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キジム クム(砂漠を越えて)→ブハラ<br /><br />5月21日(水)<br /><br />6時には起き、片付けを始める。<br />8時食事。トイレをすまし、外に出ると、この屋のおじいさんが<br />大きな1mもある鯉を釣ってきた。まだ生きている。<br />小さな魚、フナの仲間もいっぱい。アムダリアで釣ったのだという。おじいさんはそれを得意げにみせびらかし、私に写真を撮れとポーズする。<br /><br />8時45分出発。今日の走行は470km。ヒヴァから一昨日来たウルゲンチに戻り、アムダリアをまた渡り、そのまま砂漠に入る。砂漠のシルクロードといっても、今は舗装されている。<br /><br />キジム・クム砂漠。キジムとは赤、クムは砂漠の意味だ。<br />赤い砂漠というのは砂の色が赤いからつけられた名だそうだ。<br />確かに土肌が出ているところは赤っぽくてきれいだ。<br />砂漠といってもエジプトなどの砂漠のようにすべて砂(厳密には小さな植物もあることはあるが)ではなく、ラクダ草がたくさん生えているし、いろんな花々も咲いている。赤いケシ、オリエンタル・ポピーもあるし、エリカのようなブッシュもある。葉が無く、いきなり地面から30cmぐらいの高さの円筒形に黄色い花をつけたのを、名前がわからないので、勝手にパイナップルフラワーと呼んだ。<br /><br />ラクダ草という名もラクダが食べることから名づけられたのだという。ラクダ草は地中100mも根を伸ばし、砂漠の移動を防ぐ。過去に、ロシア占領時、ラクダ草を大量に採取して燃料に使ったので、ラクダ草がなくなり、砂漠が市街地までおしよせ、あわてて空からラクダ草の種をまいた前例がある。<br /><br />何かを見つけては「ちょっと止まって」と車から下りて写真を撮る。「こんな花が咲いてる」「あっ、ほんとだ。かわいい」<br />砂漠はめずらしく、またたのしい。道草ばっかりしているので、この調子では夕方までにブハラに着けるやら。「時間は十分あるから大丈夫」とボスのスウェタがいう。とうとうボスにしてしまった。<br /><br />Hさんがめずらしい花があると、押し花にするのだといっては、すぐつまむ。「根を取らなければいいんでしょう」「花はなんのために咲くの。根を取らなければいいといって、みんなが摘んだらどうなるの。箱根に『とるのは写真だけ。残すのは思い出だけ』って書いてあるでしょう。イギリスでそんなことしたら、始末書もんだよ」「この種、持っていって播いてみようかしら」<br />「いい加減にしなさい。ほんとに怒るよ。日本の自然体系に無いものをやたらと持っていったら、日本の植物がだめにされる。天敵のいない虫の卵がついているかもしれないしね」「あ〜ら、ウチの庭はもうそんなのでいっぱいよ」無邪気にしては、ちょっと怖い話だ。<br /><br />ヒョウキン者のトカゲの写真も撮れた。このトカゲ、砂の上を跳ねるようにかけて、砂の中に姿を隠す。オオトカゲが道路で死んでいたので、それも写真に撮った。車にはねられたのだろうか。可哀想に、せっかくここまで大きくなったのに。体長はざっと測って1m。ラーヒムによるともっと大きいのもいるという。<br />カメがいるはずだと探してくれたが、見つけたのは黄緑の甲羅だけだった。食われてしまったのだろう。虫もいるし、イタチのような姿も見たし、ウサギの姿も見た。鳥もいる。ここは死の砂漠ではなく、生態系がまもられているようだ。<br /><br />村近くでラクダ草を刈っている人たちがいた。家畜の餌に伐採しているのだという。しかし、家畜をたくさん放牧しているところのラクダ草は丈が短く、薄く、ひどいところでは土がむき出しになっている。砂が山を作り風紋が見える。こういうところは砂漠の名のごとく、砂が移動している。やはりラクダ草は砂漠を拡大しないためにはなくてはならない植物だ。<br /><br />1時過ぎ、チャイハナに寄った。木立の下に、手すりのある長方形の縁台のようなものに絨毯を敷き、真ん中にはテーブル、まわりには布団やクッションもある。そこでゆったりと食事やお茶をたのしむ。靴を脱いであぐらをかいて。あぐらとは胡座と書く。まさにこちらの文化。<br /><br />団体バスが着いていて、にぎやかだった。40人分の食事を一度に出せないとかで、用意してきたランチを配っていた。見ると、ヒヴァでNさんたちが知り合ったスイスの団体だった。