2006/09/25 - 2006/09/28
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ぱんぱーすさん
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ついにやって参りました敦煌!ロマン輝くエ○テール……ではなく歴史浪漫の宝庫です。文句なしに今回の旅路のメインディッシュ!
映画の舞台になった事はあまりにも有名ですが、それ以外にも玄奘三蔵の足跡があったり世界的に有名なものがいくつもあったり……とにかく歴史好きには見どころだらけのこの街。超強行軍で周ってきました。では、どうぞ……。
写真は敦煌古城の中に展示してあったハマちゃんこと西田敏行さん。今とそう大きな違いはないように思えるのですが、元々老けた顔だったのか、今でも若さのある顔なのか……どっちだ?!
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9月25日21時52分。敦煌空港へ到着。飛行機にタラップ車が横付けされたのでバス送迎かと思っていたら、何とビルまでは歩き!成田空港の常識は通用しませんでした。
日本人の団体さんと同じ飛行機に。けっ、どーせお前ら送迎バスが待ってくれてんだろ?甘っちょろいぜ、俺は今からたクシーの運ちゃんと交渉……敦煌の運ちゃんは瀋陽みたいにタチ悪くないだろうなぁ? -
同22時03分。10分後には空港の外へ出られてました。さすがに荷物の出が早い早い。いちいちターンテーブルに乗せずとも、ぽいぽい置いてってくれた方が早いんでねぇかい?
運ちゃんと交渉したものの、50元はねぇだろ?!歩き方にゃ目安20元って書いてあるぞ?どうねばってもカマかけてみても値段は変わらず。敦煌市外への足はこれしかない上、空港も終了でこの先このあたりをタクシーが来る見込みがないのを知っててふっかけてきやがる。しかも全員結託してやがる。タチ悪いったらありゃしねぇ。どこ行っても(薄汚い)商魂逞しい根性は変わってないですね。 -
同23時10分。街の南のはずれ近くにある西域賓館に宿をとる。1泊60元だが、YHがないのでまぁしゃあない。レセプショニストはフレンドリーで親しみやすかった。受付のレベルは大当たり。
夜中、突然洗面所で「ボンッ」という音が起こり、部屋が停電に。ベッドに寝ていた俺が手探りで見に行くと、充電していたデジカメの充電器をつないだコンセントが黒焦げに。あぶね、火事寸前だったんじゃん!漏電?過電流?一体どれだけ不安定な電圧なんだよ!220Vで弾けるなんて冗談じゃねぇぞ!充電器オシャカじゃねぇか! -
同23時15分。荷物を部屋にほっぽり出してこんな夜中に敦煌散策開始。典型的な砂漠の気候なので、昼は暑く夜は寒いというのに俺は何をやってんだ?風邪ひきたいのか?
新疆に近いだけあって陽が落ちるのはかなり遅いようで、時間的にはもう深夜だというのに開いている商店や食堂がかなり沢山あった。床屋や医院も開いていれば、小吃の店は無数に立ち、賑わっている。ここの時間サイクルはどうなっているのだろうか。 -
同23時23分、敦煌のシンボル・飛天像前にて。敦煌は小さな街で、ちょっと頑張れば市街地は自分の足で回れてしまう。琵琶を頭の後ろに掲げている像なのだが、実際やってみたら相当肩と二の腕がいい感じにダメージを受けるポーズであった事は内緒だ。
仏教的な見地からこのシンボルになったようなのだが、西施(中国4大美女の1人)とは何の関わりもないのだろうか? -
敦煌には1日ツアーが数多くあるが、どのツアーも俺のニーズには合わなかったので西域賓館の北にあるタクシーターミナルでタクシーをチャーター。流暢な中国語で交渉していたら、350元で1日貸切になった。しかもコースが合計500km以上はある超ロングランコース。歩き方で600元が目安とあったが、俺は中国人用価格で雇えた訳か?何にせよ、安上がりで大変結構!
