1970/06/03 - 1973/06/03
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片瀬貴文さん
1961年7月初め。ほぼ45年前のことだった。
当時の私は、国鉄で東海道新幹線の設計基準を手がけていた。旅客専用の高速鉄道は世界にも手本がなく、すべて一から始めなければならなかった。技術の原点の戻って、考え直すということだ。
しかしその設計作業はほとんど完了し、現地での用地確保がピークを迎えていた。1964年10月の東京オリンピックに間に合うかどうかの瀬戸際にあり、まさに決戦の時である。
用地の確保が終われば、全線にわたる突貫工事が待ち構えている。われわれ建設技術者にとっては、ちょうど決戦の合間だった。
30才を迎えた私は、近代文明の原点であるヨーロッパを体験したいと、数年前から準備を始め、フランス政府技術留学生試験に合格していた。そして決戦前のわずかの合間を利用して、一年間の海外留学に行くことになったのだ。
まだ羽田までの道路は出来ていない。海外旅行は珍しく、わざわざ金沢から親戚が、泊りがけで見送りに来てくれた。空港では花束が、両手にあふれた。
ジェット機の時代を迎えたばかりの頃である。それでも飛行機は今と違い、南回りであちこちの町に距離を刻みなが飛んだ。
以前はプロペラつきの遅い飛行機か、スエズ運河経由で一カ月近い船の旅が日本とヨーロッパを結ぶ足だったから、ずいぶん便利になったものだった。
私の場合、羽田を出発してから香港、イスタンブール、アテネと見ながら、機内泊を入れ4泊して、ようやくパリに着いた。
もちろん、まっすぐにパリまでやって来る手もある。しかし私は、日本とヨーロッパの間にある空間を一瞥しておこう、それがヨーロッパを見る目をより深くし、世界を理解する一助にもなると考えた。
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