2009/07/03 - 2009/07/09
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funasanさん
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パリで最もパリらしい場所はオペラ大通りに続く「パレ・ガルニエ(オペラ座)」(写真)だと私は思う。この日はホテルから地下鉄を乗り継いで「PYRAMIDES」で下車。オペラ座~ヴァンドーム広場~ルーヴル美術館~シテ島~ノートルダム大聖堂、と歩いてまわってみた。
私のホームページ『第二の人生を豊かに―ライター舟橋栄二のホームページ―』に旅行記多数あり。
http://www.e-funahashi.jp/
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地下鉄「PYRAMIDES」駅はオペラ座とルーブルのほぼ中間点のオペラ大通りに位置し、「マイバス」「ミキ・トラベル」等、日本人向け旅行会社に近い。おまけに日本料理店の集中する通りに近く利用価値大。写真:オペラ大通りよりオペラ座を望む
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オペラ大通りの両側の建物(写真)は素晴らしい。高さが統一され外壁の装飾が誠にエレガント。
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ゆっくり歩いてオペラ座(写真)に向かう。パリのオペラ座は音楽、舞踏の殿堂のみならず、パリの都市計画の重要な役割を持っていた。
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オペラ座が近づいてくる。19世紀後半、ナポレオン3世は大規模なパリの都市改造計画を打ち出した。
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圧倒的な迫力、堂々として優雅、実に見事なオペラ座である。ナポレオン3世はルーヴル宮の北、商業、金融、ビジネスの中心だった地区に、「貴族や資産家の社交場」としてオペラ座の建設を命じた。
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1861年、設計コンクールで選ばれたのは36歳のシャルル・ガルニエであった。
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ガルニエは多彩な表現を取り入れ、皇帝の好みにあうよう「ナポレオン3世スタイル」を試み1875年に完成した。
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入場料(8ユーロ)を払ってオペラ座の劇場内に入る。まずは中央入り口の大階段(写真)に驚く。重厚な大理石造り。精緻なモザイク装飾の天井もすごい。
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ベルサイユ宮殿に劣らぬ豪華絢爛なホワイユ(ロビー)。貴族や資産家たちの社交場なので、オペラの幕間にここでワイングラスを片手に談笑したのであろう。
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皇帝の色である「赤と金」で装飾されたバルコニーをもつ2000席の観客席(写真)。
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客席のカテゴリーは1〜7まであり、2009〜2010年の料金はオペラ(138ユーロ〜7ユーロ)バレエ(87ユーロ〜6ユーロ)ただし、安い席からは舞台が見えない場合あり。
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客席から見上げると、天井にはシャガールの絵画「夢の花束」(1964年製作)があり、オペラの祭典が描かれている。中央の7トンのシャンデリアが突然崩れ落ち、「オペラ座の怪人」がはじまる‥‥。
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劇場内を興奮して見学した後、クールダウンのためにバルコニー(写真)に出る。ここからの眺めは素晴らしい。
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写真:パレ・ガルニエのバルコニーらの眺め。オペラ大通りがルーヴル宮まで一直線に伸び、道路の両側には美しく統一された建物が続く。都市計画の見事な成果である。
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興奮未だ醒めず、次々に建物の写真を撮る。パリ・オペラ座の真正面、一等地のビル(写真)にベルリッツ(語学学校)を見つけた。パリの安いアパルトマンに下宿してオペラ座のベルリッツに通ってフランス語と英語でも学んでみるか?夢は広がる‥‥。
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オペラ座正面に建つ由緒ある高級ホテル「インターコンチネンタル・ル・グラン・ホテル・パリ」王宮のようなラウンジは大理石の床で埋めつくされているという。宿泊料金:1泊1室(2名)41200円〜79200円(8月、アップルワールド)
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もう一度オペラ大通りの街並み(写真)をカメラに収めて、ラ・ペ通りをヴァンドーム広場方面に向かう。途中、JCBプラザがあり、トイレ休憩、情報収集等に便利。
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ヴァンドーム広場(写真)は観光客が少なく落ち着いていて、いい雰囲気である。広場中央の記念柱はナポレオンがオステルリッツ戦のプロシア軍から奪った戦利品の大砲をつぶして造らせたもの。頂上にはシーザーの姿でローマの方向をにらむナポレオン像がある。
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ヴァンドーム広場にそびえたつ超高級ホテル「リッツ・パリ(写真)」。正装していかないと場違いのような雰囲気。ダイアナ妃が最後の食事をとったホテルでもある。宿泊代金は1泊1室(2名)74300円〜241200円(8月、アップルワールド)
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ヴァンドーム広場を眺めながらコーヒータイムにしたかったのであるが、宝石店やブランドショップ等しかない。オペラ大通りにもどりカフェ(写真)で一休みする。
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1805年ナポレオンの勝利を記念し1808年に完成した「カルーゼル凱旋門」(写真)高さ15m、門の上には馬車に乗る王政復古の女神の彫刻がほどこされている。ここからルーブル宮がはじまる。
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ルーヴル宮(ルーヴル美術館)は中に入らなくても外観を見てまわるだけでも楽しい。写真:ルーヴル美術館リシュリュウ翼
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ルーヴルは美術館である前に、要塞そして宮殿としての歴史があった。写真:ルーヴル美術館リシュリュウ翼
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太陽王ルイ14世の統治下に、現在の形がほぼ出来上がるが、王はヴェルサイユに宮殿を移してしまったので、ルーヴルは宮殿の役割を失う。写真:ルーヴル美術館リシュリュウ翼
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その後、ルーヴルには「絵画・彫刻アカデミー」が設置され芸術の国フランスの基礎が作られる。写真:ルーヴル美術館入り口のピラミッド
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1793年8月10日、王政から共和国となったフランスで、ルーヴルは美術館として再生し、今や、世界最大の美術館となる。写真:ルーヴル美術館ドウノン翼
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ルーヴル美術館入場は別の日にして、この日はセーヌ川のほとり(写真)を歩き、ノートルダム大聖堂があるシテ島に向かう。
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個人旅行は実にいい。時間を気にせずぶらぶらセーヌ川のほとりを歩く。
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私の横には長年連れ添った妻がいる。もし、私が若かったなら、金髪のパリジェンヌに声をかけ‥‥。写真:セーヌ川とコンシェルジュリー
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パリの街中を歩いてみると、手をつなぎ、肩を抱いて歩くカップル、信号待ちでキスをするカップル、ベンチで抱き合うカップル‥‥。離れて歩くカップルは少ない。
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ここはパリなので少し羞恥心を忘れて、我々も真似してみる。妻は喜ぶ。冷めた愛がパリの魅惑で復活?
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シテ島に渡りノートルダム大聖堂方面に向かう。途中、堂々とした美しい建物(写真)に出会う。
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ノートルダム大聖堂(写真)の前の広場は観光客であふれている。パリは世界中から人を集める魅力を持っているのであろう。
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ノートルダム大聖堂(写真)の歴史は古く、1163年にパリ司教シュリーによって起工され、1320年頃完成した。
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写真:大聖堂正面にある3つのポルタイユ(門)、左から、「聖母マリア」「最後の審判」「聖アンナ」のポルタイユ。
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写真下から順に「ユダヤとイスラエルの王を表した28体の彫刻」「バラ窓」そして、「南塔」。残念ながら閉館時間を過ぎていたので外観のみを写す。
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写真:ノートルダム大聖堂の真横にあるビルとカフェ、パリの夏の日暮れは遅い。この明るさでもすでに午後8時をまわっている。かなり疲れたので、地下鉄に乗ってホテルに帰る。
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