2007/03/17 - 2007/03/17
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スキピオさん
半年ぶりにゲンスブールの墓に来ました。様子が一変しているので、またまた写真を撮ってしまいました。
ゲンスブール、死してなお日に日に新たなり、ということでしょうか。
写真の彼に撮影している僕の姿が重なり合う・・・
これも何かの縁、彼に語りかけてみたくなりました。
君の傑作はなんだろう?
君の思いなど無視して言わせてもらえば、僕があげたいのは次の曲だ。
『リラの門の切符切り』
『プレヴェール(枯葉)に寄せて』
『ジキルとハイド氏』
『メロディー・ネルソン』
『この人を見よ エッチェ・オモ』
『仲間、ノスタルジー』
君自身は『よだれ』『Je t'aime moi non plus』『レモン・アンセスト』を付け加えたいのでは?
えっ、なんだって? 最高傑作は娘のシャルロットだって
ほんとに、シャルロットはいい女になったね
-
【ゲンスブールの墓】
そう言えば、君は『夢見るシャンソン人形(原題:蝋人形・おがくず人形)』を発表したとき、(売るために)決して才能を売ったのではない、と主張していたね。人形だって過激な歌なんだって。そのあとの『シュセット』では、君は気取った連中を見事にうんざりさせた。あれはすごかった。こともあろうに、君はその歌をフランス・ギャルに歌わせた。かわいそうに彼女はあれでひどく傷ついたらしいよ。
そうそう、『アクワボニスト(無造作紳士)』も過激だったね。汚い言葉をこともなげに、奥さんのバーキンに歌わせているんだから。
「でも、究極の歌は『Je t'aime moi non plus』だった。歌詞をここで訳したらエラいことになるほどだから。えげつないって言ったら、あれほどのはないだろうね。それを当時美女中の美女のブリジット・バルドーに歌わせたんだからね。えげつない歌詞と美しいメロディー、そのコントラストが絶妙なんだ。
君が奇才と言われるのもわかるよ。 -
【イヨネスコの墓】
ウージェーヌ・イヨネスコ(1909-94)の戯曲は不思議だ。会話や物は無意味に増殖する。だから、イヨネスコの劇は反戯曲とか不条理劇とか言われる。
墓を見ると十字架が彫られているのがわかる。イヨネスコは結局は神を信じていたのだろうか。
墓石の側面の文字は次のように読める。
「誰かに祈ってください。願わくばイエス・キリストに」
注 : 辞典には、彼は1912年生まれとなっている。 -
【ウードンの墓】
彫刻家ジャン・アントワーヌ・ウードン(1741-1828)は啓蒙主義の時代にふさわしい芸術家と言えるかも知れません。彼の手によって、ヴォルテール、ディドロ、ルソー、ワシントン・・・が永遠化されています。 -
【ガルニエの墓】
建築家シャルル・ガルニエ(1825-98)を有名にし、恒久化したのは、なんと言ってもオペラ座です。新オペラ座ができたせいもあり、旧オペラ座は常に「オペラ・ガルニエ」と呼ばれるようになったからです。
ちなみに彼は、新進建築家エッフェルが建てた「エッフェル塔」の建設に反対した一人でした。もちろん、鉄の化け物と思ったからでしょう。 -
【ケッセルの墓】
小説家ジョゼフ・ケッセル(1898-1979)には申し訳ないが、彼が日本で知られたのは、映画『昼顔』のおかげだ。シュールレアリストの映画監督ルイス・ブニュエルが、あまりシュールレアリスティックではない映画で、傑作をものした。と同時に、単なるお嬢さん女優に終わるかもしれなかったカトリーヌ・ドヌーブが、不思議な色香漂う妻の役を演じた。
「昼顔」とは日本語題名で、原題は「昼間の美女」と言い、貞淑な人妻が、夫のいない昼間に娼婦となる、一種の二重人格をあつかった作品だ。 -
【セザールの墓上部】
彫刻家セザール(1921-98)の、まさに彼らしいお墓です。
