2003/04/20 - 2003/05/10
6990位(同エリア17023件中)
ぱぶさん
この記録は平成15年4月20日(日)〜5月10日(土)までの21日間、ヨーロッパ5都市を徒然なるまま、気楽に遊んできた旅の見聞を拙い文章に綴ったものです。今回の旅は特にロンドンに10日間を当て、現役中の出張途中では出来なかった様な諸々のお遊びを試してみました!後半のコペン、ミラノ、バレンシアは以前に勤めていた会社の役員達(2名)に合流しての旅です。この部分は通常より恵まれたビジネス旅行でのオフタイム(遊び中心)のエピソードをご紹介しましょう。
なお、この見聞録はパブさん(自分のことをこの様に呼ばせていただきます)の独断と偏見による観察やコメントのオン・パレードとなるかと思います。また、無知・蒙昧による間違いや不適切な表現も出るかも知れませんので、予めお断りしておきます。これらの場合、全てパブさんの責任です。色々なところで、ちょっとしたミスや失敗を数々犯しましたが、旅先の皆さんの好意や善意で、トータルには大変楽しい旅行となりました。これらの体験が、読者の皆さんの、何かのお役に立てればとても幸いです。
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成田&機内
京成スカイライナーで上野から成田に出発時間2時間前に到着。荷物は軽くとは行かなくて、中型スーツケース(長年使い古して、もうこれが最後のお勤めと言った壊れ掛かっている状態のもの)とちょっと横長のボストンバッグの両方にぎゅう詰め状態。何しろ21日間の旅なのと、諸々の遊びを企てているので致し方ない。これらはチェックイン。あと、これも20年は経ったかと思われる、ダサイ肩掛けの機内持ち込み用サムソナイトのソフトバッグ。こちらは機内の読み物、軽いデジカメ等当座の必要手荷物なので余裕もあり、重さも軽〜い。
空港ターミナルはゴールデンウィークにはまだ1週間早いのとイラク戦争後のテロやSARS(まだこの時点ではそれ程、喧伝はされていなかったが)を恐れての影響か、2階の本屋のところから見下ろすと、ちょっといつもの混雑とは異なり、がら〜んとしている。この旅行では公園やガーデンや旅の途中で幾らでも時間が有りそうなので、文庫本6冊を購入する。家から持ってきた3冊とパリやロンドンのガイドブック3冊も入れると本沢山である!
税関のところは何時もと違い、開いてるブースの前にほとんど人がいない!すぐ入れたので、ユーロ(\137/E)とポンド(\200/Lb)をそれぞれ3万円程、先ず両替に行く。何時も思うんだけど、どうして銀行が2つ無いのだろう?案内に聞いても、入った後はもう一つある銀行は、疲れるくらい遠く離れた別の場所でお勧めできないと言う。(レートも毎日変わるのだし、多少愛想やサービスの違いで、或いは日頃の好みの銀行を両替だって選択したい!何しろユーロ一つ取っても売りと買いで14円=1割!の差をつけている。金利はほとんどゼロ、消費税だって5%だよ〜ん!こんな殿様商売はヨーロッパの盛り場の Money Change 並である。)整理に立っているおじさんも慇懃無礼に“お客さん、どこに行っても同じだよ!それが日本での商売というものでさあー”と言っている態度。
時間が有るので、JALのラウンジに入る。席はエコノミーだけど、JGC(JALのGlobal Club)メンバーなのでラウンジが使える。インターネット用のパソコンが有ったので、早速掲示板を覗いてみる。しかし、自分のパソコンでないのでマウスもなく使いにくい!Yahoo! だって、単純には入れない。(自宅ではお気に入りにセットされているのでクリック一つで入れるが、ここではwwwから打ち込まねばならないが、正確なURLは何だったけ!)時間を掛けてやっとたどり着くも、昨晩より進展無し。