9月26日09時46分。まずは最も近場の白馬塔からスタート!正直拍子抜けだったが、まぁいい。 -
白馬塔前に立つ回廊。奥の壁画を見てもわかる通り、日本の仏教とはかなり趣が違う。いよいよ西域文化の体験のスタートだ。
タクシーの運ちゃん、何と俺と同い年だった。かなり俺の感性と近いヤツで、すぐさま意気投合。気楽に雑談しながらの旅となった。安くチャーターもできたし、こいつぁラッキーだぜ。 -
壁画の裏に書かれていた白馬塔の由来の紹介が、何と中国語と日本語だった!これにはビックリ!映画「敦煌」を日中合作したおかげで日本人の来客が多いせいなのだろうか?
どうも俺は今日最初の来訪者だったようで、土産物屋もまだ開店準備の最中だった。ホントにのどかだなぁ。ここだけ時が止まったような不思議な感覚の中、ゆるゆると歩を進める。 -
白馬塔の土産物屋の売り子さん。当初は朝のしょっぱなから買い物をする気はなかったが、この売り子さんの嘘のない笑顔に惹かれて、結局Tシャツを1枚買ってしまった。魅力溢れるいい大姐だったな。
白馬塔の人達は、人間が生来内包する根源的な柔らかさを湛えた人達ばかりだった。優しい感覚に癒されながら白馬塔を後にする。 -
市街地を抜けると、あたりはまさに砂漠。荒涼とした砂地がどこまでもどこまでも広がる。敦煌の西に広がる砂漠は、場所にもよるが砂丘のような砂ではなく、地盤という言葉の方がより近い印象を受けた。無数に細かくひび割れ、雑草がやっとの思いで顔を出しているような世界。大自然の厳しさをまた1つ垣間見た。
運ちゃん曰く、600kmもあるこの長距離観光コースは既に走り慣れているコースだそうだ……さすが。 -
同10時28分。ガソリン満タンにしておよそ100km/hで爆走して着いたのは、何やら三国志に出てきそうな門構えの「敦煌故城」。映画「敦煌」の撮影現場であり、現在は観光客寄せパンダになっている。
ところで「歩き方」によると、白馬塔のあたりにあったはずの城が「敦煌故城」で、映画のセットは「倣宋故城」のはずなのだが、城の入り口には思いっきり「敦煌故城」とあった。なんだこれ…… -
いかめしい門構え。とはいうものの、実際はもっともっとしっかりしたものだったはず。さもなければ、烈火のごとく攻めてくる相手をとても抑えきれるものではない。
タクシーの運ちゃんが何度もここに観光客を乗せてきてるのは確かなようで、俺を送り出した後すぐにチケット売り場のあんちゃんねぇちゃんとだべりに走ってました。 -
故城内。さすがセットだけあって、かなり細部まできっちり造られている。とはいっても20年も前のセット、雨風にさらされて風化は激しいようだが……「牛肉面」なんて幟もあったりしたが、そんな昔から牛肉面ってあったのか?
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刀耕居が何を意味してるのかさっぱりわかりません。雑貨屋さんか?
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調理場を再現した場所のようだ。かまどらしき装置と、食材を吊るしておく装置がいくつも設置されている。
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故城の最奥。「俺様が敦煌じゃ」といわんばかりに石碑が鎮座している。背後にそびえる大城門が、見る者を圧倒する。敦煌に来たという実感を得るためには1番いい場所かもしれない。
門を出ると、砂漠をバギーでかっ飛ばせるアトラクションがあるのだが、パス。 -
こんなものまでしっかり再現してくれちゃってる。死刑場の跡が石碑の隣に残されていた。どうみても藁か土で作った人形の頭が地面に置いてあるだけに見えるのだが、眼をつぶっておいてあげよう。
頭だけ出して生き埋めってどんな刑だったんだ?頭を蹴られまくるのか、皮膚呼吸ができなくなって肉体が死んでいくのを待つのか……いっそひとおもいに殺してください。 -
故城内にある、映画ロケの様子を撮った写真を集めたミニ美術館。この映画が好きな人にはたまらないだろう。表紙のハマちゃんはここにいました。他にも、原作者の井上靖さんの大きな写真も。ここを訪れたのかな?
