神戸さんのクチコミ全4件
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投稿日 2009年06月24日
総合評価:3.0
■両国とも現地通貨に両替するのが原則ですが、アメリカドルが通貨として使えます。ホテルでは現金を置いていないのでほとんど両替できません。 町の銀行か両替専門店に行く必要があります。
■アルゼンチン航空は預託荷物の重量制限が15キロで厳密で、割増料金を支払う可能性があります。しかし機内持ち込み荷物の制限はルーズでピギーバックとリュックサックを乞食のように沢山の手荷物を機内持込する人が多く見られます。
■日本からの行き帰りは相当時間がかかります。今回はアメリカのセキュリティーの面倒さを回避するためにカナダエアーでカナダ経由でサンチアゴに入りましたが、荷物も出てきて、また乗り換えもあまりセキュリティーに悩まされず、一応成功であったと言えますが、やはり飛行時間が長く、アメリカで1回乗り換えのほうがよいような気がします。
「行き] 1月20日(土)関西空港 17:55発 エア・カナダにてバンクーバー 10:15着 バンクーバー 12:00発 トロント 19:23着、トロント 21:45発1/21サンチャゴ 10:20着 航空機ネット時間24時間30分
「帰り] プエルトモン2/4 午後発16:20 サンチャゴ着 1755サンチャゴ発21:25、トロント 2/5 6:35着トロント 9:00発 バンクーバー 11:07着 バンクーバー 12:25発 2/6(火) 関西空港 16:25
■個人的には出発1週間前玄関で右足踏み外して捻挫、また網膜出血もあり、湿布薬と飲み薬携行でこわごわ出発しました。景色は抜群でまたいろいろ見所イベントがあり面白かったし強行してよかったと思っています。もちろん医者には許可を得てます。
■若干地理について述べるとパタゴニアはちりとアルゼンチンに跨っているが国境線はアンデス山脈で、今回の氷河はすべてアンデス山系から流れている。美しい景色もアンデスの水ときれいな湖。フエゴ島は大きな島でここだけは人工的な経度でアルゼンチン側とチリとを分けておりチリが東のほうに出ています。またマゼラン海峡は小生が考えていたよりも北にあり、またプンタアレーナスあたりでは南北に海が流れています。旅行記では便宜上チリとアルゼンチンを分けて書きましたがアンデスの頂上が国境で氷河はそれが起点なので非常に接近しています。 見所のフィッツロイ、ペリトモレノ氷河、パイネ山などはカラファテ、エルチャルテンの町に近く集まっています。湖が多く回り道をしなければなりませんが地図では並んで隣にあります。- 旅行時期
- 2007年01月
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投稿日 2009年06月23日
総合評価:3.0
■シリアとヨルダンに行くというと殆どの友人はなぜ今そんな危ない所に行くのかと尋ねられます。まずこれに対する回答です。中東は東西の文明の十字路であり、チグリスユーフラテス川にの世界3大文明の発祥の地であり、一度は行ってみたいところです。小生の常識でもイスラム圏は危険な国としてあまり良いイメージを持っていませんでした。しかしツアーのパンフレットを見ているとこれら中東の文化遺産ををめぐる計画がいくつかあり、大体が催行されています。
今回のテーマのツアーはシルクロード西端の隊商の町を訪ねる旅で、レバノン、ヨルダン、シリアを回るプランであったが、ほぼ同じ日数で政情不安なレバノン抜きで同じ日数の旅であったので日程的にはゆったりとしていた。とにかく死海とペトラ、パルミラを見ることで、中東の歴史の一端を見てみたいと思った。レバノンのベイルート、バールベックの遺跡に行けないのは残念であった。
■シリア、ヨルダンは日本に対して非常に友好的で親切です。ヨーロッパのような泥棒や、引ったくり、スリなどはいません。ツアー客なので断片的な感想ですが、日本人が安心して旅行できる国です。世界遺産も多く、数千年前から栄えた国で、民族はアジア、アラブ、エジプト、ヨーロッパなど各国の混血で様様な民族から成り立つ国です。治安もすこぶる良く宿も交通機関も充実していて、観光旅行しやすいところと実際旅をしていてそう感じた。ヨルダンは石油もなく、水も少なく70%は砂漠の国ですが、ヨルダン峡谷で出来るフルーツが唯一の産業です。あとは難しい中東において輸出に努め比較的富裕で、今アンマンでは再開発のビル工事が盛んである。再開発地区はすべて王様の持ち物とのこと。シリアは石油もあり、石油やガスのパイプラインがイラクから地中海に埋設されており、農業、鉱工業、商業のバランスがとれた産業構造である。シリアヨルダンの側に立つと、イスラエルがすべての悪の元凶だが、どちらの国も沢山のパレスチナ難民を受け入れて、自分たちの仲間として仕事も与えることで頑張っているのには頭が下がる。ツアーの観光バスの運転手もレバノンからの難民と聞いた。早く平和がと思うのだが、長い因縁の中東の問題は簡単に解決しない。
