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 バリの北、クリニャンクールの蚤の市に出かける。ここは巨大な迷路(ラビリントス)のような町。行き当たりばったりに歩けば、なにかにぶつかるかも・・・<br /><br /> とても広いので、区分けされている。<br /> 写真は【マラシス区】<br /><br /> 蚤の市は英語で「フリー・マーケット」(ちなみにこの「フリー」は自由ではなく「蚤」のこと flea ・・・外来語で勘違いナンバーワンの語だそうだ)、フランス語では「マルシェ・オ・ピュッス」と言う。<br /> パリの真南に「ヴァンヴの蚤の市」がある。こちらは全て道路の空き地の露天で商われている。小物がおもしろい。<br /> 対して、クリニャンクールは、露天もあるが、写真のように常設の建物内で売られている。この世のものはなんでもある、という感じがおもしろい。<br /><<<作成中>>>

蚤の市で108年前の新聞と出会う。

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2006/08/09 - 2006/08/09

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スキピオ

スキピオさん

 バリの北、クリニャンクールの蚤の市に出かける。ここは巨大な迷路(ラビリントス)のような町。行き当たりばったりに歩けば、なにかにぶつかるかも・・・

 とても広いので、区分けされている。
 写真は【マラシス区】

 蚤の市は英語で「フリー・マーケット」(ちなみにこの「フリー」は自由ではなく「蚤」のこと flea ・・・外来語で勘違いナンバーワンの語だそうだ)、フランス語では「マルシェ・オ・ピュッス」と言う。
 パリの真南に「ヴァンヴの蚤の市」がある。こちらは全て道路の空き地の露天で商われている。小物がおもしろい。
 対して、クリニャンクールは、露天もあるが、写真のように常設の建物内で売られている。この世のものはなんでもある、という感じがおもしろい。
<<<作成中>>>

  • 【地図】<br /><br /> ヴァカンス中なのと、朝早かったので、まだ人気がない。やはり蚤の市は人でごった返していた方がいい。<br /> 正午12時頃が楽しい。

    【地図】

    ヴァカンス中なのと、朝早かったので、まだ人気がない。やはり蚤の市は人でごった返していた方がいい。
     正午12時頃が楽しい。

  • 【ド−フィ−ヌ区の建物】

    【ド−フィ−ヌ区の建物】

  • 【ドーフィーヌ区の入口】

    【ドーフィーヌ区の入口】

  • 【ド−フィ−ヌ区内のエスカレーターと壁】

    【ド−フィ−ヌ区内のエスカレーターと壁】

  • 【ド−フィ−ヌ区内の2階】

    【ド−フィ−ヌ区内の2階】

  • 【ド−フィ−ヌ区内の2階】

    【ド−フィ−ヌ区内の2階】

  • 【ド−フィ−ヌ区内】

    【ド−フィ−ヌ区内】

  • 【ド−フィ−ヌ区内の噴水】

    【ド−フィ−ヌ区内の噴水】

  • 【蚤の市のカフェ「蝉」】

    【蚤の市のカフェ「蝉」】

  • 【店内】

    【店内】

  • 【ビロン区の入口】

    【ビロン区の入口】

  • 【ビロン区の通り】

    【ビロン区の通り】

  • 【ブチ・ジュルナル】<br /><br /> 狭い道を歩いていたら、ビニールで包装されたタブロイド判の古い新聞が山のように積まれていた。「5部20ユーロ、1部5ユーロ」と書いてある。本物だろうか?・・・まず浮かんだ疑問。タイトルの下に8ページ、5サンチームとある。<br /><br /> ニュース版画は、立派な紳士が丁々発止、切り合いをしているようにステッキを振るっている。なんだろう?<br />《エステラジー×ピカ−ル事件》と書かれていた。この二人は確か、「ドレフュス事件」の最重要人物だ。そして日付けは、1898年7月だから、ゾラの「我弾劾す」の年で、半年後だ。おもしろい。<br /><br /> 買ったあとで、中を見るとコメントがあったちょっと訳してみる。<br /><br /> 「みんなが予期していたことが起こった。エステラジ−少佐が、以前ピカール元中佐に厳かにも約束していたお仕置きを、元中佐に実行したのだ。<br /> 少佐は、ひとりの若い龍騎兵の友人とヴィクトール・ユゴー通りを散歩していた。とその時、ピカ−ル氏が見るからに少佐を避けようとしているのに気付いた。少佐の方は彼にそのひまを与えることなく、杖でもって彼から埃をみんなはらってやった、とは、そこに居合せた信頼できる人の証言だ。」

