと入場ゲートまで、引きずって行かれます。
うっきー。
名前を教えてくれないナリ〜っ。 -
楊くん、カムバーック!
なんだか、コミュニケーションが図れないまま、おじさんにゲートにずずいっと、押し込まれます。
え〜ん(泣)!
言葉は通じずとも、小さな心の交流が、旅の醍醐味なのに〜っ!
まあ、はよ見に行けってコトでしょうが(笑)。
橋のしたにある、改札を通った途端、強い風がワッとひたいにぶつかります。
ちゃぶい〜・・。 -
寒いのも、暑いのも、嫌いです。
ダウンにくるまりながら、トコトコ足を速めます。
伊河に架かる橋脚を利用した、入場口から伸びる歩道。
風に揺れる小さな提灯の群れの下、きれいに整備した石畳が、日差しを受けて光ります。
ほどなく、伊河のふちまで切り立った西山の崖に、ぽちぽちと穴が穿たれたのが見えてきます。
おお〜ぅ♪
石窟じゃ、石窟じゃvv -
なはっ。
世界遺産! -
雲崗石窟(ユンガンシークゥ)へ行った時のことを思い出します。
あそこは川のそばじゃなかったけど、雰囲気は似ています。 -
完全に違うのは、このアップダウン!
わかりますでしょうか?
岩肌に彫られているので、近づくには細くて急で心もとない階段を、登ったり降りたり・・。
イタイ・・足がイタイ・・。←運動不足 -
「寒いよう〜。イタイよう〜」
文句が多い、イヤな観光客ですが、こんなのはごく一部で(笑)、あたりには楽しそうに石窟をのぞいて歩く、中国の団体さんでいっぱいです。
やっぱ、ゼッタイ観光する人、増えてるよなー!
いままで、ガラガラの観光地ばかり歩いてきたので、多少戸惑いがありますが、周りに人がいると、負けずに観光したくなるのが、乙女ゴコロです。←それは違う -
石窟、といっても遠目から見ただけじゃ分かりにくいのですが、ただポコっと穴が彫ってあるんじゃなく、入口には模様や仁王様が彫り込まれています。
-
内部も、状態が良いものについては、若干、色彩が残っていたりします。
-
なんとなくですが、赤が多く残っていたように感じます。
目立つ色だけど、中国の地域に生活していた人達って昔っから赤好きなのかしら〜。
だとしたら、少し面白いかも。
いまでも、シンボル・カラーとしてあっちゃこっちゃで赤&黄色(もしくは金色)で溢れてますけど、昔っからよく使われてた色なら、馴染みやすいでしょうね。 -
これなんかも、けっこう残っている方じゃ?
-
ひと穴ごとに、のぞきこんでカメラを構えます!
しかし・・!! -
驚いたことに、龍門石窟のほぼすべての仏像に、人為的な破壊の跡がみられるのです!
-
なるべく状態の良いものばかりを選んで撮っているので、実際に行かれた方じゃないと、わかって頂けないかも知れませんが・・。
顔の部分だけ、ごっそり削り取られていたり、なかには石窟内が真っ黒になるまで焼かれた跡まであります! -
どうなってんの〜?!
-
のぞく石窟、のぞく石窟、すべて頭部が壊された、無残な姿。
もう、ガックリきます〜(泣)!
くり返しますが、ここでアップしたのは状態の良いものだけです。 -
ものすごく、混乱します。
今まで目にした、
雲崗石窟(http://4travel.jp/traveler/need/album/10075121/)、
宝頂山石刻(http://4travel.jp/traveler/need/album/10208743/)、
北山石刻(http://4travel.jp/traveler/need/album/10209254/)
上記の石窟・石刻は、色彩の有無や細部の破損は見られたものの、こんなボコられてはいなかった!
ヒドイことすんなァ〜・・(怒)! -
「まさか、戦時中に日本軍がやったとかじゃないだろうな・・」
一瞬、そんな憶測が胸中をよぎりますが、燃やされた大きな石窟の解説プレートには、そのような記載はありません。
しっかし、こりゃいくらなんでもおかしすぎるだろうと、観光ガイド系以外のサイトをチェックしていると、こんなサイトが!
→http://www.bunkaken.net/index.files/raisan/shodana/shodana79.htm
うっわ、ホントかな?!
確かに、大阪のほうは知らんけど、上野の博物館の常設展示には、どう見てもユーラシア大陸系の仏像があったような・・。 -
ためしに、大阪市立美術館の公式ホームページへ・・・。
ぎゃっ!あったよ!!→http://www.city.osaka.lg.jp/museum/page/0000015889.html
一番下の、小野順造コレクションに「雲岡、龍門・奉先寺洞など名だたる石窟将来の仏頭・・」!?
仏頭!!
