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パリ滞在中、私たち夫婦で電車・バスを乗り継いで「フォンテーヌブロー城」(写真:世界遺産)に行ってきた。フォンテーヌブロー城はパリから電車で40分くらいの場所にあり、もともとはパリの王族がここの森で狩りを楽しんだ簡易宿泊所だった。その後、フランソワ1世からルイ16世まで7代の王がこの地を愛し次々と建物を継ぎ足してきたのが今の城である。<br /><br />私のホームページ『第二の人生を豊かに―ライター舟橋栄二のホームページ―』に旅行記多数あり。<br />http://www.e-funahashi.jp/<br />

フランス世界遺産紀行⑤(フォンテーヌブロー城)

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2009/06/29 - 2009/07/10

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funasan

funasanさん

パリ滞在中、私たち夫婦で電車・バスを乗り継いで「フォンテーヌブロー城」(写真:世界遺産)に行ってきた。フォンテーヌブロー城はパリから電車で40分くらいの場所にあり、もともとはパリの王族がここの森で狩りを楽しんだ簡易宿泊所だった。その後、フランソワ1世からルイ16世まで7代の王がこの地を愛し次々と建物を継ぎ足してきたのが今の城である。

私のホームページ『第二の人生を豊かに―ライター舟橋栄二のホームページ―』に旅行記多数あり。
http://www.e-funahashi.jp/

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  • パリ滞在中に地下鉄は何回も利用したので、スムーズにパリ・リヨン駅(写真)に行く。しかし、ここで意外と苦労した。

    パリ滞在中に地下鉄は何回も利用したので、スムーズにパリ・リヨン駅(写真)に行く。しかし、ここで意外と苦労した。

  • チケットオフィスを探し、どこ行きの列車に乗ればいいのか?何番ホームで待つのか?広い駅内を右往左往する。何とか10:05発「Montereau/Montargis」行きの列車(写真)に乗り込み、ひと安心する。料金7.5ユーロ。

    チケットオフィスを探し、どこ行きの列車に乗ればいいのか?何番ホームで待つのか?広い駅内を右往左往する。何とか10:05発「Montereau/Montargis」行きの列車(写真)に乗り込み、ひと安心する。料金7.5ユーロ。

  • 10:41フォンテーヌブロー着。わずか36分の列車の旅。駅前からバスに乗って15分くらいでお城に着く。バス代1.7ユーロ。

    10:41フォンテーヌブロー着。わずか36分の列車の旅。駅前からバスに乗って15分くらいでお城に着く。バス代1.7ユーロ。

  • フォンテーヌブロー城正面(写真)黒い雲が空一面をおおい、今にも雨が降りそう。残念!しかし、フランスの天気は気まぐれで、突然青空になったりする。

    フォンテーヌブロー城正面(写真)黒い雲が空一面をおおい、今にも雨が降りそう。残念!しかし、フランスの天気は気まぐれで、突然青空になったりする。

  • きらびやかな門をくぐると緑の芝生が美しい白馬の中庭(写真)になる。かなり広い庭であるが、これはフォンテーヌブロー城のごく一部。

    きらびやかな門をくぐると緑の芝生が美しい白馬の中庭(写真)になる。かなり広い庭であるが、これはフォンテーヌブロー城のごく一部。

  • 白馬の庭を横切り宮殿入り口に来るとユニークな形をした「馬蹄形階段」がある。これはアンリ2世の命により増設されたものである。写真:馬蹄形階段から見た白馬の中庭

    白馬の庭を横切り宮殿入り口に来るとユニークな形をした「馬蹄形階段」がある。これはアンリ2世の命により増設されたものである。写真:馬蹄形階段から見た白馬の中庭

  • 宮殿の廊下をくぐり抜け「泉の中庭」(写真)に来る。写真の反対側に大きな「鯉の池」が広がりボート遊びもできる。

    宮殿の廊下をくぐり抜け「泉の中庭」(写真)に来る。写真の反対側に大きな「鯉の池」が広がりボート遊びもできる。

  • そして、「大花壇」(写真)に来てみると初夏の花々が咲いている。

    そして、「大花壇」(写真)に来てみると初夏の花々が咲いている。

  • この花壇の中央には大きな池と噴水があるので、花壇全体としは相当広い。あちこち歩いて写真を撮る。

    この花壇の中央には大きな池と噴水があるので、花壇全体としは相当広い。あちこち歩いて写真を撮る。

  • 大花壇の花と噴水、そして、バックにフォンテーヌブロー城。私の最も期待していた場所である。青空でないのが唯一の欠点。 <br />

    大花壇の花と噴水、そして、バックにフォンテーヌブロー城。私の最も期待していた場所である。青空でないのが唯一の欠点。

  • ベルサイユ宮殿に比べると、ここは観光客が少なく実に静かである。Very Good.<br />

    ベルサイユ宮殿に比べると、ここは観光客が少なく実に静かである。Very Good.

