2002/12/11 - 2002/12/14
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旅人のくまさんさん
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<2002年12月11日(水)>
<日本出発>
出発の2時間前、空港カウンターに7時20分集合となっていましたので、時間の余裕を見て、6時前に家を出発しました。絶対に2時間前でなくてはだめと言うことで無いのは分っていたものの、時間の余裕を見て行動した方が楽と判断しました。ゆっくり起きようとしても、早く目が覚めるのは必定ですから、朝の時間を持て余すよりはいいことです。いつも5時に目覚ましを掛けていますので、この点でも心配はありません。
荷物造りは、例によってぎりぎりの前日にしておきました。パスポートと現金さえ忘れなければ、後は現地調達で何とかなりますので、リュック一つの軽装です。
日本ではコートの時期ですが、名古屋空港までの間を我慢すればよいので、服装も極力身軽にしました。予備のシャツも薄手の長袖一枚、替えズボン1本だけです。パジャマは携行しないことにしました。ホテルだけは一応のクラスを予約しましたので、多分ガウンが用意されていると読んだからです。
パスポートと現金のほかに忘れてはならないのが、デジカメです。これだけは気軽に現地調達とは行きませんので、予め充電した電池パックを含めて、2台を用意しました。126メガのコンパクトフラッシュメモリを買い足しましたので、フルメモリを使って撮影しても、800枚程度は撮れる勘定になりました。
<機中で>
日本とは1時間の時差です。飛び立った後、すぐに針を1時間戻しておきました。3時間半余りの飛行です。時計の針を戻しても、台湾に到着するのは、午後になります。
3時間半余りのフライト中、退屈することはありませんでした。台湾の台中に実家があるという女性の方が隣席になり、日本や台湾の話題で、話が弾みました。日本では、私の住む天白区の隣、昭和区にお住まいだと言われる方でした。台中の話が出ましたので、
『少し前の大地震では大変だったでしょう』
と訪ねましたら、
『その後、台北でも大きな地震がありました。生きた心地がしませんでした』
と、話してくれました。
『普通体験する地震は短い時間ですが、1分以上揺れが続くと、みんな壊れてしまうような恐怖感が襲ってきます。これだけは、経験してみないと分りません』
と、具体的に体験を語ってくれました。台中の地震の方は、壊滅的な大地震だったようです。この話は、私の地元の飲み屋さんで
『台中の工場が大きな被害を受けました。復旧の目途を立てに、これから現地に飛びます』
と、いう技術屋さんの話を聞いていましたので、凡そ推測は付いていました。後日、そのお店で、
『機械が全部だめでした。台座部分から動いて修理が必要でした。棚からは物が全部飛び出していました』
と、いった話もお聞きしたことがあります。台湾で製作した部品を日本へ輸入し、完成品を作っているようで、大きな影響が出たようでした。地震の話は、
『中部地区でも大きな地震が差し迫っています。お互いに気をつけましょう』
と、言うことになりました。
<円レート>
入国審査を終えて、すぐに銀行で5万円を換金しました。通常1元が4円近いレートが、3円50銭程になっていました。滞在中の短い期間で、更に円レートは上がっていました。これは、残ったお金を円に両替してもらった時に知りました。
お土産にウーロン茶などに3万円近くを使いましたが、それ以外には、1万円と少しか使わなかったことになります。両替で、1万円札と小銭が戻ってきました。改めて、物価の安さを実感しました。
予めガイドさんからもお聞きしていましたが、残金を円に両替するのが楽になりました。最初に円への両替をした時の明細書を請求されることも無く、手数料も安いものでした。この時、残った小銭もほとんど整理できました。
<台北到着、ホテルへ>
台北駅で出迎えてくれたのは、ガイドさんというより、ガイドさん達でしたHISの文字幕を鉄柵に掛けて、3人ほどの人たちが迎えてくれました。名古屋からは私一人だったようです。手荷物だけなので、毎回、入国審査は早く終わります。
結局全員が集まるまで30分近くかかりました。途中、時間がかかりそうなので、空港内の売店で缶ビールを買って腹の足しにしました。値段は27元でした。今までの円レートで換算すれば120円近いですが、このところの円の値上がりで、ほぼ100円と言ったところです。
因みに、缶ビールの値段は日本と同じように、各地で様々です。同じ『台湾ビール』の缶タイプが、が台中駅で30元、士林の麺屋さんで40元、空港内は50元でした。ホテルの冷蔵庫ではもっと高くなり、コンビにではもっと安くなります。また、注文する時、普通の場合は『ビア』の発音より、『ビール』の発音の方が通じやすい。『台湾ビール』は、そのまま『タイワン ビール』です。ただし、ビールの漢字表記は『麦酒』ではなく、『泡』の文字が入っています。
