おうよさんへのコメント一覧全2件
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旅行記を拝見致しました
おうよさん、こんばんは。
近鉄バッファローズと申します。
オシフィエンチム(アウシュヴィッツ)の旅行記を拝見致しました。
私もアウシュヴィッツとビルケナウに行ったことがありますが、
ここはやはり色々考えさせられるところですね。
旅行記の最後の写真でコメントされていましたが、
「ヒトラーは第1次大戦後のワイマール憲法下の
民主的手続きをもって政権の頂点に立ったということ。
投票、支持した人にも罪があるという事。」
この点は、私も重要だと思っています。
ナチス党(NSDAP)が暴力組織を持ち、それを行使したことも事実ですが、
当時は、左翼の社会民主党や共産党も同様に暴力組織を使っていました。
その上で、当時世界一民主的と言われたワイマール憲法下で行われた
公正な選挙で第一党の座を獲得したことで、政権の座に着いたのです。
戦後のドイツ人達は、「ナチスとヒトラーが悪かったのだ!」
と言ってあたかも自分たちは、何もしなかったように振る舞います。
ですが、それは正しくないと思っています。
ドイツの一般市民の多くもナチス党を支持し、協力をした人も居る訳です。
また、ナチス政権が非人道的なことばかりしてきた訳でない、
と言うことも一つの事実です。
ドイツ中にアウトバーン網を張り巡らし、低価格乗用車やラジオを普及し、
その過程で失業率を大きく減らしました。
もう一点、「勝てば官軍」と言う言葉があるように、
連合国軍については、非人道的な行為が非難されていません。
ドイツや日本に対して行われた民間人への空襲、
主にソ連による強制連行と強制労働、米軍の原爆投下、
事後法に基づく、一方的な軍事裁判等がありました。
同じ事を枢軸国側がやっていれば、非難囂々でしょう。
白黒ハッキリ付ける方が楽ですが、
世界の事どものほとんどは、どちらか一方には分けられないと思います。
比較的悪いもの、比較的よいものはあると思いますが‥‥。
物事には両面があって、見方によって良くも悪くも見る事が出来ると思います。
だから、歴史をあらゆる面から見る事で、
もっと多くの事が見えてくるのではないでしょうか。
長文のつまらない文章になってしまいましたが、
旅行記を拝見しての感想でした。お気を悪くされましたら、すみません。
RE: 旅行記を拝見致しました
近鉄バッファローズさん
こんにちは。
返信が大変遅くなってしまい申し訳ありません。
仕事が忙しい中無理してドイツへ旅行へ行ったもので、
旅行中も、帰って来てからも仕事に追いまわされておりました。
すみません。
書き込みありがとうございます。
徒然に書いた思いつきの旅行記に対して、詳細なご意見を頂き、
恐縮しています。こんなんならもっとちゃんと書いとけばよかった
かな、、、とか思います。
アウシュビッツへはヨメのリクエストで行ったのですが、
正直私はほとんど予備知識なし(15年以上昔の受験用知識以外は)
で訪れました。結果かなりのショックを受けさせられました。
その感じのまま旅行記を書いたので、御覧のような舌足らずの
コメントになったのでした。
それにしても、
頂いた書き込みには、私もまったく賛成です。
勝てば官軍というのは間違いの少ない所だと思います。
少し前の話になりますが、アメリカの前大統領が、イラン、
イラクと北朝鮮を指して、悪の枢軸といっていました。
彼ら戦勝国の代表のようなアメリカの人たちが、「枢軸」
(Axis)という言葉に対して未だネガティブなイメージを持って
いるのか、、、などど思ったりしました。
というのも、これが、G.W.ブッシュという人物の個人的な発言
ではなく、対選挙参謀により緻密に計算された呼称ではないか
と感じたからです。つまり、一個人ではなく、アメリカ人の共感を
起こす発言ではないかと思ったのです。
つまり、対比で行くと我々はまだ賊軍なのだと。
私は、旅行、特に飛行機に乗るのが好きなのですが、空港で各国の
航空機を写真に収めたりする気にはなれません。
どうしても、機体番号に眼が行ってしまうからです。
ドイツも、イタリアも、2次大戦前と同じ、Dであり、Iから始まる
番号です。同じ敗戦国でも日本だけJA始まり。(日本も戦前はJ一文字
から始まる番号でした。)
理由は、「ヨルダンと混同する可能性があるから」
ですと。どうしてもアジア人だけは「一文字クラブ」には
入れたくないという怨念のようなものを感じてしまいます。
(中国は戦勝国なのでB一文字ですが)
話がずいぶんそれてしまいましたが、私は、未だ「官軍」の
支配構造が完全には崩れていないと思うのです。
一方で、ご指摘の通り、物事、特に歴史(各人の歴史観と置き換え
ることができると思いますが)には様々な側面があり、白黒断定
できないと思います。
ただ、私は、価値観は同一ではないけれども、各時代には1つの
価値の「総和」が不断にあったものだと解釈しています。
つまり、その総和(コンセンサス)の連綿が歴史なのだと。
そう考えると、私は歴史はもっと面白いと思っています。
また、これからの歴史、現在の潮流を面白くみれるのではないかな
と思っています。
以上がわたしの基本的な歴史観ですが、
旅行記を読み返すと確かに私は歴史を断定したがってるように
読めますが、なんというか、あれはショックゆえの
整理をつけたいといういわば「逃げ」の感情でしたね、、、
まあ、確かにそう感じたんです。
> おうよさん、こんばんは。
> 近鉄バッファローズと申します。
>
> オシフィエンチム(アウシュヴィッツ)の旅行記を拝見致しました。