続いて、東京国立博物館の公式ホームページ(http://www.tnm.go.jp/jp/guide/map/toyokan.html)。
東洋館は、耐震補強工事のため休館しているそうですが、収蔵品は敷地内の表慶館へあるそうなので、そちらをクリック。
やっぱり、中国の仏像が・・。 -
韓国が日本に対し、『朝鮮王室儀軌』(*1)の返還を求めているのは知っていたし、当然の要求だと支持していましたが。
「こんな問題もあったのか」
と、愕然とします。
(*1)朝鮮王朝時代の国家や王室の重要な行事の内容を記録した書物。日本が植民地支配時期に持ち出し、現在、宮内庁にある。ユネスコ「世界の記憶」遺産指定の文化財。 -
知らないことは、恐ろしい。
私は今まで、大英博物館などに象徴される、欧米の力関係の中で収集された、地中海や中東、アフリカやアジア諸地域からの美術品の独占を、嫌悪感を感じるくらい批判的に捉えてきたのですが。
これからは、日本の中心部も厳しい目でみてかないといけないなあ、と真剣に思いました。 -
それくらい、龍門石窟の破壊のようすはシリアスだったのです。
-
私はひとの手で作られた作品が、美術/工芸にこだわらず、好きです。
その道を歩いてるわけじゃないから、作家さんがどのくらい苦労して、葛藤して、ひとつの作品を仕上げるのか。
そーいうのは分からないですけど。
作品の「好不好」はあっても(笑)、なんで惹かれるのかは分からなくても、好きです。
だから、こういう状態は、ものすごく理不尽に感じます。 -
仏像をつくるのに、ひとりで頑張った人もいるだろうし、協力し合いながらチームで取り組んだ人たちもいるでしょう。
それを、無残な姿にしてしまった。
強い痛みを感じます。 -
永久に復元不可能なものもあるでしょうが、ほんの一部であっても元に戻すべきだし、つくった職人さん達に恥ずかしくないよう、大事にするべきだと思います。
ご時勢的な事情が、あるかもしれない。
状況が許さなくて、文化財を守りきれない場合だってあるでしょう。
個々の事情は、絶対ある。
だからこその、『世界遺産』なんじゃないでしょうか?
日本も『世界遺産』に参加してるなら、他国の世界遺産を尊重すべきじゃないのか?
そう思います。
ヨーロッパの絵画修復に協力できるなら、アジアの破壊された世界遺産の失われた部分を、元の場所へ戻すコトだって、可能じゃないでしょうか? -
でもこの時は、そんな事は思いもよらず、ただただ、
「んだよ。ぜんぶ壊れてんじゃんよー。期待ハズレ!これで、『中国三大石窟』って、雲崗石窟に悪いよ〜」←莫高窟は未見
などと、思っちょりました(汗)。 -
しかし!
それでも、これを目にした時には、感動しました。
やっぱ、来て良かった。
これこそ、世界遺産『龍門石窟』だ。
奉先寺石窟です! -
ありえない人数の団体さんが、出たり入ったり。
いい場所を占領していると、耳元で音の割れたハンドマイクでガイドさんの解説が、始まったり・・。
もう、大盛況です。
みんな、カメラ持ってます。 -
やばい、だんだん楽しくなってきた♪
-
なんかこう、まわりが一生懸命写真撮ってると、「自分も撮り逃がしちゃアカン〜っ」みたいな、心理になってくるから不思議です。
-
これがホントの、集団催眠。
元旦福袋争奪合戦心理ですな(笑)。←やったことないけど -
こうして、龍門石窟のシンボルというべき、毘盧遮那仏のお膝元に立つと・・・。
鼻の穴が見える・・。
って、前にも宝頂山で同じコトやったな?
ハイ、すんまちぇん。
スゴそうなものに出会うと、茶化したくなる、イヤな性格です〜。
アホは放って置いて頂いて、このデカさを観て下さい! -
細かい所まできれいに彫ってあって、見入ってしまうと、首がおかしくなりそうです。
よく、こんなことやり遂げたよなあ。
人間ってスゴイ。
ルネサーンス!
(心の中で乾杯♪) -
ちょっと等身がおかしいのは、ご愛嬌。
破壊をまぬがれ、こうして雄大に対岸を見詰める仏たちの姿は、それだけでドラマチックです。
デカかったからこそ、持ってかれなかった部分もあったのかなって、感じです。 -
「おこり地蔵」っぽい・・と思った、仏像。
-
収奪されまくった、磨崖仏(まがいぶつ)を観ているうちに、連想しちゃったみたいです。
やはり、じもちーが育んだ文化遺産は、地元展示が良いと思います。
出どころがハッキリしているものについては、少しづつ返還していくのも大事だな、と思う今日この頃〜。 -
いろいろ理不尽は感じたものの、せっかくここまで来たんですから、世界遺産っ!
できるだけ全貌をおさめようと、右に左に動きますが、これがなかなか入らない(泣)。
デカすぎです。 -
逆光にならない位置から撮ろうと、四苦八苦していると、「良い」と感じる位置は同じなのか、中国の団体のオジサン達が、後ずさりに私の方へ近づいてきます(笑)。
-
負けた・・。
ショバ争いをしても、おじさんズの方が背が高いので、しぶしぶ撤収!
