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明治村の旅行記の最後の章になりました。ようやくお目当てのフランク・ロイド・ライトの帝国ホテルの登場です。3時間足らずで広い村内にちりばめられた60棟以上の建物をすべて見るのはかなりしんどかった。でも予想以上に見ごたえのある建物が多く満足です。でも、皆さん明治村に見学の際は夏はやめたほうがいいですよ。全部を歩いてみると7キロ以上距離もありかなりハードです。自然に囲まれたテーマパークですから、お勧めの季節は新緑のきれいな春か、紅葉の頃の秋の終わりくらいがいいと思います。

歴史的建造物の宝庫 明治村 vol.5

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2007/08/13 - 2007/08/13

1275位(同エリア1449件中)

旅行記グループ 明治村建築散歩

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ぬいぬい

ぬいぬいさん

明治村の旅行記の最後の章になりました。ようやくお目当てのフランク・ロイド・ライトの帝国ホテルの登場です。3時間足らずで広い村内にちりばめられた60棟以上の建物をすべて見るのはかなりしんどかった。でも予想以上に見ごたえのある建物が多く満足です。でも、皆さん明治村に見学の際は夏はやめたほうがいいですよ。全部を歩いてみると7キロ以上距離もありかなりハードです。自然に囲まれたテーマパークですから、お勧めの季節は新緑のきれいな春か、紅葉の頃の秋の終わりくらいがいいと思います。

交通手段
高速・路線バス JRローカル 私鉄 徒歩
  • この建物は明治44年、皇居大手門内に建てられた内閣文庫庁舎のうちの本館・事務棟部分を移築したものです。

    この建物は明治44年、皇居大手門内に建てられた内閣文庫庁舎のうちの本館・事務棟部分を移築したものです。

  • 本格的なルネッサンス様式のデザインで、明治のレンガ・石造建築の代表的作品です。

    本格的なルネッサンス様式のデザインで、明治のレンガ・石造建築の代表的作品です。

  • 正面中央には7mの4本の円柱と2本の角柱が並び、巨大なぺディメントを受け、古代ローマの新殿を彷彿させるようなデザインになっています。設計は横河工務所から大蔵省臨時建築部に移籍したばかりの大熊喜邦の作品です。その後大熊は官庁建築の本流に位置し、昭和11年には、今の国会議事堂完成を指揮することになります。後世に残された近代建築を見ると横河工務所の名前が良く出てきますが、明治36年4月3日工学博士 横河民輔によりわが国初の建築設計事務所として開所された由緒ある設計事務所で、100年の歴史を経た今も、私の家の近所目黒区下目黒に本社を置く所員160名を有する株式会社 横河建築設計事務所として活躍しています。

    正面中央には7mの4本の円柱と2本の角柱が並び、巨大なぺディメントを受け、古代ローマの新殿を彷彿させるようなデザインになっています。設計は横河工務所から大蔵省臨時建築部に移籍したばかりの大熊喜邦の作品です。その後大熊は官庁建築の本流に位置し、昭和11年には、今の国会議事堂完成を指揮することになります。後世に残された近代建築を見ると横河工務所の名前が良く出てきますが、明治36年4月3日工学博士 横河民輔によりわが国初の建築設計事務所として開所された由緒ある設計事務所で、100年の歴史を経た今も、私の家の近所目黒区下目黒に本社を置く所員160名を有する株式会社 横河建築設計事務所として活躍しています。

  • 内部には建物のミニチュアモデルを展示していました。

    内部には建物のミニチュアモデルを展示していました。

  • この建物は明治村の近くの岩倉市に明治45年に建てられた名鉄岩倉変電所。内部に大型の変電用機械を入れるため、背の高いレンガ造建物になっていて、屋根には天然スレートを葺いています。<br /> <br />   <br />

    この建物は明治村の近くの岩倉市に明治45年に建てられた名鉄岩倉変電所。内部に大型の変電用機械を入れるため、背の高いレンガ造建物になっていて、屋根には天然スレートを葺いています。


  • ようやく明治村へ来た目的の建物にたどり着きました。この建物が、20世紀建築界の巨匠、アメリカの建築家フランク・ロイド・ライトによって設計され、大正12年(1923)4年の工期をかけて完成した帝国ホテルの中央玄関部です。<br />

    ようやく明治村へ来た目的の建物にたどり着きました。この建物が、20世紀建築界の巨匠、アメリカの建築家フランク・ロイド・ライトによって設計され、大正12年(1923)4年の工期をかけて完成した帝国ホテルの中央玄関部です。