全員集まったところで、ホテルに向かいました。日本各地から集まった人は20名程いました。それで、マイクロバスではなく、大型バスが用意されていました。お腹も空いているところだし、ホテルに直行してくれればありがたいものの、お決まりの免税店に案内されました。
向かったホテルは3、4箇所ありましたが、免税店を出てからは最初にハワードプラザに向かってくれました。道順とはいえ、有難いことでした。ここで降りたのは総勢3名、私のほかには若い女性の二人連れだけでした。ホテルのチェックインだけに付き添ってもらって、私だけは、ガイドさんとここで別れました。
二人組の女性はツアーを頼んであったようで、この後ガイドさんと一緒の行動をとられるようでした。私の場合、後は帰国の日に迎えに来てもらうだけでした。この時は別のガイドさんでした。このガイドさんとは、偶然に別のツアー客を引率されているところを、故宮博物院で見かけました。免税店回りの時の雑談で
『私は故宮の博物院は少し苦手です。30分もすると飽きてしまいます』
と、話されていました。仕事の上とはいえ、頻繁に故宮博物館を案内されるのは御苦労様なことです。
<MRT一日乗車券>
後でガイドブックを読んでみたら、何でもないことでした。しかし、MRT一日乗車券を使ってみようと思ったのは、空港からホテルまで送ってくれたガイドさんが
『MRTには一日乗車券もあります』
と、紹介してくれたのがきっかけでした。
『その乗車券はどこで買えばいいんですか?自動販売機でも買えますか?』
と、質問したのに対し、
『自動販売機では売っていませんが、改札口のところで駅員さんに頼めば買えます。ワンディ・チケットといえば分ります』
とも教えてくれました。その話をお聞きして、初日の11日から出発日の14日まで、4日間とも一日乗車券を買い求めました。半日か使用できない日もありましたが、十分に元は引けました。ともかく、MRTの全路線を利用したほか、晩酌のお店への移動にも利用しました。
4日とも一日乗車券を買い求めたのは、ホテルからの最寄りの忠孝復興駅でした。毎日駅員さんは代わっていましたが、ガイドさんに教えてもらった通り『ワンディ チケット プリーズ』で話しが通じました。
ただ一回だけ、200元のお札を先に出しましたら、切符ではなく、コインに両替をしてくれました。改めて『ワンディ チケット プリーズ』と顔を見て頼みましたら、すぐに話が通じました。今、両替してもらった50元のコインを3枚出しました。お釣りなしのぴったりの料金です。
MRTは30元区間が多いので、5回乗れば一日乗車券の元が引けます。実際に乗車したのは、半日の場合に、丁度か少しおつりが来る程度、一日の場合はその倍くらいは使いました。切符を買う小銭の用意はいらないし、安くて便利でした。
一日乗車券で乗降する時は、駅員さんに日付のスタンプを押したチケットを見せて、専用の出入り口を利用します。専用の出口が遠かったりすると、車椅子用のゲートを使わせてくれる時もあります。ただし、工事や掃除などの駅関係者の人も出入りが多いので、時々、別の警備の人にチケットのチェックをされることもあります。今回、何十回かの改札の内、2回チェックを受けました。
台中へ出かけた以外はMRTを使用しましたので、4日間で600元、実勢円レートで2100円程が4日間の主な交通費用です。それ以外では、故宮博物院への片道タクシー代だけで、これが125元でした。この時は、チップを含めて150元支払いました。
因みに、タクシーの場合、以前は10%程度のチップが必要でしたが、今はメーター料金だけを支払えばよいそうです。このことも、現地ガイドさんからお聞きしていました。ただし、台北だけの事かも知れません。
<地下鉄マナー>
台湾での地下鉄マナーは優れています。高架部分とあわせMRTと呼ばれていますが、治安も全く問題がありません。例えば、韓国の地下鉄のように、物売りが乗り込んでくる事もありません。どうやら、穏やかな気候の中で育まれた国民性が、そのベースにあるようです。
エスカレーターには、片側通路を空けるように表示が有ります。日本では通勤時間帯に、急ぎの人用に、自然と出来たマナーです。違う点は、表示があることと、日本と違って向かって左側を空ける事です。このマナーはほぼ完全に守られていました。
もう1つの点が『飲食禁止』です。これは車内だけでなく、MRT構内全部です。違反者には『150元の罰金』のステッカーが貼付されています。たまたま、一日乗車券と同じ金額である。飲食禁止なので、車内禁煙であることは当たり前のことです。
清掃の面でも行き届いていて、塵1つ落ちていません。清掃がしっかりされているのでしょうが、マナーの点でも身に付いたものになっているようです。野暮な『塵捨て禁止』の張り紙は見なかった気がします。
<龍山寺>
免税店に立ち寄ったために、昼食の時間は大分過ぎてしまいました。それで、ホテルを出たあとは、龍山寺駅まで移動する事にしました。この界隈では、小さな屋台店が昼間から営業していたのを覚えていたからです。