振り返ると、遥か眼下に続く伊河に、午後の陽光が照りつけキラキラと目を射ます。 -
いまは、こうやって手すり付きの階段が整備されてますけど、むかしは・・・竹を組んだのかな・・??
えらい急な崖なので、下部はともかく、上部を担当した職人さんたちの度胸に感心します。
川沿いですから、風けっこう強いですよ〜。
足場から落ちたら、相当ヤバイことになりそう。
労災事故とか、むかしはどうしてたんだろうなあ?? -
落ちたら一貫の終わり。
そんな、おそろしく高い場所も見学できる、龍門石窟です。
現在は、手すり完備の安心・安全の鉄骨通路を、登ったり降りたりなので、幸せです。
崖の中腹を這うように伸びる足場を歩きながら、洞窟を覗いていきます。 -
穴が掘られていない、崖のちょっとした場所にも、レリーフのように仏像が彫られています。
-
洞窟によっては保存のためか、作業用の足場が置かれた穴も。
-
この機械は、なんだろう?
ごっそり上半身を削られた仏像の前に、見慣れぬ機材。
マイクのように、見えなくもない。
ユーレイの声を録音する装置とか(笑)! -
「わけ、ないか〜」
と、ポテポテさきをいくと、こげな看板!!
オー!ノーッ!
やっぱ、落ちた人のユーレイが出るかも〜っ。
ま、それは冗談として。
ほぼ直角な崖ですから、こんな看板見せられなくても、鉄骨通路での移動には慎重になります。
つか、ひとり旅の自分よか、団体で動く方が怖いかも!
細い通路ですし、人が集中して重心過多になれば、そこだけ落っこってきそー。 -
雲崗石窟や大足石刻は、下から観るタイプの磨崖仏だから、こんなふうに剥き出しの崖に備え付けられた細い通路を行くのと、ちょっと違うし。
そんなことを思いながら、ふと見上げると・・。 -
あれ?
似てる・・?
『吉見百穴』に、そっくり。
去年のゴールデン・ウィークに、埼玉県の遺跡めぐりをしたんですけど、そのとき訪れた古墳時代の集合墓地にそっくりです。
↓
『それでもどっこい、生きていた。中編』(http://4travel.jp/traveler/need/album/10331743/) -
もちろん、規模も中身も龍門石窟が凌駕していますし、埋葬施設と仏教遺跡じゃ、意味が違いますが。
-
でも、外観はソックリだなー。
古今東西、人間の発想には共通する部分があるのかも知れません。 -
さて、けちょんけちょんに壊された、龍門石窟の石仏ですが、壊れてはいるものの、「あー、コレ好きだなー」っていうのを、集めて来ました。
-
当時の面影が、若干残っている石窟。
入口の両脇には、狛犬ちゃんが見えます。 -
中心にあったと思われる仏像は、失われていますが、脇に部分だけ磨崖仏が残っています。
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筋肉や、鎧、着物の襞など、完品だったら、きっとモット迫力があるでしょうね。
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こちらの石窟入口には、狛犬ではなく仁王様。
口元や胸筋が、残ってます。 -
スレンダーな仏像。
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製作された時代によるのか?
仏像の雰囲気がマッチョだったり、華奢だったりと、違いがあって興味深いです。 -
脇をかためる石仏も、なんだか柔らかい感じ。
-
こちらも入口仁王様。
顔の削り跡がキッチリ見えます。
もったいねーなー。 -
「ゼッタイ手の届かなそうな場所にあるのは、壊されていないだろー」くらいに、思っていたのですが・・。
よーく、見て下さい。
中央の仏像とその横、むかって左から2番め以外は、顔を削り取られています。
徹底してますね。 -
午後の渇いた日差しを受けて、小さく彫られた石仏が輝きます。
-
これも、顔は落とされています。
しかし、明るい日差しの中にあると、ふと本来の表情が見えてくるような錯覚を覚えます。 -
傷つけられた、大量の仏像達に信仰とは何かと、尋ねたくなります。
-
顔を失っても、静かに佇み、坐する。
そんな石窟が、幾重にも連なります。 -
やっぱ、吉見百穴(笑)。
-
信仰心のない自分が、仏像見て歩いてもナンですが。
中国の方たちの中には、熱心な仏教徒の方もいらっしゃるようで、手首に数珠を巻き、磨崖仏に敬意を表している人もいました。 -
だいたい、入口方面の東山石窟見学は終えたので、対岸の西山石窟へ向かいたいと思います!
