1996/02/14 - 1996/02/19
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旅人のくまさんさん
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<1996年2月15日(木)>
<オーストラリアの空の玄関、ケアンズへ>
1人旅ですから、飛行機乗り換えだけは間違えないよう少し緊張しました。ケアンズに到着したのは朝の4時過ぎ、ここまでは8時間あまりのフライトでした。寝るときもシートベルトを付けておく癖がありますので、エアーポケットの時の心配も余りありません。そんな取り越し苦労もない順調な空の旅でした。
ケアンズではトランジットで、約1時間の待ち合わせがありました。案内表示もありましたので、さほど迷うこともありませんでした。まずは第一関門の突破です。
<シドニーからメルボルンへ>
ケアンズからシドニーまでは約2時間のフライトです。朝の10時前にシドニーに到着しました。これも順調なフライトでした。シドニーではQF50便からQF431便に乗り替えました。ここでの乗換えには、2時間あまりかかりました。
ここからメルボルンまでは、1時間と少しです。日本を発ってからは、既に十数時間が経っていました。
<Kdシスターズとの出会い>
メルボルンの空港ではジェットツアーの職員さんが出迎えてくれました。その方は、若い男性の方でした。ここで、大阪から来たという、Kdシスターズと一緒になりました。それで、総勢で3名のツアーになりました。
Kdシスターズは、後でお聞きしたことですが、京都に住まわれていて、今回は2人で旅行に来たと話されていました。姉さんが26才で、妹さんが24才だとお聞きしました。
実はオーストラリアではワーキングホリデーの制度があって、満25才未満で資格を取っておくと、その後でも資格が継続するという。働きながらの留学が可能システムがあります。
妹さんはこの年齢条件に当てはまりますが、お姉さんの方は、残念ながら外れてしまったと言うことで、年齢を教えてくれました。妹さんは少しおとなしい人だったが、お姉さんは話しが面白い人でした。
色々とお話しているうちに、お姉さんは
「私も、この後もオーストラリアに来たいから、あなたがワーキングホリデーの資格を取って、オーストラリアに住みなさい」
と、熱心に妹さんに勧めていました。妹さんの方も、まんざらではないような素振りでしたが、「うん」とは最後まで返事されませんでした。
<サンク ユー!>
このご姉妹とは、「くまさん同士」で、話しがよく合いました。Kdシスターズのホテルは郵便局の近くでした。先にそちらのチェックインを済ましてから、私の泊まるブライソンホテルまで、現地ガイドさんに送って貰いました。
私の泊まるホテルは、日本を発つときには、「ブール・バードホテル」と予告されていましたが、メルボルンに到着後、ガイドさんから「ブライソンホテル」に変更になりましたと知らされていました。このホテルで、送ってくれた運転手さんに3人分のチップを渡しました。予め、現地ガイドさんのアドバイスもありました。
チップは、一寸だけ多めだったのに「サンク・ユー」の「ユー」に大きくアクセントを付けて、しっかりと握手をしてくれました。チップの効用が、実感できた一瞬でした。
この運転手さんは荷物運びを気持ちよくやってくれたので、こちらの方こそお礼を言いたい気持ちでした。立派なひげを生やし、堂々とした体躯で、ご年輩の白人系の運転手さんでした。
このホテルで、ジェットツアーのもう幾人かと合流し、マイクロバスで簡単な市内見物と昼食に出かけました。このバスの中でガイドさんが熱心にオプショナルツアーを勧めてくれましたが、私は全部お断りしました。ただし、今晩のレストランだけは最寄の店を推薦して貰いました。
Kdシスターズは、「ペンギンパレードを申し込みました」と教えてくれました。フィリップ島まで夜に出かけるとコースだそうです。オーストラリアの南端の島です。
<フィンガーボール>
昼食は海水浴場に面したホテルの1階のレストランでとりました。バイキング方式で、海産物、果物が盛りだくさんでした。この昼食はツアー代金に含まれていました。
特に美味しかったのはロックオイスターでした。生のまま、ふんだんに食しました。日本で言えば、岩牡蠣を小さくしたような感じの味でした。搾ったレモン汁を少しかけただけで、ミルク色をした貝汁は、旨みたっぷりでした。
Kdシスターズのお姉さんの方は、最初に出されたフィンガーボールの事で、茶目っ気たっぷりに失敗談を語ってくれました。
「レモンが浮いていたので、知らずに飲んでしまいました」
「のどが渇いていて美味しかったけど、友達に教えて貰ってから、顔が赤くなってしまいました」
と、言った類の話しでした。
<屋上プールの美女達>
このホテルで2時間ほど休憩をとるというので、屋上まで登りました。屋上にはプールがあり、ずいぶんと目の保養をさせていただきました。快晴で真っ青な空でしたから、パラソルの下で、1時間ほどうたた寝をしました。
本当はうたた寝をするには勿体ない時間でした。若くて素晴らしいプロポーションのお嬢さん方が、その屋上プールで颯爽と泳いでいたからです。パラソルの下にはトップレスのお嬢さん達もいました。
<昔、日本から移住した人達のこと>
話しは前後しますが、空港からホテルまで送ってくれた現地ガイドさんの話です。
「以前に日本から移り住んだ人達が、大勢この当たりに住んでいますが、一種の社会問題になっています。今では簡単に日本からの移住を認めないそうです」
といった話しや、マイクロバスがゴルフ場の横を通る時には、