井上作品だと、俺は「蒼き狼」が好きだなぁ。 -
「敦煌」の主人公のようですが、よく知らないです。スミマセン。
ちなみに中国人に聞いてみても、中日合作の映画だという事は知っているが、内容まで詳しく覚えていない、若しくは知らないという事でした。まぁ日本人でいえば、薬師丸ひろ子の「里見八犬伝」の内容を完璧に理解してるか?みたいな質問だったのでしょうねぇ。 -
「敦煌」のヒロインなのでしょうか?イマドキの言葉でいうと、ややツンデレっぽいかな?
中国人の友人達にこの写真を見せたところ、圧倒的に右の女性に票が偏りました。左の女性がいいなと思っていた俺は言い出せませんでした。 -
故城内。不意に寒気が走った。風が吹くたびにきぃきぃ音をたてる屋根や看板、強く弱くたなびく旗、そして周囲には誰もいない……まるでゴーストタウンにでも迷い込んだような気分だ。旅行シーズンならもうちょっと観光客がいるんだろうけど、今は人っ子1人いない。こんなトコで宿直やらなきゃいけないスタッフは、さぞ気味が悪いだろうなぁ。
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壁は全て土壁で、軽く指で引っ掻くだけですぐにボロボロ崩れ落ちる。いかにも「風化」してる様子が伺える。あと数百年もこのままほっといたら、きっと銀川あたりの西夏遺跡のように何がなにやらわからなくなってしまうのかな……?保全、しっかりしてくれな。
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立ち並ぶ土色の家の1つに入ると、中にはせいろが置いてあった。包子ってそんなに昔からあったんだ!興味本位でせいろの蓋を開けてみると、出てきたのは……誰かが入れたらしいゴミ。誰だか知りませんが、こんな面倒くさい余計な事をしないで下さい。
ちなみに、せいろを見た瞬間に俺の腹の虫が鳴ったのはいうまでもありません。 -
これは馬車?牛車?隣が馬場なので、どうも馬車のように見えるが、このタイプの車は日本ならば牛車。平安時代の高貴な方がよく乗ってるあれだ。んー、待てよ、かの諸葛亮孔明はこんなタイプの車を馬に引かせていなかったっけか?
で、どっちだよ。 -
周囲の城壁には上る事ができます。これは入り口の大城門の上から撮った風景。遠くに見える広いスペースは馬場です。いくらか払えば馬で疾走できるようですが、1人で乗ってもなぁ……1人旅はこのへんがちと寂しいですなぁ。
ロケセットがいい味出してるんだから、店の看板も昔風にしてほしかった。 -
建物の中はこんな造りになってました。古代敦煌の住居はこんな感じだったのか、それとも大道具さんの手抜き製作かはわかりませんが、ボロッ……ま、まぁフィルムには映らないところだし、まぁいいか。
茶館になっている家屋もあったのですが、椅子が低すぎ……あの、俺が座ると布が沈んでお尻が地面についちゃうんですけど……この体勢でお茶飲んだり麻雀しろということですか、そうですか。 -
投石器。三国志のゲームなどでよく見てはいたが、実際に目の当たりにするのはこれが初めて。これ、ストッパーも何もついてないじゃない。飛ばそうと思えばいつでも飛ばせる、現役兵器でした。
とぼけたコメントが多かった(スイマセン)ですが、まずまず満足できる内容でした。時計を見ると11時を回ったところ。うわ、時間食いすぎた。急いで次へ出発。 -
地平線まで続く1本道をぼーっと眺めていると、運ちゃんが「あの山は仏が横になっているように見えるでしょ。西はこの山と千仏洞、東には莫高窟があるから、敦煌は東西とも仏がおわしまして守ってくれてる街なんだ」といってきた。なるほど、確かにいわれて見れば仏の仰臥像に見えなくも無いが、言われなければ見えない。ただの山。う〜ん、こじつけじゃないのか?