巡りあえて双方手を取り合って、大喜びしている。<br /><br />チャイハナで昼食をとり、また一路ブハラを目指す。ここからあと170kmだという。<br /><br />途中、ラーヒムが景色のいいところがあると車を止める。アムダリアがゆったりと流れている。迫出した岸辺が、海につきでた半島のように見える。<br /><br />どこまでもどこまでも続く荒野。いくどとなく繰り返される景色。時々、地表に塩が顔をのぞかせている。道に沿って、不自然な低い垣根が続いている。天然ガスのパイプラインの在かとか。<br />遊牧民のヒツジとヤギの群れ。ときどき羊の横断で停車。羊の渡り終わった直後に通るのは、幸運がもたらされるのだそうだ。おほ、私たちはいいことずくめだ。あの毛の長いヤギに触ってみたい。カシミヤはヤギの毛なんだから。<br /><br />途中天然ガスの採掘現場、ガスリを通る。この国は天然ガスが豊富だ。だから発電には天然ガスを使っている。しかし、将来を見たら、この砂漠には風力発電がむいている。太陽光だっていい。小さな単位でつくれば、ロスも少ない、なんて夢見ている。<br /><br />青空トイレはここでは2回。もう恥ずかしくなんてない。<br />ただ靴下を脱いでしまったので、靴の中にトゲが入り痛い。<br />やっぱり靴下は必要だ。<br /><br />朝、車の中で靴を脱いでいたら、ロバが引く荷車に出会った。<br />この辺りではまだロバがたくさん活躍している。靴下のまま飛び出して写真を撮ったので、靴下を洗うことにしてぬいでしまった。Eさんがお尻にとげを刺したといってさわいでいる。ラーヒムがいない間にいそいでとげを取る。<br /><br />遠くにブハラのミナレットが見え始めた。ようやくブハラに着く。HOTEL SASHA & SONの入り口は狭い通りに面していて、なんとなく薄暗い。え〜と思ったが、2重の扉を開けると中庭があり、大きなプラタナスの下にはベンチが置いてある。さらに部屋に入ると、思わず歓声を上げてしまうような素敵なつくり。<br />部屋もアルカンチよりずっと広く、壁や天井はきれいな模様で埋められている。冷房も入っている。トイレもきれいだし、トイレットペーパーもやわらか。シャワ-もしゃれている。外国人を意識してのつくりだ。しかもここはB&amp;Bなのだ。ここはおすすめ。そっと壁に触ってみた。顔料が指先につく。この模様はたえず描きなおしているもののようだ。<br /><br />ホテルの英語の注意書きに「洗濯をしないで下さい」と書いてあったので、Hさんがジーンズと私が厚手の綿シャツと靴下を持って洗濯を頼みに行き、日本人だから下着を出すのは恥ずかしい、自分で洗濯させてくれと断りに行く。「下着を洗ってもらうのは恥ずかしい」という言葉に驚いている。ハンガーがたくさんあるから、それを使って干すように、と言ってくれた。<br />3点で1000スム、1ドル。<br /><br />ブハラも歴史が古い町だ。ブハラとはサンスクリットのVIKHARA(僧院)に由来する。玄奘三蔵の「大唐西遊記」にも記述がある。ここも、オアシス都市として、数奇な運命をたどってきた町である。中でもチンギス・ハーンによる殺戮、破壊はブハラの歴史上悪夢といえるだろう。モンゴル軍はここから次の獲物サマルカンドへ向かっている。現在私たちが目にする建造物は16世紀〜17世紀に建てられたものであるというが、それにしても十分時間は経っている。<br /><br />ホテルから近いので、歩いてブハラの中央にある池リャビ・ハウズの傍のディヴァンベギ・メドレッセに行く。すぐ横にインターネットカフェがある。聞くと6時までだというので、明日にして先にこのメドレッセに寄り、他のメドレッセでの食事とショーを見に歩いていく。ショーは6時半から。ショーが終ってから食事が出る。<br /><br />ファッション・ショーはここのメドレッセに店を出している有名なデザイナーの作品。うん、さすがデザインは斬新でとてもよい。モデルはロシア人ということだ。モデルは背も高くて、スタイルもいいし、きれいだ。<br /><br />民族舞踊も見る。衣装はかわるが、踊りそのものは同じようなふりつけだ。途中、観客を招き入れてのダンスもある。Nさんが一人ではいやだというので、私も付き合いで前に出て踊る。<br /><br />王様という名のワインを飲む。美味しかった。日本へはこれを買って帰ろう。ホテルに帰るとまたバタンキュー。<br /><br />

