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建仁寺 (けんにんじ)は、臨済宗建仁寺派大本山の寺院で1202年に鎌倉幕府2代将軍源頼家(1182−1204年)の援助で栄西(えいさい・ようさい1141−1215年)が開山した。<br />日本で最初の禅寺で俵屋宗達(-1643年)の「風神雷神図」の襖絵で知られる。豊臣秀吉(1537−1598年)を祀る高台寺や、「八坂の塔」のある法観寺は建仁寺の末寺。建仁寺から安井北門通りを東に進むと「ねねの道」に出る。<br />「ねねの道」は、まっすぐで平坦な石畳の道で正式名は高台寺道。秀吉の正室北政所、「ねね」ゆかりの寺、高台寺と圓徳院があることから「ねねの道」と呼ばれるようになった。<br /> 高台寺に続く「ねねの道 」は知恩院に続く「知恵の道」、八坂神社に続く「神幸道」と合わせて東山参道(三つの道)と言われる。 <br />高台寺(こうだいじ)は豊臣秀吉の正室、北政所(高台院)が秀吉の菩提を弔うため1605年に建立した寺院で、寺号は北政所が仏門に入った後の院号である高台院にちなんでいる。秀吉と北政所を祀る霊廟としての寺院で「ねねの寺」と呼ばれている。北政所(1542頃―1624年)は1605年から1624年に没するまで高台寺に近い圓徳院に住んだ。1598年秀吉の死後徳川家康(1543−1616年)によって豊臣家は次第に勢力をそがれ、大坂の役(おおざかのえき1614-1615年の大坂冬の陣と大坂夏の陣)で滅亡の憂き目を見た。北政所は豊臣家の誕生、成長、天下取り、滅亡まで浮き沈みの歴史をすべて見ているのだが、晩年は家康に翻弄される豊臣家を見ながらどんな思いで過ごしたのだろうか。<br />(写真はねねの道から高台寺に向かう石段)<br /><br />

日本の旅 関西を歩く 京都の建仁寺と「ねねの道」

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2007/05/23 - 2007/05/23

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さすらいおじさん

さすらいおじさんさん

建仁寺 (けんにんじ)は、臨済宗建仁寺派大本山の寺院で1202年に鎌倉幕府2代将軍源頼家(1182−1204年)の援助で栄西(えいさい・ようさい1141−1215年)が開山した。
日本で最初の禅寺で俵屋宗達(-1643年)の「風神雷神図」の襖絵で知られる。豊臣秀吉(1537−1598年)を祀る高台寺や、「八坂の塔」のある法観寺は建仁寺の末寺。建仁寺から安井北門通りを東に進むと「ねねの道」に出る。
「ねねの道」は、まっすぐで平坦な石畳の道で正式名は高台寺道。秀吉の正室北政所、「ねね」ゆかりの寺、高台寺と圓徳院があることから「ねねの道」と呼ばれるようになった。
 高台寺に続く「ねねの道 」は知恩院に続く「知恵の道」、八坂神社に続く「神幸道」と合わせて東山参道(三つの道)と言われる。
高台寺(こうだいじ)は豊臣秀吉の正室、北政所(高台院)が秀吉の菩提を弔うため1605年に建立した寺院で、寺号は北政所が仏門に入った後の院号である高台院にちなんでいる。秀吉と北政所を祀る霊廟としての寺院で「ねねの寺」と呼ばれている。北政所(1542頃―1624年)は1605年から1624年に没するまで高台寺に近い圓徳院に住んだ。1598年秀吉の死後徳川家康(1543−1616年)によって豊臣家は次第に勢力をそがれ、大坂の役(おおざかのえき1614-1615年の大坂冬の陣と大坂夏の陣)で滅亡の憂き目を見た。北政所は豊臣家の誕生、成長、天下取り、滅亡まで浮き沈みの歴史をすべて見ているのだが、晩年は家康に翻弄される豊臣家を見ながらどんな思いで過ごしたのだろうか。
(写真はねねの道から高台寺に向かう石段)

  • 建仁寺の本坊、宗務本院。<br />

    建仁寺の本坊、宗務本院。

  • 建仁寺の石碑。<br />

    建仁寺の石碑。

  • 建仁寺の説明板。<br />

    建仁寺の説明板。

  • 建仁寺の宗務本院の内部。<br />

    建仁寺の宗務本院の内部。

  • 法堂(はっとう)。仏殿(本尊を安置する堂)と法堂(講堂にあたる)を兼ねており1765年建立。<br />

    法堂(はっとう)。仏殿(本尊を安置する堂)と法堂(講堂にあたる)を兼ねており1765年建立。

  • 建仁寺の庭。<br />

    建仁寺の庭。

  • 三門(望闕楼)。 静岡県浜松市の安寧寺から1923年に移築された。<br />

    三門(望闕楼)。 静岡県浜松市の安寧寺から1923年に移築された。

  • 建仁寺の境内図。<br />

    建仁寺の境内図。

  • 建仁寺禅居庵。<br />

    建仁寺禅居庵。

  • 建仁寺禅居庵。<br />

    建仁寺禅居庵。

  • 「ねねの道」の光景。<br />

    「ねねの道」の光景。

  • 「ねねの道」の石碑。<br />

    「ねねの道」の石碑。

  • 「ねねの道」の光景。<br />

    「ねねの道」の光景。

  • 高台寺付近の図。<br />

    高台寺付近の図。

  • 「ねねの道」の北の突き当たりに見えるのは大雲院。<br />

    「ねねの道」の北の突き当たりに見えるのは大雲院。

  • ねねの道にある店は「ねねの道」と書かれたちょうちんを出している。<br />

    ねねの道にある店は「ねねの道」と書かれたちょうちんを出している。

  • 「ねねの道」にある高台寺の案内。<br />

    「ねねの道」にある高台寺の案内。

  • 高台寺の庭園。<br />

    高台寺の庭園。

  • 高台寺。<br />

    高台寺。

  • 高台寺。<br />

    高台寺。

  • 「ねねの道」の北端にある大雲院。大雲院は、1587年、織田信長、信忠父子の菩提を弔うため、御池御所(烏丸二条南)に貞安(じょうあん)上人が開山。織田信忠公の法名から大雲院を寺号とした。1973年に現在地に移転した。<br />