-
河岸の石窟を、ひたすらまっすぐ歩くと、入口の橋よりも新しい第2の橋があります。
橋を渡る手前が、ゲートになっていて、そこを出ると再入場できませんので、注意が必要。
バーを押してゲートを通過し、長い橋を渡ります。 -
広大な伊河に架かる橋を歩くのは、ほとんど観光客(笑)。
たまに、警備員さんたちが電動カートに鈴なりになって、通り過ぎていきます。
冷たい風が、川下から吹きあげますが、日差しは乾いて温かい。
う〜んv
この気候が、「中国へ来たぞー!」って気分になるなあ。 -
対岸につくと、高いフェンスで囲まれた、次の石窟群が現れます。
現れます、つっても階段の先なんで見えないんですけど〜。 -
階段を登り切ると、川向こうの崖にポツポツ穿たれた、石窟が遠く望めます。
-
ひゃ〜。
それにしても高いな。
へんな汗かいちゃったよ。
ふだんインドアなので、階段がキツイ(笑)。
メタボ注意!
だらだら階段を踏みしめ、細い道を行くと、やはり山の斜面に彫られた仏像が、所どころに立っています。 -
千手観音像。
ただ、こちらも相当摩耗が激しくて、保護のため檻のような覆いがしてあります。
華北の日差しはコントラストが強いので、日陰に入ってしまうと、「み、見えない〜(泣)」でした。
肝心の顔がよく見えない・・。
ぶーぶー。 -
コチラの山には、それほど量がありませんが、それでも丁寧に彫られた仏像が点在しています。
-
じゃが、しかし!
惜しむらく、またもや顔が壊されてる! -
これは、自然な風化にも見えますけど。
-
「これはたしかに、ホントの意味で『世界遺産』かもなあ・・」
と、つぶやきます。
だって、これ以上壊れちゃったら、感動を呼ばないですよ。うん。 -
この階段は、感動を呼ぶな、私の(笑)。
よく登った!
滑ったら、ピンチだった! -
階段を降りて順路に従い、山のふもとに沿って進むと、ふたたび石窟が数珠つなぎに並んでいます。
-
あら、このへんは無事のよう?
-
「観るトコ、そこかいっ」と、我ながら思いますが。
壊れてるのが多過ぎなので、ものすごい貴重に思えます。 -
仏像はともかく、穴が崩れかけているのか、デコや肩のあたりが白っぽく砂をかぶっています。
-
『ガーン』って感じ(笑)?
これも、石なのかなあ??
ちょっと、首と胴体が材質違って見えるけど。
写真では近くに見えますが、石窟を守る柵のあいだから撮っているので、あまり細かい部分が拝めません。 -
実際の現場は、こんなん。
日陰で暗いと、中がよく分かりません。
伊河に並行して続く、フェンスの突き当りまで行ったところで、見学終了。
川沿いの舗装された通りへ出ます。 -
広い歩道を歩いていると、伊河に突き出たバルコニーが。
-
そして皆の衆が、手すりに鈴なりになって、西山方面を記念撮影しておられる。
なんだ、なんだ。 -
あ、すっごーい!
ここが丁度、『奉先寺』洞の正面!
『歩き方』とか、観光客向けのブログで紹介されている写真は、この場所から望遠撮影されていたんですね。
そうだよな。
でなきゃ、あの近距離じゃ全景はおさまんないよな。
フツーに観光客でも、大石窟をバックに写真が撮れるよう、露台になっているわけです。 -
ナイス!配慮!
観光客、大満足! -
フラフラしとるうちに、待ち合わせ時間が迫っています。
いそげ、いそげ。
龍門石窟は、メインの西山石窟のほか、先ほどの東山石窟、香山寺、白園(白楽天の墓所)など、見どころが結構いっぱいあって、ノンビリしているとあっという間に時間が無くなります。
いそげー! -
東山石窟の並びにある、香山寺へ。
山のてっぺんにあるお寺さんなので、石段が人殺し!
キツイ、クルシイ、ケツオモイの3Kです!!
涙目で、うえまで登ると、入口のそばにソフトドリンクの売店があります(笑)。
この商売上手!
ミネラルウォーターで潤いながら、お寺見学。
こちらも、共通チケットで入れます。
つか、共通チケットで全部まわれるので、共通チケット買った方が、いちいちチケットボックスへ寄らずに済むのでいいすよ。 -
お寺の入口をくぐっても、まだ階段があった!
ジーザス!
でも、好奇心には勝てません。 -
こちらが本堂の、弥陀宝殿の仏像。
建物のタイトルからして、阿弥陀様かな? -
よく知らんし。←開き直り
信心深い観光客の人たちが祈っているのをみると、「登ってきてヨカッタ。うん」
そんな、お得感が胸裏をよぎります。
建物も、心なしかカッチョよく見えるぞ。 -
運転手のおじさんと待ち合わせた時間内に、共通チケットでは入れるスポットを、ひと通り観て歩きたい貧乏性です。
だって、せっかくだし。 -
苦労してこんな見晴らしの良いトコまで登ってきたのに、また一回降りるのはしんどいな〜と、ため息をついていると、『白園はコチラ』の看板が目に飛び込んできます。
香山寺から、いったん下の道へ降りなくても、尾根づたいに道で繋がっているよう!
