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 シテ島はパリ発祥地です。<br /> かつてパリが「ルテチア」と呼ばれていた頃は、ここはまだまだ町とも呼べない中州の島にすぎませんでした(ルテチアとは水中の住居という意味)。その後ローマ人が来て、現在の古代ローマの遺跡のあるあたり(クリュニ−美術館のとなりに浴場跡、植物園の傍に円形闘技場の跡)と広がっていきます。<br /> 紀元後360年頃、そこには「パリシ−人」が住んでいましたので、町の名も彼らの部族名からとって「パリ」と呼ばれるようになりました。時代が下るにつれ、シテ島は難攻不落の城郭都市としての重要性を増していきます。<br /> ですから、パリの紋章はまるでシテ島が舟であるかのように「帆船」になっていて、「たゆたえども、沈まず」とラテン語で書かれています。<br /> 古来、この島は精神的な中心地として「ノ−トル・ダム大聖堂」がそびえ立っています。今では、最高裁判所、警視庁がここに居を構え、実質的な公権力の中心にもなっています。<br /><br />【ノ−トル・ダム大聖堂】

シテ島はパリのゆりかご

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2007/03/09 - 2007/03/09

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スキピオ

スキピオさん

 シテ島はパリ発祥地です。
 かつてパリが「ルテチア」と呼ばれていた頃は、ここはまだまだ町とも呼べない中州の島にすぎませんでした(ルテチアとは水中の住居という意味)。その後ローマ人が来て、現在の古代ローマの遺跡のあるあたり(クリュニ−美術館のとなりに浴場跡、植物園の傍に円形闘技場の跡)と広がっていきます。
 紀元後360年頃、そこには「パリシ−人」が住んでいましたので、町の名も彼らの部族名からとって「パリ」と呼ばれるようになりました。時代が下るにつれ、シテ島は難攻不落の城郭都市としての重要性を増していきます。
 ですから、パリの紋章はまるでシテ島が舟であるかのように「帆船」になっていて、「たゆたえども、沈まず」とラテン語で書かれています。
 古来、この島は精神的な中心地として「ノ−トル・ダム大聖堂」がそびえ立っています。今では、最高裁判所、警視庁がここに居を構え、実質的な公権力の中心にもなっています。

【ノ−トル・ダム大聖堂】

  • 【最高裁判所】<br /><br /> 写真を撮った位置の右にメトロの「シテ駅」があります。<br /> 裁判所の右手の方がかつて牢獄として使われた「コンシエルジュリー」、左手が「サント・シャペル」です。どちらも裁判所の付属です。

    【最高裁判所】

     写真を撮った位置の右にメトロの「シテ駅」があります。
     裁判所の右手の方がかつて牢獄として使われた「コンシエルジュリー」、左手が「サント・シャペル」です。どちらも裁判所の付属です。

  • 【左の尖塔はサント・シャペル】<br /><br /> サント・シャペルは、聖王ルイ(9世)が当時の東ローマ帝国から買い求めた聖遺物「茨の冠」を安置するために作られました。<br /> 作業を急がせて、たった4年ほどで完成させたと言われています。ここを飾るステンドグラスは、あのシャルトル大聖堂のガラスを作ったのと同じ職人によるそうです。

    【左の尖塔はサント・シャペル】

     サント・シャペルは、聖王ルイ(9世)が当時の東ローマ帝国から買い求めた聖遺物「茨の冠」を安置するために作られました。
     作業を急がせて、たった4年ほどで完成させたと言われています。ここを飾るステンドグラスは、あのシャルトル大聖堂のガラスを作ったのと同じ職人によるそうです。

  • 【サント・シャペル内陣・・・一階】

    【サント・シャペル内陣・・・一階】

  • 【サント・シャペル内陣・・・二階】<br /><br /> このステンドクラスは、いつも「宝石箱」に例えられ、そのすばらしさは、たぶん他に類を見ないでしょう。キリスト教世界最高の聖遺物を安置するのに確かにふさわしいと言えるかも知れません。

    【サント・シャペル内陣・・・二階】

     このステンドクラスは、いつも「宝石箱」に例えられ、そのすばらしさは、たぶん他に類を見ないでしょう。キリスト教世界最高の聖遺物を安置するのに確かにふさわしいと言えるかも知れません。

  • 【サント・シャペルの二階、聖壇】<br /><br /> 本来ならば、真ん中の安置室に「茨の冠」はあるはずですが、もちろん現在は、他の場所に保管されています。<br /> 聖王ルイ(1214-1270)は信仰心の情熱にかられて、十字軍に、聖遺物の収集にその生涯を捧げたと言っても過言ではないでしょう。特にこの聖遺物は、国家予算の半分の金額だったとも言われています。<br /> そして、王は十字軍の遠征中、チュニス近郊で客死するのでした。<br /> そのためでしょう、彼は聖人に列せられ「聖王ルイ(サン・ルイ)」の名で呼ばれることになります。もちろん、アメリカの町「セントルイス」は彼の名に由来しています。

    【サント・シャペルの二階、聖壇】

     本来ならば、真ん中の安置室に「茨の冠」はあるはずですが、もちろん現在は、他の場所に保管されています。
     聖王ルイ(1214-1270)は信仰心の情熱にかられて、十字軍に、聖遺物の収集にその生涯を捧げたと言っても過言ではないでしょう。特にこの聖遺物は、国家予算の半分の金額だったとも言われています。
     そして、王は十字軍の遠征中、チュニス近郊で客死するのでした。
     そのためでしょう、彼は聖人に列せられ「聖王ルイ(サン・ルイ)」の名で呼ばれることになります。もちろん、アメリカの町「セントルイス」は彼の名に由来しています。