機は定刻の11:10にハンガーを離れ、離陸、やがて水平飛行となり、これから約12時間の長〜い飛行だ!エコノミー席は6人/10席横列と言った混みよう。私のすぐ隣は空いている。ジントニックやワインを飲み、食事をとりながら東北の山を過ぎ、日本海を渡り、やがてシベリア上空となる(アムール河もハゲハゲの山も見える!)。エコノミー席にもモニターが付いているので、時々飛んでいる位置をモニターのマップで見たり、食事の後は暇に任せトランプゲームのフリーセルにチャレンジした。これも、自宅と違いマウスがないのでなかなか上手くあがれない!1時間以上やってやっと2回Winと言った体たらく。 映画も真田広之、宮沢りえ主演の「たそがれ清兵衛」を見る。ついにヨーロッパ上空に着いた。ドゴール空港は曇り、13℃。定刻より10分早い現地時間16:25に着陸。一つ離れた同列の席にいた日本からのパリ女子留学生(心理学の大学院生と言う)に教えられ、入国カードを準備していないことに気付いた!(何時もは交通公社の方で書き込んでくれたものを渡されているのが、今回はそれが無いので忘れた!)さあ、着いたぞ、パリだ! -
パリ
新緑、街の風景、地下鉄
8:00、朝のシャワーの後、レストランへ。ビュフェ・スタイルで余り美味しそうなものは無かったが、ここはパリ、バケットは美味しかった!昨日チェックインの後、まだ片づいていない部屋を一応整理し、9:00にホテル(元、パリ・日航、今はNovotelと名前が変わっている)を出発!セーヌ河・左岸のホテル前の通りは新緑がまぶしい。特にマロニエは緑に映える白や赤系ピンクの花盛りでとても美しい!木の下の緑地帯はところどころに、良く手入れされた、赤、黄、白のチューリップや紫のグラジオラスの花壇もあり、見た目にも心地よい。この辺りの風景はエッフェル等がすぐ間近に有り、セーヌ河には船が行き来し、河添いには散歩用の遊歩道もある。緑燃えるパリは春たけなわである! -
近くの地下鉄駅はBir-Hakeim(ビル-アケム)。昨夕ここから凱旋門まで行き、パブさんのパリでの巡礼地(?!)カフェ・フーケ(Fouquet’s)で、軽〜く乾杯!、シャンゼリゼの散歩と合わせ、地下鉄の乗り方、チケットの買い方等チェックしていたので10枚回数券のカルネを購入。目的地はピカソ美術館。地下鉄6番線のトロカデロ(ビル-アケムから2つ目)で9番線に乗り換え、12駅目のレピュブリクで更に8番線に乗り換え2つ目のサンセバスチャン フロワサールで降りると言う、多少やっかいな経路だ!<色々この後、経験してわかったのであるが、乗換駅では次に乗る番線と終着駅の名前をしっかり押さえて、案内経路に従って進む。パリの地下鉄乗り換え通路は長いことが多く、迷路のようになっているので、番線が合っていても反対方向のホームに降り立つと大変なこととなる。即ち、向かいのホームに移るのは日本のようにちょっと地下を潜ってと言うわけには行かないことが多く、まさに至難の業である!(この場合、おおかた、振り出しに戻ることになるのだけど、この案内は無いので記憶に頼りながら人の流れと反対に進む!)また、ホームの表示には次の駅名も前の駅名の表示も無いので、電車の行く先表示の終着駅名でどちら行きのホームにいるのか確認する事となる。>
ついでに地下鉄での変わった風景も紹介しておこう。先ず、戸惑うのが、ドアーの開閉。日本の様に自動で開かないので、降りる際は駅に着いたら自分でドアー・レバーを押し下げ、ドアーを開けて出る。乗る際も、降りる人がいないと、自動的には開かないので、ドアーの外のレバーでドアーを開けて入る。聞いてはいてもなかなかとっさに行動が伴い難く、乗り降りし損ないそうになる!時々、工事や時間帯で飛ばす駅も有るので、降りられなかったり、駅に入れなかったりする事もあるが(!?)、この時はあわてず、次の駅で調節する!!また、車内にギターやサクソフォンと言った楽器演奏のミュージシャンがいることも多く、なにがしかの施しを求めている! -
ピカソ美術館、パンテオン
マレ地区のピカソ美術館最寄りの地下鉄駅を降り、方向感覚の優れないパブさんはちょっとうろうろ。幸い、案内矢印を見つけ、それに従い歩くも、可成りな距離があり、途中でまた、道を失う!初めてのところに観光案内本の地図を頼りに無駄なく正しく到達するのはなかなかに大変である。月曜日の10時前後、この辺りの人通りはあまりない。通りがかりの人に聞くこともままならぬのである。でも何とかピカソの「サレ(塩)館」にたどり着いた!地下1階、地上3階建ての堂々とした建物で、両翼の2階の高さのところにはスフィンクスの飾り像も付いている。