ウズベキスタン9

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2003/05/14 - 2003/05/27

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buchijoyce

buchijoyceさん

キジム クム(砂漠を越えて)→ブハラ

5月21日(水)

6時には起き、片付けを始める。
8時食事。トイレをすまし、外に出ると、この屋のおじいさんが
大きな1mもある鯉を釣ってきた。まだ生きている。
小さな魚、フナの仲間もいっぱい。アムダリアで釣ったのだという。おじいさんはそれを得意げにみせびらかし、私に写真を撮れとポーズする。

8時45分出発。今日の走行は470km。ヒヴァから一昨日来たウルゲンチに戻り、アムダリアをまた渡り、そのまま砂漠に入る。砂漠のシルクロードといっても、今は舗装されている。

キジム・クム砂漠。キジムとは赤、クムは砂漠の意味だ。
赤い砂漠というのは砂の色が赤いからつけられた名だそうだ。
確かに土肌が出ているところは赤っぽくてきれいだ。
砂漠といってもエジプトなどの砂漠のようにすべて砂(厳密には小さな植物もあることはあるが)ではなく、ラクダ草がたくさん生えているし、いろんな花々も咲いている。赤いケシ、オリエンタル・ポピーもあるし、エリカのようなブッシュもある。葉が無く、いきなり地面から30cmぐらいの高さの円筒形に黄色い花をつけたのを、名前がわからないので、勝手にパイナップルフラワーと呼んだ。

ラクダ草という名もラクダが食べることから名づけられたのだという。ラクダ草は地中100mも根を伸ばし、砂漠の移動を防ぐ。過去に、ロシア占領時、ラクダ草を大量に採取して燃料に使ったので、ラクダ草がなくなり、砂漠が市街地までおしよせ、あわてて空からラクダ草の種をまいた前例がある。

何かを見つけては「ちょっと止まって」と車から下りて写真を撮る。「こんな花が咲いてる」「あっ、ほんとだ。かわいい」
砂漠はめずらしく、またたのしい。道草ばっかりしているので、この調子では夕方までにブハラに着けるやら。「時間は十分あるから大丈夫」とボスのスウェタがいう。とうとうボスにしてしまった。

Hさんがめずらしい花があると、押し花にするのだといっては、すぐつまむ。「根を取らなければいいんでしょう」「花はなんのために咲くの。根を取らなければいいといって、みんなが摘んだらどうなるの。箱根に『とるのは写真だけ。残すのは思い出だけ』って書いてあるでしょう。イギリスでそんなことしたら、始末書もんだよ」「この種、持っていって播いてみようかしら」
「いい加減にしなさい。ほんとに怒るよ。日本の自然体系に無いものをやたらと持っていったら、日本の植物がだめにされる。天敵のいない虫の卵がついているかもしれないしね」「あ〜ら、ウチの庭はもうそんなのでいっぱいよ」無邪気にしては、ちょっと怖い話だ。

ヒョウキン者のトカゲの写真も撮れた。このトカゲ、砂の上を跳ねるようにかけて、砂の中に姿を隠す。オオトカゲが道路で死んでいたので、それも写真に撮った。車にはねられたのだろうか。可哀想に、せっかくここまで大きくなったのに。体長はざっと測って1m。ラーヒムによるともっと大きいのもいるという。
カメがいるはずだと探してくれたが、見つけたのは黄緑の甲羅だけだった。食われてしまったのだろう。虫もいるし、イタチのような姿も見たし、ウサギの姿も見た。鳥もいる。ここは死の砂漠ではなく、生態系がまもられているようだ。

村近くでラクダ草を刈っている人たちがいた。家畜の餌に伐採しているのだという。しかし、家畜をたくさん放牧しているところのラクダ草は丈が短く、薄く、ひどいところでは土がむき出しになっている。砂が山を作り風紋が見える。こういうところは砂漠の名のごとく、砂が移動している。やはりラクダ草は砂漠を拡大しないためにはなくてはならない植物だ。

1時過ぎ、チャイハナに寄った。木立の下に、手すりのある長方形の縁台のようなものに絨毯を敷き、真ん中にはテーブル、まわりには布団やクッションもある。そこでゆったりと食事やお茶をたのしむ。靴を脱いであぐらをかいて。あぐらとは胡座と書く。まさにこちらの文化。

団体バスが着いていて、にぎやかだった。40人分の食事を一度に出せないとかで、用意してきたランチを配っていた。見ると、ヒヴァでNさんたちが知り合ったスイスの団体だった。巡りあえて双方手を取り合って、大喜びしている。

