dapuqiaoさんへのコメント一覧(2ページ)全25件
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なつかしい街並みばかり・・
dapuqiaoさん、おひさしぶりです。
文廟路とか魯迅公園周辺の道は、何度も歩いた道。
文廟路は100回くらい歩いてるかも・・・
なんせ、あの脇道にある孔乙己酒家には、10年以上にわたって、
何度も行ってますからね。
14年に渡る上海生活から横浜生活に切り替えたのは
去年の夏と、まだ1年チョイですが、
上海の下町の街並みが懐かしく感じられます。
ところで、dapuqiaoさんは、また上海生活なんでしょうか。
アップされてるブログを拝見しますと、
そう思われてきます。
そして、現在のお住まいは、中山公園周辺。
そのように、推察しますが、どうなんでしょうか・・・
だとしたら、昔、住まわれた打浦橋あたりにも行かれたんでしょうか。
私は今年は夏に上海に帰りました。
年内にもう一度帰るつもりです。
上海でお会いできたらイイですね。RE: なつかしい街並みばかり・・
井上@打捕橋@上海さん、お久しぶりです。
ご推察の通り、縁あって月の半分ほど上海での生活を昨年の七月から続けています。
井上@打捕橋@上海さんとはちょうど入れ替わりのようですね。
出勤の便と費用の関係から中山公園の1Kの公寓を借りて生活を送っています。
少し余裕が出てきたので井上@打捕橋@上海さんや他のみなさんの旅行記を参考にして上海市内や近辺をうろうろしています。
打捕橋には日月中心の地下街に丸亀製粉や永谷園のうどん、らーめん店があるとの事だったので数度訪れました。
あの界隈も本当に変わってしまいました。昔の泰康市場があったごみごみした小区が懐かしいです。
前述の通り、月の半分くらいは上海にいますのでうまくミートすれば御逢い
できるかと思いますので是非ご連絡下さい。
フリメは、xujiahui1923@yahoo.co.jpです。dapuqiao
> dapuqiaoさん、おひさしぶりです。
>
> 文廟路とか魯迅公園周辺の道は、何度も歩いた道。
> 文廟路は100回くらい歩いてるかも・・・
> なんせ、あの脇道にある孔乙己酒家には、10年以上にわたって、
> 何度も行ってますからね。
> 14年に渡る上海生活から横浜生活に切り替えたのは
> 去年の夏と、まだ1年チョイですが、
> 上海の下町の街並みが懐かしく感じられます。
>
> ところで、dapuqiaoさんは、また上海生活なんでしょうか。
> アップされてるブログを拝見しますと、
> そう思われてきます。
> そして、現在のお住まいは、中山公園周辺。
> そのように、推察しますが、どうなんでしょうか・・・
> だとしたら、昔、住まわれた打浦橋あたりにも行かれたんでしょうか。
>
> 私は今年は夏に上海に帰りました。
> 年内にもう一度帰るつもりです。
>
> 上海でお会いできたらイイですね。2013年10月26日09時21分 返信する -
ビックリしました!
dapuqiaoさんこんにちは
ご訪問があったので、伺ってみると蘇州号の旅がアップされていて、11月5日から・・・なんと羨ましい!その一を読み終わって、その二を探したら先日の大旅行記の前にあり、なんだ丁度一年前のを最近アップされのですね。
安心しました(早とちりは日常茶飯事です)
私は寧波と云えば、アヘン戦争のイギリス船団、そして林則徐を思いました。
長江を蘇州号で入って行くのも、イコールアヘン戦争ですよね。
蘇州号の航路が今回の方は丁寧に書かれていましたが、その航路は大阪からなので、やはり遣唐使船なのでしょうね。
寧波・上海・蘇州そして長江は私にとって、物語の中のアヘン戦争です。
酒屋さんの前の魯迅は以前テレビで見ました。ここで毎日飲んだくれて?居たとか。
今日偶々、蘇州・南京周辺のツアー(何のかんの言っても相変わらずです)代金を振り込んできました。
上海勤務をされていた様子のdapuqiaoさんには笑われそうですが、中国語を習う努力も出来ない私には、無駄な出費も致し方なし。
しかしまだまだ隠しカード?!が有りそうなので、偶にはお伺いします。RE: ビックリしました!
