2009/11/27 - 2009/11/29
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korotamaさん
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現存する天守を持つ丸亀城を訪れました。
石垣の高さ、美しさから「石の城」とも呼ばれています。
丸亀城ボランティアガイドの方にお話を伺いながら、ゆっくり見学しました。
- 交通手段
- レンタカー ANAグループ
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町に入ると、そびえる天守が目に入ります。
町のどこからでも天守を仰ぎ見ることができる平山城は、好きです。
それにしても、このお山、随分と高いのね。 -
丸亀城は標高66mの亀山に、本丸を中心に二の丸、三の丸が周りを囲む輪郭式縄張で築かれた平山城です。
別名は亀山城。 -
北側から見た復元図です。
城跡を歩いていても、隅櫓が多いなぁ、という印象がありました。 -
北に位置する大手門。
藩主は、生駒氏、山崎氏、京極氏、と3家移り変わりましたが、最後の京極氏の時代にそれまで南(現 搦手口)にあった大手門を移築して、1670年に完成しました。
ここからも天守閣がよく見えます。 -
大手二の門(高麗門)、その奥に、大手一の門(櫓門)。
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高麗門をくぐり、桝形から堂々たる大手一の門の眺めます。
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その桝形の石垣には大きな石がはめ込まれています。
大手門だけでなく、この石垣も、威風堂々たる姿で訪れる者を迎え入れていたのでしょう。 -
一段高いところから大手口を眺めました。
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大手一の門。
櫓門をこういう位置から見るのって、珍しい感じです。 -
内部、公開中でした。
旧藩時代は楼上に太鼓を置いて城下に時を知らせていたため、「太鼓門」とも呼ばれていたそうです。 -
高松城を居城としていた讃岐の領主・生駒親正(いこま ちかまさ)が丸亀城を築き始めたのは1597年。
1615年には一国一城令により廃城となりましたが、1641年に山崎家治(やまさき いえはる)が西讃岐の領主となり、城の再築を行いました。
3代続いた山崎氏ですが、嫡子ができずに絶家し、1658年、京極高和(きょうごく たかかず)が丸亀の藩主となりました。
以降、1869年(明治2)の版籍奉還まで京極氏の治世が続きました。
城内に置かれているごみ箱に3家の紋が施されていました。
上から、生駒半車門、京極平四ツ目紋、山崎扇紋。
京極家の門が真ん中なのは、一番長かったからでしょうか。丸亀城 名所・史跡
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大手門から本丸へは坂を上っていきます。
「見返り坂」と呼ばれる山道から、三の丸北側の美しい石垣を仰ぎ見ることができます。
高さは20m以上はあるという城壁。 -
角は美しい曲線を描き、「扇の勾配」と呼ばれているのだそうな。
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見返り坂は三の丸内側へと続きます。
紅葉が見事でした。 -
見返り坂の左手、三の丸東石垣は修理工事が行われた後でした。
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見返り坂、はい、見返りました。
結構、息が切れます(^_^;) -
修復後の櫓台。
三の丸は海抜50.5mの高さ。
二の丸と本丸をぐるりと囲む平地です。 -
二の丸には井戸があります。
深さは約65mもあるそうな。
こんな高いところから掘るのですから、作業、大変だったでしょうね。
この二の丸井戸には、美しく立派な石垣を造った羽坂重三郎が、「生かしておけば的に通じた場合恐ろしいことになる」という藩主の危惧により、井戸の底に埋められてしまったという伝説もあるようです。
人が埋められた井戸、は、不気味ですね…。 -
北東に位置する二の丸隅櫓跡です。
丸亀の中心地や瀬戸内海が一望できます。 -
二の丸跡には元藩主の子孫の方により、桜の木々が植えられています。
春は花見で賑わうそうです。
寒い日でしたが、咲いていました。
十月桜ですね。 -
そして、本丸です。
一番高いところですが、意外に広々としています。 -
江戸時代には隅櫓もしっかり4か所建っていました。
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讃岐富士こと「飯野山」がよく見えます。
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1642年に山崎家治が造り始めたものを、1660年に京極高和が完成させた三層三階、高さ15mの、日本一小さな現存木造天守。
本丸中ほどにあったものを、北の縁に移築して完成させたそうです。 -
屋根瓦には京極の家紋が施されています。
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木造天守、この落ち着きが好きです。
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天守三階からの眺め。