    【ブチ・ジュルナル】

     狭い道を歩いていたら、ビニールで包装されたタブロイド判の古い新聞が山のように積まれていた。「5部20ユーロ、1部5ユーロ」と書いてある。本物だろうか?・・・まず浮かんだ疑問。タイトルの下に8ページ、5サンチームとある。

     ニュース版画は、立派な紳士が丁々発止、切り合いをしているようにステッキを振るっている。なんだろう?
    《エステラジー×ピカ−ル事件》と書かれていた。この二人は確か、「ドレフュス事件」の最重要人物だ。そして日付けは、1898年7月だから、ゾラの「我弾劾す」の年で、半年後だ。おもしろい。

     買ったあとで、中を見るとコメントがあったちょっと訳してみる。

     「みんなが予期していたことが起こった。エステラジ−少佐が、以前ピカール元中佐に厳かにも約束していたお仕置きを、元中佐に実行したのだ。
     少佐は、ひとりの若い龍騎兵の友人とヴィクトール・ユゴー通りを散歩していた。とその時、ピカ−ル氏が見るからに少佐を避けようとしているのに気付いた。少佐の方は彼にそのひまを与えることなく、杖でもって彼から埃をみんなはらってやった、とは、そこに居合せた信頼できる人の証言だ。」

  • <前の続き><br /><br /> 長くなるので訳はこのくらいにしておく。<br /> これを読むと、エステラジーがならず者のピカールをお仕置きしているとなっている。驚くべきことだ。<br /> というのは、あとで判明するのだが、エステラジーはスパイ容疑者で、ピカールは上から圧力をかけられるが正義を貫いた人だった。<br /> この記事を書いた人は、あとでどんな思いをしたか。ちなみにピカ−ルは陸軍大臣にまでなった。<br />この新聞は反ドレフュスの右翼系の新聞だったのだ。<br />こんなことがあるので、蚤の市はおもしろい。<br /><br /> ここの版画は裏表紙に当たる8ページ目で「コルシカ島での山賊と警察の打ち合い」だ。結構生々しい。

    <前の続き>

     長くなるので訳はこのくらいにしておく。
     これを読むと、エステラジーがならず者のピカールをお仕置きしているとなっている。驚くべきことだ。
     というのは、あとで判明するのだが、エステラジーはスパイ容疑者で、ピカールは上から圧力をかけられるが正義を貫いた人だった。
     この記事を書いた人は、あとでどんな思いをしたか。ちなみにピカ−ルは陸軍大臣にまでなった。
    この新聞は反ドレフュスの右翼系の新聞だったのだ。
    こんなことがあるので、蚤の市はおもしろい。

     ここの版画は裏表紙に当たる8ページ目で「コルシカ島での山賊と警察の打ち合い」だ。結構生々しい。

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この旅行記へのコメント (5)

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  • おでぶねこさん 2007/03/02 19:45:14
    180年前の奇跡。
    スキピオさん、今晩は。

    作成中のところお邪魔します。
    180年前の新聞・・・・なんだか浪漫がありますね。
    こんなに綺麗に保存されていたというのにも驚きです。
    これこそ奇跡ですね。

    クリニャンクールの蚤の市はまだ1度も行った事がありません。
    というか蚤の市というものに行った事が無いのですが・・・。
    でもびっくりするようなものに出会えそうですね。
    おでぶねこは昔の風刺画が好きなのですが
    ここに来れば出会えそうですね・・・。

     おでぶねこ



    おでぶねこさん からの返信 2007/03/02 19:47:49
    RE: 180年前の奇跡。
    あっ。108年が180年になっている・・・。
    180年前ってどんな時代???

