2008/09/13 - 2008/09/21
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アルデバランさん
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9月14日(日)
朝、厦門のバスセンター6時50分発のバスは一時間ほどで章州市を通過し、バナナ畑を見ながら山道に入る。
道は数年前までは悪路という事だったが、簡易ながら舗装されており、高度を稼いでスイスイと進む。
長いトンネルを抜けると書洋という街に着いた。
周りに円楼が目立ち始める…
厦門から土楼村へ向かうとき、さんざ迷ったのが一日目の宿の場所。
ようは何処を拠点とするか?だ…
案1:一番手前の書洋
案2:次の高頭
案3:ポピュラーな洪坑土楼村
バスのチケットは永定土楼村と言って買ってあるので、何処で降りても良いはずだ。
結局、バスで降りた場所が洪坑(永定土楼村)だった。
そこで足を確保して、宿も確保!しかも土楼に泊まれることになった!
早速、荷物を置いて土楼にGO!
<写真はバスから見た書洋村の土楼群>
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朝6時過ぎ。明るくなり始めた。
ロビーでPCゲームに夢中になっていたユースホステルのスタッフ。
ロビーには他にも何故かスウエーデン人のカップルが。
部屋が空くのを待っているのか…
デポジットの100元を返してもらって、チェックアウト。 -
タクシで15分ほどで昨日の湖濱長途汽車站に。
すでに、改札は始まっておりすでに7割がたの客が乗っていた。
チケットの席は後ろの方の窓側だったけど、一番前が空いていたので
そこに座った。一番前はよく見えて良かったが、途中でお客が乗ってきて譲らざるを得なかった。
本来の席にも先客がいたが「ここは我輩の席でっせ」と、どいて貰った。 -
コロンス島だけでなく厦門市も繁華街の有る地区は島であることは大きな橋を渡ったとき実感した。
でかい橋だなー… -
ガソリンスタンドによってトイレ休憩。
バスはフロントガラスに厦門、永定、下洋という行き先の地名がでかく表示されている。
下洋行きのバスのようだ。
永定と言うのが曲者でどこを指すのか不明… -
ガソリンの値段は?
やはり…
リッター6元。やすい。
1元17円で換算しても102円か…
ハイオクとかはなさそうだ。 -
2時間近く走っただろうか、章州市を過ぎて、周りはバナナ畑が目立つようになり
最後は山の中腹までバナナ畑だらけになった。
でも、時期ではないのかあまり生ってはいなかった。 -
このあたりの交通手段の主役はバイクのようで、車は少なく二人乗り、三人乗りのバイクがわがもの顔で走っている。
道路は最近整備されたのか、山を大胆に削って簡易舗装しているだけで、大雨等に弱そうだし、ガードレールも何も無い。 -
おっ!土楼だ。
山間の集落にぽつぽつ円形、方形の土楼が現れてきた。 -
山道を大分登ったと思いきや、まだ遥か向うまである。
でも、道は一応舗装されており、バスは快適に進む。
周りはコメも作っており、こんなところまで…
と思うようなところまで段々田んぼになっている。 -
やがて長いトンネルを抜けて、山の向こう側に出たようだ。
登り一遍の道から、下り坂傾向の道になった。
どうやら書洋の町に着いたようだ。
ここも、宿泊候補地に上がっていたがもっと先にと、パスすることに。 -
そのうち高頭地区に着いたようだ。
バスは一休みして乗客を降ろしたりする。
地図を色々見ていたので行き先がわかったのか、
終点の下洋まで行くと言う隣の席の娘さんが、
「ここで降りて、前に停まっているオンボロバスに乗り換えろ」と言う。
あわてて、ザックを出して、訳がわからないままバスを乗り換え、しばらく行くと永定客家土楼民俗文化村の真ん前に着いた。 -
バスを降りた途端に
「おー!良く来たな!まー、こちらに、こちらに…」と
オッサンに目の前の食堂兼宿屋に案内された。
かなり強引…
名前を見ると「背包客驛站」(土楼賓館)とある。
有名な悦園飯店も一軒おいた隣にある。
悦園飯店も気になったけど、閑散としている。 -
「宿は決まっているのか?」と凄い営業攻勢だ。
宿泊候補の承啓楼はバスでとおり過ぎてしまったし、
土楼に泊まりたいので、壁に貼って有る地図を見て
「福裕楼に泊まることにしている」と言ってかわす。
成り行きだが「福裕楼」でも良いだろう。 -
「でも、ここの部屋も参考に見せて」と言うと
ここは一階が食堂で、二階以上が宿の部屋になっているらしい。
「どうぞ!どうぞ!」と上に案内してくれた。
「案内してくれたはいいが、人が休んでるじゃん…」 -
3階はお奨めの部屋で60元だそうだ。
自慢のシャワー、空調もあると胸をはって、
オッサン5センチほど仰け反った。
因みに福裕楼はいくら位か聞くと60元ぐらいだそうだ。
「どうだ、いいだろう!ここにしたら?」という顔をするので
「我輩は土楼に泊まりたいんだ」と土楼にこだわった。 -
こんどは、「足はあるか?」と言うことで
バイクタクシの営業に替わった。
どうも多角経営らしい…
値段を聞くと一日250元だという。
おい、おい、ネットとかで調べた値段より
ずいぶん高いぜ!