この彫刻の本物は、デパート「ボン・マルシェ」の近くに立っています。 -
【ジーン・セバーグの墓】
アメリカ生まれの女優ジーン・セバーグ(1938-79)の最高傑作は・・・さすがにこれだけは衆目の一致するところでしょう・・・ゴダールの『勝手にしやがれ』(1960)、これにつきます。まさに彼女はこの作品で永遠化されたのです。
パリに留学しているアメリカ人の女学生が、ひょんなことで知り合ったやくざの男(ジャン=ポール・ベルモンド)と何気なく心を通わす。知性とは縁のない、ヤクザものだが、どうしても憎めない。どうしてだろう。その不思議な魅力をベルモンドがふりまいています。
そんな危うい二人がパリの町で物語の大団円へと向かう。結末の美学・・・ゴダールのこだわりです。
本当にジーン・セバーグはよかった。他の映画にももちろん出演しているが、これに比べれば「くず」みたいなもの。そして映画『勝手にしやがれ』は、珠玉中の珠玉の作品・・・ -
【ジーン・セバーグの墓】
アメリカで全く芽の出なかったたジーン・セバーグを有名にしたのは、『悲しみよ、こんにちは』(1958)でした。フランソワーズ・サガンの小説の中で彼女は大根でしたがすねた金持ちの娘役を演じました。その二年後が『勝手にしやがれ』です。
実を言うとそれからの彼女にあまり関心がありませんでしたが、もう忘れかけていたとき、彼女は『ペルーの鳥』(1968)で、蠱惑的な女を演じて、ファンを驚かせました。その時、原作者のロマン・ギャリと2・3度目の結婚しましたが(その後も他の監督と結婚)、結婚は彼女に幸いをもたらしたようには思えません。
彼女は41歳で自殺して果てます。
写真の彼女、まさに『勝手にしやがれ』の頃の姿です。 こんな言い方したら失礼ですが、役者さんが本当にいい役ができるのは一生に1・2度です。彼女は一度それをしたのです。 -
【デスノスの墓】
ロベール・デスノス(1900-45)の得意技はなんといっても、眠ったまま詩を書くことでした。いわゆる自動筆記法です。
彼はアンドレ・ブルトンの率いるシュールレアリスム運動にも積極的に参加しました。ナチス占領下において、レジスタンスに加わるも、逮捕され、チェコの収容所で死亡します。
この墓はなかなか見つかりませんでした。やはり一緒に探していた若者が、見つけてくれました。彼は僕に「デスノスを知っているのか?」と尋ねましたので、「もちろん、アラゴンの仲間でしょう」と答えると、うれしそうにうなずいていました。きっとデスノスファンなのでしょう。やはりシュールレアリストのアラゴンは詩で歌っています。「君のことを考えるんだ、デスノス」
ともにファシズムと戦いましたが、デスノスだけ死にました。
また、この墓を見て驚きましたが、十字架がありました。まさに「君のことを考えるんだ、デスノス」とアラゴンと一緒に言いたくなります。専門ではないのでわかりませんが、彼と神、驚きます。 -
【アンリ・トロワイヤの墓】
作家アンリ・トロワイヤ(1911-2007)が亡くなったのは日本を出発するつい先日(3月2日)と思っていましたら、ゲンスブールの墓のほぼ向かいで花に埋もれた彼の墓に遭遇しました。
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【アンリ・トロワイヤの墓】
さすがに大作家の死、共和国大統領からのリボンも飾られていました。
思えば、この大作家もモスクワ生まれのロシア系アルメニア人、今度の大統領(サルコジ)と同様、やはりいわゆるフランク族ではありません。幼い頃両親が革命を嫌ってフランスに亡命してきました。
1938年に、あのサルトルの『嘔吐』と争い、彼は『蜘蛛』でゴンクール賞を勝ち取り、作家の道を歩みました。
『女帝エカテリーナ』『イワン雷帝』などロシアの偉人の伝記も多く書いていますし、翻訳も多数あります。