龍山寺へ行く前に、門前町のようなところで昼食を摂りました。臨時の建物に多くの店が犇いている中に、海苔巻と稲荷寿司のパックがありました。夜のことを考えて、少し軽めの食事に決めました。店の横には複数の店が共用する椅子と机がおいてあり、道行く人を眺めながら遅い昼食でした。
眺めたと言うより、眺められていたのかも知れません。日本の海苔巻と、多少の味の違いはありますが、見た目も味も余り変わりません。韓国でも海苔巻を『キンパブ』、『海苔ご飯』として売っていますので、アジアでは共通の食べ物になっているようです。そのルートを調べたことは、ありませんが、日本が起源かも知れません。もしそうなら、死語になった『八紘一宇』の名残でしょう。値段は50元、200円弱でした。
1年ぶりの龍山寺は、相変わらず善男善女、老若男女で混み合っていました。椅子に腰掛けた、暇そうなご老人達も一緒の風景でした。
『このご老人たちは、近所に大邸宅を構える大金持の人達ですよ。ここではみすぼらしい格好をしていても、邸宅に帰ったら、ご馳走が待っている人達です』
と、昨年の旅行の際にガイドさんからお聞きしたことを思い出しました。
『合格祝いに多額の寄付をされる学生さんの親御さんたちが大勢いるので、このお寺は裕福です。お賽銭は要りません』
とも、昨年ガイドさんが教えてくれました。宗教書、道徳書の類を無料で置いてあるのも昨年と同じでした。それで、今回も荷物にならない小さなポケット版の本を1冊頂戴しました。観世音菩薩像の写真が入った、お経の本です。謝々。
<MRT新店線西端、東端駅へ>
夜、またこの龍山寺へ戻ってくる予定ですから、昨年の記憶を呼び覚ますために、華西街観光夜市が立つあたりを早歩きで回ってみました。記憶は確かで、晩酌の店もすぐに見つかりました。 勿論、まだ市は立っていませんし、その店も営業前でした。
一日乗車券でMRT駅に入る時も、駅員さんに日付印が押されたチケットを見せて専用ゲートの鍵を開けてもらいます。電磁石で開錠や施錠がされるようで、駅員室からの遠隔操作です。
MRT一日乗車券を買った時から、滞在中に全路線を走破する予定にしました。手始めに東西線の西端の新浦駅です。龍山寺駅から2つ目の駅なので、すぐにたどり着きました。裏道にも回ってみましたが、余り特長のない街の様に思えました。駅前の案内看板に、お寺の記しがありましたので、こちらにも足を運びました。『大仏寺』でした。
ところで、東西線と言うのは正式の名称ではなく、私が便宜上つけたものです。正式には台北駅の1つ西の西面駅から西が板橋線、東が南港線と呼ばれています。板橋線は終点の新浦駅まで、3区間だけの短い区間です。その先は建設中の区間になっています。南港線は東の終点昆陽駅まで10区間です。台北駅をはじめ市内の中心部を走っていますので、多分最も乗降客が多い線路でしょう。
新浦駅からは、東の端の昆陽駅に向かいました。その間13区間、乗り換えなしで30分程かかりました。こちらは町外れの雰囲気がありました。更に遠くへは、バス路線が交通手段とされているようでした。そのバスターミナルのような施設がありました。
この時を含めて、何度も地下鉄に乗りましたので、凡その距離感、車内アナウンスも少し分るようになりました。それで、多少の余裕が出てきた気がします。西面は『シー メン』、龍山寺駅は、『ロン シャン スー』に聞きとれました。台北駅は『タイペイ ステーション』と英語のアナウンスもありました。
<馴染みのお店>
昆陽駅についた頃は明りがともり始めていました。郊外からの通勤者の拠点になっているのでしょう、バスターミナルがありました。通りは広く、新しく出来た町か、再開発された区域でないかと思いました。
夕暮れになれば、晩酌の時間です。途中の駅で降りれば、ホテルに戻れましたが、MRTにそのまま乗車して、龍山寺駅に向かいました。
昨年、夕食を摂った店は、昼間に場所を確認しておきましたので、直ぐに探し当てました。夕食と言うより、晩酌のお店です。1年振りに出会った店のママも良く覚えていてくれました。
去年とは店のスタッフが2、3人入れ替わっていました。それで、お酒の注文を聞いてくれた若い女の人は『紹興酒』ではなく、『高粱酒』を出してくれました。まだ飲んだ事が無い酒でした。麦酒と一緒に出されたこの酒は、焼酎くらいの度数と思ったのが間違いでした。泡盛クラスの50度を超えていました。2合壜くらいのサイズでしたが、半分以上を残してしまいました。麦酒が水代わりになる強さでした。
料理の注文は簡単でした。ママが良く覚えていてくれたので、ガラスケースのネタを指差して注文しました。筆談も必要ありませんでした。付出しに浅利の唐辛子漬け、蝦の炒め物、イカ料理などを頼みました。付出しは直ぐに運ばれてきたし、あまり混んでいない早い時間でしたので、それ以外の料理も直ぐに出てきました。
入れ替わったスタッフの一人が店先で調理をする人で、去年は店主と思しき人と、もう一人男性の人がいましたが、今回は店主一人でこなしていました。左手首に少し包帯をしていたので、重い中華鍋で、筋でも痛めたのではないかと、少し心配になりました。