チャイハナで昼食をとり、また一路ブハラを目指す。ここからあと170kmだという。

途中、ラーヒムが景色のいいところがあると車を止める。アムダリアがゆったりと流れている。迫出した岸辺が、海につきでた半島のように見える。

どこまでもどこまでも続く荒野。いくどとなく繰り返される景色。時々、地表に塩が顔をのぞかせている。道に沿って、不自然な低い垣根が続いている。天然ガスのパイプラインの在かとか。
遊牧民のヒツジとヤギの群れ。ときどき羊の横断で停車。羊の渡り終わった直後に通るのは、幸運がもたらされるのだそうだ。おほ、私たちはいいことずくめだ。あの毛の長いヤギに触ってみたい。カシミヤはヤギの毛なんだから。

途中天然ガスの採掘現場、ガスリを通る。この国は天然ガスが豊富だ。だから発電には天然ガスを使っている。しかし、将来を見たら、この砂漠には風力発電がむいている。太陽光だっていい。小さな単位でつくれば、ロスも少ない、なんて夢見ている。

青空トイレはここでは2回。もう恥ずかしくなんてない。
ただ靴下を脱いでしまったので、靴の中にトゲが入り痛い。
やっぱり靴下は必要だ。

朝、車の中で靴を脱いでいたら、ロバが引く荷車に出会った。
この辺りではまだロバがたくさん活躍している。靴下のまま飛び出して写真を撮ったので、靴下を洗うことにしてぬいでしまった。Eさんがお尻にとげを刺したといってさわいでいる。ラーヒムがいない間にいそいでとげを取る。

遠くにブハラのミナレットが見え始めた。ようやくブハラに着く。HOTEL SASHA & SONの入り口は狭い通りに面していて、なんとなく薄暗い。え〜と思ったが、2重の扉を開けると中庭があり、大きなプラタナスの下にはベンチが置いてある。さらに部屋に入ると、思わず歓声を上げてしまうような素敵なつくり。
部屋もアルカンチよりずっと広く、壁や天井はきれいな模様で埋められている。冷房も入っている。トイレもきれいだし、トイレットペーパーもやわらか。シャワ-もしゃれている。外国人を意識してのつくりだ。しかもここはB&Bなのだ。ここはおすすめ。そっと壁に触ってみた。顔料が指先につく。この模様はたえず描きなおしているもののようだ。

ホテルの英語の注意書きに「洗濯をしないで下さい」と書いてあったので、Hさんがジーンズと私が厚手の綿シャツと靴下を持って洗濯を頼みに行き、日本人だから下着を出すのは恥ずかしい、自分で洗濯させてくれと断りに行く。「下着を洗ってもらうのは恥ずかしい」という言葉に驚いている。ハンガーがたくさんあるから、それを使って干すように、と言ってくれた。
3点で1000スム、1ドル。

ブハラも歴史が古い町だ。ブハラとはサンスクリットのVIKHARA(僧院)に由来する。玄奘三蔵の「大唐西遊記」にも記述がある。ここも、オアシス都市として、数奇な運命をたどってきた町である。中でもチンギス・ハーンによる殺戮、破壊はブハラの歴史上悪夢といえるだろう。モンゴル軍はここから次の獲物サマルカンドへ向かっている。現在私たちが目にする建造物は16世紀〜17世紀に建てられたものであるというが、それにしても十分時間は経っている。

ホテルから近いので、歩いてブハラの中央にある池リャビ・ハウズの傍のディヴァンベギ・メドレッセに行く。すぐ横にインターネットカフェがある。聞くと6時までだというので、明日にして先にこのメドレッセに寄り、他のメドレッセでの食事とショーを見に歩いていく。ショーは6時半から。ショーが終ってから食事が出る。

ファッション・ショーはここのメドレッセに店を出している有名なデザイナーの作品。うん、さすがデザインは斬新でとてもよい。モデルはロシア人ということだ。モデルは背も高くて、スタイルもいいし、きれいだ。

民族舞踊も見る。衣装はかわるが、踊りそのものは同じようなふりつけだ。途中、観客を招き入れてのダンスもある。Nさんが一人ではいやだというので、私も付き合いで前に出て踊る。

王様という名のワインを飲む。美味しかった。日本へはこれを買って帰ろう。ホテルに帰るとまたバタンキュー。

  • アムダリアの鯉

    アムダリアの鯉

  • ロバの車、大活躍

    ロバの車、大活躍

  • ラクダ草

    ラクダ草

  • 砂漠の花

    砂漠の花

  • 砂漠の花

    砂漠の花

  • トカゲ

    トカゲ

  • 死んだオオトカゲ

    死んだオオトカゲ

  • ヤギの群れ

    ヤギの群れ

  • ゆったりと流れるアムダリア

    ゆったりと流れるアムダリア

  • チャイハナ

    チャイハナ

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