2006/09/23 - 2006/09/25
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ぱんぱーすさん
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2日目も後半戦。メインディッシュをいただく時間がやってきた。シラク大統領をして「ここを見なければ中国に来たとはいえない」と言わしめた兵馬俑だ。中国において俺が最も見たかったものの1つ、今回の旅の最初のクライマックスだ。中国で働いててよかったと思う今日この頃でありました……それでは、世界遺産を求めていざ、行かん!!
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9月24日13時01分、再び神のようなタイミングでやってきてくれた306番に乗り込み、終点の兵馬俑へ向かう。外で傘をさしているのは全て石榴売り。向こうに広がるのは全て石榴畑。どうやら西安は石榴の一大名産地のようだ。
1個2〜3元。甘酸っぱくてとても美味しい!これはやみつきになる可能性を秘めた果実だ。 -
同13時04分、兵馬俑に到着。駐車場の入り口で下車したのだが……広さがまるでディ○ニーランドの駐車場のようでしばし呆然。会場への入り口がすぐには見つからない。先ほどまでの2つとは扱いの格があまりにも違う!これは期待できるぞ!
ちなみにバスは何とタダ!つまりは最初の6元で兵馬俑までこれてしまったのです。一方、西安駅から直接兵馬俑までの切符を買うと7元かかります……何かおかしいぞ?切符売ってくれる車内の服務員も何も言わなかったし、切符売るようなアクションすら無かったぞ?どうなってるんだ…… -
同13時08分、ようやく会場への入り口を発見。巨大な始皇帝像が道標になってくれていた。そういえばここって始皇帝陵を守る意味合いで作られたんだよなぁ……始皇帝陵の頂上からここは見えなかったぞ?何てだだっ広いんだ!
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同13時14分、会場への入り口を見つけはしたが、何とここからミニバス型電動カートに乗らなければ真の入り口には辿り着かないとのコト。片道4元、往復5元。お前、これ詐欺だろ……。ちなみに歩いても行けますよ、少々かかりますが。
これに乗ったところ、1985年のつくば科学万博を何故か思い出しました。 -
同13時19分、兵馬俑博物館の入り口にようやっと到着です。日曜日だけあって人がかなり多い。こりゃ楽しませてくれそうだ!100元を握り締め、チケットセンターへ直行!
今回の旅も色々なトコへ行きましたが、ここの入場料100元が最も高かったです。 -
同13時27分、入り口で日本語のガイドテープ(30元、他に保証金として100元)を借り、1号坑博物館に入る。と、いきなり広がる広大な敷地の中に、あの土(陶器)人形の行列がそれはもうぎっしり!俺の感動ゲージをいきなりMAXにしてくれました。これだけのものが紀元前からこの保存状態で残っているのはやはり相当に凄い!「8つ目の奇跡」と言われるのもうなずける気がしました。
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背丈はみな一律でほぼ揃えてあるようですが、顔が1人1人完全に違っています。これはどうやら職人の技術不足で同じものを作れなかったのではなく、意図的に表情を別個のものにしたようです。西洋ではまだキリストが生まれる遥か前の時代に、中国では既にこのような芸術品を作り出していたのです!
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これは発掘された段階でこのように並んでいたのでしょうか?それとも保存状態のいいものだけを集めてここに集中的に設置したのでしょうか……いずれにせよ、壮観の一言に尽きます。
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馬だって負けていません。この見事なフォルムが全く風化の様子を見せずに残っています。砂漠のような乾燥した地域ならまだしも、西安はフツーに雨の降る地域です。地表に露出していなくても、染み込んできた雨に触れれば、やがてはぼろぼろになっていってしまうでしょう。一体どんなカラクリでここまでの保存状態を作り出していたのでしょうか?