<華西街夜市>
食事の後は、華西街観光夜市を見学しました。台湾滞在中、何度か『台湾の景気は、日本と同じで悪いです』と聞いていましたが、悪い中でも夜市だけは別のようです。いつもの活気がありました。『毒蛇料理』の看板は健在で、目の前で蛇を捌くのを見学できました。ただし、この店も去年いた、生きたイノシシが檻ごとなくなっていました。
夜市に限らず、店の数で増えたのが『台湾式マッサージ』の店です。たいていの店は、前面がガラス戸で、すべて中が見えるようになっていて、リクラインングシートに体を伸ばして、足壷から全身マッサージをやっていました。おそらく人件費だけで成り立つ商売であり、店を空けておくよりはマッサージでもと言った風に見えました。
どの店も混んでいるところは見当たりませんでした。そう言えば空港で迎えてくれたガイドさんが、
『台湾では2、3ヶ月講習に通えば、マッサージの資格が取れます。いい腕の人たちばかりとは限りません。首筋を痛めたり、色々トラブルも起きています』
と言ったあと、
『皆さん方はちゃんとした信用のある店に行ってください』
と、全員に店の電話番号と場所が書いてあるパンフレットを渡してくれました。なるほどと、この時のことを思い出しました。それにしても、大変な数のマッサージ店です。
夜は、夜市で買ってきた甘栗をツマミに、オールドパーの水割を飲みました。いつもの事ながら、オールドパーは名古屋空港の免税店で買い求めたものです。腕時計プレゼントセールで、1リットル壜が4千円でした。甘栗は30元ほどの値段でしたが、食べても、食べてもなくならないボリュームがありました。1kgか、もっと量があったようです。オールドパーの残りはホテルに置いてきましたが、甘栗は日本へ持ち帰りました。
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- 交通手段
- 鉄道 タクシー
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7時20分の集合のため、空港はまだ日が昇ったばかりでした。朝食を摂った空港レストランからの撮影です。
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手前のブルーの大韓航空機は、いつも韓国旅行などで利用しています。その奥が今回のチャイナエアライン機です。
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今日は、12月11日の平日です。平日なのに思ったより利用客は多かった。年末年始の前ですから、お値打ち旅行にはもってこいです。
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チェックインの前に必ず確認するのが出発便のボードです。CI151便は今のところ問題なさそうです。それにしてもJALが4便あります。
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低い市の雲はまばらなので、遠くには冠雪した山並みも見えました。ただし、この写真では雲に紛れて、余りはっきりとは見えません。
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飛び立って直ぐに薄い雲の層を通り抜けました。風も無く、上々の旅行日和でした。雲の上は、抜けるような青空でした。
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中正国際空港が近づき、西側の海岸から陸地に入りました。眼下には溜池が多くみられました。灌漑用だけでなく、養殖池のようでもありました。
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機は更に高度を下げて着陸態勢になりました。地上の建物なども鮮明に見えてきました。新しい飛行場は、都心部から移転し、の西北部に位置します。
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到着した観光客を探している現地ガイドさん達です。複数のツアーの客を担当されていますから、中々大変のようです。
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複数のツアー客は、日本の各地から到着しますので、揃うのに少し待ち時間がありました。空港内で両替した小銭で缶ビールを買って飲みました。
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前回の旅行では、台北駅前のヒルトン台北でした。今回はMRT駅で3つ東のハワードプラザホテルです。外観は地味なこのホテルは、設備面では申し分なしでした。
