オオムラサキ
失礼ながらコメントさせて戴きます。「いいね」を沢山頂き有難うございます。写真に写っているチョウは、日本昆虫学会が国蝶と定めた「オオムラサキ」のオス成虫ですね。比較的珍しいものです。
東北にお住いの様ですが、今回の只見線乗車で東北六県の鉄道事業者が運営する路線は宮古~釜石間を除き乗りつぶしました。全てよかったです。先年は富士・熱海にも行きましたが、(嫁には内緒ですが)汽車にたくさん乗れる一人旅の方が楽しくやってます。
帯広にも行かれているのですね。北海道ホテルは以前「北海舘」と言う名の旅館ホテルだったように思います。出張族が利用するホテルでした。後継者難から十勝毎日新聞社が買取って立て直しました。設計デザインは隣町の音更町の廃校に引っ越してきた象設計集団が手掛けられ、完成後には皇太子殿下、妃殿下もお泊りになりました。庭は昔からエゾリスが行動圏にしており、早朝ですと数匹見かけます。
この十勝毎日新聞社を経営されている林一族の方が、現在の六花亭「かっては帯広千秋庵」の初代小田豊四郎さんに嫁がれました。小田豊四郎さんは「サイロ」と言う子供の詩集を発行されました。その際に表紙や挿絵を坂本竜馬の末裔である「坂本直行」に依頼されたのです。以下、小田豊四郎基金のHPから転載します。
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「僕はね、40年近くたった今も、福島県郡山市にある柏屋さんというお菓子屋さんが発行していた子どもの詩集『青い窓』を読んだときの心が震えるような感動を、昨日のことのように覚えているよ」
そして、豊四郎は十勝にもこんな詩誌があったら、子どもたちの心もどんなに豊かに育つだろうと思った。商売ぬきで、児童詩誌をつくりたいという豊四郎の熱意に、十勝管内の小中学校の先生たちも協力してくれた。そして、画家の坂本直行が表紙のさし絵をえがいてくれることになった。
豊四郎は、もう40年近く前に、坂本画伯がいったことばを思いだしていた。豊四郎が、『サイロ』の表紙をかいてくれとたのんだときだった。
「おひきうけしましょう。ただし、1まいいくらというのなら、わたしはおことわりします。あくまでも無料です。もうひとつは、わたしは元気なうちはいつまでもかきますから、小田さん、あなたもとちゅうでやめたら、だめですよ」
こうして昭和35年(1960年)1月、『サイロ』が創刊された。」
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六花亭は中札内村に中札内美術村、ちょっと離れて六花の森を創っており、お菓子はもとより絵画やお花を楽しめるほか、坂本直行氏の描かれたサイロの表紙や六花亭の包装紙も楽しめます。紫竹さんのおばあさんの話や真鍋会長の愉快な話は、機械があればまたこの次に…。(長文失礼しました。)
RE: オオムラサキ
ザリガニ大王さん
コメントありがとうございます。
蝶の名前も、教えていただきまして、
ありがとうございました。
ザリガニ大王さんの旅行記、楽しくて次々と読んでしまいました。
北海道へは、また、行きたいです。
北海道は、広くて、広くて、ほんとうにでっかいところですね!
福島の柏屋のお饅頭は、大好きで、
福島に行けば必ず買ってきます。
六花亭のお話、大変興味深く拝読させていただきました。
これからも、よろしくお願いいたいします。
RE: オオムラサキ
ザリガニ大王さん
コメントありがとうございます。
蝶の名前も、教えていただきまして、
ありがとうございました。
ザリガニ大王さんの旅行記、楽しくて次々と読んでしまいました。
北海道へは、また、行きたいです。
北海道は、広くて、広くて、ほんとうにでっかいところですね!
福島の柏屋のお饅頭は、大好きで、
福島に行けば必ず買ってきます。
六花亭のお話、大変興味深く拝読させていただきました。
これからも、よろしくお願いいたいします。