2006/11/18 - 2006/11/22
20340位(同エリア24263件中)
瑞樹さん
王宮見学の続き、そして暁の寺へ。
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メインの本堂を観た後の、ちょっとした時間に出会った風景です。
先ず、とある狛犬。沢山居ましたが、カラフルな建物と門番がバックの雰囲気が面白い。 -
エメラルド寺院を観た後に寄ったトイレの表示。コワイです。Mのほうは普通でした。因みに便器はトルコ式でした。
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花壇や池なども整えられていて、ワット・プラケオはどこも綺麗です。お見逃しないように。
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ぽつんと健気に咲く蓮の花。ほっと心が穏やかになります。
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本堂の次、ここが王宮見学のメインと云っても良いかも知れません。チャックリー・マハー・プラサート宮殿。
ラーマ5世が外遊から帰国し、チャクリー王朝100周年を記念してて新しく建てられた宮殿です。内部は、チャックリー王朝(バンコク王朝)歴代の王の金の骨壷が置かれていたり、二階は国王が外国の賓客を迎えるのに使われる部屋や、図書室などが設けられています。年に何回かは内部が一般に公開されることがあるそうです。ビクトリア様式とタイ様式が組み合わさった、面白い外観です。内部はどんな感じなんでしょう。 -
因みに王族は死後半年置いてから火葬されるそうです…こんなに蒸し暑い国なのに、どうやって保存するんだろう…。
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今ではこんな平和な風景ですが、以前はこの付近の扉の前で、戦に勝った勝利者の血で王の足を洗うという(!)ことが行われていたそうです。
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その奥に見えるのが、アマリン・ウィニチャイ堂。
国王の誕生日や国家の重要な式典がここで行われます。内部には王座が二つあり、ひとつの王座の上には九重の傘が付いています。この傘がある方に王様が座るといわれています。 -
それから、ドゥシット・マハ・プラサート宮殿。
幾重にも重なり合う屋根が美しいです。1789年にラーマ一世によって建てられました。王宮内で最も古く、歴代王の戴冠式に使われて来たそうです。
ラーマ五世は明治天皇とも親交が深く、とても日本好きだったようです。手前の木の剪定は、見るからに日本庭園をイメージしたもの。 -
宮殿に付き物、衛兵さんは皆の写真撮影の的(私も撮りました)。丁度時間だったらしく、交代の様子が見られました。何時間交代か知らないけれど、蒸し暑いバンコクでのお勤めお疲れ様です。
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タイの人では良いほうなのかも知れないけれど、何だか体格もそれほどではないし、余り強そうに見えないのですが。民間からの寄付によって成り立っている王朝、こういう人たちは雇われているのかな?ボランティア?
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写真を見ていて気付きましたが、アマリン・ウィニチャイ堂宮の前に左手の鉄の柵の外からしか拝めないボロマピマーン宮殿は、この写真の奥かも。肝心の建物はちょびっとしか写っていませんが…にしても軍人さん、明らかに上着の袖は長いしパンツは丈が短いような…いいのかな。
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この宮殿では、ラーマ5世の家族が生活をしていたようです。9世になると、72,000坪あるというチットラダー離宮に移ったそうで、21歳で謎の死を遂げたラーマ8世王の崩御もここでした。
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スリランカ様式にタイ様式、ビクトリア様式と色々ありますが、こんな中国系の像もあります。
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そろそろ王宮見学も終わり。
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門を出てバスに乗り移動。
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商店の立ち並ぶバンコクの街並み。賑やかで、生活感溢れていて眺めるだけでも楽しい。
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バスから降りて着いたのは、ター・ティアン船着場。
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お土産物やジュースを売る店などが集っています。
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数分待って乗り込んだのは、こんな渡し舟。
乗客は私たちのような観光客から、 -
買い物帰りや売り物を運ぶ人たちも乗る渡し舟。約3分で向こう岸に着きます。
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ほかにもこんな運河乗合ボートや水上タクシーなどが行き来するバンコクは、かつて「東洋のベニス」とも呼ばれていたそうです。
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ふと見上げた天井には、こんなライフジャケットがありました。
なんかちょっと、心強い…ような? -
川を渡ると、如何にタイ王室が国民に愛されているか解かる、こんなお出迎え。
この後、旅行中は至る所で国王の写真を見かけることとなります。 -
こうして対岸に着くと、左手には王室の「ワット・アルン」の入口がります。
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入っていくと、ピストルごっこをする男の子たちと、それを見守るお母さんが。のんびり新聞なんか読んでいるけれど、ワット・アルンが公園代わりなのかな?