作品は沢山あり、時代順に、またピカソの個人コレクションも含め絵画、版画、木彫、舞台芸術、ブロンズや焼き物まである。青の時代から、薔薇色、キュービズム、古典主義、シュール、浴女たち、ミューズと言った展示室を経て、第2次大戦後はヴァロリス、カンヌ、ムージャンと住んでいた場所での展示室がある。それぞれの時代の特徴ある作品を見てきたが、ピカソの絵はその眼の描き方に色々変遷が有ると思った!片方の眼のみ丁寧に描かれていたり、右、左で縦、横だったり…と。パブさんは1930年代の作品で装飾的な「読書」、「ドラ・マールの肖像」、「マリー=テレーズの肖像」の絵はがき3枚と美術館の鑑賞案内の本(日本語)を購入して、美術館を後にした。 -
次に、月曜日に開いていると本に書いてある、マイヨール美術館に向かう。なかなか解りにくく(と言っても地図上はハッキリしている)、場所を行きつ、戻りつしながら探す。やっと解ったら、この日は閉まっている。(それでなお解りにくかった!)同じく、美術館を探しているアメリカ人風白人の中年夫妻と同時にこの前でガチンコしたので、両手を下げて「こりゃダメだ!」とお互い確認。解ったことは、4/21日(月)は復活祭の翌日の月曜でバンク・ホリデーだったのだ!(もちろん張り出し等は無い)近くのサン-ジェルマン-デ・プレ教会に入る。パリ最古の鐘楼を有する、ロマネスク様式の教会だと言う。簡素ながら威風堂々としたなかなか素晴らしい見上げる様な建物だ。内部に入るとステンドグラスも美しく、デカルトもここに眠ると言う。教会内のマリア様に0.5ユーロを置き、30cm位のろうそくをお供えした。
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それから、また地下鉄に乗ってカーディナル・ルモワン駅で降り、パンテオンに行った。ここでも道に迷いそうになったが、高さ83mのドーム(重さ1万トン!)を後部に有し、前面は古代ギリシャ・パルテノン神殿風に6本の柱廊のある立派な建築物なので、“上を向いて歩こう〜よ”で探し当てた。パンテオンはパリの守護聖女、ジュヌヴィエーブを祭った古い教会を18世紀にルイ15世が病の回復を祝って再建したものと言う。入ってびっくり、これはすご〜い!シュヴァンヌの「聖ジュヌヴィエーヴの生涯」を描いた壁画がきれいだ。ドームの上からは見えない様な細いワイアーでつり下げた大きな鉄球がゆっくり振り子の動きで時を刻んでいる。また。ここは「フランスに尽くした人々のために」と正面横棟に刻んである様に偉人、英雄(軍人他)、哲学者等の廟がヒンヤリした地下にある。ジャン・ジャック・ルソー、ヴォルテール、ユゴー、ゾラ等と並んでパブさんの尊敬するキュリー夫妻のものもある。それぞれが個室に入り、棺やデザインもなかなか個性の有るものである。ローマのパンテオンの内部にはほとんど何も無いが、ここは地下を含め一見に値するお勧めのサイトである。
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リュクサンブール公園からテアトル広場へ
パンテオンのあるこの辺りは、カルチェ・ラタンと言われ、学生達、左翼系文化人(哲学者?)の中心地であるソルボンヌ大学があり、校舎添いに正面に行くと、ラ・ソルボンヌ広場にでる。学生らしい若者も多い。リュクサンブール公園に向かう途中に、このトピで何時か話題になっていた日本レストラン「いただき」も目に留まった。公園に入ると、天気も良く、バンク・ホリデーのためもあってか人出が多い。リュクサンブール宮(フランス国会・上院)を正面に典型的な西洋庭園のレイアウトプランである。噴水あり、手入れの行き届いた花壇あり、大きなマロニエも今花盛りできれいである。ベンチも沢山あるのでパブさんもここで一休みする。