2009/05/25 - 2009/05/25
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Weiwojingさん
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これまでなかなか訪れることが出来なかった桂離宮を初めて訪れました。戦前ドイツ人のブルーノ・タウトが絶賛した桂離宮は簡素な美の極致ともいえる素晴らしい離宮です。
桂離宮の造営は八条宮家の初代智仁親王(1579〜1629)により始められました。親王亡き後、離宮は一時荒廃してしました。それから約10年後、2代智忠親王(1619〜62)が園内の改修と御殿などの増築を行い、現在の形に造りあげました。
見学を終えて、その素晴らしさに大変感動しました。建築と庭とが見事に一つに溶け合っていて、広大な庭には、日本庭園の四大要素である水、石、植栽、景物のすべてが巧みに盛り込まれています。
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桂離宮は桂川のすぐそばにあります。離宮に向かう途中に桂橋があり、そのほとりには江戸時代につくられたと思われる常夜灯があります。
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川に沿って歩いて行くと、よく手入れされた生垣と鬱蒼とした木々に覆われた広大なお屋敷が見えてきます。
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さらに5・6分歩いて行くと、桂離宮の入口に達します。右側には自然のままの竹を曲げ、垣根状に組んだ笹垣(桂垣)が続きます。
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いよいよ入口に向かいます。表門の両側には桂垣から竹穂垣に変わり、入口まで続きます。竹穂垣というのは、上部を鋭角に切り、ふたつ割りした竹を等間隔に並べ、その間に細い穂竹を組み込んだものです。
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離宮の中に入ると、桂川から引いた水と美しい樹木が織りなす風景が展開し、見る者に否が応でもこれからの見学に対する期待観を高めてくれます。
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「黒御門」を通つて離宮の中に入ると、「御幸門」に通じる「御幸道」がまっすぐつながっています。
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「御幸門」です。この門は、後水尾上皇を迎えるのに当たり智忠親王が造られたと伝えられていますが、その後失われ、家仁親王の時に再建されました。
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浜道から見た「松琴亭」です。
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この建物は「松琴亭」と呼ばれ、桂離宮で一番格式の高い茅葺入母屋造り茶室です。
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「園林堂」と書かれた扁額は後水尾上皇の宸筆です。
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桂離宮の中核をなす書院群は、東から古書院、中書院、楽器の間、新御殿が雁行形に連なって建ち並んでいます。
この形状は、これらの書院が時を違えて次々に増築された結果で、軸をずらして建造することによって日当たりや風通し、建物からの庭園の眺望に配慮したものと思われます。 -
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月を鑑賞するために、古書院二の間の正面に月見台が広縁から池に突き出すように竹贄子で作られています。月見はいうまでもなく、苑内の主要な景観が一望でき、納涼の設備としても申し分ありません。
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