1972/07/03 - 1972/07/03
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片瀬貴文さん
1961年7月3日(日)続
さて地下鉄のオデオン駅に降りて「オヤ」と気がついたことは、空港からここまでの道のりで、周りの人が私をジロジロ見ないことだった。
イスタンブールやアテネでは、周りの視線がまぶしかったが、ここではごく自然に感じられるのだ。
ここの風景にいつの間にか自然に馴染んでいる自分を発見し、パリに着いたばかりの私は早くもよそ者ではなく、パリ市民の一人に納まっていることに気がつく。
言葉は不自由だが、地下鉄には乗ることが出来た。
その達成感が、私をパリ市民に育てたのかも知れない。
いずれにせよ、この町の同化力には、驚嘆すべきものがある。
これは私が他の町を見てきたから、判ることかも知れないが。
これがパリの第一印象だった。
並んでいるレストラン前の黒板には、料理の名前が書かれている。
「メニュー」と言うのは、日本で言う「定食」らしい。
日本の「メニュー」なる言葉は、フランス語だろうが、誤用されている。
日本で言う料理一覧の「メニュー」は、ここでは「カルト(カード)」と呼ばれている。
そして一品料理は、「ア・ラ・カルト」と呼ばれている。
今晩は到着祝いに少し贅沢をしようと考えた私は、10フラン(当時720円)のビフテキ定食を見つけ、ここに入ることにした。
他の料理の名前は十分わからないが、ビフテキだけは判る。
「ボアッソン・コンプリ(飲物を含む)」と書いてあるのは、ワイン4分の1リットルが値段に含まれていることを知ったのは、この時だった。
なるほど、生きたフランス語を知るには、町を歩くに限る。
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