2006/08/02 - 2006/08/02
152位(同エリア172件中)
ソフィさん
2006年8月2日(水)
ウィンパーは粘り強く、物事に集中する性格を備え、一方では非常に科学的に考える目を持っていた。
マッターホルンには、6回も失敗を重ねながら、ついに1865年(慶応元年)7回目の登山で、人類初登頂を達成する。
1865年は、アメリカの南北戦争が終わった年だった。
実はマッターホルン初登頂を狙う、たくさんの登山家がいた。
中でも、イタリア人の山岳ガイド、ジャン・アントニオ・カレルは、イタリアの名誉を賭けて初登頂を狙っていた。
そして偶然にも同じ日に、スイス側から登るウィンパーと、イタリア側から登るカレルとの間に、先陣争いが繰り広げられた。
マッターホルンは、スイスとイタリアの国境にまたがっている。
イタリア語ではこの山を、「モンテ・チェルヴィーノ」(フランス語では「モン・セルヴァン」)と呼んでいる。
やってきた次の電車に乗り、次の駅「リッフェルベルグ」に向かう。
ここは標高2582m、ゴルナーグラートから500mほど下がっているが、まだツェルマットよりは1000mほど高い。
さて、ウィンパーはマッターホルン初登頂後、遭難事故のため裁判にかけられ、無罪とはなったが、個人攻撃から免れることができなかった。
社会からは、登山そのものも危険視され、アルプス登山禁止が主張される。
登山家が、白い目で見られる状況を迎える。
彼はアルプスへ入ることをやめ、グリーンランド(1867年、1872年)、南米アンデス(1879−80年)、カナディアンロッキー(1901年〜1906年)などを探検する。
スイス写真集の7月28日「チューリッヒまで」、7月30日「氷河特急」、8月1日「カンデルシュテークまで」の記事は、「片瀬貴文さんの旅行記」
http://4travel.jp/traveler/takafumi/
をご覧ください。
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