もちろん本業の小説制作も盛んでした。事実を積み上げたレアリスム小説は彼の真骨頂かもしれません。 -
【ポール・ベルモンドの墓】
彫刻家ベルモンド(1898-1982)は、現在では息子のベルモンドがあまりに有名な俳優なので、ベルモンドの父という形で紹介されますが、「ローマ賞」をとった優れた芸術家です。
有名な、というか、だれでもご存知の彼の作品はオペラ・ガルニエの正面右を飾るカルポーの「ダンス」のレプリカです。カルポーの本物は「オルセー」にあります。
また彼のオリジナルはテュイルリー庭園にあります。 -
【ベルモンドの作品】
テュイルリー庭園にあります。 -
【ブランクーシの墓】
コンスタンタン・ブランクーシ(1876-1957)はルーマニア出身の彫刻家です。以前この墓地を紹介した時、彼の作品『接吻』を表紙にしました。すてきな作品ですね。 -
【ブランクーシの墓と記者】
ブランクーシの墓のところで、彼に詣る人を待っているかのように一人の女性がいました。僕が墓の写真を撮っていますと、
「あなた、ブランクーシを知っていますか?」と話しかけてきました。
「ええ、あそこにもありますし(『接吻』の方角を指差して)、有名ですよね」
「失礼ですが、日本人ですか?・・・(僕がうなずくと)・・・彼は日本で有名ですか?」
「うーん、そうでもないですね。残念ですが」
「そうですか。今、ブランクーシ展をやっているのを知っていますか?」「え?どこでですか?」「ポンピドゥーセンターの前です。無料ですから、ぜひ、行ってください」
「あなたは?」話し相手がどんな人だろうと思い、尋ねると、
「ルーマニアの記者です」
つまり、このルーマニアが生んだ天才的彫刻家をもっとアピールしようとしているのでした。
ちなみに、なかなかチャーミングな人でした。 -
【ブランクーシの作品に見入る子供たち】
そして、早速ポンピドゥーセンター前の展覧会場に行きました。こういう偶然があるから、旅は楽しいのです。
入りますと、ブランクーシの傑作『アザラシ』の前に興味津々の子供たちが座って先生の説明を聞いていました。
美術館で時々見る光景ですが、その光景を観察するのは本当に楽しい。
この展覧会の模様は別の旅行記に掲載します。 -
【モーパッサンの墓】
モーパッサン(1850-93)の墓をやっと見つけました。しかも、見知らぬ観光客の人に教わってです。何年かかったでしょうか。2004年、2005年、2006年、いずれも夏、太陽の下で地図を頼りにそれらしいところをしらみつぶしに歩きました。他にも僕と同様に探している人がたくさんいました。でもどうしても見つかりませんでした。
実を言いますと、僕は30年くらい前に、彼の墓に詣でたことがあります。その時は簡単に見つかったことを覚えています。それなのに、このたび見つかりませんでした。不思議です。 -
【モーパッサンの墓】
モーパッサンの墓を探す目印は、開いた書物でした。その見開きのページに彼の生没年があったはずでした。そして、今目の前にあるのは、確かに本の見開きですが、僕の記憶に残っている本とは全く異質なものでした。以前あったブロンズ製の見開きの本はどうしたのでしょう。盗難にあったのでしょうか。
そのためだったのでしょうか。そのためだけだったのでしょうか。今までモーパッサンの墓が見つからなかったのは。不思議です。 -
【モーパッサンの墓】
不思議と言えば、墓の上部に十字架がありました。彼が信心深かったとは到底思えないからです。そこで彼の臨終の模様を読み直してみました(『モーパッサンの生涯』アルマン・ラヌー著)。パシーの精神病院での彼の闘病生活は胸を打つものがあります。忠僕のフランソワが常にいたからでしょう。作家の最後が細かく報告されています。ここでは、アレクサンドル・デュマ(息子・『椿姫』の作者)が受け取った、死亡通知書を紹介しましょう。