高くても200元ぐらいを見込んでいた。
因みに車の場合は一日500元だという。
いったいこのオッサンは何者だろうとお前はここの「社長か?」と聞くと
話をはぐらかす…
運転手は誰?と聞くと
「我が運転する」という…
(「李亨瑞」リ・フン・ズイと自己紹介をするので、
以降「リーさん」と称することに) -
新手の営業部員も加わって
この値段はこの辺りでは相場だと言う。
ちなみに、この人はお前の従業員かと聞くと
笑いながら「弟だ」と言う…
それにしては似てないねー。 -
事前に用意した一覧表により簡単な採用試験をすることに…
かなり詳しいようで自信満々。
信頼して、細かな契約交渉となる。
3日なら700元。
「ありったけ沢山の土楼を参観したい」
とこちらの条件を提示して
7時ぐらいまでは明るいと弟ともども言うので
「朝の7時から夜の7時までミッチリ働いてもらうがいいか?」と聞くと
「まかせなさい」との頼りがいの有る返事が返ってきた。
最後にバイクも見せてもらうが割と新しい。
と言うことで決定! -
リーさんはいかにもこの宿のオーナー然として中を案内したり、お茶を淹れたりするので、我輩も勘違いしたが、単にバイクタクシの運ちゃんであることが
3日めの最後に判明。
ここのオーナーは「弟」(李化拾さん)の方だった。
でも全く似ていない…。しかも、この「弟」は通りの向い側に有るでっかい円楼の「環興楼」の楼主だともいう。社長に写真撮らせていいの?
「弟だからいい、いい」
一体どうなってるんじゃ? -
大まかなスケジュールの打ち合わせで、
本日は永定土楼文化村の土楼群と高頭地区を中心に廻ることにした。
身軽になる為まず「福裕楼」に行って部屋が有るか確認することに…
満室の場合は振成楼にも泊まれる…
「福裕楼」は入場料が必要な永定土楼文化村の最奥にあるので土楼文化村の入口に有る料金所で、統計でも取っているのか、
日本人であることを申告して50元払って、チケット購入。宿泊が60元で入場料がそれに近い50元とはちと、高いような気がするが…
チケットさえ買えば明日以降も何回でも出入り可能ということらしい。 -
村の入口から少し行くと道に人が検問しており
この人に領収書のようなものを渡して通過する。
何のためか今だ不明…
かの有名な「振成楼」の前を通り、
土楼村の中をバイクはトコトコとゆっくり走って、
一番奥の福裕楼に着きました。 -
これが福裕楼か!でかい!
観光客もパラパラいる…
しかも、入口が3箇所もある! -
なるほど、宿と食事処も兼ねてますよと控えめながら
看板が出ている。
この後、各所で見る大きな垂れ幕、看板でなく
この板の看板。
控えめでいいよね… -
「頼もう!」とリーさんは入口で大きな声で
このお客さんが泊まると言ってるよ!と声をかける。
チョット恥ずかしいんでそんな大袈裟にしないで… -
早速部屋を見せてもらうことに…
建物の奥の二階に案内された。
ネットが出来る部屋で100元だという。
「ネットは要らない」と別の安い部屋はないか?
すると隣の部屋に。
おっ広い!
60元でよいというので即決。60元その場で支払う。
パスポートとかの確認とか一切無し… -
部屋の前のロビーのような中途半端なスペース。
採光の関係で昼間でも少し暗い。 -
椅子に座っているのが部屋を案内してくれた
福裕楼のニイちゃんの林建文。
その左後ろが福裕楼の有名な林さん。
夜お茶を飲みながら話したときに
「ワシはここの楼主じゃ!」と胸を張っていた。 -
福裕楼の前は山中にしては水量の多い川が。
コレで清流なら言うこと無いんだが、
やはり濁っている。
リーさんに聞くと「小渓河」とか言っていた。
変な名前… -
対岸からも福裕楼を眺めてみた。
右側の建物は九盛楼。
左奥の建物が福裕楼。
九盛楼には悪いが福裕楼のほうが均整が取れていて
はるかに美しい。
でも、川と接近しているので大雨とかの時に
大丈夫なのかなー?
