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(列車はkaputt YHは複雑 続き)<br /> 列車はウィーン到着直前までは極めて順調に走行していた。ところがあと10分程度で到着という時に停車。「なかなか走り出さないナ」と思いながら、同じコンパートメントのアイルランド人(「鼓童」を知っているなど、日本のことも結構詳しかった)と話していたら外で「kaputt=故障」の声。一体どうなることかと気をもんだが、何とか直ったらしく、ウィーン西駅には50分遅れで到着。<br /><br /> YHは西駅から比較的近く。少し迷ったけど、マクドナルドで道を聞いて何とか到着。でも着いてからが大変だった。実はこのYHは通りを挟んで少し離れている2つの建物(ただし番地は1番地違うだけ)に分かれている。ようやく77番地の建物の前に「向かいの喫茶リオに来て下さい」のメッセージを見付けて行ったのだが、1時間ばかり待たなくてはならなかった。メッセージと鍵を受け取り、77番地の建物の3階に行くが、どうしても鍵が開かない。四苦八苦していると、泊まっている人が「78番地の建物は向こうだヨ」と教えてくれた。確かにメッセージには「あなたの部屋は78番地です」と書いてある。<br />

バルカン半島と大戦のあとを訪ねて~So ein Tag so wunderschoen wie heute.

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1998/08/09 - 1998/08/12

4600位(同エリア6451件中)

砂布巾

砂布巾さん

(列車はkaputt YHは複雑 続き)
 列車はウィーン到着直前までは極めて順調に走行していた。ところがあと10分程度で到着という時に停車。「なかなか走り出さないナ」と思いながら、同じコンパートメントのアイルランド人(「鼓童」を知っているなど、日本のことも結構詳しかった)と話していたら外で「kaputt=故障」の声。一体どうなることかと気をもんだが、何とか直ったらしく、ウィーン西駅には50分遅れで到着。

 YHは西駅から比較的近く。少し迷ったけど、マクドナルドで道を聞いて何とか到着。でも着いてからが大変だった。実はこのYHは通りを挟んで少し離れている2つの建物(ただし番地は1番地違うだけ)に分かれている。ようやく77番地の建物の前に「向かいの喫茶リオに来て下さい」のメッセージを見付けて行ったのだが、1時間ばかり待たなくてはならなかった。メッセージと鍵を受け取り、77番地の建物の3階に行くが、どうしても鍵が開かない。四苦八苦していると、泊まっている人が「78番地の建物は向こうだヨ」と教えてくれた。確かにメッセージには「あなたの部屋は78番地です」と書いてある。

  •  部屋は普通の民家をYHに改造したという感じで、二段ベッドが無造作に置いてあるのではなく、ダブルベッドが1つ、シングルベッドが2つ、ソファのシングルベッドが2つの男女混合の6人部屋。こういったドミトリーは初めての経験。そして有り難いことに浴槽がある。お陰で久しぶりにゆっくり入浴できた。正式なチェックインは翌日77番地の3階にある受付で。そちらの建物には三段ベッドや天井部屋!もあって、面白そうだった。ちなみに値段は、朝食なしで1泊あたり160シリング(以下S ¥2,000)。<br /><br /> そんなこんなのアクシデントで、ウィーンの町に出たのは19時頃から。やはり何回来ても、この町の素晴らしさが色褪せることはない。<br />

     部屋は普通の民家をYHに改造したという感じで、二段ベッドが無造作に置いてあるのではなく、ダブルベッドが1つ、シングルベッドが2つ、ソファのシングルベッドが2つの男女混合の6人部屋。こういったドミトリーは初めての経験。そして有り難いことに浴槽がある。お陰で久しぶりにゆっくり入浴できた。正式なチェックインは翌日77番地の3階にある受付で。そちらの建物には三段ベッドや天井部屋!もあって、面白そうだった。ちなみに値段は、朝食なしで1泊あたり160シリング(以下S ¥2,000)。