  • 「白馬の中庭」「泉の中庭」「イギリス式庭園」「大花壇」(写真)等の庭めぐりだけで午前中過ごす。

    「白馬の中庭」「泉の中庭」「イギリス式庭園」「大花壇」(写真)等の庭めぐりだけで午前中過ごす。

  • ここらで、腹ごしらえ。お城からいったん出て、正門から一番近いカフェ・レストラン(写真)に入って、ランチにする。

    ここらで、腹ごしらえ。お城からいったん出て、正門から一番近いカフェ・レストラン(写真)に入って、ランチにする。

  • 「ツナ・トマト・チーズサラダ(9.1ユーロ)」「オムレツ・ナチュラル(6.3ユーロ)」「ペプシコーラ(3.2ユーロ)」フランスパンはメインに付いてきてお替り自由。<br />

    「ツナ・トマト・チーズサラダ(9.1ユーロ)」「オムレツ・ナチュラル(6.3ユーロ)」「ペプシコーラ(3.2ユーロ)」フランスパンはメインに付いてきてお替り自由。

  • サラダ、フレンチフライのボリュームがすごい。2人で食べても十分満足する量である。味もGood.気分が良かったので食後にカフェオーレ(4.0ユーロ)を注文。税金1.18ユーロ入れて合計22.6ユーロ(約3000円)払った。<br />

    サラダ、フレンチフライのボリュームがすごい。2人で食べても十分満足する量である。味もGood.気分が良かったので食後にカフェオーレ(4.0ユーロ)を注文。税金1.18ユーロ入れて合計22.6ユーロ(約3000円)払った。

  • ランチの後、フォンテーヌブロー城の内部に入る。入場料8ユーロ(音声ガイド付き)写真上方:暦の回廊、1866年にナポレオン3世が創設したもので、この宮殿で繰り広げられた輝かしい歴史が絵画で紹介されている。<br />

    ランチの後、フォンテーヌブロー城の内部に入る。入場料8ユーロ(音声ガイド付き)写真上方:暦の回廊、1866年にナポレオン3世が創設したもので、この宮殿で繰り広げられた輝かしい歴史が絵画で紹介されている。

  • 前ページ写真下方:絵皿の回廊、ルイ・フィリップの時代に整備されたもので、128枚ものセーブル磁器の絵皿が展示されている。その中には王女の婚礼を記念する物入れの扉に装飾として付けられたセーブル磁器(写真)もある。

    前ページ写真下方:絵皿の回廊、ルイ・フィリップの時代に整備されたもので、128枚ものセーブル磁器の絵皿が展示されている。その中には王女の婚礼を記念する物入れの扉に装飾として付けられたセーブル磁器(写真)もある。

  • 16世紀初め、イタリア戦争でアルプスを越えてイタリアに入ったフランソワ1世は、当時絶頂期にあったイタリア・ルネッサンス文化の素晴らしさに魅了され、イタリアの建築家・画家達をフランスに呼び寄せた。写真:ルイ13世の住居、寝室<br />

    16世紀初め、イタリア戦争でアルプスを越えてイタリアに入ったフランソワ1世は、当時絶頂期にあったイタリア・ルネッサンス文化の素晴らしさに魅了され、イタリアの建築家・画家達をフランスに呼び寄せた。写真:ルイ13世の住居、寝室

  • 豪華絢爛なフランソワ1世の回廊(写真)に驚く。王は城内の三位一体礼拝堂のミサに毎日参列するため、自分の住居棟と教会を結ぶこの回廊をイタリア人に命じて建造させた。ここにフランス・ルネッサンスの最初の偉大な作品が生み出された。

    豪華絢爛なフランソワ1世の回廊(写真)に驚く。王は城内の三位一体礼拝堂のミサに毎日参列するため、自分の住居棟と教会を結ぶこの回廊をイタリア人に命じて建造させた。ここにフランス・ルネッサンスの最初の偉大な作品が生み出された。