《一八九三年七月六日、四三歳で、終油と聖体の秘蹟を授けられて、パリで死去した、文学者アンリ=ルネ=アルベール=ギー・ド・モーパッサンの葬儀は、来る八日土曜日、正午きっかりに、その小教区シャイヨーのサン=ピエール教会で行われる予定である》
反教権主義者で、どちらかと言えば汎神論者の作家は、最後にカトリックに帰依したことになっています。 -
【かつてモーパッサンの墓にあった銅製の本】
彼は、棺に入れないで直接土に埋めてほしいと言っていたそうですが、その願いはかなわなかったそうです。作家は『ミス・ハリエット』で書いているように、自分の肉体を栄養にして別の生命を育みたかったに違いありません。次のように書いています。
神様をひたむきに信じていたミス・ハリエットは自殺して果てました。友人・知人のいない彼女のために、「わたし」はひとり通夜をします。
《こうなってみると、この女(ひと)が神様を信じていたことがわたしには痛いほどわかりました。おのれの不運のつけをどこかほかのところに求めていたのでしょう。もうすぐ彼女は土にかえり、今度は彼女自身が植物になろうとしています。彼女はお日様のもとで花開くことでしょう。牛どもに食べられたり、種となって鳥たちについばまれることでしょう。そして家畜の肉となり、ついには人間の肉となるでしょう・・・》(短編集『ミス・ハリエット』[石田明夫訳・パロル舎]より)
そうです。彼は一種の輪廻思想を考えていました。 -
【ポール・ブールジェの墓】
彼はなんと言っても、反自然主義として頭角を現します。つまり、ゾラを中心にはやっていた科学主義に反旗を翻したのです。その結晶が傑作『弟子』です。ここに科学主義の残酷さを強調し、キリスト教的倫理観への回帰を示唆しています。 -
【カチュール・マンデスの墓】
マンデス(1841-1909)はパルナッス派(高踏派)の詩人にして、モーパッサンの友人でした。モンパルナス墓地にはモーパッサンの仲間がたくさん眠っています。 -
【ユイスマンスの墓】
ユイスマンス(1848-1907)もモーパッサンと同様にゾラの仲間でしたが、これまたモーパッサンと同様に自然主義と袂を分かちました。彼の傑作はなんと言っても『さかしま』でしょう。十字架があることでわかるように、晩年はキリスト教芸術へと向かった(『カテドラル』)。 -
【ラスパスイユの墓】
ラスパイユ(1794-1878)はもともとは、生物学者・化学者でしたが、1830年の「七月革命」に積極的に参加し、政治に目覚めます。1848年の「二月革命」には、社会主義者として大統領選に打って出るも、落選します。それも仕方がないでしょう。相手はルイ=ナポレオン(あのナポレオンの甥)でしたから。
その後も反政府運動をしますが、亡命を余儀なくされます。のち、国会議員となります。 -
【リットレの墓】
エミール・リットレ(1901-81)の名は『リットレ辞典』から知りました。この辞典はフランスで最も権威のあるものです。 -
【ピエール・ルイスの墓】
ピエール・ルイスの墓をついに見つけました。モーパッサンの墓を探すのに目印にしようと探していましたが、見つからず、逆にモーパッサンの墓から手がかりが得られ、発見となったのです。
ピエール・ルイスはパルナッス派の詩人たちと早くも交わり(その中の一人、エレディアの娘と結婚)、詩人になるべく生きていたようなものでした。
古代ギリシャの女流詩人サッフォーの同時代の詩人の歌と称される『ビリチスの歌』(翻訳あり)は、サッフォーのレスボス島を思わせる官能美にあふれています(ちなみに、「レスビアン」という語はこのサッフォーの「レスボスの女たち」から来ています。紀元前600年頃)。 -
【フラマリオンの墓】
勘違いでなければ、シャルル・フラマリオンはあの有名な出版社「フラマリオン」の創始者でしょう
間違いでした。創始者はエルネストでした。1876年だったそうです。今は四代目になっています。いずれにしても、大出版社の家柄です。 -