     そんなこんなのアクシデントで、ウィーンの町に出たのは19時頃から。やはり何回来ても、この町の素晴らしさが色褪せることはない。

  •  8月10〜11日 ‘So ein Tag so wundersch&amp;ouml;n wie heute’<br /> ウィーンは2泊だけでクロアチアのザグレブに移動しようかと思ったが、日程が切迫している訳でもなく、少しゆっくりしたかったので、ここでも3泊する。<br /><br /> ウィーンで最大の目的は軍事史博物館。南駅から歩いて10分の博物館には、18世紀以後のオーストリアの軍事に関する展示がされている。最後の方にあったのが第1次大戦のきっかけとなった、サラエボ事件に関する展示。車の実物や暗殺された皇太子フランツ・フェルディナンドが着ていた軍服、当時の新聞など様々な資料があった。ウィーンには随分来たけど、ここに来なかったのが不思議な位。それはともかく、数日後には実際の事件の現場に入る。<br /><br />*その他の写真は「第一次大戦に至る経緯と大戦の経過」へ<br />      http://4travel.jp/travelogue/10974134

     8月10〜11日 ‘So ein Tag so wundersch&ouml;n wie heute’
     ウィーンは2泊だけでクロアチアのザグレブに移動しようかと思ったが、日程が切迫している訳でもなく、少しゆっくりしたかったので、ここでも3泊する。

     ウィーンで最大の目的は軍事史博物館。南駅から歩いて10分の博物館には、18世紀以後のオーストリアの軍事に関する展示がされている。最後の方にあったのが第1次大戦のきっかけとなった、サラエボ事件に関する展示。車の実物や暗殺された皇太子フランツ・フェルディナンドが着ていた軍服、当時の新聞など様々な資料があった。ウィーンには随分来たけど、ここに来なかったのが不思議な位。それはともかく、数日後には実際の事件の現場に入る。

    *その他の写真は「第一次大戦に至る経緯と大戦の経過」へ
          http://4travel.jp/travelogue/10974134

  •  ウィーンに来たもう1つの目的は、年末の宿を取ること。異様な盛り上がりに最初は恐怖すら覚えた大晦日のウィーンを去年経験して、病みつきになってしまった。観光客がとても多いため、早めに予約しておかなければならない。夫婦で行く場合のウィーンでの常宿は‘ノイヤーマルクト’。結構有名人なんだけど、行った時の受付は知らないお姉さんだった。クリスマスと大晦日から3日まで(間はシンドラーのお墓参りと中東和平をテーマとするイスラエル訪問)の予約を頼むと、「長期滞在者が多いから、そんな短い滞在は受けられない」とつれない返事。で、以前ペンションのおじさんと一緒に写った写真を渡すように頼んだら、一転受けてくれた。やはり常連さんは得だ。<br /><br /> あとは無理せずYHに帰って休んだり、南駅でもらった列車の情報を基に旧ユーゴの計画を立てたり、市立公園のヨハン・シュトラウスの像の隣で昼寝したり。ちなみに昼間はテレビでドイツ語に吹き替えた‘セーラームーン’を放映していた。YHには珍しくドイツ語を話すアメリカ人女性や漢字を少し知っていたジョージというアメリカ人も居た。ジョージに「荷物は小さなカバン1つだけ」と言うと、「Crazy!」と返された。<br /><br /> 

     ウィーンに来たもう1つの目的は、年末の宿を取ること。異様な盛り上がりに最初は恐怖すら覚えた大晦日のウィーンを去年経験して、病みつきになってしまった。観光客がとても多いため、早めに予約しておかなければならない。夫婦で行く場合のウィーンでの常宿は‘ノイヤーマルクト’。結構有名人なんだけど、行った時の受付は知らないお姉さんだった。クリスマスと大晦日から3日まで(間はシンドラーのお墓参りと中東和平をテーマとするイスラエル訪問)の予約を頼むと、「長期滞在者が多いから、そんな短い滞在は受けられない」とつれない返事。で、以前ペンションのおじさんと一緒に写った写真を渡すように頼んだら、一転受けてくれた。やはり常連さんは得だ。

