1970/08 - 1973/08
76125位(同エリア85126件中)
片瀬貴文さん
東海道新幹線は、1930年代の「弾丸列車」構想に、端を発する。
東京・下関を結び、将来は朝鮮海峡トンネルにつながる標準軌鉄道。
これは、当時大東亜共栄圏の軸として、日本・ユーラシア大陸間鉄道の一部でもあった。
戦前にすでにその一部は着工され、丹那トンネル工事や、用地買収が進んでいた。
いったん停止していた工事は、戦後従来の東海道線が行き詰まり、再び脚光を浴びる。
東海道線の行き詰まり打開策として、これまでの狭軌鉄道を造るか、新たに標準軌鉄道を造るかの検討がなされ、弾丸列車構想に起源を持つ経済的な後者に決まった。
ただ、弾丸列車時代は蒸気機関車だったものを電化して、東京・大阪の目標到達時間を3時間としたところは、進歩だった。
その頃、鉄道技術研究所には、海軍帰りの気鋭の士が揃い、士気は高かったのだ。
しかし、この投資に対する世論は、冷たい。
出来てから世界の注目を浴びた東海道新幹線も、建設開始前は、作っても役立たないという意味で「二〇世紀の万里の長城」と陰口され、日本での資金調達は期待薄だった。
だが、十河総裁の決意は固かった。
次善の策として、やむを得ず世銀からの融資を交渉したが、「貨物列車も通すこと」と嘘をついて、やっと0Kとなった経緯がある。
投資効率を高く見せようと、作為的とも思われる安い見積もりで、実際必要額(3,800億円)の半分以下の1,700億円と言う建設価格を、世銀に提示したものだ。
もっとも世銀融資は、日本政府予算を獲得するための口火と理解していた。
この旅行記のタグ
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
0
0