なんて、要らぬ心配したりして… -
その隣の九盛楼を覗いてみた。
横に福裕楼と同じように門があり、
人がいたのでチョット見せてと
入って見ると、方楼だ。 -
更に中に入ってみると、
おー!中はこんな感じなのか…
福裕楼と全く違って、石畳の中庭が広い。
そして、正面奥にはなにやら祖堂が。 -
対岸の橋の袂には小さな円楼が静に佇んでいた。
如升楼だ。 -
土楼だけど中は完全に木造で
古びた階段を登ってみた。 -
こんな小さな円楼でも階段が対面にもある。
コンパクトなんで反対側が手に取るようだ。 -
如升楼の反対側の橋の袂の
九盛楼の近くには小学校もある。
今日は日曜日なので休みなのか
校庭はコメの天日干し場になっていた。
このあたりの子供は、休みは校庭とかで遊ばないないのかな… -
その校庭の横には由緒有る門が…
「日新学堂」とある。
おお!これがか!
中から声が聞こえ、人たちが居るようだったが、
門はぴっちり閉まっていた。
塀を少し攀じ登って見ると…
藤森先生の言う、ベランダコロニアル風の洋式建築と言うことでそれらしきものは見えるが…
塀越しに少しよじ登ったりして未練は残るが残念。 -
小学校の更に奥には方楼の西成楼があった。此処が一番奥の土楼のようで、
もっと奥に行きたい我輩をリーさんが
これ以上奥には何も無いよと制した。 -
さあ、次行ってみよー!
奎聚楼。 -
奎聚楼は内部にも建物があって、方楼だけど
内側がゴテゴテとしていた。
正面奥には、祖堂だろうか?それにしては立派過ぎる。 -
奎聚楼は結構観光客が来るようで1階の一部は土産物屋さんになっていた。
「お茶飲んでけ…」
掛け軸屋さんちで休憩。
掛け軸屋と思ったら、俺が書いたと
虎の絵を自慢していた。
これは失礼… -
おお、今度は立派な円楼だ!
朝陽楼とある。
50元払っただけのことはあり永定土楼文化村の土楼は皆、建物の入口に真新しい解説がある。
とは言っても、書いてあるのは見れば分かるようなことばかりだ。何階建てでどうのこうのとか、
どれもこれも住んでるのは林さんばかりで、森さんとか居ないのか?
この朝陽楼は1968年に作られたという…
サッカーで銅メダルを取ったあの時か…
ついこのあいだじゃん。 -
でも、中に入ってみると、あれれ…
向こう側が見えるじゃん。
これが半月楼か。 -
朝陽楼とその隣の陽臨楼。
朝陽楼の半月形がよく分かるとともに、
陽臨楼の四隅が高くなった変わった形もよく分かる。 -
陽臨楼
ファサードにアクセントを添える出窓が洒落ているが、もうちょっと壁を綺麗にしなはれ。 -
陽臨楼は川向こうにあるが、そこから見た振成楼方面。
土楼のオンパレード。 -
陽臨楼の更に隣にある景陽楼
4階建てで大きい。 -
景陽楼内部。
いちいち上まで階段を上がるのは疲れる…
庇の屋根瓦があちこちで落ちて垂木がむき出しになってまっせ。
ということは野地板を張らずに直、瓦を葺いているのか… -
川向こうから戻ってきて、いよいよ振成楼の近くまでやって来た。
その前に2、3の小さな土楼を見てみる。
集源楼。 -
集源楼の庭にて
これ、これ、蜂で遊ぶんじゃない…
その蜂はスズメバチと言って
刺されると腫上がってごっつ痛いでっせ! -
広場のような所があって、露店も出ている。
その後ろにはモザイクアートの様な構築物が…
この祠のようなものは一体何か?
リーさんに聞くと
どうも墓らしい… -
その、広場の前にある永成楼(上)と福興楼(下)
ここでも、楼の前でコメを天日干してる。
敷いてるのは藁の蓆じゃなくて、竹を編んだ筵だ。
そう言えば楼の倉庫に丸めてよく立て掛けてあった。
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