  • イタリアから来た芸術家の中には、あの「レオナルド・ダ・ビンチ」もいたというから驚く。写真:フランソワ1世の回廊の壁にかかっている絵画と彫刻

    イタリアから来た芸術家の中には、あの「レオナルド・ダ・ビンチ」もいたというから驚く。写真:フランソワ1世の回廊の壁にかかっている絵画と彫刻

  • この回廊を通って三位一体礼拝堂(写真)に行く。2階のバルコニー席はルイ15世の時代に、王室楽団のために設けられたもの。

    この回廊を通って三位一体礼拝堂(写真)に行く。2階のバルコニー席はルイ15世の時代に、王室楽団のために設けられたもの。

  • 写真:衛兵の間、この部屋には王を警護し、入室者を監視する衛兵が詰めていた。第二帝政時代、ナポレオンが少人数で晩餐をとる食堂としても使用した。天井の多彩色の装飾が見事。

    写真:衛兵の間、この部屋には王を警護し、入室者を監視する衛兵が詰めていた。第二帝政時代、ナポレオンが少人数で晩餐をとる食堂としても使用した。天井の多彩色の装飾が見事。

  • フランソワ1世の時代に工事が始められたこの部屋はアンリ2世に時代に「舞踏会の広間」(写真)として完成した。壁面のフレスコ画はイタリア人達によって1550年に製作された。

    フランソワ1世の時代に工事が始められたこの部屋はアンリ2世に時代に「舞踏会の広間」(写真)として完成した。壁面のフレスコ画はイタリア人達によって1550年に製作された。

  • 写真:聖サチュルナン礼拝堂、1169年にカンタベリー大司教、トーマス・ベケットによって建てられたこの礼拝堂は、ルネッサンス期に建て直された。アンリ2世はこの礼拝堂の2階にパイプオルガン演奏席を造らせた。

    写真:聖サチュルナン礼拝堂、1169年にカンタベリー大司教、トーマス・ベケットによって建てられたこの礼拝堂は、ルネッサンス期に建て直された。アンリ2世はこの礼拝堂の2階にパイプオルガン演奏席を造らせた。

  • 写真:フランソワ1世の寵姫であったエタンプ公爵夫人の寝室の壁に掲げてあるスタッコ、1749年ルイ15世は建築家ガブリエルに命じてこの部屋を階段に改造させた。よって、現在ルイ15世の階段とも呼ばれる。

    写真:フランソワ1世の寵姫であったエタンプ公爵夫人の寝室の壁に掲げてあるスタッコ、1749年ルイ15世は建築家ガブリエルに命じてこの部屋を階段に改造させた。よって、現在ルイ15世の階段とも呼ばれる。

  • ルイ15世の階段付近から見た「楕円形の中庭」(写真)

    ルイ15世の階段付近から見た「楕円形の中庭」(写真)

  • 写真:聖王ルイの間の暖炉のマントルピースにある「騎馬姿のアンリ4世」

    写真:聖王ルイの間の暖炉のマントルピースにある「騎馬姿のアンリ4世」

  • 写真:ルイ13世の間、もともとはアンリ4世の書斎であったが、1601年、この部屋で国王の後継者である王太子が誕生した。王は男子を得たことにいたく感動し、大粒の涙をこぼして泣いたという。<br />

    写真:ルイ13世の間、もともとはアンリ4世の書斎であったが、1601年、この部屋で国王の後継者である王太子が誕生した。王は男子を得たことにいたく感動し、大粒の涙をこぼして泣いたという。

  • 写真:タペストリーの間と皇后の控えの間、大きなタペストリーが飾られている。

    写真:タペストリーの間と皇后の控えの間、大きなタペストリーが飾られている。

  • 長さが80mにもおよぶこの「ディアナの回廊」(写真)はアンリ4世の時代に建造された。ナポレオン3世は、回廊を図書室に改装した。現在、ここにはかってのナポレオン1世の図書館から移設された16000冊の書物と、彼が1810年に作らせた地球儀が置かれている。

    長さが80mにもおよぶこの「ディアナの回廊」(写真)はアンリ4世の時代に建造された。ナポレオン3世は、回廊を図書室に改装した。現在、ここにはかってのナポレオン1世の図書館から移設された16000冊の書物と、彼が1810年に作らせた地球儀が置かれている。

