2005/07/16 - 2005/06/18
57625位(同エリア59350件中)
背包族さん
函館観光には、函館バスの1日乗車券が便利。
函館の市電、バスは料金が一律じゃなくて不便だし、何しろ乗り放題だからお徳!
函館の市電もバスも利用OKのものは、1000円。
2日間の滞在中、1日だけこの乗車券を使って、朝から晩まで遊びまわった。
函館駅前のバス停近くのバス案内所で購入。
購入時に、バス時刻表もくれる。
他にも販売場所があって、国際ホテル前のローソン、ホテルリッチなど。
1日乗車券は函館山行きバスでも使用OK。
コースは以下のとおり。絶対もとはとっている。
1.函館駅前→五稜郭(バス)
2.五稜郭→湯の川(市電)
3.湯の川→トラピスチヌ修道院(バス)
4.トラピスチヌ修道院→湯の川(バス)
5.湯の川→松風町(市電)
6.函館駅前→函館山(バス)
7.函館山→函館駅前(バス)
-
★ハリスト正教会★
建てられたのは大正5年(1916年)。れんが造り平屋。国の重要文化財・市の伝統的建造物に指定されている。
安政6年(1859年)敷地内に建てられた初代ロシア領事館の付属聖堂として建立されたのが始まりで、正しくは「函館復活聖堂」という。文久元年(1861年)青年司祭ニコライが、ロシアから来函し切支丹解禁を待って日本で最初にギリシア正教を布教した(明治5年=1872年 東京転任)。
明治40年(1907年)大火で類焼したが、大正5年(1916年)聖堂はロシア風ビザンチン様式で再建された。この聖堂内部に、丸天井を装架しているのがこの様式の特徴である。屋根に装置された数多くの十字架と、その装飾部を飾る冠状構造が独特の形状をつくっており、緑色の銅板屋根は昭和43年(1968年)に改装され、緑青を化学的に熟成したものである。
再建当時の大鐘(重さ約2トン)は、大正12年(1923年)関東大震災で大破した東京ニコライ堂復興の際に移され、かわりに大小6個1組の鐘と交換された。リズムと共にメロディを送る音色から「ガンガン寺」として市民に親しまれたが、この鐘も戦時中供出した。現在の鐘は、三重県桑名市在住の美術鋳造家から昭和58年(1983年)6月に献納されたものである。
昭和58年(1983年)6月、国の重要文化財に指定された。
参考資料:北海道函館中部高校パソコン研究部 -
-
★カトリック元町教会★
建てられたのは大正13年(1924年)。聖堂はれんが造り平屋で、司祭館は鉄筋コンクリート2階建て。どちらも市の伝統的建造物に指定されている。
元町教会は、安政6年(1856年)フランスの宣教師メルメ・ドゥ・カション(パリー外国宣教会司祭)が仮聖堂を建てたのに始まるもので、徳川幕府によるキリシタン追放令以降の日本におけるキリスト教宣教再開の先駆として横浜の山手、長崎の大浦とともに最も古い歴史をもつ教会である。
明治元年(1868年)同宣教会司祭ムニクー、アンブルステル両氏が現地に仮聖堂を建て、その後、明治10年(1877年)同宣教会司祭マラン氏により最初の聖堂が建立された。以後3回の大火で類焼したのち、大正13年(1924年)現在の大聖堂が完成した。
この大聖堂は、ゴシックスタイルの耐火建築であるが、中央祭壇と左右両壁14景の十字架道行きの壁像は、イタリアのチロル地方の木彫で、時のローマ教皇ベネディクト15世から贈られた由緒あるものである。
参考資料:北海道函館中部高校パソコン研究部 -
-
元町カトリック教会の裏は、ちょっと年季が入っている。
-
★聖ヨハネ教会★
この函館聖ヨハネ教会は、現在、世界聖公会のうちの日本聖公会に属する。明治7年(1874年)英国聖公会外伝道教会の宣教師W.デニングが函館に来て伝道を開始したのが日本聖公会の北海道伝道の始まりで、同派の道内における宣教活動の根拠地であった。
明治11年(1878年)末広町に初めて聖堂を建てたが、翌年の大火で類焼し、その後も火災などのため幾度か移転した。度重なる火災による類焼の後、現在の地に再建されたのは大正10年(1921年)の大火後である。この時、教育(アイヌ学校を始め靖和女学校などの開設)、医療奉仕活動などを活発に行った。
現在の建物は、昭和54年(1979年)に完成したもので、上空から見ると十字の形に見えるが、これは中世期のヨーロッパの教会に見られる建築様式を取り入れた近代的なデザインとしてのものである。
参考資料:北海道函館中部高校パソコン研究部
まっぷるのガイドブックには、見学不可となっていたが、やさしそうな牧師さん?が中に入れてくれた。
旦那と二人だけ。
黙想していると、祈りのための音楽を流してくれた。
他の二つの教会に比べ派手さにかける(観光地化されていない)この教会は、今までは、本当の信者の方しか入れない方針だったのかも。
でも、観光客を入れたほうが献金が集まるんじゃないか?なんていう不謹慎なことを考えてしまう。
内部は狭くてとても質素。
私はキリスト教徒ではないけれど、献金することに。 -
★トラピスチヌ修道院★
明治31年にフランスから派遣された8人の修道女が設立した日本初の女子修道院。園内には、テレジア、ジャンヌダルク、天使ミカエルなどの聖像や資料館があり、道なりに牧歌的な草原が広がっている。売店で手造りのロザリオや菓子を販売。
■上湯川町346 TEL:0138-57-3331
■営業時間/8:10〜17:00(冬期8:20〜16:30)
■休日/水曜(冬期日曜)、12/30〜1/2
■入場料/無料 ■P/市営あり
「はこなび」より
湯の川温泉のバス停から函館バスで向かう。
上湯の川町行きのバスは少なく、なかなか来なかった。
今日は、結構日差しがきつい。
前回も夏に来たが、函館は札幌よりずっと暑い!