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この近くには、タイの民族衣装の顔出しなりきり看板がありますが、これで写真を撮ると人が出てきてお金を要求されますので、ご用心。小さく○バーツとか書いてあるんでしょうね、きっと。
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アユタヤー王朝時代はワット・マコークという小さな寺院だったのが、その後ビルマからの侵略を守ったタークシン王がエメラルド仏を祀る王室寺院とし、ワットチェーンと名付けました。
それから二回、国王と寺の名前が変わり、エメラルド仏もワット・プラケオに移り現在の名前となったそうです。 -
この姿がチャオプラヤー川の向こうに見え、舟で段々に近付く情景はなかなかのものです。
しかし! -
シヴァ神の住む聖地・カイラーサ山を模ったとも云われていますが、仏塔の頭部の形状は男性器を象徴しているらしいです。後で知りました。後で知って良かったかも…(笑)。これはバラモン教のシバ神の象徴の形だとか。そういえばヒンドゥー教でもそんな遺物を見たな。
ちなみにこのお寺を篤く信仰しているのは中国系タイ人が多いとか。それでこういう方たちが門番しているのでしょうか。 -
乱視なのかと錯覚するような造形。階段の上には登れますが、結構急です。
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真下から見上げたところ。かなりの迫力。上まで登れる訳ではありませんが、階段を下りるときは気を付けて下さいね。
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で、やはりこんな方々がこんな表情で支えていらっしゃいます。頑張ってます!
塔には様々な色の陶器の破片で装飾が施されていて、その独特のシルエットを更に個性的に見せています。 -
周囲にも色々なものが配置されているので、見どころ一杯です。
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大仏塔側面にいらっしゃる方。手足の揃え方が何だかメルヘン。
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大仏塔の周りには同じ様な形の小さな塔が四基あります。
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そしてお堂は二棟、ひとつはワット・アルン創建当時に本堂として使われていたもの(ワット・マコーク)で、もうひとつは礼拝堂で青銅製の仏塔と8体の仏像が安置されているそうです。
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さて民族衣装大好きな私は、一緒に旅行中のやんさんにも協力して貰って、タイの民族衣装を着て写真を撮ることに。
数種の中から紫色を選ぶと、係りのお姉さんがあっという間に着付けてくれます。最後に腕と頭に飾りをつけて終了。
ワット・アルンをバックに、タイ舞踊の振りを教えてくれます。ハワイのフラなどと同じで、手・指の動きひとつひとつに意味があるそうです。
自分のカメラで7枚ほど撮って、200バーツ。他の観光地にもこういうのがあるだろうと思っていたら、意外にも見かけなかったので、バックも良いことだし、ワット・アルンで試すのがお勧めです。 -
再び渡し舟に乗ってチャオプラヤー川を渡ります。周囲にはこんな水上生活の家々も見えます。周囲は干物屋さんが多いので、場所によってはそういう匂いがするかも。
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川を渡った向こうでは、お供え物を黙々と作る女性たちが居ました。
ガイドさんの話によると、今日は最高に暑い!そうです。乾季に入ったばかりだというのに昨日はスコール(残り雨というそうです)、ちょっと例年とは違う気候の日々。 -
そしてバスに乗り、移動。周囲は供物を売る店や、仏具やなどが沢山並んでいます。
私は残念ながら遭遇しませんでしたが、タイの朝は仏僧の托鉢で始まります。早朝5時、未だ暗い内からそれは始まり、僧侶たちは皆一様に黒い鉢を持ってもくもくと歩いて行きます。僧侶の生活一切は、托鉢と御布施で成り立っています。僧侶が近付くとお盆の上の鍋からご飯とおかずを鉢の中に入れ、深々と手を合せて僧侶を拝みます。しかもお金に触れることが出来ない為、食事以外の生活に必要なものも托鉢で賄います。 -
仏具店やスーパーにはそういったセットも売られています。食事の場合は、出来合いのものは一切使わないそうで、全て一から作るので3時頃から用意を始めるとか。
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それを僧侶は一礼もせず黙ってご飯を入れて貰って、次へ進みます。これは信者が僧侶に御布施をするのは功徳を積む為なので、特にお礼のお辞儀もなしとのこと。
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キリスト教やイスラム教では”十分の一”というのを聞いたことがありますが、タイでは平均して2割くらいを寄進しているという統計があります。一生に一度は出家する、というタイならではの数字ですね。
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