テニス場も遊園地も大勢で賑わっていたが、自由の女神像(アメリカに贈ったものの原像)のところには日本人観光客のグループが来ていて、この像を背景に記念写真を取りあっていた。ここからホテルに帰るのに最寄りの地下鉄駅レンヌに行ったら、駅は入口閉鎖で入れなく、一つ手前の駅まで歩いたり、Montparnasse Bienvenue と言う駅で乗り換えたら、これが東京駅地下の京葉線のごとき様相で、動く歩道まである地下の一大コンプレックス!多分地上では東京で言えば日比谷通りから八重洲通り位い歩いただろう。そう言えば、パリの地下鉄6番線は丸の内線の様に、ところどころで地上も走る。 -
夕日の沈む頃を狙って、ホテルから地下鉄でモンマルトルの丘、サクレ・クール寺院に出掛ける。ここは何度か来たこともあるので、迷うこと無く、白亜の寺院に至る。正面の階段からパリの街並みを見渡す!う〜ん、いつ見てもなかなかの景色だ!近くにある、今はまだ無名の画家達が絵筆をふるっている、テアトル広場を散策し、“買わないかい、スケッチいかが?”を適当にあしらって、一回りの後、テアトル広場内のレストランの一つ“ラ・メール・キャサリン”に入る。ディナーはフランス名の料理も良く解らないので、入口にサンプルの出ていた”今日のプレート”と言うサラダ付きの“バランス食”(!?)にグラス1杯の白ワインで、パリに来たこの日に乾杯!サラダとパンがそれぞれ大皿とバスケット一杯でたので、メインのお皿も合わせ、結構お腹も満足!(お会計は20ユーロ)日没は8:30だった。
しばらくピガール広場のあたりをうろうろした後、帰りの地下鉄に乗る。車内では音楽お兄ちゃんがサクソフォンでビートルズの“Yesterday”を熱演していた。あまり混でもいなかったのと、昨日来何度かこの様な光景(地下鉄内音楽演奏)でお世話になっていたので、今回は1ユーロをあげた。“メグシー”の声が聞こえた。(このパブさんのお布施(!?)を機に他にも女性が2人、なにがしかをあげた。良かったね、お兄ちゃん!) -
オルセー
今日はパリ北駅を15:07のユーロ・エキスプレスで発つ予定なので、遅くとも14:00にはホテルを出なければならない。美術館をハシゴするのは2つ止まりだと見当をつけ、迷わず、オルセーとその近くのロダン美術館に行くこととした。ホテルからセーヌ河添いの遊歩道をゆっくり歩いたり、駅入口で多少戸惑ったりしたため、今日の地下鉄RER Cと言う、2階建ての高速郊外鉄道でもオルセーに着いたら9:25(駅は3つ目)となった。美術館入口は工事中で別のところが臨時の入口となっていた。入場まで10分と言う表示の列のところに並んだが、これがとんでもない表示であることはすぐ証明された!炎天下、10分はおろか20分経っても列はぴくりとも動かず、この間100人は後ろに並んだ!そして、エヴィアンを売るアフリカ系のお兄ちゃん、バイオリンを弾き小銭を稼ぐおじさん、絵はがき売り等々が列の客への売り込みに余念が無い。一緒に並んでいたアメリカ人グループの人達と、「これがパリ時間だ!」等と悪態気味の無駄話をして列の動くのを待っていたが、途中でカルト・ムゼーを持っているこの人達は別の列となって先に進んだ。パブさん、やや心配となる。(火曜はルーブルが休みなのと、イースター休み明けの週始めでもあり、オルセーが混むことは予想出来、実際、時間の無い人達か、あきらめて列を離れて去る人達も見られた!) -
10:20、やっと中に入れた!地上階のアングルの“泉”からトマ・クチュール“退廃期のローマ人達”、カバネル“ビーナスの誕生”と進み、パブさんのオルセーでの巡礼の地、テラス・リールと呼ばれる中階にあるブールデルの“弓を射るヘラクレス”の彫像の前で“また来ましたよ!”と心の中で挨拶した。オルセーには、その発表当時はスキャンダルといわれた数々の名画がある。クールベ“オルナンの埋葬”、“画家のアトリエ”;マネ“草上の昼食”、“オランピア”、“笛を吹く少年”等。