2003/02/20 - 2003/03/14
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ぴぽぴぽぴっぽさん
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2月22日、旅の3日目はいよいよ仏跡訪問が始まります。今日の目的地は、かつてお釈迦様がお説法をされていた場所・祇園精舎と、お釈迦様が出家をするまでの間住んでいたカピラ城です。その実際にいた場所に足を踏み込むと言うことで、今日は朝からわくわくです^^
行程としては、
ホテル→祇園精舎→舎衛城跡→カピラ城跡(インド領)→ネパールへ移動→ホテルとなっております。
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朝起きて、ホテルの外に出てみると、思ったよりも立派なホテルでした。皆が起きるよりも先に起きてしまったので、お庭で写真を撮ったりしながらのんびり過ごしました。
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するとホテルの中に貼ってあった地図を見つけました。仏教の聖地の場所が記された地図でした。かつての国名、コーサラ国とマガダ国という名前が見えますが、今日行く祇園精舎はコーサラ国にあったようです。そしてすぐ側にコーサラ国の首都・舎衛城があるのです。ちなみにその他の主な仏跡はマガダ国にあります。
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さて、朝から早速祇園精舎に行きました。ここは仏教遺跡の観光ルートからもはずれているので、非常に参拝者は少ない場所です。また入り口にゲートがあって、入場料を払わないと入れないので、物売りなどは入ってきません。今思うと、ここが一番静かに見ることができた場所でした。さて、最初に向かったのはここのシンボルにもなっている菩提樹です。これはアーナンダ菩提樹と呼ばれていました。お釈迦様の常に側にいてお仕えしていたアーナンダ(阿難)が、ブッダガヤの菩提樹の分け木をここに植えたものだったと思います(間違ってたらごめんなさい)。
ここで、マルウさんの名言がでました。
「これから多くの仏跡を見ていきますが、その大半は瓦礫にしか過ぎません。しかし元々仏教とは、形に残していく文化ではありません。精神的なものなのですから、その雰囲気の中から皆さんが感じ取ってください」。
あ〜、そうかぁ。確かに形象文化は仏教圏には元々なかったもんなぁ。1つ1つその場に何があるかではなく、その場で何があったのか、そのことを感じていくことにしようと思いました。 -
続いて、お釈迦様が説法をされたと言われる場所に来ました。その正面にはリンゴ型のローソクが一つ置かれていました。ここでお参りをしていると、ある一団が後ろからやってきました。そう、チベットからの団体参拝の一団です。僧侶が数人に、信徒の方々が30人弱でしょうか。その熱心な姿勢の中に仏教の息吹を感じました。
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この祇園精舎は、正式には祇樹給孤独園と言います。この名前には祇陀太子と給孤独長者という2人の名前が由来となっています。ある日、お釈迦様に帰依していた給孤独長者はぜひ近くにお釈迦様をお招きしたいということで、来てもらえる土地を探します。僧侶は森の中にしか住めないので、そういう良い場所がないか探してみると、祇陀太子が所有していた土地が適しているということになります。それで太子にお願いしてみると意地悪を言うんですね。「お前が金の延べ棒を敷き詰められた分だけお前に土地をやろう」と。すると、給孤独長者は本当に金を地面に敷き詰めて見せるんです。その姿に心を打たれた祇陀太子が「お前がそこまでしてでも来てほしい人であれば私もその人に会ってみたい」ということで、お釈迦様たちの為に土地を提供したのです。
以来、この祇園精舎は雨期の時期に、留まる場所として使われていました。日頃はインド中に散らばって伝道を行っていた僧侶たちは、雨期に入るとここに集まり、お釈迦様の説法の縁にあったのです。そして雨期が終わると同時にそれぞれまたインド中に出て行ったのでした。
経典の中には、ここで説かれたものも多くあります。 -
さて、ここは園内は主に説法をした場所、沐浴場(写真)、僧院の三つがありました。
沐浴場は今はあまり水が入っていません。 -
僧院は30メートル四方くらいの建物で残っていました(地面だけですが)。ここはまず外周沿いに1人1人が暮らしていた部屋があります。といっても1人のスペースは1.5畳くらいです。その部屋に取り囲まれた中心にホールが1つありました。ここで議論をしたり、食事をしていたことだと思います。
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園内はとても広いので、ここを訪れた人は思い思いの場所で瞑想にふけっている姿を良く見かけます。他の場所でもたまに見かけましたが、ここほど適した場所はなかったでしょうね。
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祇園精舎を後にして、すぐ側にある舎衛城跡へ。これこそ跡しか残ってないです。ただ、少し高台に上がるのでそこから周りを見渡していたら、、、
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何と、僕たちのバスがたかられている^^;珍しいのかなぁ。
でも、バスに戻る時、しんどそうと思っていたら、、、 -
やっぱりです。でも、こういう時はいつも複雑です。
マルウさんが少しお菓子か何かをあげていました。 -
さてバスで移動し、夕方カピラ城跡に来ました。実は今カピラ城跡と言われている場所は2ヶ所あります。それがインド領とネパール領にあるので揉めたままみたいです。というのも残っている文献からは、ルンビニーから15キロ(17キロ)離れた所にカピラ城があるということだけだからです。どちらも距離的には正しいのです。
こちら側の根拠としては、写真に写っているストゥーパ(仏舎利塔)の中からお釈迦様の遺骨がでてきたことです。 -
この仏舎利塔の周りはずっときれいな芝生が敷き詰められていました。そこで女の子たちが何かをとっているのですが、良く分かりません。ただ、黄・青・紫・緑のきれいな衣を身に纏っていたのがいいなと思って一枚。
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ここではまだ発掘が行われています。
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そうして、ここの観光でこの日は修了しました。夕方、インドからネパールへと国境を越えて入っていきました。国境と言っても日頃から行き来しているんでしょう。ノーガードです。警備員もおらず、普通に歩いて越えられます。僕たちは外人なので不法入国にならないようにパスポートに印鑑だけ押してもらいましたが。
この日はルンビニーの街、ニルヴァーナホテルへ宿泊です。中国的な雰囲気のある門が出迎えてくれました。夕方時間があったので、街を少し散策したのですが、マルウさんに国産ラムがおいしいと聞いたので、ラムを買って帰りました。この日から毎日キューバリバー(ラムコーク)を飲み続ける日々が始まります。
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