    「ねねの道」の北端にある大雲院。大雲院は、1587年、織田信長、信忠父子の菩提を弔うため、御池御所(烏丸二条南)に貞安(じょうあん)上人が開山。織田信忠公の法名から大雲院を寺号とした。1973年に現在地に移転した。

  • 大雲院の本堂の西にある祇園閣は、高さ36メートルの三層建。祇園に因んだ山鉾を模した形で、鉾先には金鶏が取り付けられている。 祇園閣背後の墓地には、織田信長、信忠父子碑とともに大盗賊の石川五右衛門の墓がある。なぜ石川五右衛門の墓があるのかは謎だそうだ。(写真は2008年4月5日)

    大雲院の本堂の西にある祇園閣は、高さ36メートルの三層建。祇園に因んだ山鉾を模した形で、鉾先には金鶏が取り付けられている。 祇園閣背後の墓地には、織田信長、信忠父子碑とともに大盗賊の石川五右衛門の墓がある。なぜ石川五右衛門の墓があるのかは謎だそうだ。(写真は2008年4月5日)

  • 「ねねの道」沿いにある圓徳院跡の碑。北政所(高台院)が1605年から1624年に没するまでの住居。<br />

    「ねねの道」沿いにある圓徳院跡の碑。北政所(高台院)が1605年から1624年に没するまでの住居。

  • 「ねねの道」沿いにある三面大黒天。圓徳院の北側に、秀吉が念持仏とした三面大黒天が祀られている。 北政所が祀ったもので、大黒天、毘沙門天、弁財天、の三面を併せ持つ。富と福と呼び込む神「大黒天」、権力を握りすべてを意のままにする神「毘沙門天」、人生を切り抜ける機知と美女を呼ぶ神「弁財天」、三尊のご利益を得ることができるそうだ。確かに秀吉の最盛期には三尊のご利益があったようだ。<br />

    「ねねの道」沿いにある三面大黒天。圓徳院の北側に、秀吉が念持仏とした三面大黒天が祀られている。 北政所が祀ったもので、大黒天、毘沙門天、弁財天、の三面を併せ持つ。富と福と呼び込む神「大黒天」、権力を握りすべてを意のままにする神「毘沙門天」、人生を切り抜ける機知と美女を呼ぶ神「弁財天」、三尊のご利益を得ることができるそうだ。確かに秀吉の最盛期には三尊のご利益があったようだ。

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  • コクリコさん 2007/07/31 11:41:47
    高台寺、ねねの道
    さすらいおじさん、こんにちは。

    昨日お誕生日のお祝いに伺いたかったのですが、PCの調子が悪く、ご挨拶ができませんでした。
    あらためてお誕生日おめでとうございます!
    アクセス数が100万以上という素晴らしさ、これもさすらいおじさんのお人柄だと思います。
    これからも、健康で良い旅を続けてくださいね。

    高台寺近辺は若い頃、何回も歩きました。
    高台寺が拝観できなかったその昔に特別に拝観させていただいたこともあります。
    その頃は今のような「ねねの道」はなく、数年前に歩いた時ずいぶん賑やかになったなぁと思いました。
    高台寺といえば、思い出深いのが、新撰組の高台寺派伊東甲子太郎が潜んでいた月真院に10年前に泊まったことがあります。ご住職は大変ユニーク、宿坊も質素で朝食付きで3千円で泊まれました。
    数年前、問題がおこり、宿泊も見学もできなくなったのが残念です。
    さすらいおじさんが、きっと喜びそうな宿坊だったのですよ。

    さすらいおじさんの旅行記を拝見し、どの写真も懐かしく思わずたくさん書き込んでしまいました。
    また、旅行記を楽しく読ませていただきます。

    さすらいおじさん

    さすらいおじさんさん からの返信 2007/07/31 17:28:45
    RE: 高台寺、ねねの道
    コクリコさん

    誕生日のメッセージありがとうございます。
    京都をごらんいただきありがとうございます。
    私も高台寺近辺は10年くらい行っていなかったのですが、「ねねの道」はありませんでした。京都もモダンな観光地になってきたなあ、と思っています。

    >高台寺といえば、思い出深いのが、新撰組の高台寺派伊東甲子太郎が潜んでいた月真院に10年前に泊まったことがあります。ご住職は大変ユニーク、宿坊も質素で朝食付きで3千円で泊まれました。
    数年前、問題がおこり、宿泊も見学もできなくなったのが残念です。
    さすらいおじさんが、きっと喜びそうな宿坊だったのですよ。

    いい体験をされましたね。幕末の志士を訪ねて歩くことは私はとても好きです。
    コクリコさんもどうぞ良い旅をお続けください。

さすらいおじさんさんのトラベラーページ

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