印象派の画家の絵も発表当時はひどく酷評され、未完成の絵と言われたらしいが(ルノワール“習作、日のあたる女の上半身”、“ぶらんこ”、“浴女たち”;モネ“ひなげし”、“ルーアン大聖堂”等の絵だ)、色や光や自然の美しさを強烈に押出し、画題もそれまでのアカデミズムを離れ、素早く一瞬を捕らえた仕草、日常生活、風景画(ドガ“アイロンをかける洗濯女”、“青い衣装の踊り子たち“;カイユボット”床に鉋をかける人びと“等)と言ったものに変わったのだ。ゴッホ(”星月夜“、”アルルの寝室“、”自画像“、”オーベル・シュル・オワーズ“等)やゴーガン(”タヒチの女たち“、”白い馬“)の絵も彼らの生前はついに認められぬままであったことを思うと、これらの名作との何度目かの再会は感無量であった。ロートレック”踊るジャンヌ・アヴァリル“、スーラー”サーカス“、ルソー”蛇使いの女“等の見逃すことの出来ない絵もここにはある。今回は時間が無いので、足早に立ち去らざるを得なかったのは残念であったが、一応、見たい絵の全部をカバーした。(上階のテラス越に、昨日行ったモンマルトルの丘に白く輝くサクレ・クール寺院、オルセーのすぐ真下にはセーヌ河、その向かいにチュイルリー公園、斜め向かいにルーブル等も良い天気に映えて美しく見え、懐かしくこれらを確認できた。日本で公開中のミレーの大作2枚“晩鐘”、“落ち穂拾い”のところには当然のことながら、別の絵が掛かっていた。)
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ロダン美術館
オルセーを出たが、列は途切れることなく続いていた。更に驚いたことに、この列を相手に、一人オーケストラ(一人で3つくらいの楽器演奏!)、3人オーケストラ(文字通り3人で楽器演奏するグループ)、何故か“焼き栗売り”屋さんまで出ていた!さて、これから行くロダン美術館は今まで行きたいと思いながらもその機会が作れず、今回が初めてであった。オルセーから歩いて10分強位いで着いた。門の入口で日本語オーディオを借り、中庭を横切り、作品の前に立って、スイッチをいれたら、これがフランス語!可成りな距離をまた入口に戻り、オーディオを交換して貰う。“接吻”、“永遠の偶像”、“パオロとフランチェスカ”、“眠り”(これらはとても美しい!)、“神の手”(神を彫刻家に仕立てたロダンの手!?手の中にはロダン作の女性の上半身像が置かれている)、“秘密”(何も無い空間を閉じこめている2本の右手!?元の体から離れ新しいもの、名前も無ければ誰のものでもない何かを形成する!?)“考える人”、集大成とも言える“地獄の門”等、解説を聞きながらじっくり作品を見る。カミーユ・クローデルの“ワルツ”と“ヴェルチュムヌスとポムヌス”もあったが、ロダンとこの女弟子(霊感の源泉ミューズ:後、確執となった)との関係絶頂期の頃の作品には情熱がリアルに現れている。美術館には、数々の習作やデッサン、石膏原型他、ロダンのコレクションも展示されていた。ビロン館の広い庭(ロダン美術館の庭は3ヘクタール有ると言う!)の随所に置かれている作品や、晴天のもと、良く手入れされたきれいな庭園も見学したかったが次回として外に出た。 -
さあ、これから大変だ!タクシー乗り場を教えて貰い、急いだ。しかし、タクシー乗り場には1台の車しか止まっていない。しかも、このタクシーは予約のものと言う。5分、いや、10分は待っただろうか?車はひっきりなしに流れるが、1台のタクシーも来ない!流しはいないかとタクシー乗り場を離れ、道を前に後ろに動きながら探すも、こんな時って、1台も現れない。来ても誰か乗ったタクシーだ。ああ、無情!時計を見ながら、また、地下鉄の路線図を探しながら、あせりまくる!もう1時40分だ!!幸い通りすがりのパリジャンヌ2人に道を聞き、5分程歩いてやっと最寄りの地下鉄駅になんとか到達した。ビル-アケム駅に戻り、この駅の近くのタクシー乗り場を探すも、ここにもタクシーはいない!やっと1台通りかかるも反対方向のもので止まってくれない。焦ってしまう。歩いてホテルまででは時間が掛かるし、ホテルでタクシーも呼んで貰わねばならない。時間が足りないのだ、パブさん危ない!この後、とんでもない結果となりましたが、さて、一体どうなったのでしょうか?