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11時25分、先ほどの敦煌故城からさほどかからずに次の目的地、西千仏洞へ到着。駐車場は崖の上、ここから石造りの階段を下りて行く。しかし、石窟と一口で言えば簡単だけど、古代〜中世のお坊さんはこのへんに穴を掘り掘り、仏像を彫り彫り、大変な苦労だったんでしょうねぇ。というか、何故こんなへんぴな所に作る必要があったのかなぁ?
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この千仏洞、哀しい事に石窟内での撮影はNG。清代の仏像はまだ新しいだけあってしっかりと形が残っていたが、唐代の仏像になると、長年雨風にさらされただけあって、至るところが欠け落ちていた。ただ、仏像の背後に広がる「飛天」と呼ばれる石窟絵に関しては、色も含めていい保存状態で残っているものが多く、一見の価値は十分にあると感じた。
写真は千仏洞を下から撮ったもの。そんなに高い崖ではなかった。 -
千仏洞の下には小さな森が広がっている。奥の方にオアシスがあったので、これを中心に木々が茂り、人々も集まったのだろう。
ところで、オアシスって要は生水じゃないですか。そりゃ水源として貴重だったとは思うけれど、昔のキャラバンとかは生水飲んでも平気な強靭な胃腸を持っていたのかな?俺は瀋陽のややろ過した水でも即アウトなんだけど。日本人の胃腸が弱すぎるのかな? -
まだ発掘しかけの石窟を発見。勿論中に立ち入る事はできない。よくよく見てみると、開放されている石窟の逆側には、いまだに未発掘の石窟がまだまだあるようだ。これらの石窟が見られるようになる日はくるのだろうか。
ここのおっさんやる気なさすぎ。今見られる石窟は全部で20窟くらいあるようだけど、俺が見られたのはたった4窟。しかも年代バラバラ。繋がりがわからねぇよ〜。
この時点で11時50分過ぎ。次の陽関にはレストランがあるという事なので、そこで昼食かな。 -
12時30分。れいの1本道をまたまた100km/hくらいで飛ばしまくって40分。ようやく陽関が遠くに霞むように見えてきた。照りつける太陽に熱気を惜しげもなく搾り出す大地。相変わらずの荒涼とした大地。こんなところに関所なんか造っちゃって、ちょっと旅人が道をそれてしまったらそれでもうわからなくなっちゃうんじゃないか?というか、密輸とか簡単に行えてたんじゃないか?と不安になる。ここはきちんと関所の役目を果たせていたのかどうかと。
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「シルクロード開拓の父」といわれる張騫の像。漢の国を匈奴の侵略から守るために張騫が西域諸国に派遣されなければ、シルクロードもできなかったと言われている。
相当勇猛で豪胆な気質を持った人物だったという事だ。それくらいの気概が無ければとてもとても未開の地へ向かう気は起こらなかっただろう。歴史の1Pを創った漢の像の前でしばし立ち尽くす。 -
陽関では現在でもミニイベントが行われていて、陽関を通る者に通行手形の記念品を発行してくれる。料金は15元〜30元(材質の違い)。ガイドについたお姉ちゃん(日本語むちゃくちゃうまい)がしきりに勧めるので、手形をゲットした上、禁を破ってファインダーに収まってしまった。俺、自分が写真に写るの好きじゃないんだけどな〜。ちなみに左の民族衣装を着てるのが俺ではない方です。
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陽関出口に到着。といっても、今まで見てきた陽関は全て復元されたもの。実際に古代から残っている陽関はこの先にある狼煙台だけであるが。
後で知人にこの話をすると、「20年くらい前にいった時は、そんな復元された関所も無ければ博物館もなく、まさに歴史の遺産だけ!という感じだったのに、今はそんなに観光地化されてるのか、残念だ」とおっしゃってました。俺は……ちょっと複雑。 -
ついに出ました、駱駝!ラクダ!あー楽だ!!