「日本から移住した人達は、最初は仲間でゴルフを毎日楽しまれていたようです。セルフですが、値段は2千円以下です」
「しかし、その内飽きてしまったり、年を取ってゴルフができなくなったりで、何もすることがなくなったようです」
「お隣の人と話をしようにも、何キロも離れています。それで、寂しさが募って、日本へ帰りたがっている人が増えてきたと聞いています」
「若い人は、こちらでも沢山友達ができますが、お年寄りはそれができません。もし、全財産を整理して日本へ戻ったとしても、今の日本では一軒家どころか、マンションも買えずにアパート暮らしになるという話しも聞きました」
等と、ガイドさんが解説してくれました。会社の先輩で、静岡出身のMさんが会社を卒業されたあと、家族ぐるみでオーストラリアに移住された話しをお聞きしていましたので、この話題が他人ごとのようには思えませんでした。
<バブルの傷跡>
暗い話しではもう一つあります。平成2年(1990年)に日本のバブルがはじけた影響も教えてくれました。日本の「千の何某」さんが所有していた豪華なホテルの前を通る時に、
「これが安い値段で買いたたかれた、そのホテルです。今は別の人の手に渡っています」
と教えてくれました。暗い話しだけでなく、Kdシスターズに対しては、ワーキングホリデーの事を盛んにPRしていました。豪州政府も奨励しているようです。働きながら学生生活を送ることができる制度です。
Kdシスターズの他には、私と同じホテルに泊まった新婚さんが一組いました。あまり旅慣れていないらしく、奥さんが旦那さんに少し詰め寄ったりしていました。何となく近寄りがたい雰囲気がしていましたので、この組には、こちらからは関わり合うことを避けました。
<旧メルボルン監獄>
昼過ぎには自由時間になりましたので、ホテルの近くの名所旧跡などを回ってみることにしました。それで、ガイドさんからも勧められていた旧メルボルン監獄を最初の訪問先にしました。
そこは、中世を思わせるような、おどろおどろしい雰囲気でした。実際に独房内に入ったり、首吊りの死刑執行がされたという台に上がることもできました。そこでは、凶悪犯が死刑執行をされたときの記録が、克明に書き記されていました。
独房にはそこに収容されたり、死刑執行された囚人のデスマスクが展示されており、迫力十分でした。ホテルからは歩いて10分程の距離でした。北西側に位置していました。
この監獄の見学で気になったのは、日本からサッカーの合宿に来ていると思われる一団と出会った時です。練習着のままでしたが、大声を出したりで、仲間内でふざけあっていました。全くその場にそぐわない行動でした。
<メルボルンでの夕食>
ペンギンパレードまでには、時間がたっぷりあるというので、ガイドさんが勧めてくれた洋風レストランで、Kdシスターズと落ち合って夕食をとりました。お姉さんはワインを飲めましたが、妹さんはあまり飲めないようでした。こちらの方も、お姉さん主導でした。
メルボルンに到着する前は、ゴールドコーストに立ち寄ったと話されました。
「ゴールドコーストは、新婚さんばかりで、参ってしまいました」
と、二人ともぼやいていました。この話しからすると、私の方は、賢明な旅行プランだったようです。
Kdシスターズと分かれてからは、少しばかり夜のメルボルンを散歩しました。緑の多い、落ち着いた雰囲気が夜に続いていました。公園の脇では、ジョギングを楽しむ人と、幾度かすれ違いました。あまり無理な走り方をしない、本来のジョギングです。
<夜のメルボルン>
昼間ジェットツアーのガイドさんからは、キングスストリートの南半分に印を付けて、
「ここへは夜には立ち寄らないで下さい。できたら昼も立ち寄らないで下さい」
「もし、立ち寄って事故が起きても、当社としては責任を負いかねます」
と、警告されていました。昼間はこの通りのすぐ近くをトラムで何度か回りましたが、夜もその警告に従いました。ですから、夜のメルボルンの本当のところは、残念ながら知る由もありません。
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メルボルンのトラム交通全図です。今回の旅行で大いに利用させてもらいました。
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トラムの中心部の案内図です。シティ・ループを、無料の茶色トラムが走っています。
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ビクトリア・アートセンターのタワーです。無料トラムを利用して、容易に訪れることが出来ます。
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ロイヤル・エキシビジョンの正面玄関です。ここも無料トラムの利用が便利です。
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ビクトリア博物館です。ここも無料トラムが便利です。トラムの中心部分はシティ・サークルと呼ばれています。
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パンフレットに印刷された、フィツロイ・ガーデンの中のトーマス・クックの家です。蔦草が綺麗に刈り込まれています。
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クック船長の家の案内パンフレットです。英文の他に和文のものも用意されていました。
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