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アタフタ!パリ北駅に
必死にタクシーを探す。その時、ちょうど願いを聞いてくれたかの様に1台の空車タクシーが通りかかった!これぞ天佑(大げさ!)、目立つように手を振り、幸いにも運転手も気付いてくれ、止まってくれた!すぐ乗り込み、ホテルの名前を告げ、正しい方向に向かい走り出す。ホテルで荷物をピックアップ、パリ北駅に間に合うだろうか?この運転手に、今の状況を説明し、ホテルのところで待って貰い、…でもパブさんはフランス語ダメだし、話が通じそうに無い。それで、ホテル前に着いてから、外でお客さんサービスに待っているボーイさんに頼み、この辺りを説明してもらう。荷物を持ってくるまでここで待って貰うこととし、急ぎ荷物を運び出す手配をする。ノボテルは改装工事中でアプローチも臨時階段、荷物預かりも2階なのだ。一人、ホテルの中に駆け上がり、荷物を受け取りタクシーのところまでボーイさんにカートで遠廻りのルートを運んで貰う。色々手間が掛かり、とてももどかしく感じたが、14:15頃に何とかホテルを出ることが出来た。パリ北駅までは20分程でつけると言われているので、何とか間に合いそうとほっとする。セーヌ右岸の高速道を少し走り、今日の晴天に良く合うオベリスクの立つコンコルド広場を経て(今回はチュイルリーやこの辺りは全く歩かなかったなあ!)、道の両側に車の駐車の激しいちょっと狭い道を縫って走る。あちこちで Stop & Go 状態もあり、心配するも、14:40頃にはパリ北駅に着くことが出来た!
この駅は初めてなので、中の様子は全くわからない。インフォメーションを探し、ユーロ・エキスプレスの出発場所を聞く。少し端っこ寄りの3階だと言う。荷物があるので、エレベータを教えて貰い、そちらに向かう。この後直面したのは、飛行機と同じ様な出国手続きであった!(荷物はチェックインしないけど、手荷物も含めX線チェックや、金属探知器でのチェック、パスポートチェック:これはフランス側とイギリス側の2ヶ所ある、チケット提示等を経て待合いロビーに入る。)やっと一息!ギリギリだと思うのに、なんか人も少ないし、電車への改札も始まってない。まあ、ここまで来たのだし、後は電車への乗車を待つばかりなので余裕もでき、キオスクと並んで出ていたハーゲン・ダーツの店で3段重ねのアイスとエヴィアンを買い、改札口のところに様子を見に行く。ブースにはお姉さんがいたが、全く改札の気配なし。アイスをなめていると黒人の同僚駅員のお兄さんが寄ってきて、“そのアイスのフレーバーは何か?”と聞く。“アレ、コレと指さしで決めたから知らないよ!”と答えると、“俺がチェックしてやろうか?すぐわかるよ!”と指をさしむけてくる。お姉さん大いに笑う!この様な掛け合い漫才をやっている内に、次のユーロ・エキスプレスの出発時間が15:07でなく、16:07で有ることがわかる!!なんてこった、出発の時間を1時間早くに間違えていたのだ!切符をよく見ると16:07!!改札は15分前からだと言うので、突然1時間も時間が出来た!道理で手狭な待合いも空いているのだ!本でも読むかと文庫本を取りだし、しばらく読む。どうして時間を間違えたのかは、自分で作った Itinerary (旅行日程表)に出発時間を間違えて1時間早い時間を書いていた!遅いほうに間違っていなかったのはせめてもの慰めか?!とんだドタバタ&アタフタ劇であった!!