あ、そう!
そっちがいいじゃん♪ -
香山寺の裏門を出て、細いゆるやかな坂道を、道なりに歩きます。
香山寺と白園のあいだには、観光用の小奇麗なホテルがオープンしており、セレブな雰囲気の親子連れが出入りしています。
ま、こーゆう宿は、あっしには縁が無いわな(笑)。
ほどなく、白園の入り口が前方に見えてきます。 -
「に〜はお〜」
白園入り口の門に、しつらえられた管理室。
ヒマそうに座っていたオイちゃんが、ガラス戸の向こうから顔をのぞかせ、チケットのすみにパンチで穴を開けてくれます。 -
こっちって、裏口にあたるのかな?
緑の歩道を、案内図にしたがって進みます。
見る限り、お金払って入るほどのもんでもないですが。
中国では面積の広い公園は、有料にしている場合があります。
花壇があるわけでも、なさそうな?? -
この白園は唐代の詩人、白居易の墓があることで有名だとか。
「お墓メインつっても、なにかあるだろー!」
と歩いていると、あった。
階段状に回廊がしつらえてありまして。
そこに漢詩が飾られています。
「ほお〜、どらどら?」
読めるかな、と覗き込むと!
書いてんの全員日本人じゃん!?
ビックリ。
なんでやねん。
なんだろ?ファンクラブの貢ぎ物か?? -
ほりゃ!
こんなふうに、千葉の人とか、なんか物凄い身近な都道府県の名称と、書道家っぽいお名前がならんどります。
つか、白居易自体、よく知らないんですけど〜(笑)。
せっかくなので、ネットで検索。
あ?
白居易さん、晩年はさっきの香山寺に住んでたのか。
だから、こんなトコにお墓があるのネ。 -
紫式部とか清少納言の時代に、白居易さんの詩が渡来し、読み継がれ、当時を生きた彼/彼女たちの作品に、影響を与えたなんて・・・。
もっと早く言いなよ〜っ。
日本の古典って、教えてもらうときグローバルな視点が欠如してるし、出来事の大半が「日本のなかで完結」しているように誘導されるけど、実際にはこんな風に多様な交流の側面があるのを知ると、もっと全然面白い! -
ナショナリストはチョ〜苦手ですが。
ナショナリストが口をすっぱくする、日本の「美」や「伝統文化」について言うと、その世界を受け継ぐ職人さんとか、芸能の担い手さん達といった、当事者ほうが案外「日本の伝統」のルーツに、渡来文化の足跡や、根源の雑種性を、よく研究し、知っていらっしゃるんじゃないかと思うときがあります。
どの瞬間に「『日本』の誕生」を見るかで、その範囲さえ伸び縮みする。
だからこそ、愛国法のように一部の人の「日本」を強制するのでなく、違いを認めながら共生する方が、自分は好きです。
そうこうしているうちに、お墓が見えてきました。 -
白居易さんのお墓。
まわりには、いろんな国の石碑があり、さまざまな言語で彼の業績を讃えています。 -
しばし、合掌。
ここで、この旅行で初めて日本語を聞きます!
おお〜っ。
シニアのご夫婦が、「ここや、ここ。白居易の墓!」
うれしそうに、お墓に駆け寄っています。
関西弁だな。 -
「私はよう知らんけど、お年寄りには白居易さんて有名人??」
写真を撮り始めた夫妻と場所を代わって、出口へ向かおうと踵を返すと、あれ?
日本からも、石碑が寄贈されてるし。
さきほどの回廊に掲げられた、書道家たちの漢詩とは別に、建立されています。
中国語と併記されているトコに、好感が持てます〜。 -
お墓の正面から続く階段をおりると、もう出口(むしろ入り口?)です。
-
社会科見学でしょうか?
大学生くらいのグループが、大勢たむろしています。
大昔の詩人なんて、大学生にしたって、あんま興味ないだろうな(笑)。 -
自分の物差しで人を断定するのはやめましょう。
漢詩の研究院生かも知れないじゃん。
は!すんません!
言いすぎまちた!
「まあ、オイラの学生時代は大っぴらに酒飲んでみんなで騒いでる方が、楽しかったけどね〜」
結局、酒の味より場の雰囲気が好きなのが分かると、飲酒の習慣はなくなっちゃいましたが。
襟を正しながら、白園のまえから伊河を渡る橋のうえを歩きます。
つか、広っ!
「これ、龍門石窟入口の橋脚の橋だよな〜。
こんな幅があったんだ〜」
下から見たのと印象がちがう。
車両通行もないのに、ここまでデカくする必要があるのかやや疑問ですが。
広々とした橋の上を歩くと、気分も爽快・・・・って、疲れんですけど(笑)。
遠かーっ!
最後にチョコット歩かされましたが(笑)、見応え充分の龍門石窟でした!