■エミレーツ航空は関西空港を出てから中国を横断して、インドの西の端からインド洋に出てドバイに着く。ドバイからアンマン、ダマスカスなど中東の首都に定期便が飛んでいるが、いずれの場合もジャンボ機が、カタール、バーレーン、ドーハ、クエートからイラクとの境界線近くを飛んでゆきます。湾岸戦争や今のイラク戦争などで聞く町がすぐ近くにあると思うといつ撃ち落されても不思議ではない航路をジャンボ機は安全に飛んで行くのが不思議に思われます。
■遺跡はいずれも素晴らしく大規模であるが、まだ発掘ができていないものもあり、今後の計画的な発掘が望まれます。どこにもローマ劇場、列柱通り、神殿が無造作に広がっています。どこの町にも国立博物館がありますが、展示まだまだ工夫が必要です。規模も小さく、まだ体系的には整理されておらず考古学の大発見があったところという説明がありますが、展示、解説ともに不十分であまり感激しませんでした。ローマ時代の遺跡は壮大で立派ですが、国立博物館はあまり観光者には判りにくい展示でありまとまりがない感じでした。素晴らし遺産が沢山あるのに残念です。最もイギリス、ドイツ、フランスなどが持っていってしまう為、発掘などの進捗が進まないためなどいろいろ理由がありますが、折角の古い遺産が体系的に展示されないのは残念です。
■たまたま犠牲祭の前日で、またクリスマスも近く、町やスークは大変な人出でした。買い物をしている人は皆元気そうで、特に子供は銃のおもちゃを買ってもらってはしゃいでいました。男の子のおもちゃは皆ピストルか拳銃でした。アラブ社会の通例で店の人やホテルの従業員は男性が多いのですが、買物は圧倒的に女性が多く見かけました。
■両国とも世界の衛星テレビが見れる。アレッポ、アカバなどで、ビルの屋上に林立するパラボラアンテナに驚きました。アルジャジーラの英語版を見ることができますがCNNよりも分かりやすいニュースでした。CNNも欧州の各国テレビもホテルでは見ることができました。アンマンでは日本語テレビも受信できました。そういう意味ではある程度の情報が自由に入手できるし、皆がそれを理解できるので複眼的な考え方ができる人たちで、教育の程度が高いと感じました。
■ヨルダンはディナール、シリアはシリアポンド。両国とも現地通貨に両替するのが原則ですが、お土産、ビール、ワイン代ぐらいはアメリカドルが通貨として使えます。ホテルではドルでお釣りも来ます。
少しだけ両替する。現地通貨が望ましいものにトイレチップがありますが、1米ドル札で二人とか言って現地の通貨が無くても問題ありませんが、トイレチップが必要なのは面倒です
■時代考証 文明の十字路として古代から現代にいたるこの地区の歴史を理解しておくと便利です。訪問個所を時代別に整理すると大体下記のようになります。
紀元前3000年ー紀元前4</span>世紀 [先史古代文明の時代] ネボ山、ウガリット遺跡
紀元前4世紀-紀元前1世紀 [ギリシャヘレニズム時代] 今回はなし
紀元前1−紀元後4世紀 [ローマ時代] ペトラ、ジェラシュ、パルミラ、ボスラ
4-7世紀 [ビザンチン時代] ハマの水車、マタバ、マアルーラ
7-9世紀 [イスラム初期時代] ウマイヤドモスク、アムラ城、アレッポ城
11-13世紀 [十字軍時代] クラックデシュバリエ、サラディーン城
12-16</span>世紀 [アイユーブ・マルムーク時代] 今回はなし
16-20世紀 [オスマントルコ時代] アゼム宮殿、ヒジャーズ駅
■関連映画
映画「アラビアのロレンス」の舞台にもなったワディ・ラム
「インディ・ジョーンズ 最後の聖戦」に出てきたペトラ遺跡
「天空の城 ラピュラ」のモデル所と言われている「サラディーン城」
十字軍については、『キングダム・オブ・ヘブン
■参考文献
NHK出版 樋口隆康著 地中海シルクロード2007年
中公新書1594 牟田口義郎著 [物語中東の歴史]2001年
『隊商都市』ミカエル・ロストフツェフ 著 青柳正規 訳 新潮選書(新潮社) 1978年発行、現在は絶版- 旅行時期
- 2007年12月
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投稿日 2009年06月22日
総合評価:3.0
■クルーズは色々なグレードがあり、また 楽しみ方が人によって違うので、選び方により評価は異なると思いますが、一応カジュアル、地中海という目的にはあっていたと言える。また、一つの体験として楽しめるものは出来るだけ楽しんできました。一般のツアーと比較して一番の利点は、スーツケースを開けたり締めたりする手間が無いので身軽に行動できることです。