     あとは無理せずYHに帰って休んだり、南駅でもらった列車の情報を基に旧ユーゴの計画を立てたり、市立公園のヨハン・シュトラウスの像の隣で昼寝したり。ちなみに昼間はテレビでドイツ語に吹き替えた‘セーラームーン’を放映していた。YHには珍しくドイツ語を話すアメリカ人女性や漢字を少し知っていたジョージというアメリカ人も居た。ジョージに「荷物は小さなカバン1つだけ」と言うと、「Crazy!」と返された。

     

  •  久しぶりに買った朝日新聞では、夜NHKでバッグパッカーをテーマにした番組が放送されるのを見つけたので、日本に電話して録画を頼む。出発した日の1面トップだった和歌山の毒入りカレー事件に続いて、今度は新潟でお茶に毒物が混入されている事件が起こったそうだ。不気味な事件が続く。<br /><br /> 夏のこの時期に来て市役所前広場でのフィルム・コンサートに行かない手はない。11日の出し物は、バチカンで行われたカラヤン指揮によるモーツァルトのミサ曲。コンサートの前は屋台のチャーハンを、終了後は焼きそばを食べたが、特に後者は塩味がきつい上に量が多く、少し苦しくなった。

     久しぶりに買った朝日新聞では、夜NHKでバッグパッカーをテーマにした番組が放送されるのを見つけたので、日本に電話して録画を頼む。出発した日の1面トップだった和歌山の毒入りカレー事件に続いて、今度は新潟でお茶に毒物が混入されている事件が起こったそうだ。不気味な事件が続く。

     夏のこの時期に来て市役所前広場でのフィルム・コンサートに行かない手はない。11日の出し物は、バチカンで行われたカラヤン指揮によるモーツァルトのミサ曲。コンサートの前は屋台のチャーハンを、終了後は焼きそばを食べたが、特に後者は塩味がきつい上に量が多く、少し苦しくなった。

  •  前後するが、10日の夕食はグリンツィングのホイリゲ(ワイン酒場)で。ウィーンに来てここに行かない手もない。最初は行ったことがある店に入ったが、音楽のある店に変えた。ヴァイオリン、アコーディオンと地元のおっちゃんの掛け合いが楽しい。‘リリー・マルレーン’と‘So ein Tag so wunderschoen wie heute’をリクエストした。前者は日本でも極めて有名だが、後者は「今日ほど素敵な日はない」といった意味。そう、何て今日は素敵な日なんだろうと鼻歌を歌いながら帰り、11日には町中でCDも買った。今回の旅もまた毎日が素晴らしい。<br /><br />*後日談 年末の米英軍のイラク攻撃でイスラエルの一部に危険度3が出たため、イスラエル訪問は中止せざるを得ませんでした 残念無念<br />

     前後するが、10日の夕食はグリンツィングのホイリゲ(ワイン酒場)で。ウィーンに来てここに行かない手もない。最初は行ったことがある店に入ったが、音楽のある店に変えた。ヴァイオリン、アコーディオンと地元のおっちゃんの掛け合いが楽しい。‘リリー・マルレーン’と‘So ein Tag so wunderschoen wie heute’をリクエストした。前者は日本でも極めて有名だが、後者は「今日ほど素敵な日はない」といった意味。そう、何て今日は素敵な日なんだろうと鼻歌を歌いながら帰り、11日には町中でCDも買った。今回の旅もまた毎日が素晴らしい。

