2005/09/09 - 2005/09/18
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iamonarollさん
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5日目はパムッカレからカッパドキアと、ほぼ13時間のバス移動が続いた。軽く風邪気味だった私には、良い休息となった。
カッパドキアでは、オプションで頼んだ洞窟ホテルが待っているので、何としても体調を整えていかないと。
この日当たりになると、他のツアー客の人達とも仲良くなって、食事時には良く話すようになっていた。皆トルコ料理に少し飽きてきた様子。
写真は昼食を食べたレストラン入り口にあった体重計。25シュルクで量れるそうだが、なぜお金を払って人前で体重を量る必要が?しかし街中にも体重計をもって呼び込みをしている男性が居たそうだから、体重計は一家に一台の物ではないのだろう。
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5日目、まずはメヴラーナ博物館へ。メヴラーナとは人の名前で、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教を学んだ後、全ての宗教の目指すところは同じだという悟りを開いた人物。それまでイスラム教では黒い服が主だったのを、天国を表す白い服を着て、右手を天で左手を地に向け、クルクルと回る祈りのスタイルを取る。クルクル回ることで雑念を払い、神のみに意識を向けることが出来るそうだ。残念ながら本当の祈りの場面を見ることは出来なかった。
博物館は、見事なモザイクと絨毯で埋め尽くされていたが、人が多くゆっくりと鑑賞することは出来なかった。 -
カッパドキアに少し早めに到着したので、明日訪問予定だった洞窟の家に住む1家族の家へ。洞窟の家は絨毯が所狭しと敷き詰められ、衛星放送の見れるテレビやガスもあり、生活に不自由はしない様子。洞窟の家でガイドさんと一枚。
ガイドさんはカッパドキア出身らしく、何時にも増して熱弁を振るってくれた。
カッパドキアが世界遺産に登録されたことにより、町が栄えたのは嬉しいことだけれども、観光業に従事していない人々にとっては、物価が上がったりとすみにくくなり、町を去らざるを得ない人が後を立たないという。
代々受け継いだ洞窟の家に住む人々にも、まずは家賃要求が始まり、遂には立退きまでも要求されたそうだ。しかし抗議の末、家賃を支払うという形で落ち着いたらしい。
洞窟の家というのは人が住むことにより出される二酸化炭素を元に温められ、その形を留めておくことが出来るので、人がすまなくなった洞窟は、直ぐに崩れてしまうらしい。 -
オプションで申し込んだ洞窟ホテルATAMAN。部屋もレストランも洞窟に作られてあるので、雰囲気はバッチリ。
ホテルのブッフェにも飽き飽きしていた今日この頃、久しぶりのコース料理にも感激。ラムではなくビーフが出たことにも満足。レストランに外に広がるテラスから眺める夜景も、ニョキニョキとした数多くの岩がどこか異世界の雰囲気を醸し出して素敵だった。
洞窟の中はヒヤリとしていたが、暖房もあり快適だった。調度品も少しレトロな雰囲気を漂わせていて良かった。
カッパドキアの日の出は早く、6時頃には既に明るかった。気球のツアーを申し込んだ人たちが多いのだろう、五つ位の気球がプカプカと飛んでいた。乗った人の感想を聞くと、かなり岩と岩の間近くを飛んだり、地上近くまで降りてくれたりと、楽しめるツアーだったようだ。45分で140ユーロほど。 -
6日目はいよいよカッパドキア観光。
ギョレメ野外博物館では、ローマ帝国から迫害を受けた修道僧たちが、ひっそりと洞窟に作った教会の数々を鑑賞。当時の草木染で描かれた絵の多くは、今なお色鮮やかに残っている。その後イスラム教徒に支配され偶像破壊が行われ、大部分の絵は、顔が削り落とされているが、その後も幾何学模様を使ったキリスト教信仰が続き、色鮮やかな絵の上から、朱色の幾何学模様が書き込まれている様子も窺えた。
岩場に掘られた沢山の鳩の巣は、滅多に人に飼われる事のない鳩の住む所に人が住むはずがないという考え方があったらしく、鳩を岩場に沢山飼うことで、外部からの侵入を防いでいたらしい。
洞窟の中は絶えず17℃近くに保たれ、食料はワインの貯蔵に適していたようだ。 -
カッパドキアからアンカラへの移動途中寄った、トルコ絨毯の工場。
トルコでの義務教育は、小学校5年の中学校3年。その後多くの人が高校へは行くものの、大学進学率は10%程。高等教育へ進学しなかった女性は、この工場付属の学校で絨毯織を学ぶこともあるらしい。女性にとって絨毯とは、花嫁道具の重要な一品であり、14歳頃から絨毯を織り始め、婚期が近づくとそれを家の外にかけるらしい。
新婦が結婚を考え始めると、両親にそれとなくその意思を伝える。夕食に出された食事にフォークを突き立て、席を後にするという合図があるらしい。それを見た母親は、新婦探しを始める。農村部では新郎の母親が結婚の絶対的主導権を握り、新婦を見て回って決めていくそうだ。スカーフをし、長袖を着ている女性の体系を見るのは難しく、ハマムへ同じ時間に通ってチェックするらしい。
新郎家族が、新婦家族へ挨拶に来た際、新婦には選択肢が与えられる。父親にトルココーヒーを入れ、それが砂糖無しの苦いものであれば嫌、砂糖1つなら父親に任せる、砂糖2つの甘いものならOKである。
結婚後畑仕事へ出かける男性人を見送った後、家に残る女性同士の相性が大切なのは分かるが…。結婚するとなると男性は女性へ金を買い与え、自分に何かあった時にはこの金を売って生活していけという意味らしい。
男性は畑仕事が終るとチャイを飲みながら、他の男性人とマージャンを楽しみながら、夕方まで帰ってこない。町のあちこちでたむろするおじさんたちを見かけたのも、そのせいなのだろう。
都会では恋愛結婚も多いが、田舎ではまだまだお見合い結婚が主流だそうだ。
トルコ絨毯の工場では、全て手織りで作られ、シルク製の絨毯だと、意図に光沢があり目の疲れが激しい為、1日3時間、25歳までが限度らしい。
ここでも絨毯を紹介する部屋に案内され、値切りに値切った額で絨毯を進められるが、値切った結果が13万じゃあ、即決するには難しすぎる。でも何人も購入している人がいた。中には、玄関マットとして最初から買うつもりで、寸法を測ってきている人達も居たぐらい。
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