    すみません。ホント粗忽者で・・・・。

     おでぶねこ

    スキピオ

    スキピオさん からの返信 2007/03/02 22:22:32
    RE: 180年前のパリ
    おでぶねこさん、こんばんは。ウルビノの旅行記拝見しています。相変わらず充実した旅をなさっていますね。
    ところで、「蚤の市」を見て下さりありがとう。
    180年前ということは1830年頃ですね。おでぶねこさんが「浪漫」と言っておりますが、まさに、当時はロマン主義の時代でした。
    「赤と黒」を出したばかりのスタンダールは47歳にして17歳のイタリア娘のジウリアに恋の告白をされ、有頂天、結婚を申し込むも、後見人に断られ(無職のため。作家としてはゼロ)、がっかり。
    その頃、七月革命が勃発、ドラクロワがあの「民衆を率いる自由の女神」を描く。まだ二十代のヴィクトール・ユゴーは既に大詩人の仲間入りし、この年劇作家としても頂点に立ち、天才の名をほしいままにしている。
    他にも若いバルザックやジョルジュ・サンドたちが元気だったときだ。
    一方、108年前は、まさに世紀末の頃、印象派の画家たちはだいぶ年を取り、ギマ−ルやガレ、ミュッシャたちが新たな芸術活動をし、二十歳前のピカソがパリに来て、洗濯船に泊まり込む。ユトリロやエリック・サティーが「ラパン・アジル」で一杯飲み、「赤い風車(ムーラン・ルージュ)」はおおにぎわい。そんな時代だったかな。赤い風車と言えば映画「フレンチ・カンカン」が素晴らしい。監督はあの大画家のルノワールの息子、ジャン・ルノワール。だから彼はお父さんの時代を描いている。内容は、ご存知かも知れませんが、ムーラン・ルージュを作る苦労話です。彼は映画史上、最高の監督だ。
    長くなって申し訳ありませんでした。

    おでぶねこさん からの返信 2007/03/02 22:58:03
    RE: 180年前の奇跡。
    スキピオさん。

    ウルビーノ見てくださってありがとうございます。

    おでぶねこは間違いのおかげで
    180年前のフランスを知る事が出来ました。
    丁寧な解説・・・いつもながらありがたいです。

    あのラパンアジルに若き芸術家たちが集まっていたのは
    108年前・・・なんですね。
    お金は無くても夢はいっぱい・・・。
    タイムスリップして覗いてみたいです。

     おでぶねこ





    スキピオ

    スキピオさん からの返信 2007/03/03 07:53:49
    ヴァンヴの蚤の市
    おでぶねこさん、おはようございます。
    前回の続きになりますが、ヴァンヴの蚤の市は露天で小物が主ですが、おもしろいです。ちなみに中古CDなど、3枚で5ユーロ位で売っています(クリニャンクールにもありますが)。ヴァンヴがいいのは、少し歩くとブラッサンス公園があることです。僕の旅行記にも書きましたが、土・日曜の午前中ですと、古本市が開催されています。ここでまさに古い版画などと出会えるかも知れません。
    ちなみに蚤の市は他にモントルイユの蚤の市があります。ここはどちらかと言うと織物・布地などが有名です。
    108年前と言えば、スキピオのプロフィ−ル写真(アレクサンドル3世橋)が完成したばかりです。他に、サクレ・ク−ル寺院があります。オルセ−駅、プチ・パレ、グラン・パレが完成寸前と言うところです。
    180年前に近いところで(もうご覧になったかも知れませんが)、映画『天井桟敷の人々』がすばらしい。監督マルセル・カルネはルノワ−ルと並び立つ大巨匠です。ルノワ−ルと言えば画家の長男がこの映画に出演しています(監督のジャンは次男)。
    朝から、お騒がせしました。
    桃の節句に記す。

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