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勿論全てが完璧に残っているわけではなく、このように首が落ちてしまっていたり、原型を留めていない土人形も数多くありますが、それがむしろ、俺は歴史的な地に来たんだなという印象を強くしてくれました。考えてみてくださいよ、日本でいえば卑弥呼なんて影も形もない時代ですよ。天皇という概念すら存在していない時代です。これを奇跡といわずして何といいましょうか。
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現在も発掘中であり、完全に発掘が終わる頃には俺なんかはとっくに違う世界の住人になっていそうです。あと何世紀かかるかはわかりませんが、考古学者達、ガンバレ!
華清池にいた兵馬俑の発見者だけど、何で兵馬俑にいないんだ?華清池にいる方が変じゃないか?温泉が近いから華清池の方がいいのか?国から一生を保障してもらった道楽農民の余興だったのか? -
兵馬俑の全ての博物館の窓には、このように凝った格子が取り付けられています。うん、雰囲気でてるよ。
兵馬俑の近くには「兵馬俑人形」を作る工場やお店が立ち並んでいるのだが、まさか博物館内の人形を捏造してる訳ないよな?観光客用のレプリカを作ってるんだよな? -
同14時00分、引き続き2号坑へ。ここには1号坑以上に多種多様な格好をした土人形が置かれていたらしいのだが、保存状態は1号に比べると落ちるようで、広さもやや狭い。だが、考古学的には1号坑を上回る発見があったようだ。それを紹介していく。
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まずは弩兵。膝をついているのは、矢をつがえる準備をするためなんだそうだ。ここに展示はされていなかったが、立射している像もあるらしい。そして、二段構えで間断なく射ち続ける戦法がとられていたと……ん?その戦法は遥か後に長篠の戦いにおいて織田信長がとった戦法とまるっきり一緒じゃないか!信長を天才と呼ぶこともあるが、中国では2000年以上前からの常識だったようだ。
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続いては中級兵の立像。小隊の指揮官クラスだったようだ。
驚くべき事に、この土人形達には元々色がついていたという説があるらしい。今は文字通り色あせてしまっているが、もし本当に色がついていたのだとしたら、土人形がずら〜っと並んだ光景はものすごいものであっただろう。 -
続いては高級兵の像。軍団長レベルだったようだ。中級兵と比べ、幾分ゴージャスになっているように思える。姿勢いいね、おっちゃん。
色々な外国人のツアー客を見た。フランス・ドイツ・ロシア・アメリカ……ここの専属ガイドはしっかりしており、様々な言語にそれぞれ専門のガイドがいるようです。 -
これは騎兵の像。ホントか?立像と馬並べただけだろ?と思ったら、しっかり轡を握ってました。えー、こんな細い轡まで本当にちゃんと残ってたの?それに、馬が信じられないほど綺麗過ぎる。今にも動き出しそうだ。どのような状態で埋まっていたのかを知りたいな。
えーと、写真撮影禁止と「歩き方」にはあったのですが、俺の見たところ今は何処にもそんなことは書いてありませんでした。1号坑で見た……かな?程度です。 -
最後を飾るは格闘の像。構えてくれています、お疲れ様。ちょっとピンボケしてしまったのが猛反省の材料ですね。
とまぁこんな感じで軍隊を想定した像が多数収納されていたようです。以上、2号坑でした。 -
同14時29分、3号坑に進む前に発掘物陳列館へ立ち寄る。中の目玉は銅の馬車。この館の入り口にわざわざ大きなユネスコマークを設置するあたり、歴史的にも重要な物品なのだろう。というか、重要でない歴史的物品などまずない。
ガラスに映ったフラッシュ、俺です。すみません。 -