夜は航海、朝になると寄港地からバスで観光して船に戻り、出港というスケジュールです。このSHOREexcursionの間はニッコウトラベルの手配になるので集団行動になります。また個人の自由時間が多く、厭なれば観光には参加せず船内に留まり楽しむこともできます
■観光の点では時間の制限があり、港から近い小都市は訪問地として良いのですが、ローマ、リスボンなどという大きな見所の多い観光地は1日では消化不良の感じがします。普通のツアーを利用するほうが良いと思います。
■船の部屋や食事のサービスは4つ星ホテル程度の品質で、満足すべきものでした。食事はクルーズ費用に含まれているので原則として船内レストラン利用になります。バイキングの食堂は時間外でも大体開いており食事は無料、アルコール、コカコーラは有料。2000人のクルー従業員はよく教育されており誠実、71カ国から来ているが、日本人はいないので最低限の英語が必要。ボーイなどはベトナム、フィリッピン人が多いと感じた。コインランドリあると案内にはあったが無かった。我々の部屋は11050号室[中央付近のstarboadside]でバルコニー付客室でバスタブ付き31平方mで、快適であった。
■バルセロナ乗船チェックイン時に写真を撮り、クルーズカードを渡される。このカードはルームキーであるとともに、上下船時のセキュリティーチェックで顔写真と照合される。またクレジットカードがこのカードに登録されており船内のすべての支払は米ドルでのアカウントで集計される。船内では現金が使えません。
■クルーズラインでは毎日Freestyle Daily という新聞を発行します。次の寄港地の情報、入港時刻、出港時刻、レストランなどの開店時刻、今日のショウの演目など船内生活に必要な情報をまとめて英語、スペイン語で発行します。我々のツアーでは添乗員がそのエッセンスを日本語で毎日配布してくれます。
■部屋にはテレビがあり船の情報や避難要領を流しています。見れるのはCNNのみで日本語放送はありません。インターネットも利用可能ですが、衛星を利用しているので比較的高い有料でした。
■船内では毎日午後7時30分からは約1時間のショウ、またカジノ、ディスコ、バー、エステなどいろいろな楽しみが用意されています。ゴルフの練習場、バスケットコートなどもあります。もちろんプールなども利用可能ですが昼間は出かけているのであまり利用する機会がありません。また基本的には女性ファーストの世界、少しはマナー、英語の勉強が必要でしょうか。
■我々のグループは70歳以上の夫妻7組、女性二人組が2組、女性一人、男性一人で参加者20名でしたが、同じ日程でさらに同じような編成でもう一組が参加しており、日本人は我々40名だけでした。80歳ぐらいの年寄りが多く、またリピータが多いが、英語も全く理解できない人もおり、添乗員は通訳の仕事が大変なようでした。 東洋系の顔付の団体がいたが、聞いてみると国籍はアメリカ、カナダなどでした。バイキング食堂でたまたま遭ったイギリス人、カナダ人夫婦も年齢は高そうで、クルーズは高齢者の集まりのような気がします。
■クルーズはこれからも人気でしょうが、やはりまだ割高なので、船の中身、クルーズの内容(寄港地、季節、日程、どこへ行くか)、料金などを十分吟味して選ぶことが必要です。つまらないことですが、セルフランドリーの有無、ビュフェのメニューの数、日本語が使えるかなどが決め手になると思います。ドレスコードも最近はリゾート&カントリー、またはリゾートカジュアルというレベルが増えてきていますが、あまりカジュアルすぎない船といった観点も必要かと思います。- 旅行時期
- 2008年06月
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投稿日 2006年10月16日
■一番のカルチャーショックは、時間の概念が違うことです。鉄道や国内線航空機にも乗りましたが、時間がむちゃくちゃで、遅れは当たり前、それも半端ではない。悠久のインドらしく3時間遅れは当たり前。何時来るか判らない列車をどこで待てばよいのか、個人旅行ならとても神経を使うことになると思う。今回はツアーなのでお任せ。
インドには全部で28州ありある程度の自治権が州知事に与えられています。車が州を越えるとき税金を取られる。その支払いが時間がかかり多くの車が停滞する。