  • 金彩色された白い板張りの壁に緑色の椅子、非常に洗練されたこの部屋は「白の間」と呼ばれる。かって王妃の小サロンであったところで、19世紀に、ルイ・フィリップの妻、マリー・アメリーの小サロンとして再び改装され現在のような姿になった。

    金彩色された白い板張りの壁に緑色の椅子、非常に洗練されたこの部屋は「白の間」と呼ばれる。かって王妃の小サロンであったところで、19世紀に、ルイ・フィリップの妻、マリー・アメリーの小サロンとして再び改装され現在のような姿になった。

  • 歴代君主の妻たちの寝室(写真)。ベッドは1787年にマリー・アントワネットのために考案され、当時最も有名な家具師によってわずか3ヶ月で仕上げられた。しかし、フランス革命が始まってしまったために、彼女がそれを使うことはなく、ナポレオンの最初の妻、ジョゼフィーヌがそのベッドを最初に使うことになった。

    歴代君主の妻たちの寝室(写真)。ベッドは1787年にマリー・アントワネットのために考案され、当時最も有名な家具師によってわずか3ヶ月で仕上げられた。しかし、フランス革命が始まってしまったために、彼女がそれを使うことはなく、ナポレオンの最初の妻、ジョゼフィーヌがそのベッドを最初に使うことになった。

  • 王妃の寝室と王の寝室との間には「王妃の私室」(写真)がある。この部屋は君主の妻の私的空間の1つで、王妃が宮廷から逃れて引きこもり、数時間のくつろぎを得る場所であった。この部屋の装飾は、古代ギリシャ・ローマ様式や花に対するマリー・アントワネットの好みをよく示している。

    王妃の寝室と王の寝室との間には「王妃の私室」(写真)がある。この部屋は君主の妻の私的空間の1つで、王妃が宮廷から逃れて引きこもり、数時間のくつろぎを得る場所であった。この部屋の装飾は、古代ギリシャ・ローマ様式や花に対するマリー・アントワネットの好みをよく示している。

  • お城の主役「玉座の間」(写真)。16世紀からフランス革命まで、この部屋は宮殿内で最も神聖な場所「王の寝室」であった。板張り仕上げの下の部分と天井の中央の装飾モチーフは、ルイ13世の時代に作られ、残りの装飾はルイ15世の時代のものである。

    お城の主役「玉座の間」(写真)。16世紀からフランス革命まで、この部屋は宮殿内で最も神聖な場所「王の寝室」であった。板張り仕上げの下の部分と天井の中央の装飾モチーフは、ルイ13世の時代に作られ、残りの装飾はルイ15世の時代のものである。

  • ところが、ナポレオン1世は1808年、この寝室を「玉座の間」(写真)に替えた。フォンテーヌブロー城で一番見事な部屋だと思う。フランスに残る最後の玉座の間で、拝謁式や宣誓の儀式が行われた。

    ところが、ナポレオン1世は1808年、この寝室を「玉座の間」(写真)に替えた。フォンテーヌブロー城で一番見事な部屋だと思う。フランスに残る最後の玉座の間で、拝謁式や宣誓の儀式が行われた。

  • 「会議の間」(写真)では、ほぼ毎日、王国の懸案事項が取り扱われていた。この部屋の装飾はルイ15世時代のもの。

    「会議の間」(写真)では、ほぼ毎日、王国の懸案事項が取り扱われていた。この部屋の装飾はルイ15世時代のもの。

  • ナポレオンはルイ16世の化粧室を「皇帝の寝室」(写真)に替えた。この時、金箔で強調された勝利の女神や蜂の紋章、皇帝の頭文字が寝室の装飾に付け加えられた。さらに、寝台の上部には、正義と豊穣が、その反対側には気品と栄光が彫刻された。

    ナポレオンはルイ16世の化粧室を「皇帝の寝室」(写真)に替えた。この時、金箔で強調された勝利の女神や蜂の紋章、皇帝の頭文字が寝室の装飾に付け加えられた。さらに、寝台の上部には、正義と豊穣が、その反対側には気品と栄光が彫刻された。

  • 写真:皇帝の執務室、ナポレオン1世は異例とも言えるほど精力的に仕事をこなした。彼はあまり睡眠をとらず、休憩用に設置された簡易ベッドで、時々、短い休息をとるだけだった。

    写真:皇帝の執務室、ナポレオン1世は異例とも言えるほど精力的に仕事をこなした。彼はあまり睡眠をとらず、休憩用に設置された簡易ベッドで、時々、短い休息をとるだけだった。