あとは、待ち合せの駐車場へ急ぐだけ。 -
見学よか、移動に時間かかったんですよ、と心で言い訳しつつ、待ち合せに12〜13分ほど遅れて、レストラン前に到着。
おじさんは、相変わらず無断駐車。
レストランのパーキングを占領しています。
ケータイで誰かとしゃべりながら時間をつぶしていたようで、私の姿を認めると運転席のドアを開けて「こっち、こっち」と手を振ります。
おじさんのタクシーに乗り込むと、ケータイは切らずにそのままエンジンをかけています。
まあ、中国語のヒアリングは『不明白』なので〜(汗)、話しかけられないのは、かえって助かる。
事故さえ無ければ、少々の交通ルール違反は片目をつぶってヨシとしよう。
と、その前に・・。 -
「あのう〜」
「ん?」
ケータイを耳につけたままのおじさんに、お願いが。
「ホテル前じゃなくて、洛陽博物館旧館で、落っことしてもらえませんか?」
「ああ、かまわないよ」
ヨカッタ、ヨカッタ。
これで当初の目的どおり、『歩き方』に載っていた洛陽博物館へ行ける。
おとつい洛陽に到着した日に、この洛陽博物館へ行こうと思ってたんですけど、なんと同じ名前の新館がオープンしており、間違えてそっちへ行っちゃったんすよー。
でも、それがまたスッゴイ良くて・・(http://4travel.jp/traveler/need/album/10415565/)。
旅の失敗が、思いがけないラッキーな方向へ行くコトも、あるんですネ。
ふだんも、こうだといいんだけどなあ〜。
無いですけどね(笑)。
伝えたいことは伝えたので、助手席でウトウトしていると、おじさんは長話を終えたよう。
鼻歌を歌いながら、ハンドルを操っていたおじさんが、ぽつんと洩らします。
「ジューディェン鬼子(きっちークゥイズ)か・・」
――ドキッ――!!
心臓が跳ねあがります。
寝ていると思ったか、中国語は完全に通じないと思ったのか・・。
ショックで、目が開けられません。 -
悲しいかな、そーゆう言葉はよく知ってんだよなあ!
『日本鬼子(ルゥイーベンクゥイズ)』と、いう言葉があります。
1931年の満州事変以降、帝国主義をむき出しにした日本は宣戦布告も無いまま、「アジアの解放」を掲げ中国へ侵攻。
中国側への蔑視はもとより、皇軍内における人権意識の薄さから、兵士の命の値段は「1銭5厘」などといわれ、軽視された兵站は未整備のまま。
戦火が広がるにつれ、皇軍内部においても兵士たちへの物資不足は、深刻なものとなりました。
叩き込まれた中国の人たちへの差別意識もあり、現地での食糧・物資の略奪(人的奴隷労働・性奴隷制も含む)・殺戮は激増し、非武装市民への膨大な被害を及ぼします。
残虐行為に晒された、中国の人たちが皇軍および日本人を指して呼んだ言葉が、この『日本鬼子』。
「きっちー」(本名)の中国語読みに、この忌むべき『鬼子』が付けられちゃったわけです。
はあ〜・・へこむ。
分かるは、分かるんですよ。
そう、呼ばれちゃうのは。
だって、日本軍が遺棄していった毒ガスによる被害者はいまだ増え続けているし、戦争被害の個人補償を求めて裁判を闘っている中国の人たちに対して、日本の司法は被害認定はすれども、あからさまに門前払いを続けている。
私も山西省の被害を知って以来、「重慶大爆撃の被害者と連帯する会」や、「女たちの戦争と平和資料館(wam)」の活動を知って、故郷が戦場で無くなったあともライフラインを破壊されたことで生じる、地域の人たちが味わった貧困と苦しみの一端を、垣間見ています。
誰だっていい。
べつに戦時の話じゃなくても、現状を考えたら、日本人にひと言ぶつけてやりたい気持ちは、すっげ分かる。
でも、じつはこの言葉をいわれたのは、初めてでして。(いままで、一度も言われなかったのが不思議なくらいですけど)
南京・重慶・成都・西安・西塘・上海・香港、そして山西省の平遥をはじめとする数々の地方都市。
これら、すべての地で寒気のするような侵略戦争の傷跡をみてきましたが、いずれの街でも中国の人たちは、たとえ内心快く思っていなかったとしても、態度や言葉で私個人に向けてくる事は、ありませんでした。
その心遣いには、本当に感謝!
だからこそ、なんですけど。
日本国籍保有者として、自分でも不正義だと感じる、現状を変えられてない事に・・・余計、へこむ〜(泣)!
「言われても仕方ない、今は。鬼子って言われないだけの行動をしてくのが大事!」
いつかきっと、言われない、言わなくていい関係を、作り上げるんだ。
完全に、眠気も覚めてしまい、あれこれ考えて落ち込みきった頃、
「小姐、着いたよ」
おじさんが、声をかけてくれます。 -
「ざいぃちぇん〜・・」
「漫走ォ〜!」
片手をあげて走り去る、結局お名前不明おじさんのタクシーを見送り、肩の力を抜きます。
はあ〜。
やっぱ、へこむ・・。
心持ち重くなった足を引きずって、チケットボックスへ。
「えーと、一張票(イージャンピャオ)」
窓口の奥にいたお爺さんが顔を覗かせ、
「行って、行って!」
と手を振ります。
え?