待合いロビーはその後、立錐の余地のない位い混雑してきた。パブさんは早く来て(!?)イス席を確保していたので、ここはラクチン。やがて、改札が始まり、階段から指定ホームに降り立った。20両編成のユーロ・エキスプレス No. 9043は10分遅れでホームに入ってきた。パブさんの座席は7号車21番だ。これで、いよいよ“短いアタフタの2日間の、パリよさようなら”、“ちょっと楽しみな、ロンドンよこんにちは”だ!(Good Luck!) -
“ユーロスター”でロンドンへ
定時より10分遅れで“ユーロスター”は滑るようにホームを離れた。全車両 No Smoking だ。車内は進行方向に向かって左側は2人掛け、右側は1人で、ところどころ向き合う形にセットされており、その場合は真ん中にテーブルがある。パブさんの席は右側で向き合っていない1人席だ。フランスとイギリスでは車の交通ルールも異なるので、この列車はどちら側を走っているのか線路を見ると、左側通行だ。スタートするとまもなく、スチュワード(男の客室乗務員)がシャンペーンと称するスパークリング・ワインとつまみのプレッツェルを持って来た。ちょっとタコかイカの焦げ臭のするミミズ様の変わったフレーバーのつまみだ。(袋を読むと、ビール・イースト味と書いてある)15分も走ると、すっかり田園風景となった。見渡す限りフラットランドだ!大きな区画の整地した赤茶色や黄色っぽいところ、牧草の植わっている緑色のところ、これらが縦に、横に広がっている。あつ!真黄色の菜の花畑もある。スピードは200 Km/hr 弱と言った感じ。ところどころで送電線の下をくぐり、また道路が上を横切る。遠くに田舎の教会の尖塔、灌木林やなだらかな丘も、遠くにはポプラ並木、また、きれいな赤い屋根の農家や納屋も見える。池や沼も見え、ローカル線も下を横切る。
スチュワード2人がカートを押して、ディナーを持ってきた。5時にディナーのスタートだ。チーズ、細長い皿にCod (タラ) 、大麦、野菜(ハーブ入り)、白ワイン(シャルドネー)、水(ヴィッテル1本)にパンだ。とても美味しい味だった!食後はコーヒーとケーキ2種類(両方どうかと勧められたが、ピーチを貰う)をそれぞれ別々に配ってきた。やがて、カレーの駅に止まり、これからドーバー・トンネルだ!トンネル通過には20分かかると言う。ゆっくりトンネルに入って行ったが、上り、下りは1つずつ2つの穴に隔離されている。トンネル内のスピードはやや遅く、壁の光は細く薄い緑色に見える。やがて段々昇りとなり18:06にイギリス側に出た。外はまだ明るく、アシュフォード インターナショナル駅に着いた。
イギリスに入ると景色はフランスと全く異なる。線路の両側に木々や灌木の林があり、ところどころの隙間から馬や牛(白・黒、茶色のぶちもおり、のんびり草をはんでいる)、また、曲がった灌漑用水路に柳青めると言った状況。木々は芽吹き、う〜ん、この景色はまさにコンスタブルの風景だ!しばらく走り、18:50、今度は羊(100〜200匹)の牧場だ。ゴルフ場も見えた。あつ、満開のピンクの桜も見える!Petts Wood 駅近くからは典型的イギリス棟割り2軒長屋風の家が見え、れんが作りで屋根に1ヶ所に集めた煙突も見える。家の裏庭には家庭菜園も見える。列車王国(!?)イギリスらしく、沢山の線路が並行して走る、別れる。トンネルに入っても中はノーライトで真っ暗だ。窓には車内が写っているだけで、窓に顔をくっつけても真っ黒で何も見えない。突然対抗列車が擦れ違いびっくりする。やがて、18:30(イギリスは1時間遅いので17:30)も過ぎ、車外の景色も子供達がテニスやラグビーの練習をしている風景が見え、ほほえましくも、木に子供のタコが引っかかっているのも2ヶ所あった。ほぼ予定通り現地時間の18:15に、ロンドン・ウオータールー駅に到着した。タクシーでラッセル・スクエアーのホテルに向かう。さあ、ロンドンだ!
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