  • 帝国ホテルに行った際、この外壁に使っているレンガの一部を見てどうしても見てみたいと思ったのが今年の4月のこと。4ヵ月後にようやく実物を見ることができました。http://4travel.jp/traveler/kincyan/album/10141004/

    帝国ホテルに行った際、この外壁に使っているレンガの一部を見てどうしても見てみたいと思ったのが今年の4月のこと。4ヵ月後にようやく実物を見ることができました。http://4travel.jp/traveler/kincyan/album/10141004/

  • 皇居を正面にして建てられた帝国ホテルは総面積34,000?余の大建築で、中心軸上に玄関、大食堂、劇場などの公共部分が列ねられ、左右に客室棟が配されていました。建築当時は隣に鹿鳴館などもあり皇居の周辺に異彩を放っていたんでしょうね。明治村に移築されたのは中央玄関部分のみです。

    皇居を正面にして建てられた帝国ホテルは総面積34,000?余の大建築で、中心軸上に玄関、大食堂、劇場などの公共部分が列ねられ、左右に客室棟が配されていました。建築当時は隣に鹿鳴館などもあり皇居の周辺に異彩を放っていたんでしょうね。明治村に移築されたのは中央玄関部分のみです。

  • これが玄関の入り口部分

    これが玄関の入り口部分

  • そしてこちらがフロント部分.<br />ロイドの作品で日本に現存するのは4棟。この帝国ホテルと芦屋の山邑邸(現 ヨドコウ迎賓館)<br />東京豊島区にある自由学園明日館 (共同設計:遠藤新)<br />世田谷にある帝国ホテルの支配人だった未公開の林愛作邸(現 電通八星苑)だけで、公開している数少ない貴重な建物です。今回の旅ではヨドコウ迎賓館も行ってみたかったのですが、公開日と神戸滞在の日程が合わず断念しました。近日中に自由学園も見てみたいと思っています。未公開の林愛作邸も探してみます。

    そしてこちらがフロント部分.
    ロイドの作品で日本に現存するのは4棟。この帝国ホテルと芦屋の山邑邸(現 ヨドコウ迎賓館)
    東京豊島区にある自由学園明日館 (共同設計:遠藤新)
    世田谷にある帝国ホテルの支配人だった未公開の林愛作邸(現 電通八星苑)だけで、公開している数少ない貴重な建物です。今回の旅ではヨドコウ迎賓館も行ってみたかったのですが、公開日と神戸滞在の日程が合わず断念しました。近日中に自由学園も見てみたいと思っています。未公開の林愛作邸も探してみます。

  • きわめて多様で複雑な空間構成の建物で、それまでの建築空間が平面的なつながりであったものを、この建物は立体的な構成へと発展させた世界的にも重要な作品でです。

    きわめて多様で複雑な空間構成の建物で、それまでの建築空間が平面的なつながりであったものを、この建物は立体的な構成へと発展させた世界的にも重要な作品でです。

  • 建物内外は、彫刻された大谷石、透しテラコッタによって様々に装飾されています。

    建物内外は、彫刻された大谷石、透しテラコッタによって様々に装飾されています。

  • 玄関を真ん中にして左右にラウンジを配しています。<br /> 

    玄関を真ん中にして左右にラウンジを配しています。
     

  • 吹き抜けの大空間の中を光が上下左右に錯綜し、廻りの彫刻に微妙な陰影を与え、ロビーの雰囲気を盛りあげています。<br /><br />

    吹き抜けの大空間の中を光が上下左右に錯綜し、廻りの彫刻に微妙な陰影を与え、ロビーの雰囲気を盛りあげています。

  • こんなところでお茶をのんでみたいですね。

    こんなところでお茶をのんでみたいですね。

  • メインロビー中央には三階までの吹き抜きがあります。 <br /> <br /> <br /> <br />

    メインロビー中央には三階までの吹き抜きがあります。



  • 中央玄関内の全ての空間は、この吹き抜きの廻りに展開し、その個々の空間は、床の高さ、天井の高さがそれぞれに異なっており、大階段、左右の廻り階段を昇る毎に、それぞれ別の視界が開かれています。フランク・ロイド・ライト「空間の魔術師」ですね。<br /> <br />

    中央玄関内の全ての空間は、この吹き抜きの廻りに展開し、その個々の空間は、床の高さ、天井の高さがそれぞれに異なっており、大階段、左右の廻り階段を昇る毎に、それぞれ別の視界が開かれています。フランク・ロイド・ライト「空間の魔術師」ですね。
     