入っちゃっていいの?? -
新年だから?
じゃろか?
無料で、入れまちた。
洛陽博物館、旧館――
建物のファサードは立派なのですが、足を踏み入れると、フワリと埃がにおいます。
館内はガランとしており、2日前に訪れた新館と比較して、展示物が圧倒的に少ない。
「新館のほうへ、移行しつつあるのかなあ・・?」
見学者もあまりおらず、なんだか寂しい博物館です。 -
建物は、中央のホールを基準に、正面と左右に展示室がある、2階建て。
しかし、シャッターがおりて入れなくなっている、展示室もあります。 -
家具・古民具のコーナーを抜けると、チベット仏教の展示室。
ここには、お客さんも足を止め熱心に見入っており、盛況のようです。 -
中国中央政府の政策と、チベットとの軋轢は、経済問題・領土問題・歴史問題など、さまざま。
ですが、チベットの仏教美術に寄せる、中国の人たちの関心は高く、この洛陽博物館だけでなく、多くのご当地博物館でチベット仏教ゆかりの品々を見ることが出来ます。 -
多少、コロニアルな見方、という印象が無くも無い・・。
(観光客的には、気軽に観れて嬉しいですけれど)
地元の意に反して「流失してしまっているんじゃないのか?」という、漠とした不安を感じます。
イヤ、あの龍門石窟を観たあとだし、最近根付にハマってるもんでー。
ああいうのの流転の歴史を知ると、これらの品も出自になんかあったんじゃないかな〜と、心配してしまうわけですヨ。 -
あんまり、暗い方向へ考えなくていい展示を観よう。
そうしよう。
昔の女性の髪型紹介のパネル。
けっこうキバツ。 -
俑(よう)の髪型って、デフォルメされてんのかと思っとりましたが・・。
-
じつは、リアル・ヘアー?
-
副葬品といっても、そこは人の感情が入るもの。
柔らかな表情の、俑が多いように見えます。
あんま、怒ったり泣いたりしてるのは無いんですよね。 -
お。
麗江(リージャン)でも見かけた、シルクロード・マップ!
ただし、こちらは「唐代」のルートだそう。 -
博多を通過し、大阪の「難波」が終点になってます!
はあ〜。
すごい物流だなあ。
物欲っていうのは、海もこえるっちゅーか。
壮大な、通信販売網を見ているようです。
つか、権力者のお取り寄せ?
庶民にゃ、わからんっ(汗)。 -
かるーく引いたところで(笑)、子ども達のはしゃぎ声が館内に響きます。
なんじゃい?
声のする方へ入っていくと・・。
マンモス!? -
いやー、わからん!
このコンセプト、本当にわからんよ〜。
なんだか、ちっとマシな物は川向こうの新館に、すべて持っていかれて立ち消えてしまいそうな、洛陽博物館旧館でした。 -
さて、そんな影の薄い(酷)旧館を後にし、フラフラ向かった先は、デパート。
なんでかって?
ご飯ですよ、ゴハン!
楊くんはレストランへ連れてってくれたけど、あのお名前不明のおじちゃんとは行かなかったでしょ?
お昼時間もとっくにまわって、くり返しますがフラフラ。
博物館を背に、左手へ歩いていくと、重慶でもお世話になった『王府井百貨』が!
ゴハン〜っ(泣)!!
中国のデパートも、日本のデパートと構造は一緒。
デパ地下には、食料品売り場があり、出来合いのお惣菜なども並んでいます。ジュル・・。
ザーサイ饅や肉まん、フルーツジュースなどを買い込んで、歩きながら頬張ります。
行儀は宜しくないですが、ウマイ! -
そんなに距離は無かろうと踏んで、買い物袋をぶら下げながら、てくてく中州路を進み周王城広場を目指します。
チョット足が疲れたころ、広場に到着。
そこから、ホテルまではあっという間です。
あっという間といえば、明日には上海へ帰る日。
なんだか名残惜しい、2010年洛陽の元旦です。 -
次回!
この日をもって、洛陽とお別れです!
そこで素直に帰る観光客じゃないんだなあ~。
つか、観光客の鏡?
観光大使?
褒めて、褒めて。
NEXT、『あくまでビギナー⑥(影響されやすい人の白馬寺)』!
おったのしみに☆
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この旅行記へのコメント (8)
-
- ジェームズ・ボンドさん 2010/03/19 23:29:44
- 略奪品
- 確かに博物館収蔵品は略奪品とも言えますね。
よく「ココに置いていたから今まで残ったのだ」という理論は詭弁だと思っていました。
でもバーミヤン遺跡の末路を見ると、まんざらウソではないという気も。
歴史を、どの国でも自国に都合良く解釈、政治的利用するので「鬼子」も仕方ないのでは?