【ドレフュス大尉の墓】
アルフレッド・ドレフュス(1859-1935)は、アルザス出身のユダヤ人で、理工科学校出身のエリート士官でした。輝かしい将来が彼の前に開いていました。あの、忌まわしいスパイ事件さえなければ・・・
1894年、彼は身に覚えがないまま、ドイツに情報を売っているスパイとして逮捕され、終身刑を宣告されて悪魔島(現在の仏領ギアナ)に流されます。
いわゆる、世紀末のフランスを二分した「ドレフュス事件」の勃発です。 -
【ドレフュス大尉の墓】
彼の妻は夫の無実を信じて、再審請求をしますが、なかなか司法の壁に穴をあけることができません。
そんなとき、小説家のゾラが「我弾劾す」を新聞に掲載し(1894年)、真の戦いが始まります。が、逆にゾラが有罪判決を受け、イギリスに亡命するはめになりました。それから約半年後、関係した疑惑の中佐が自殺して(どこかの国でも自殺しましたが)、俄然再審派=ドレフュス派は息を吹き返します。
こうして、反ドレフュス派は壊滅していきます。
「ドレフュス事件」が「事件」となったのは、ドレフュス本人の問題ではなくなり、ユダヤ対反ユダヤ、カトリック対反カトリックの対立構造が全面に出て来たことによります。
結局、再審がなされ、ドレフュス大尉の名誉は回復されますが、10年以上たった1906年のことでした。 -
【マン・レイの墓】
アメリカ人のマン・レイ(1890-1976)がパリにやって来たのは1921年、すぐにダダイスムに、次いでシュールレアリスムに共感し、傑作を次々生む。女性のヴァイオリンの写真は有名です。
彼がパリを気に入ったのは、ヘミングウェイと同様、禁酒法のアメリカが嫌だったからではないかな、と密かに思っています。
* * *
モンパルナスの墓地に眠る皆様、安らかでありますように。合掌。 -
【ベッケルの墓】
映画監督ジャック・ベッケル(1906-60)の傑作は『ゲンナマに手を出すな』ですかね。以前「メニルモンタン」で紹介した『肉体の冠』もなかなかいいです。
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この旅行記へのコメント (2)
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- 夏目グミさん 2013/05/01 00:52:07
- なんと..!
- 小さい頃からのゲンズブールファンながらいまだ10代であるため海外に行ったことのない私にとってはとっても貴重なお話でした...!
これからも楽しみにしております...!
- スキピオさん からの返信 2013/05/02 15:21:08
- ありがとう。
- こなにちは。
お若いのに,ゲンズブールがお好きとは。第一によくご存知ですね。
ちなみに,彼が住んでいた家はパリにあって、壁中落書きだらけです。世界中から集まったファンが記念に書いたのです。死んだあとも彼らしいですね。
歌手と言えば,現在はフランス・ギャルの夫(ずいぶん以前に若くして亡くなりました) Michel Berger(ミシェル・ベルジェ)に凝っています。以下は彼の曲 Pardis blanc(白い天国)です。
http://www.youtube.com/watch?v=PC6vNgL4gz4
よろしかったら聴いてください。彼は優れた音楽家で、他にもたくさん作詞・作曲しました(妻のギャルにもたくさん、たとえば、Si maman si
http://www.youtube.com/watch?v=FsTSgncy9OI
などです)。
とりわけ、オペラ・ロック『Starmania』(ミュージカル)は傑作中の傑作です。
では失礼します。遊びに来てくれて,ありがとう。
スキピオ
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