別の銅馬車の馬。精悍な顔つきで凛々しく立っている。やはり金属なので色彩の劣化は激しいが、当時はどのような色合いで飾られていたのか、知りたいところである。
後ろの馬車には、人が乗っているものと乗っていないものがあった。乗ってない方は劣化が激しく、一般公開できないようなものだったのだろうか。 -
同14時42分、3号坑へ入る。ここは兵馬俑の中でも最も位の高い場所だったらしく、始皇帝を表していたり、直接関係あると思われる出土品がいくつか出ているとか。但し原型を留めているものは少なかった。
この状況でそれだけの分析をできる考古学者に脱帽。 -
ご覧の通り、首が残っているものが極端に少ない。坑の立地条件や人形の配列・服装などから予想したのだろうか。
ここもまた始皇帝陵の一部だ。とすると、別の場所にもここと同じ規模の兵馬俑が眠っている可能性が多分にありそうだ。だと仮定すると、阿房宮や北京故宮を凌ぐ超巨大陵墓である可能性は否定できない。あぁ、ロマンだなぁ…… -
同15時51分、入り口へ戻り、テープのガイドを返却したところでガイドさん達をパチリ。彼女達と話してると、かなり日本人に興味があるようで、話がはずみました。あ〜あ、彼女達を雇えばよかったかな(65元)。もうちょっと楽しく見て周れたかな。
個人的には真ん中の活発そうな女のコが気に入ってます。 -
同16時02分。ミニバスに乗って駐車場まで帰ってきました。土産物屋がずらりと奥まで並んでいます。ここでは買いませんでしたが、面白いものが売られてたかもな……時間が無かったために見向きもできなかったのが残念でした。
だんだん時間がせまってきた。兵馬俑発西安駅行きの306番バスの最終便は18時。鴻門跡まで大急ぎで移動する事にする。 -
同16時04分、タクシーに飛び乗り、鴻門宴跡へ向かう。鴻門宴跡にはバスは出ておらず、タクシーで行くしかないのだ。ちなみに、ここに行く観光ツアーも見つけられなかった。
これは「食莫」(←これで1文字。「モー」と読む)という煎餅とパンの間のような食べ物で、羊肉包「食莫」という料理などで使う食べ物なのだが、運ちゃんはこれをそのまま食っていた。もらったはいいものの、味ねぇじゃん。でも好意はありがたくいただいておく。 -
同16時12分。兵馬俑からほど近い村道に入ると、急に周囲の状況が変わった。まさに農村といった感じだ。収穫の終わった畑が広がる。古びれた家の立ち並ぶ通りを過ぎると、道はいよいよ林道のようになってきた。アスファルトがところどころ途切れてる……
こんな道でもダンプカーなどが通り過ぎていく。細いのに危ねぇだろ!通るな!引越しだか何だか知らねぇが超過積載だろ! -
同16時14分、ついに道が切れちゃいました。砂利道ですぜ、砂利道。周囲には裸足で駆け回る子供、馬車ならぬロバ車、タバコをふかす子供……えーと、観光客の来るエリアじゃないことは確かですね。
一瞬、実はこの運ちゃんは俺を運ちゃんのアジトに連れて行って暴行したあげく身包み剥がそうとしてるんじゃないか、と妄想してしまった。ごめんね。 -
同16時18分、悪路は続くよどこまでも〜♪もう笑いが止まらなくなってきました。ただでさえボロいタクシーなのに、こんなにボンボン跳ねたら壊れるだろが!雨は降ってるわ、暗くなってきてるわ、オウチに帰りたくなってきましたよ!
前の車に追いついた。一般車走ってたのか!せっかくの黄色い新しそうな車が泥跳ねまくって台無しですぞよ。 -
同16時26分、ようやく鴻門宴跡に到着。いや〜楽しい旅でした。こんなトコで客待ちしているタクシーなど勿論おらず、運ちゃんに待っててくれるよう頼んでみる。と、何と運ちゃんが「ヒマだから無料でガイドしてやる」と申し出てきた。う〜ん、仲良くなるっていいことですね〜。
よく見たら、タクシーのメーターはしっかり回ってた。停車中だからメーターの回りは遅いものの……まぁ、いっか。それが普通だし。安いし。 -
同16時24分、鴻門宴跡に入る。正式名称は「鴻門宴遺址」。正面の城門が入り口かと思いきや、右隣の小さな木の門が入り口。いやぁ、おいちゃん騙されちゃいました〜。24元払ってレッツゴー!