「自分が苦しめられた」事と「自分たちが他国を苦しめる」事は別、人権なぞ存在しない国益至上主義な連中のくせに、という気もしますが。
アヘン戦争なんか、今ではトンでもない事ですが当時の価値観世界観では妥当な政策ですし。
- きっちーさん からの返信 2010/03/19 23:54:19
- 亀の歩み
- 師匠、こんばんはス!
貧困や紛争も、根っこを探ると帝国の負の遺産だったりするので、それを地域の人の「民族」の「野蛮」さの証明として、「それみたことか、やつらには文化遺産を管理する能力なんて無い」とするのは、私も完全なるレイシズムだと思っています。
ただ、おっしゃるとおり、昔の価値観世界観では「妥当」だったことが、「そりゃ無しでしょ」と、少しずつではありますが、認識されるようになってきているのは、多少の行きつ戻りつはあっても、人は良い方向へ学びながら進むんじゃないかな、と思いマス。
それこそ亀の歩み、ですけどね(笑)。
-
- 丸夫さん 2010/01/13 14:41:09
- すごい!
- 中国語もあまりできなさそうなのに、ここまで一人で行けるのはすごいです。
中国に住んでいると、危ないというのが先にたち、トンでもない行為に思えないこともありませんが、すごい!です。
少し、老婆心ながらお伝えすると、中国国内の飛行機のチケットは、現地の旅行社で買うのが安いです。価格は、ネットで調べておけば、ほぼ同じ価格で買えます。ちなみに、私は、このサイトで料金をチェックしてから買います。
http://www.elong.com/
ホテルの予約もOKです。飛行機のチケットも買えます。
ホテルの場合は、予約するだけで、前金の振込みや、クレジットカードの登録などは一切いりません。但し、遅くなるときは、連絡しておかないと勝手にキャンセルされるかも知れませんので、到着時間を遅めにしておけば、問題ないです。予定より早く行っても、何も問題ないですよ。
- きっちーさん からの返信 2010/01/13 14:56:26
- あっざーすv
- 丸夫さま
書き込みをありがとうございます!
いや・・ホントに、回数行ってるわりには全然できないところが悲しい、中国語です。
「地域によって、まるきし発音が違うんだもの!」と自分に言い訳しつつ・・。
逆に、言葉が出来ないゆえに、「こいつ、あぶねえな〜」と現地の方たちが親切にしてくれている部分は、絶対あると思うんですけど(笑)。
それに甘えてはいけません。
あんまし出来ないのも失礼なので、電子辞書を買ってみました。
きっとそのうち、ベラベラになる予定です。
中国にお住まいとは、スゴイですね!
うらやましいです。
サイトのご紹介も頂きまして、嬉しいです。
やっぱり、お住まいになられている方の情報って、ガイドブックじゃ問題にならないくらい貴重なので、本当にありがとうございます。
ではでは。
-
- ジェームズ・ボンドさん 2010/01/12 21:22:11
- 石窟
- まるで美術か社会科の教科書に出て来るような石窟ですな。
そういえば冬休みに小学生の甥と姪がやってきましたが、持ってきた成績表。
意味の分からない項目が書いてあり、それに丸や二重丸が付けてあるだけ。
僕らの頃は1,2,3,4,5の段階表記だったけどなぁ。
- きっちーさん からの返信 2010/01/13 12:22:36
- RE: 石窟
- あと、莫高窟(ばっこうくつ)だけ行ければ、中国石窟マニアになれるのに!
しかし、今のところ、堂々の1位は重慶の大足石窟だと思います。
当面、住みついていたかったですもん(笑)。
龍門石窟は、あとでアップしますが、9割の石仏が頭部を削り取られてしまっていて、非常に無残でした。
小学校の通信簿って記憶がない(笑)。
私も中学は、確実に5段階評価でした。
絶対評価じゃなくて、学年の人数割評価の時代でしたので、英語・数学は散々でした〜。
- ジェームズ・ボンドさん からの返信 2010/01/14 21:57:36
- RE: 石窟
- 確かに5段階評価になじみが深い者にとって、現在の小学生のモノはサッパリ理解できません。
それを良いことに、小学生になった姪は自分のおじいちゃんおばあちゃんに対し「いかに自分が優秀で努力家であるか」懸命にアピールしていましたが1年ほどでヤメました。
成績表の解説を感心して聞いている、自分のじいちゃんばあちゃん。
この二人が、どちらも小学校教諭である事に気付くのに1年掛かるとは情けないヤツです。
- きっちーさん からの返信 2010/01/14 22:12:11
- さすがですね
- きっと、将来はボケ担当だ☆
そんな分かりづらいシロモノなんですか??
どちらかといえば、担任の先生が書いてくる文章のほうが、怖かったような気がします(笑)。
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