    *後日談 年末の米英軍のイラク攻撃でイスラエルの一部に危険度3が出たため、イスラエル訪問は中止せざるを得ませんでした 残念無念

  • *年に1回くらいは無性に聴きたくなるが、コメディアンっぽい人がおちゃらけて歌ってるので今一。この曲は持っているLPのように、哀愁を漂わせて歌うのが最高。<br /><br />2009.9.25登録<br /><br />2009.9.26 指定席で聴く。12番目の曲がいかにもドイツ風で、元気が出る。タイトルは、Junge,die Welt ist schoen.(若者よ、世界は美しい)

    *年に1回くらいは無性に聴きたくなるが、コメディアンっぽい人がおちゃらけて歌ってるので今一。この曲は持っているLPのように、哀愁を漂わせて歌うのが最高。

    2009.9.25登録

    2009.9.26 指定席で聴く。12番目の曲がいかにもドイツ風で、元気が出る。タイトルは、Junge,die Welt ist schoen.(若者よ、世界は美しい)

  • (歴史的な場所であることを示すしるし。EU成立目前で、旗もオーストリア国旗とEUの旗が飾られていた)<br /><br />第3部 内戦の傷跡の巻<br /> 〜かつてのユーゴは「7つの国境、6つの共和国、5つの民族、4つの言葉、3つの宗教、2つの文字を持つ、1つの国」だった カリスマ的指導者チトーが1980年に亡くなると各民族の対立が高まり、1991年6月にクロアチアとスロベニアが独立を宣言すると、内戦に突入した<br /><br />  8月12日 7時間何も食べられなかった ウィーン→ザグレブ<br /> クロアチアの首都ザグレブ行きの列車は8時前に南駅を出発するので、7時に起床。出発する時に少し問題が生じた。早朝チェックアウト者のための鍵入れが部屋の外の廊下にあるのだが、この建物は少し変わっていて、中から外に出る時も鍵を使わなければならない。もし鍵を先に返してしまったら、外に出られないし、再びYHの中にも入れない、という悲惨な状況になる。そこで一旦鍵を使って外に出る扉を開けて、水を冷凍室で凍らせたペットボトルを挟み、再び引き返して鍵を返すというワザを使わなければならなかった(わかりますか?)。<br /><br /> そんなこともあって、南駅到着は出発の数分前。朝食を買うこともできず、おまけに7時間の道中車内販売も全くなく、結局ペットボトルの水を飲んだだけ。お陰でザグレブに着いた時はヘトヘト。ちなみに列車代は554S(=¥6,800)。ティミショアラからザグレブまで通しで買ったら、もっと安かっただろうけど。<br />

    (歴史的な場所であることを示すしるし。EU成立目前で、旗もオーストリア国旗とEUの旗が飾られていた)

    第3部 内戦の傷跡の巻
     〜かつてのユーゴは「7つの国境、6つの共和国、5つの民族、4つの言葉、3つの宗教、2つの文字を持つ、1つの国」だった カリスマ的指導者チトーが1980年に亡くなると各民族の対立が高まり、1991年6月にクロアチアとスロベニアが独立を宣言すると、内戦に突入した

      8月12日 7時間何も食べられなかった ウィーン→ザグレブ
     クロアチアの首都ザグレブ行きの列車は8時前に南駅を出発するので、7時に起床。出発する時に少し問題が生じた。早朝チェックアウト者のための鍵入れが部屋の外の廊下にあるのだが、この建物は少し変わっていて、中から外に出る時も鍵を使わなければならない。もし鍵を先に返してしまったら、外に出られないし、再びYHの中にも入れない、という悲惨な状況になる。そこで一旦鍵を使って外に出る扉を開けて、水を冷凍室で凍らせたペットボトルを挟み、再び引き返して鍵を返すというワザを使わなければならなかった(わかりますか?)。

     そんなこともあって、南駅到着は出発の数分前。朝食を買うこともできず、おまけに7時間の道中車内販売も全くなく、結局ペットボトルの水を飲んだだけ。お陰でザグレブに着いた時はヘトヘト。ちなみに列車代は554S(=¥6,800)。ティミショアラからザグレブまで通しで買ったら、もっと安かっただろうけど。

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