西域のハイライトの1つがこのラクダ乗りじゃないでしょうか。目が大きくて黒目がちでとっても可愛いんですよ〜!
ラクダの傍で、この周辺に住んでるんでしょう年端も行かぬガキんちょがいっちょ前にタバコなんぞふかしてやがりました。こーゆートコ、まだ民度が低いと言われてしまう由縁なのかなぁ…… -
今、ラクダに乗ってます、俺。係のおっさんが手綱を牽いてくれます。ゆるりゆるりとシルクロード気分を味わいつつ、狼煙台へ向かいます。歩いていく事も勿論可能(おっさんは歩き出し)ですが、せっかくここまできたらバスが早いとか節約して歩くとか言わずに、ラクダに乗るべきだと思いますよ〜。
ごめんねラクダちゃん、100?の俺はめっさ重いやろ……途中で首降ったりいなないてみたり、俺嫌がられてるみたい……ぐすん。 -
遠くに霞んで見える陽関の狼煙台。たまらなく風情のある情景です。シルクロードの旅はこうして進んでいったんだろうな。あぁ、切なくてたまらないや。
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およそ20分ほどかけて、関所から狼煙台へ到着。よく写真に出てくるのはこの大岩です。あぁ、ついに漢民族の帝国の西の端まで来たぞ!感慨深く狼煙台を見上げて1枚。
ラクダ牽きのおっちゃんを撮ろうと思ったら、ラクダとセットの時はタダのくせにピンで撮る時は「10元よこせ」と。何か勘違いされてるようです。 -
陽関に勤めているガイドさん。23歳で日本語はペラペラ。流暢だ。西安でみっちり勉強したそうだ。本当は日本にいって勉強したかったのだが、親の反対にあって現在はここで働いているそうな。日本で悪さばかりしてる一部の中国人に聞かせてやりたい逸話です。博物館での説明もうまく、サービスも笑顔もGOOD!すごく対応が良かったですよ。
ちなみに彼氏募集中だそうです。 -
狼煙台から後ろへ目を向けると、永遠に続くのではというような大砂海が広がる。文字通り地の果てまで何もない。ここを渡った人達って何と逞しい連中なのだろう。
ここから西へ向かう人の不安感、西から来てここを見つけた瞬間の安心感は相当なものだったのだろうな。 -
蜃気楼を見たかったのだが、今回の旅行では見られなかった。ちと残念。タクシーの運ちゃん曰く「数年に1度くらいは見てる」そうだ。俺も見たかったなぁ。
奥の山は本当の山ですよ。蜃気楼ではありませんよ。
多分。 -
狼煙台の傍で記念撮影用の馬を発見。でもラクダがいるのに馬ではちょいとインパクトが弱いような……
俺が興味を持ったのはその馬の子供、仔馬。親馬が歩くと一生懸命ついてきて、ちょっと飛び跳ねて遊んだと思ったら、また親の元にひっついて……あまりに可愛かったので「馬には乗らないけど、あの仔馬撮っていい?」と聞いたら、笑いながらOKしてくれました。 -
お乳を飲んでます。あたりに「ごきゅんごきゅん」という音が響き渡ります。豪快な音たてて飲むなぁ〜。
こういう無邪気さって、人も動物も変わらないんだなぁって感じました。俺とガイドさんと馬担当の大姐3人で、微笑みながらいつまでも見ている、晩夏の砂漠の1コマでした。 -
狼煙台から戻ってみると、陽関出口の対面に唐の詩人・王維の像を発見。「西のかた陽関を出づれば故人無からん」という詩を詠んだ有名な詩人だ。まぁ、あの大砂海を見せ付けられたら、人がいないって詩も詠みたくなるかな。
さて、14時30分。いくら西域の日の入りが遅いとは言っても、そろそろ急がないとやばいかな。
玄武の巻:閉幕
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この旅行記へのコメント (7)
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- こまちゃんさん 2007/03/06 22:27:45