  • 写真:退位の間、美しく輝いた花もいづれ枯れる。1814年3月、敵である同盟軍がパリに到着し首都は占領された。4月3日、元老院はフォンテーヌブロー城に逃れていた皇帝の廃位を宣言する。4月6日、ナポレオンは私室の小型円卓(写真)の前に座り退位状に署名し、周りを囲む元帥たちに言った。「諸君は休養を望んだ、さあ休むがいい」。そして、4月20日、流刑地のエルバ島へと出発する。<br />

    写真:退位の間、美しく輝いた花もいづれ枯れる。1814年3月、敵である同盟軍がパリに到着し首都は占領された。4月3日、元老院はフォンテーヌブロー城に逃れていた皇帝の廃位を宣言する。4月6日、ナポレオンは私室の小型円卓(写真)の前に座り退位状に署名し、周りを囲む元帥たちに言った。「諸君は休養を望んだ、さあ休むがいい」。そして、4月20日、流刑地のエルバ島へと出発する。

  • 写真:三位一体礼拝堂、かって聖王ルイによって建設された礼拝堂があった場所に、フランソワ1世が三位一体礼拝堂を再建させた。完成は16世紀末で、アンリ4<br />世とルイ13世の時代に調度が整えられた。<br /><br />

    写真:三位一体礼拝堂、かって聖王ルイによって建設された礼拝堂があった場所に、フランソワ1世が三位一体礼拝堂を再建させた。完成は16世紀末で、アンリ4
    世とルイ13世の時代に調度が整えられた。

  • 歴代フランス王たちの華麗な歴史を見てきたが、本物には本や映像とは違った迫力がある。ヨーロッパの歴史に興味がある人にはお勧めの場所である。 <br />写真:黄金の冠をした蓋がユニークなアイスクリーム売り場

    歴代フランス王たちの華麗な歴史を見てきたが、本物には本や映像とは違った迫力がある。ヨーロッパの歴史に興味がある人にはお勧めの場所である。
    写真:黄金の冠をした蓋がユニークなアイスクリーム売り場

  • パリから日本人ガイドによるフォンテーヌブロー城の観光バスツアーもある。半日観光で料金は65ユーロ(マイバス社)<br />写真:鯉の池が見渡せる場所にあるカフェテリア

    パリから日本人ガイドによるフォンテーヌブロー城の観光バスツアーもある。半日観光で料金は65ユーロ(マイバス社)
    写真:鯉の池が見渡せる場所にあるカフェテリア

  • 個人で行くとめんどうで、時間もかかるが、それだけの価値はあると思う。往復の交通費・入場料合わせて26.4ユーロしかかからないのも魅力である。ツアー代金の半分以下!<br />写真:鯉の池から見たフォンテーヌブロー城

    個人で行くとめんどうで、時間もかかるが、それだけの価値はあると思う。往復の交通費・入場料合わせて26.4ユーロしかかからないのも魅力である。ツアー代金の半分以下!
    写真:鯉の池から見たフォンテーヌブロー城

  • 写真:鯉の池の対岸から見たフォンテーヌブロー城

    写真:鯉の池の対岸から見たフォンテーヌブロー城

  • 写真:フォンテーヌブロー駅、 参考までにパリ・リヨン駅とフォンテーヌブロー駅の発車時刻を一部記しておく。<br />行き(パリ・リヨン駅より)<br />8:05,8:35,9:05,10:05,10:35,11:05,11:35<br />帰り(フォンテーヌブロー駅より)<br />15:04,15:31,16:04,16:31,17:04,17:31,18:04

    写真:フォンテーヌブロー駅、 参考までにパリ・リヨン駅とフォンテーヌブロー駅の発車時刻を一部記しておく。
    行き(パリ・リヨン駅より)
    8:05,8:35,9:05,10:05,10:35,11:05,11:35
    帰り(フォンテーヌブロー駅より)
    15:04,15:31,16:04,16:31,17:04,17:31,18:04

  • パリ・リヨン駅(写真)に到着。

    パリ・リヨン駅(写真)に到着。

  • 以上でフランス世界遺産紀行は終了。パリ滞在記に続く。写真:パリ・リヨン駅前の見事な建物<br />

    以上でフランス世界遺産紀行は終了。パリ滞在記に続く。写真:パリ・リヨン駅前の見事な建物

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