> 私もアウシュヴィッツとビルケナウに行ったことがありますが、
> ここはやはり色々考えさせられるところですね。
>
> 旅行記の最後の写真でコメントされていましたが、
> 「ヒトラーは第1次大戦後のワイマール憲法下の
> 民主的手続きをもって政権の頂点に立ったということ。
> 投票、支持した人にも罪があるという事。」
> この点は、私も重要だと思っています。
> ナチス党(NSDAP)が暴力組織を持ち、それを行使したことも事実ですが、
> 当時は、左翼の社会民主党や共産党も同様に暴力組織を使っていました。
> その上で、当時世界一民主的と言われたワイマール憲法下で行われた
> 公正な選挙で第一党の座を獲得したことで、政権の座に着いたのです。
> 戦後のドイツ人達は、「ナチスとヒトラーが悪かったのだ!」
> と言ってあたかも自分たちは、何もしなかったように振る舞います。
> ですが、それは正しくないと思っています。
> ドイツの一般市民の多くもナチス党を支持し、協力をした人も居る訳です。
> また、ナチス政権が非人道的なことばかりしてきた訳でない、
> と言うことも一つの事実です。
> ドイツ中にアウトバーン網を張り巡らし、低価格乗用車やラジオを普及し、
> その過程で失業率を大きく減らしました。
>
> もう一点、「勝てば官軍」と言う言葉があるように、
> 連合国軍については、非人道的な行為が非難されていません。
> ドイツや日本に対して行われた民間人への空襲、
> 主にソ連による強制連行と強制労働、米軍の原爆投下、
> 事後法に基づく、一方的な軍事裁判等がありました。
> 同じ事を枢軸国側がやっていれば、非難囂々でしょう。
>
> 白黒ハッキリ付ける方が楽ですが、
> 世界の事どものほとんどは、どちらか一方には分けられないと思います。
> 比較的悪いもの、比較的よいものはあると思いますが‥‥。
> 物事には両面があって、見方によって良くも悪くも見る事が出来ると思います。
> だから、歴史をあらゆる面から見る事で、
> もっと多くの事が見えてくるのではないでしょうか。
>
> 長文のつまらない文章になってしまいましたが、
> 旅行記を拝見しての感想でした。お気を悪くされましたら、すみません。
>2011年10月05日17時54分 返信する勉強させて頂きました
おうよさん、こんばんは。
近鉄バッファローズです。
こちらこそ、返信が大変遅くなってしまい申し訳ありません。
ドイツへ行かれていたのですね。もし、写真を撮られていましたら、
是非お時間のあるときに旅行記を投稿して下さい。
できあがりましたら、拝見させて頂きます。
> 徒然に書いた思いつきの旅行記に対して、詳細なご意見を頂き、
> 恐縮しています。こんなんならもっとちゃんと書いとけばよかった
> かな、、、とか思います。
いえいえ、こちらこそ勝手なことを書き込みしてしまい、
お気を悪くされていないか、と心配しておりました。
展示内容から感じられるであろう当然の感想と、
それ以外に御自身のお考えを表明されていたことに感嘆し、
そのお考えに共鳴できたので、思わず書き込んでしまいました。
「枢軸」と言う言葉に英米などが思いを込めていることは、
私も間違いがないように感じられます。第一次大戦でも、
第二次大戦でも、敗戦国側は「枢軸国」とされています。
(ちなみに、戦勝国は「連合国」ですね)
おっしゃるように、だからこそ「悪の枢軸」と呼んだのでしょう。
未だに、日本も、ドイツも連合国、特に米国の占領政策から
完全には抜けられていないように思います。
日本は、まだドップリな感じですね。
経済と技術以外は三等国と思われているように感じます。
期待番号のお話しについて私は存じ上げなかったので、
驚きとともに、なるほど、と感心させられました。
やはり、白人至上主義は残っているのだなぁ、と。
また、勝てば官軍なんだなぁ、と。
> 一方で、ご指摘の通り、物事、特に歴史(各人の歴史観と置き換え
> ることができると思いますが)には様々な側面があり、白黒断定
> できないと思います。
> ただ、私は、価値観は同一ではないけれども、各時代には1つの
> 価値の「総和」が不断にあったものだと解釈しています。
> つまり、その総和(コンセンサス)の連綿が歴史なのだと。
今(あるいは戦後世代)から見れば、なぜドイツがナチスが台頭し、
日本で軍部が独走したのか、理解できないかも知れませんが、
それは現在の社会的価値観(おっしゃる価値の総和)から見るからであり、
当時には当時の社会状況と世界情勢などから今とは違う価値観があったはずで、
その価値観で見ればそれほどおかしな結果でないのではないでしょうか。
そして、「勝てば官軍」の言葉の通り、敗戦国のこの価値観は、
戦勝国によって否定され、「悪」と見なされるようになったのだと。
ニュルンベルグ裁判や東京裁判などで決めつけられたように。
もし、枢軸国が勝っていれば、きっと立場は逆だったでしょう。
> 以上がわたしの基本的な歴史観ですが、
> 旅行記を読み返すと確かに私は歴史を断定したがってるように
> 読めますが、なんというか、あれはショックゆえの
> 整理をつけたいといういわば「逃げ」の感情でしたね、、、
> まあ、確かにそう感じたんです。
私もアウシュビッツとビルケナウに行きましたが、
大変ショックを受けました。そのお気持ちはよく分かります。
今、その整理されたお考えをお伺いして、大変勉強させて頂きました。
大変詳しい書き込みをいただき、
また御高見を拝聴させて頂き有り難う御座いました。
2011年10月10日23時15分 返信する