確かにここに観光客はくるようだ。何しろ日本語の解説があったくらいなんだから。ただ運ちゃんいわく、ここは地元の校外学習の小中学生が来る場所なんだそうだ。 -
同16時32分、宴席を再現した蝋人形が飾られていた。左から劉邦、樊噲、項荘、項羽のようだ。他にも当時の食事や食器類、酒用の盃などが複製されて並べられており、当時の雰囲気は結構出ている。
ところで踊ってる2人、剣を持っていないが……お互いそんなことで大丈夫なのか?それとも史実では剣を持たずに殺そうとしたり守ろうとしてたのか? -
同16時37分、ものすごく有名なあの場面が描かれた壁画を発見、激写する。当然この地にはあるべきものなのだが、やはり歴史を感じる事ができたのは嬉しい。絵自体は無名の画家(というか地元の人?)が描いた絵だが、しばし魅入ってしまう。
さて、この絵が現してるのは何の場面で、描いてある男性と女性は誰でしょう? -
同16時38分、ただのくぼみにガラス板が張られているのが不自然なので運ちゃんに聞いてみると、ここは劉邦が鴻門から逃げ出す時に、用を足しに行くと言って席をはずした際に座ったトイレの跡なんだそうだ。本当か?
ちなみに、奥の黒柵の部分は、劉邦が逃げる際に破った壁の跡で、劉邦が逃げたとされる場所だそうだ。柵の向こうにはやや急な崖が広がっていた。でも降りられなくは無いかな、怪我しそうだけど。 -
同16時42分、西楚の覇王・項羽の像がでかでかと立っていた。漢の太祖といえば勿論劉邦だが、この鴻門においては項羽が主役だ。項羽がこの地にいた当時、項羽と劉邦の戦力差はいかんともしがたいほどに大きく、項羽が圧倒的だったからだ。雄雄しく凛々しい姿で天を見据えている。
この野郎、ちょっとかっこいいじゃねぇかよ。 -
同16時42分、お堂を発見、名前は申し訳ない、忘れてしまいました。正面の筒状のものは、秦始皇帝陵にもあった大型線香。頭の上に数回かざしてから刺すようです。日本のお寺にこの写真を持っていって見せたら、これについて教えてくれるのかなぁ。その寺が本当の寺か生臭坊主の寺か見分けられそう。
項羽はやはり凛々しいいでたちで立っています。 -
同16時45分、お堂の左端に劉邦の蝋人形を発見。心なしか野蛮な姿で作られているのは気のせいなのか、はたまたわざとそうしたのか。この地の主役はやはり項羽なのか?ところで隣の黒豹は一体なにものだ?
やはり時代を生き抜いた人物だけに、周囲には沢山の臣下の蝋人形が並んでいた。中でも、三国時代の名将・司馬懿仲達の先祖の像があったのにはびっくり。そんな昔からある名家だったのか!司馬遼太郎は関係なさそうですが。 -
こちらは右端に座っていた項羽の像。知識人っぽいいでたちは変わらず。ひとつ気になったのが劉邦との距離。ざっと30mくらいはあいている。おいおい、会話しようにもそんな遠くちゃ話もできんぜよ。言葉の一つ一つを配下の武将に届けさせるつもりか?そんなの、今時の首脳会談でもやらんぜよ。
虞美人の像でもあったら見てみたかったのだが。 -
同16時53分、項王営。項羽軍の宿営地であることを示す門のようです。ここ、最初に撮った門。鴻門宴跡、少々短かったが満足度はかなり高めのこの地での観光もこれで終わりです。2度3度くるところではないかもしれませんが、1度くるならかなりオススメできます。
兵馬俑からの最終バスが18:00頃、兵馬俑からここまで30分ほどだったのを見ると、何とか最終バスには間に合いそうだ。 -
同17時34分、再び306番バスに乗り、帰途へつく。日本ではあまり見られない、信号が変わるまでのカウントダウン表示のついた信号を撮る。99秒以上信号が変わらない設定の場合はどうするんだろう……
これで西安2日目の旅はおしまいです。3日目、何処にいこうかな……行き先も時間も自由自在!
西安第2章・地の巻、これにて閉幕。
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