  • どこを見てもシンプルな中に凝った装飾やデザインが施されています。

    どこを見てもシンプルな中に凝った装飾やデザインが施されています。

  • この中央玄関は、建物全体のの特色をよく遺していて、軒や手摺の白い大谷石の帯が奥へ幾段にも重なっていて、これを見ても内部空間の複雑さを予想させます。大谷石には幾何学模様の彫刻を施し、レンガには櫛目を入れて、柔らかで華麗な外観を演出しています。予想以上に素晴らしい建物でした。<br />この建物が現役の頃の帝国ホテルに行ってみたかった・・・。

    この中央玄関は、建物全体のの特色をよく遺していて、軒や手摺の白い大谷石の帯が奥へ幾段にも重なっていて、これを見ても内部空間の複雑さを予想させます。大谷石には幾何学模様の彫刻を施し、レンガには櫛目を入れて、柔らかで華麗な外観を演出しています。予想以上に素晴らしい建物でした。
    この建物が現役の頃の帝国ホテルに行ってみたかった・・・。

  • 建物の外観を取り忘れましたが、こちらは明治19年に京都の宮津市に建てられた宮津裁判所法廷。高い壇上に裁判官と検事、書記が座を占め、弁護士、被告人は下段に置かれています。<br /> <br />   <br /><br /> <br /> <br />

    建物の外観を取り忘れましたが、こちらは明治19年に京都の宮津市に建てられた宮津裁判所法廷。高い壇上に裁判官と検事、書記が座を占め、弁護士、被告人は下段に置かれています。





  • この辺から明治村の監獄エリア 前の法廷を含めて犯罪に絡んだゾーンになっています。この多角形の建物は、明治40年代に建てられた金沢監獄中央看守所・監房 <br /> <br />   <br /> <br /> <br /> <br />

    この辺から明治村の監獄エリア 前の法廷を含めて犯罪に絡んだゾーンになっています。この多角形の建物は、明治40年代に建てられた金沢監獄中央看守所・監房





  • 金沢監獄では、広い敷地の北半分が管理用の建物で占められ、南側に舎房が置かれていました。ここでも洋式舎房が採用されており、八角形の中央看守所を中心に、左右及び正面奥と左右斜め奥に五つの舎房が放射状に配され、右の舎房から順に第一、第二…第五舎房と名付けられていました。<br />

    金沢監獄では、広い敷地の北半分が管理用の建物で占められ、南側に舎房が置かれていました。ここでも洋式舎房が採用されており、八角形の中央看守所を中心に、左右及び正面奥と左右斜め奥に五つの舎房が放射状に配され、右の舎房から順に第一、第二…第五舎房と名付けられていました。

  • 移築されたのはそのうちの一部、正門と中央看守所、第五舎房の一部ですが、これだけでも当時の洋式監獄の形を十分にうかがうことができます。玄関を入ってすぐのところに鳥かごののような看守室がありますが、これだけは金沢からの移築でなく網走監獄で使われていたものだそうです。

    移築されたのはそのうちの一部、正門と中央看守所、第五舎房の一部ですが、これだけでも当時の洋式監獄の形を十分にうかがうことができます。玄関を入ってすぐのところに鳥かごののような看守室がありますが、これだけは金沢からの移築でなく網走監獄で使われていたものだそうです。

  • 扉の上には換気用の小窓が開けられ、衛生面に留意したことがうかがわれます。

    扉の上には換気用の小窓が開けられ、衛生面に留意したことがうかがわれます。

  • 独居房狭いですね 間口が1間奥行き2間といったところでしょうか?

    独居房狭いですね 間口が1間奥行き2間といったところでしょうか?

  • 広い廊下の左右に独居房の重い扉が整然と並ぶ第五舎房の内部。

    広い廊下の左右に独居房の重い扉が整然と並ぶ第五舎房の内部。

  • 木造桟瓦葺で外壁に洋風下見板を張り、中央看守所の窓には上ゲ下ゲ硝子戸を建て込んでいます。外見上は普通の建物とと変わらなく見えますが、実はこの壁は三重壁になっており、内外が厳重に区切られています。監獄ですから脱獄しにくい構造になっているんですね。

    木造桟瓦葺で外壁に洋風下見板を張り、中央看守所の窓には上ゲ下ゲ硝子戸を建て込んでいます。外見上は普通の建物とと変わらなく見えますが、実はこの壁は三重壁になっており、内外が厳重に区切られています。監獄ですから脱獄しにくい構造になっているんですね。