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チェックインした後、荷物を置いて身軽なスタイルで、MRT駅に向かいました。最寄駅は忠孝復興駅です。北へ歩いて10分とはかかりませんでした。
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最初に立ち寄った観光地は、台北の名刹、龍山寺です。昨年の旅行の時には、毎日、このお寺を訪れました。
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入り口右手の人工の滝です。龍のお寺には、付き物の演出のようです。日本各地にも龍神伝説が語り継がれています。
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本殿は、昨年と同じように復興工事の関係で、印刷パネルのままでした。それでも着々と復興工事が進んでいるようでした。
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お参りの信者さんは、老若男女を問わず、相変わらずの賑わいでした。ひざまずいてのお祈りも、いつもの光景です。
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昨年も見かけた蜀台、同じように白ではなく、赤色の蝋燭でした。その炎が途切れていませんでした。
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奥の院の方にも、相変わらず線香の煙が絶えませんでした。こちらに祀られているのが、道教の神様達です。
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火事かと見紛うほどの線香の煙です。今回はゆっくりする時間がありませんでした。合格祈願は、こちらの神様が、熱心に参られているようです。
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僅かに観光客を見かけましたが、ほとんどは真剣に願を掛ける地元の人達でした。やはり、本人や家族の合格祈願が多いのでしょう。
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昨年立ち寄った、龍山寺近くのお店です。店のママがよく覚えていてくれました。今日を含め、3日間とも、夜はこの店でした。
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毎日、市が立ち賑わっていました。何度か訪れましたが、それぞれの店の場所は決まっていました。
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日本ではお祭の時か見られなくなった屋台の出店です。ここでは毎日がお祭のようです。几帳面な方が店主のようです。
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中国茶のお店です。この店も昨年と同じ場所で見かけました。車の荷台に並べたところも昨年と一緒でした。
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日本で言えば、ひな祭りの壇に飾られたような品々です。夜店にしては値段が高そうな、石刻の人形などが整然と並べられていました。
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ご夫婦らしいカップルの店では、豆腐料理や、揚物の準備がされていました。後ろの車一台で、すべての道具を運んできたのでしょう。
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夜市は始まったばかりで、これからが人出が多くなるところです。現地ガイドさんの話では、女性も子供も、夜更かしが好きだといいます。
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毎日沢山の売り物を用意して、上手く売りさばけるのだろうかと、つい心配してしまいます。夜は長いので、とりこし苦労かも知れません。
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私が立っているこちら側は少し薄暗い場所です。その百メートル程先は、屋台で明るくなっています。
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これで、今日の華西街夜市見学はお終いです。地下鉄に乗ってハワードプラザホテルへ戻りました。今晩おオールドパーのつまみは、焼き栗です。
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