  • 【イヴの創造】<br /><br /> 神は、地面の土をこねて、形を作り、息を吹き込み、ひとを作りました。土から作ったので、そのものを「アダム(土)」と名付けました。このために、フランスの小説家ミシェル・トゥルニエ(ヴァンド−ム広場の旅行記で既に紹介しました)は、彼の物語『奇跡への旅・・・三賢王礼拝物語』の中で、アダムは黒人だったと言っています。<br /> 神はアダムが眠っている時、彼の肋骨のひとつから、イヴを作りました。ですから、イヴは白人です。ちなみにイヴとは「命」という意味です。あらゆるものの命の母となるからです。

    【イヴの創造】

     神は、地面の土をこねて、形を作り、息を吹き込み、ひとを作りました。土から作ったので、そのものを「アダム(土)」と名付けました。このために、フランスの小説家ミシェル・トゥルニエ(ヴァンド−ム広場の旅行記で既に紹介しました)は、彼の物語『奇跡への旅・・・三賢王礼拝物語』の中で、アダムは黒人だったと言っています。
     神はアダムが眠っている時、彼の肋骨のひとつから、イヴを作りました。ですから、イヴは白人です。ちなみにイヴとは「命」という意味です。あらゆるものの命の母となるからです。

  • 【禁断の木の実】<br /><br /> 二階のファサ−ドのところに旧約聖書の物語が浮き彫りになっています。これは、アダムとイヴが「実」を食べているところです。

    【禁断の木の実】

     二階のファサ−ドのところに旧約聖書の物語が浮き彫りになっています。これは、アダムとイヴが「実」を食べているところです。

  • 【シャルルマーニュ像】<br /><br /> 800年に西ローマ帝国の復活を宣言し、皇帝となったシャルルマーニュが、ノ−トルダム大聖堂の前庭に騎馬姿ですっくと立っています。彼は、前に叙事詩『ロランの歌』で有名な、悲劇的な英雄ロランとその親友オリヴィエを従えています。

    【シャルルマーニュ像】

     800年に西ローマ帝国の復活を宣言し、皇帝となったシャルルマーニュが、ノ−トルダム大聖堂の前庭に騎馬姿ですっくと立っています。彼は、前に叙事詩『ロランの歌』で有名な、悲劇的な英雄ロランとその親友オリヴィエを従えています。

  • 【ノ−トルダム大聖堂】<br /><br /> ちなみにこの人たちは知り合いでもなんでもありません。

    【ノ−トルダム大聖堂】

     ちなみにこの人たちは知り合いでもなんでもありません。

  • 【ジャン23世広場】<br /><br /> 大聖堂の東側に小さな広場があります。そこに、カルロ・ゴルドニ(1707−93)の像がありました。イタリア最大の喜劇俳優でしたが、カルロ・ゴッツィと考えがあわず、傷心のままフランスにやってきます。<br /> 結局彼は、フランスで活躍し、フランスで没することになります。

    【ジャン23世広場】

     大聖堂の東側に小さな広場があります。そこに、カルロ・ゴルドニ(1707−93)の像がありました。イタリア最大の喜劇俳優でしたが、カルロ・ゴッツィと考えがあわず、傷心のままフランスにやってきます。
     結局彼は、フランスで活躍し、フランスで没することになります。

  • 【オテル・デュー(神の館・・・パリ市立病院)】<br /><br /> ノ−トルダム大聖堂の前庭の北側に、巨大な病院があります。

    【オテル・デュー(神の館・・・パリ市立病院)】

     ノ−トルダム大聖堂の前庭の北側に、巨大な病院があります。

  • 【病院入口】<br /><br /> 「オテル・デュ−」の下に「自由・平等・友愛」の文字があります。フランスは公共の建物には必ずと言ってもいいくらいこの標語が書かれています。<br /><br /> 18世紀に「貧者の税」という特別の税がこの病院のために制定され、現在の病院は第二帝政時代に完成したそうです

    【病院入口】

     「オテル・デュ−」の下に「自由・平等・友愛」の文字があります。フランスは公共の建物には必ずと言ってもいいくらいこの標語が書かれています。

     18世紀に「貧者の税」という特別の税がこの病院のために制定され、現在の病院は第二帝政時代に完成したそうです

  • 【病院の中庭】<br /><br /> 外の喧噪がうそのように静かな空間が広がっていました。

    【病院の中庭】

     外の喧噪がうそのように静かな空間が広がっていました。

  • 【病院の中庭のレリーフ】

    【病院の中庭のレリーフ】

  • 【病院の中庭】<br /><br /> まわりを囲む病院も巨大ですが、その中庭もひろくて、奥の記念堂に向かって花が添えられていました。フランス人は必ず中庭を贅沢に作るものなんですね。

    【病院の中庭】

     まわりを囲む病院も巨大ですが、その中庭もひろくて、奥の記念堂に向かって花が添えられていました。フランス人は必ず中庭を贅沢に作るものなんですね。

  • 【病院の中庭のレリーフ】<br /><br /> 治療中か手術中かよくわかりませんが、リアルな浮き彫りです。

    【病院の中庭のレリーフ】

     治療中か手術中かよくわかりませんが、リアルな浮き彫りです。

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