- 西出陽関無故人「送元二使安西」
- こんにちは。
唐の詩人「王維」の陽関に関する蘊蓄をば。
この詩、原名「送元二使安西(安西に使わす元二を送る)」と言います。
http://chinaartjp.exblog.jp/m2007-03-01#5247139
(↑自分のブログで申し訳ありませんが)
俳句を詠んだ場所は都の長安渭城、今の西安北西の咸陽市。
当時は、安西(西域)方面へ旅立つ人を、ここまで送る習慣が
あったんだそうです。
で、王維は自分の友人「元」さんに、最後の杯と言う事で、
彼が旅立つ朝、再度杯を勧めながら、
「ここから又先の陽関を越えてしまうと、もう宿場もありゃしないし、
知った人なんて当然居ないだろうからね・・・」
と言うシチュエーションで詠まれた一句なのです。
従って、この句を詠んだ時、王維は陽関に居た訳ではないんですね。
陽関博物館の前に王維の彫刻がありますが、実はちょっと場面が
違っているんですが、俳句が有名なのでセットになっているのが現状。
通常、中国人は学校で習う代表的な一句らしいので、殆どの人が知って
居るんですが、陽関博物館の従業員小姐達は知りませんでした・・・(~~;
こま
- ぱんぱーすさん からの返信 2007/03/12 14:23:20
- 中国らしいといえばそうですね〜
- こんにちは、こまちゃんさん。書き込みありがとうございます!
あはは、あの像にはそんな秘話(というより裏話?)があったんですか〜。
王維の陽関の詩は、日本の漢文の授業でも出てくるほど有名なものですが、
その逸話は多分普通の先生方も知らないのではないでしょうか?自分も
てっきり王維が陽関まで来て詠んだものだと思っていましたよ。
ダオヨウ小姐がそういった事を知らなかったのはよろしくありませんね〜。
ある小姐のケータイ番号を知ってるので、連絡して批評教育しましょうか☆
余談ですが、年末にお邪魔した盧山でも、大口瀑布というところで李白の
「疑うらくは滝の流れが九天より落ちて云々」……という有名な詩の一説が
どうどうと掲示されていたと思ったら、ある人は「李白の詩は三畳泉で詠んだ
ものだよ」という説もあり、はたまた「秀峰の滝を望んで詠んだものである」
といった説もあり……という事がありました。関連していそうなものは、
全てひっくるめてしまう気質なんですかね?中国って。
- こまちゃんさん からの返信 2007/03/12 23:37:39
- RE: 西出陽関無故人「送元二使安西」
- 王維のこの詩の場合、有名ながらも人間はマイナー気味なので、
解釈が判れば全てはっきりしますね。
でも、李白の場合は、人が有名人過ぎて、みんなで「それはウチのここで」
みたいな曰く因縁説をかき立ててきます。関羽のお墓が全国に沢山あるのと
同じですね(^^;(関羽は一体何人おってん?…って感じです)
こま
PS:
あ、別のレスの西域賓館画像、この角度は廣源の経理室向かいの部屋から
しか撮れないので、結構貴重かも(^^(自分でそう思っているだけ(^^;)
-
- こまちゃんさん 2007/02/25 15:41:00
- 陽関博物館
- こんにちは。旅行記拝見させて戴いております。
陽関博物館は、2002年暮れに基本が完成し見切り開業したもので、
それ以前は、玉門関同様に烽火台しかなかった場所です。
2003年4月に行った時、城壁すら半分以上が出来ていなかったので、
そこの係員に訊ねて判りました。
2004年、その後裏工作があって、着工した当時の館長から、土地の
興行人に奪い取られたそうです。
2005年の長期滞在時に元館長(敦煌人)に逢う機会があり、裏話を
聞きました。
ま、ドコの世界でも有るような事ですが、時代が変わっても「栄えた物」