とりあえず乗車後に、運転手さんにトラピスチヌに行くかを確認。
どこで降りるんだろうと旦那と話していたら、隣に座っていた親切なおばさんが、「おばちゃんが降りた次で降りたらいいよ」と教えてくれた。
やっぱり、北海道。人が親切だな〜〜。
←天使ミカエルが悪魔を刺しているところ。 -
フランスのルルドの洞窟を模したもの。
-
お土産に、トラピスチヌコーヒー飴を購入。
定番のバター飴もあり。
トラピスト修道院で作られているバタークッキーなどの商品も販売中。 -
-
この柵の右側が修道女の居住スペース。
-
遠くに立待岬が見える。
-
★船魂神社★
日和坂近くにある北海道最古といわれている神社。
内部はひっそりとしている。
ベニヤ板でできた源義経の甲冑姿の写真撮影コーナーがある。
旦那も早速ここで記念撮影。
この神社の由来は、融通念仏宗を広めるためにこの地を訪れた高層良忍が保延元年(1135年)観音堂を建てたのが始まり。
北海道最古の神社らしい。
ここには源義経伝説も残っていて、義経が津軽から北海道に渡る際、遭難しそうになったところを船魂明神のご加護で無事上陸したと言われている。
江戸時代末期には船魂明神と呼ばれていたが、明治12年(1879年)に船魂神社と改称された。
明治25年(1892年)に改築された社殿は、同40年(1907年)の大火で焼失したあと、一時谷地頭町の函館八幡宮に神体を移していたが、昭和7年(1932年)この地に本殿を築いた。
現在の建物は、同37年(1962年)に改築されている。
参考資料:北海道函館中部高校パソコン研究部 -
-
お稲荷さんの神社。
写真撮って、罰が当たらないよう、お賽銭を入れる。 -
★東本願寺函館別院★
北海道に信者の多い、浄土真宗大谷派の寺院。
建てられたのは大正5年(1916年)。
鉄筋コンクリート平屋。市の伝統的建造物に指定されている。
この寺院は、宝永6年(1709年)木古内町泉沢から移されたのが始まりであり、その後、幾度かの火災で焼失。現在地に移転したのは明治14年(1881年)であるが、再び大火で焼失したため、耐火建築により再建することになった。
明治45年(1912年)起工し、大正4年(1915年)完成した現在の本堂は、わが国最初の鉄筋コンクリート寺院として知られているが、建築当初、人々に踏まれた土砂で寺院が建てられるとは、 ご先祖に申し訳ないとか、大きな屋根が鉄筋コンクリートでもつだろうかと不安の声が上がり、寄付金が思うように集まらず、そのため、芸者を高床に上げて手踊りをさせ、安心させたなどのエピソードもあり、苦心の末、完成にこぎつけたという。
参考資料:北海道函館中部高校パソコン研究部 -
★高龍寺★
現在最も古い本堂が建てられたのは明治33年(1900年)。市の景観形成指定建築物に指定されている建物は、本堂や金比羅堂などたくさんある。
高龍寺は、寛永10年(1633年)松前の曹洞宗法源寺の末寺として亀田村(現在の市内万代町辺り)に建てられたのが始まりで、市内で最も古い寺院である。宝永3年(1706年)現在の弁天町に移転後、幾度か大火などのため建物を焼失し、明治12年(1879年)この地に移転した。
明治33年(1900年)に完成した本堂はケヤキ、ヒバ材で建てられ、同43年(1910年)に完成した山門は総ケヤキ造りで、東北以北最大の山門といわれ、また、彫刻が見事である。いずれも当時の名工たちの作で、明治時代末期の貴重な木造寺院である。境内には、明治2年(1869年)の箱館戦争のとき、野戦病院となったこの寺で斬殺された会津藩士を供養する「傷心惨目の碑」などがあり、墓地には勝海舟と親交があった渋田利右衛門や、日本で最初に種痘を行った中川五郎治などの著名な人の墓がある。また、松前藩家老で、人物花鳥にすぐれた画家であった蠣崎波響の最高傑作「釈迦涅槃図」(北海道指定有形文化財)を保存している。
参考資料:北海道函館中部高校パソコン研究部
このお寺は本当にお見事。札幌では観光地としてじっくりお寺を回ったことがないけれど、たぶんこんな立派なお寺はないだろう。やっぱり本州の影響が濃いのかな。 函館はなんとなくマカオに似ている。東洋と西洋の宗教がどちらも受け入れられ、しかも寺、神社、教会などの宗教建築の数も多い。 -
-
-
-
-
-
この旅行記のタグ
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
背包族さんの関連旅行記
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
0
23