■ また駅で駅前広場や構内で沢山寝ている。乞食も多い。ふっと後ろから肩や、腰に人気がするので振り向くと、子供の埃だらけの手が何かくれと待っている。物売りも多いがそのほうは元気。やはり赤ん坊や少年の乞食だけはしなくて良い環境づくりが必要と感じる。今回の旅ではカーストを実感する出来事に出会わなかったが、ヒンドゥー教において人はいずれかのジャーティー(いわゆるカースト制)に属することになり、それに基づき社会が成立している。ジャーティーは内婚集団であり、ジャーティー内での結婚が原則だ。ドビーガートなどに観光客を案内する気持ちがわからない。
彼らインド人で解決すべき問題であろうが、心が痛む。やはり 可哀想になって思わず小銭を出したいと思うし、日本語でいろいろ言ってくるのに、「黙っていろ、絶対にやってはいけません」と現地ガイドの声が飛ぶが、すこしでも親善を試みたい我々は迷う。「やれば物乞いが群がってしまう。収拾がつかなくなりますよ」。
■今回の地方へは10月から3月がベストストシーズンと言われています。温度は日本の夏位で、夏服で十分でした。ホテルなどではクラーが効きすぎで、寒いぐらいです。一寸クーラーを止めてその分でお菓子を買いを乞食の子供に分配するなどしてはと思います。食事はほとんどホテルでバイキングなので少しずつとって試しながら食べました。辛いものもありますが、大体は我々の口に合うように用意されていたので、困りませんでした。但しカット野菜やフルーツは食べないようにという勧告もあり止めておきました。ナンが以外に美味しく、バターをつけたり、またおかゆ、卵焼きがあったりして不自由はあまりしませんでした。水は例によって水道は駄目で、ペットボトルを口すすぎにも使いました。 おなかは下痢と便秘を交互に繰り返しましたが、予め病院で薬をもらっていったので、ひどいことにはなりませんでした。
■言語は英語とヒンディー語。各州ではその地方の言語が別にあります。例えばコルカタではベンガル語。文字はヒンディー語と同じように見えますが、単語は違います。ヒンディー語の挨拶はオハヨウも、さよならも[ナマステ]でよいようです。不思議なことに[ありがとう]は[ダンヤワード]ですが普通には使用しないようです。thankyouのほうが使用されています。Noはナヒーン、[もう結構]はバスなので、物売りには[なひーん、バスバス]といえば判ってくれますがなお付きまとわれるかもしれません。
■インドでは、入場料金などが「インド人価格」と「外国人価格」の2本立てで設定されています。 例えば、インド人10ルピー 、外国人300ルピーなど、ものすごい差で、またカメラ持ち込み料を大抵の観光地では必要です。また宗教上の理由で寺院などでは靴を預かり裸足で参拝する。牛は神様の乗り物。靴は持ってはいることも禁止。 1ルピー約3円ですが両替は空港、ホテルどこでも日本円から出来ました。
ビールは200−250ルビーで高い。レストランで食事のときに払う価格と比較してルームサービスやバーで直接購入したほうが安いという珍現象であった。
■世界遺産や歴史的な彫刻、建物はほとんどヒンドゥー教に由来するもので、その歴史や神話が語られます。
ヒンドゥーの神は化身も含め驚くほど沢山ですが、プラフマー、ヴィシュヌ、シヴァの3大神が基本で、究極的にはこれも一体化します。三神一体(トリムティー) ヴィシュヌの妻は、ラクシュミー、シヴァの配偶神はパールヴァティーでその子がガーネーシャです。インドの人々に人気が高いのはシヴァ、ガネーシャです。ヒンドゥー教とイスラーム教が長い間闘争中ですが今のところ共存。仏教、ジャイナ教はヒンドゥー教から分化したもの。現在のインドでは8割がヒンディー教、次に多いのがイスラム教で約15パーセント。バードはイスラムの町、ブールはヒンドゥー教の町です。ヒンディー教とイスラム教がうまく共存しています。 ほとんどの彫刻や壁画はこれら神々の物語により造られています。
■道路は左側通行だが、車、牛、馬車、リキシャみな勝手に走っている。問題は牛。ここの国では牛は神様の乗り物。ハリジャンなんかよりも階級が上で保護されている。我々から見ると、何かアンバランスで不思議だ。また乾季なので埃まみれになります。道は立体交差工事で改良中ですが町を通過するには牛、人力車、バス、がむちゃくちゃ勝手に走るので街に来ると大停滞する。田舎に行けば舗装が壊れてがたがた。近い将来には道路網が出来ることを期待します。
■インドのトイレでは紙を使わない。水で左手で洗う。また公衆トイレが少ない。どこでも誰もが立小便。また列車のトイレは昔の日本と同じで、垂れ流し。停車中は禁止されていますが、平気で使うので、駅はトイレ。散水用の設備で流しているが、ホームに向かって水撒きされるので汚いこと大変である。
■サービス業に女性まだほとんど居ない。インド航空のスチュワーデスと航空職員に居ただけ。ホテルやレストランには女性はあまり見かけなかった。
■我々の知っている街の名前、は英語名の日本語読みだが今現地では独立後の正式名称が使用されている。- 旅行時期
- 2006年03月