手前、山下曲輪に御殿へ出入りする者を見張った番所長屋が見えます。 -
二の丸搦手越しに、市内、そして、瀬戸内海を眺めます。
第2次大戦中、ここ丸亀は幸いにも戦禍に遭わなかったのだそうです。
こんなにも目立つ場所に立つ丸亀城が昔の姿を今に伝えられるのはそのお陰なのでしょうね。 -
遠くには瀬戸大橋
瀬戸大橋 (香川県) 名所・史跡
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本丸 北東の隅櫓跡から二の丸搦手方向を見下ろします。
石垣もさることながら、この段々状の縄張りにも美しさを感じます。 -
三の丸北西側から天守を眺めます。
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帰りは南の搦め手口へと降りて行きました。
本丸を支える石垣は、継ぎ足ししている感じです。
階段状になっていて、なんだか登りやすくなってしまっているのでは? と、不思議。 -
山崎氏の時代に掘られた三の丸井戸、そして、本丸を支える石垣
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三の丸から搦手林、内堀を眺めます。
右手には城内グラウンドの観客席も見られますね。
南正面には金毘羅さんがある琴平山、象頭山、大麻山が見えます。
名前は3つあるけれど、一つの山に見えます。大麻山 自然・景勝地
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三の丸下段を帯状に巡っている帯曲輪を下りながら、讃岐富士こと飯野山を眺めます。
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入り組んだ石垣が美しい
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堅固な要塞のようにも見えます。
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搦手口。
山崎氏までは、こちらに大手門がありました。 -
緩やかな曲線を描く内堀の土塁と石垣の対比が非常に印象的でした。
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土塁に黒鳥さん
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山下曲輪の南西に位置する城内グラウンドから、石垣を眺めました。
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かつてはこの角、角に、櫓が建っていたのですね。
江戸時代にタイムトラベルして、眺めてみたいです。 -
大手門へ戻る途中、山下曲輪の西に位置し、今は資料館となっているかつての藩主屋敷跡の横を通り過ぎ、玄関先御門をくぐりました。
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ここからは、丸亀市内をちょっと町歩き。
日曜日だったので、商店街はひっそりでした。 -
2階の壁が黒タイルの、変わった建物。
「秋寅の館」という名の、無料休憩所だそうです。 -
JR丸亀駅前の地図案内板に譜面がー。
よく見てみると、なんと、作詞作曲はさだまさしではないですか!
平成11年 丸亀市制施行100周年記念イメージソング
「城のある町」 -
「城のある町」の出現に驚いていたら、続いてはうどんタクシーです〜。
エビ天が2尾入りです〜(^^) -
「城のある町」を聴きながら、とみやまち商店街を抜けて城へ戻ります(^.^)
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おっ!
歴史が感じられる建物だ! -
インパクト強い商店街入り口
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内堀ですー。
大手門側は石垣なのですね。 -
スイスイ泳ぐこの水鳥さんはどなたかしら?
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黒鳥さんもスイスイ泳いでいます。
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土塁の松の木ではサギさんたちがお休み中です。
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ずいぶん背中の青が濃いなぁ、と思ったら、この方はゴイサギなのですね。
夜行性で、昼間はこうして木の上で眠るのだそうです。
なんだか、背中を丸めた姿がリトルペンギンのような雰囲気です。 -
こちらは茶色の毛をしています。
ゴイサギの若様でしょうか。 -
水際ではアオサギが何やら見つめています。
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シラサギもいました。
足先が黄色いので、コサギでしょうか。 -
最後にもう一度…
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内堀から天守閣へ向け、石垣が4層に重ねられた石の城、丸亀城。
丸亀城 名所・史跡
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