を横取りすると言う図式は変わらない中華圏の田舎町気質なのでしょう。
住民は素朴な人が多くてのどかな町ですが、それが故に、ここの商売人
連中は嫌いです。(我々も同じ商売で出掛けたのですけど・・・^^;)
こま
- ぱんぱーすさん からの返信 2007/02/26 23:49:23
- それは知らなかったです
- 初めましてこまちゃんさん。書き込みありがとうございます。
といっても、こまちゃんさんはこのサイトの中国一帯についてはすでに大御所様でいらっしゃるようで……こちらこそ、ご挨拶が遅れました(^^;
自分も中国に住み着くようになり、中国気質というものを毎日イヤというほど感じさせられております。陽関の博物館にそんなエピソードがあったなんて全然知りませんでした!いかにもイイトコ取りの中国人っぽいというか何というか……今はやりの攻撃的M&Aの一種ではないのかぁっ!とか考えてしまいました。でもこの気質、イヤに感じる時もありますが、時には予想以上の好結果をもたらしてくれる事もある(自分も恩恵を受けました)ので、あながち嫌いな訳でもないんですよ。まさに国の文化に根付いた思考方法なんでしょうねぇ。
敦煌では、歩き方に載っていた日本語の通じるバーというのに足を運ばなかったのがちょっと残念なぱんぱーすでした。またよろしくお願いします☆
-
- huwaさん 2006/11/23 03:31:50
- 敦煌…あこがれの地です
- 西域賓館っていい感じの名前〜☆
でも深夜に停電してコンセントが黒こげって…そんなことよくあるのですか(ビックリ)! 充電器その後どうされたのですか??
深夜に寒いのにお散歩に出かけちゃった気持ち、わかります〜。
朝になるのを待てなくてとか、昼とは違う夜の町の表情を見たくてとかで、ふらふら外を徘徊してしまうんですよね。特にすごーく楽しみにしていた町に行ったときって。
で賑やかだと嬉しくなってしまったりして…(笑)。
映画のセットだったところが、ずいぶんしっかり残っているんですね! ひと気のないひっそりとした感じがいいですね〜。
投石器…写真だと大きさがよくわからないのですが、かなり大きいのですか?
ストッパーもなしにボンと置いてあるのですか?(笑)
誰かがイタズラして石飛ばしちゃったらどうするんでしょ?
壁の一部を壊したりするぐらいの破壊力はありそうなんでしょ〜?
密輸とか簡単にできちゃえそうな関所?
う〜ん、地図を見たりしてぼんやりとそんな疑問は抱いていたのですが、現地を見てもやっぱりそー思うのですか? 不思議ですねー。。
とりとめのない感想でごめんなさい。
続きを楽しみにしています〜♪
huwaより。
- ぱんぱーすさん からの返信 2006/12/06 09:45:46
- 敦煌の暑くて寒い日々
- お返事遅くなっちゃいました!すいません。
充電器は見事破壊の憂き目に遭いました。西安で出会った台湾人から譲ってもらったものだったのですが、振るとカラカラ音がするのです。どうも中の部品の何かが壊れたか弾けたかしたようで、これはもう直せませんでした。
ちなみに次の日朝一で電器屋に充電器を買いに行きましたが、観光地だけ遭ってさすがに高い(日本の相場で見れば高くない)!でもこんなトコにもちゃんと各種充電器とかおいてあるんですね、それにびっくりしました。
……一説では、台湾製のおんぼろ充電器だったから火を吹いたのでは、との説も否定し切れませんが(^^;確かにしょぼかったし。
投石機にはストッパーなんてついてませんでした。多分本当にその気になれば石は飛ばせます……っておいおい、これでいいのか危険な観光地。
ここのところ更新滞ってます。申し訳ないです。最近は家に帰るとくったくたな日が多くて……頑張ります。
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