  • この建物は明治21年に建てられた、前橋監獄雑居房 <br /> <br />   <br />

    この建物は明治21年に建てられた、前橋監獄雑居房


  • 飲食から排便に至るまで同じ狭い房内で行われるため、不衛生になりがちな監獄ですが、ここでは房廻り、廊下とも全て吹きさらしになっているため、風通しが大変良く、その面での心配は少ない設計になったいます。でもこれでは冬はさぞかし寒かったでしょうね。上州名物の空っ風が吹きますから・・・<br />

    飲食から排便に至るまで同じ狭い房内で行われるため、不衛生になりがちな監獄ですが、ここでは房廻り、廊下とも全て吹きさらしになっているため、風通しが大変良く、その面での心配は少ない設計になったいます。でもこれでは冬はさぞかし寒かったでしょうね。上州名物の空っ風が吹きますから・・・

  • そしてこれが明治40年に造られた金沢監獄正門。頑丈そうな立派な門ですね。この門で外部と厳重に遮断していたんですね。

    そしてこれが明治40年に造られた金沢監獄正門。頑丈そうな立派な門ですね。この門で外部と厳重に遮断していたんですね。

  • この建物は、西洋館の多い明治村の中では珍しく和風瓦葺の大きな蔵です。高台にあって下から見上げて何の建物か気になっていました

    この建物は、西洋館の多い明治村の中では珍しく和風瓦葺の大きな蔵です。高台にあって下から見上げて何の建物か気になっていました

  • 梁間九間(約16m)桁行十八間(約33m)、外壁に厚い土壁を塗り廻した二階建部分と、幅二間(約3.6m)の吹き放ちの庇部分からなるこの蔵は、明治28年(1895)愛知県の刈谷にあった菊廣瀬酒造の仕込み蔵として建てられたもので、もとは明治の初め刈谷から程遠くない三河湾近くの新川(碧南市)に穀物蔵として造られたものを移築して酒蔵として使われたものだそうです。<br />

    梁間九間(約16m)桁行十八間(約33m)、外壁に厚い土壁を塗り廻した二階建部分と、幅二間(約3.6m)の吹き放ちの庇部分からなるこの蔵は、明治28年(1895)愛知県の刈谷にあった菊廣瀬酒造の仕込み蔵として建てられたもので、もとは明治の初め刈谷から程遠くない三河湾近くの新川(碧南市)に穀物蔵として造られたものを移築して酒蔵として使われたものだそうです。

  • 入り口の注連縄と杉玉でお酒の関係の建物だな・・・と思いますよね。

    入り口の注連縄と杉玉でお酒の関係の建物だな・・・と思いますよね。

  • 酒蔵に因んで、酒造りに関する多数の資料を展示しています。

    酒蔵に因んで、酒造りに関する多数の資料を展示しています。

  • ずいぶんと庇が長いためそれを支える柱も太いものが使われています。

    ずいぶんと庇が長いためそれを支える柱も太いものが使われています。

  • 最後のこの建物は、東京駅警備巡査派出所<br />大正3年に完成した東京駅本屋は、日本建築界の第一人者、辰野金吾の設計により、鉄骨レンガ造三階建の長さ330m余の壮大な建物でした。駅前広場を整備する中で、この派出所が建設されましたが。駅との調和をはかるため、駅のデザインを意識した設計がなされています。当時の首府東京の表玄関であった東京駅では、天皇の地方巡幸や外国使節の従来など重要行事が多く、一時はここに12人もの巡査が詰めていたそうです。<br />これにて明治村の建物の紹介は終わります。すべて網羅できたのかなと思っていましたが、実は編集していて気づきましたが小熊写真館と言う建物だけ見落としていたようです。残念・・・。<br />明治村 予想以上に見ごたえがあり、また違う季節にゆっくり訪れてみたいと思います。

    最後のこの建物は、東京駅警備巡査派出所
    大正3年に完成した東京駅本屋は、日本建築界の第一人者、辰野金吾の設計により、鉄骨レンガ造三階建の長さ330m余の壮大な建物でした。駅前広場を整備する中で、この派出所が建設されましたが。駅との調和をはかるため、駅のデザインを意識した設計がなされています。当時の首府東京の表玄関であった東京駅では、天皇の地方巡幸や外国使節の従来など重要行事が多く、一時はここに12人もの巡査が詰めていたそうです。
    これにて明治村の建物の紹介は終わります。すべて網羅できたのかなと思っていましたが、実は編集していて気づきましたが小熊写真館と言う建物だけ見落としていたようです。残念・・・。
    明治村 予想以上に見ごたえがあり、また違う季節にゆっくり訪れてみたいと思います。

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