城壁フェチさんこんばんは。
早とちりでも私の旅行記を訪問頂きありがとうございました。
隠し玉がそんなにある訳でもないのですが、ここ二、三年ほどと90年代
に旅したものは旅行記として残していないので今更ながらとは思いますが
とりあえず期近なところからトライしてみます。
林則徐と言えば、城壁フェチさんの旅行記にもありましたが新彊に左遷され
嘉峪関を通過した時の詩「出嘉峪関感賦」が有名ですが、前回の旅行時には
もっぱら「玉門関」や「陽関」に関連した唐詩に目を向けていたので気がつ
きませんでした。
南京・蘇州ですか。はやばやと中国再訪とは羨ましい限りです。ツアーに含まれているかもしれませんが、近場の楊州、鎮江も良いところです。
私の方は、知人から成昆鉄道に乗ろうと誘われていますが、先立つものもあ
り実現するかどうか今のところ不明です。
それでは、再見。
> dapuqiaoさんこんにちは
>
> ご訪問があったので、伺ってみると蘇州号の旅がアップされていて、11月5日から・・・なんと羨ましい!その一を読み終わって、その二を探したら先日の大旅行記の前にあり、なんだ丁度一年前のを最近アップされのですね。
> 安心しました(早とちりは日常茶飯事です)
>
> 私は寧波と云えば、アヘン戦争のイギリス船団、そして林則徐を思いました。
> 長江を蘇州号で入って行くのも、イコールアヘン戦争ですよね。
>
> 蘇州号の航路が今回の方は丁寧に書かれていましたが、その航路は大阪からなので、やはり遣唐使船なのでしょうね。
>
> 寧波・上海・蘇州そして長江は私にとって、物語の中のアヘン戦争です。
>
> 酒屋さんの前の魯迅は以前テレビで見ました。ここで毎日飲んだくれて?居たとか。
>
> 今日偶々、蘇州・南京周辺のツアー(何のかんの言っても相変わらずです)代金を振り込んできました。
>
> 上海勤務をされていた様子のdapuqiaoさんには笑われそうですが、中国語を習う努力も出来ない私には、無駄な出費も致し方なし。
>
> しかしまだまだ隠しカード?!が有りそうなので、偶にはお伺いします。2011年12月16日23時25分 返信する -
七彩丹霞地貌素晴らしいです!
七彩丹霞地貌は想像以上に素晴らしいですね!
やはり近くで見てみたかった。
どうしてツアーには組み込まれていないのか・・・まだツアー頼みの本音が・・
武威から2〜30分で行かれたのですか?RE: 七彩丹霞地貌素晴らしいです!
こんばんは。
そうですね。私も今回の旅では自然の景観としてはここが一番すばらしかったと思っています。
ツアーに組み込まれていないのは観光地としてまだ整備されて間もないからでしょう。来年当たりはそういうツアーも出てくるのでは?
場所は、武威ではなく、張掖からタクシーで30分強です。意外と近いところにあります。
> 七彩丹霞地貌は想像以上に素晴らしいですね!
> やはり近くで見てみたかった。
> どうしてツアーには組み込まれていないのか・・・まだツアー頼みの本音が・・
>
> 武威から2〜30分で行かれたのですか?2011年11月21日22時12分 返信する -
いよいよ始まりましたね!
dapuqiaoさんこんにちは
お加減は如何ですか?
フェリーでの渡航という手段は驚きでした。
通でないと出来ないことですね。
日程も36日間とは途方もなく記録的な印象です。
これぞ旅と言う感じです。
36日間の旅程を組むには、同じ位の時間を要するのではないでしょうか?
今後の展開に期待します!RE: いよいよ始まりましたね!
こんばんは。お便りありがとうございます。
先ほど「その二」をなんとか終了させました。目標は、一日or二日にひとつくらいで進めたいと思っていますが、あまりPCとにらめっこしていると頭が
痛くなってくるので休み休みながらの前進です。
実際には2008,9,10と中国へ旅しているのですが、そちらの方は旅行記は作っていません。そちらの方も遅ればせながらとも考えています。
旅は計画するのも、旅するのも、後の整理も楽しいものなのでそれなりに時間をかけて楽しんでいます。
それでは、また休んで、明日は「その三」に挑戦です。
> dapuqiaoさんこんにちは
>
> お加減は如何ですか?
>
> フェリーでの渡航という手段は驚きでした。
> 通でないと出来ないことですね。
> 日程も36日間とは途方もなく記録的な印象です。
> これぞ旅と言う感じです。
> 36日間の旅程を組むには、同じ位の時間を要するのではないでしょうか?
> 今後の展開に期待します!2011年11月16日23時26分 返信する -
長旅お疲れ様でした!
ご無事でお帰りですか?
記録的な長旅で旅行記のまとめも大変かと思います。
少しずつでも載せていただけたら、楽しみにしております。
中国素人の為のバイブルを宜しくお願い致します。2011年11月14日08時32分返信するRE: 長旅お疲れ様でした!
お便りありがとうございました。
よれよれながらも、なんとか無事帰ってきています。旅の終盤の西安からの寝台列車で荷物の上げ下げの際にぎっくり腰になってしまい、船で帰ってくるところ急遽飛行機で帰って来ました。
アドバイスに従って、旅行記は少しずつまとめてゆきますが余り期待はしないで下さいよ。
城壁フェチさんも黒龍江省ですか。私はハルピン以北は未だ行った事がありません。旅行記、ゆっくり拝見させて頂きます。
> ご無事でお帰りですか?
>
> 記録的な長旅で旅行記のまとめも大変かと思います。
> 少しずつでも載せていただけたら、楽しみにしております。
>
> 中国素人の為のバイブルを宜しくお願い致します。2011年11月14日09時41分 返信する -
打浦橋、便利になりました
dapuqiaoさん、おひさしぶりです。
上海の炎熱地獄はやっと終わったのかもしれません。
4・5日前までは朝の4時でも33度、昼間は40度を越える天気だったんですが、
一昨日、昨日と夕立が降り、ホンのチョイ、大都市上海が冷やされたんでしょう、
幾分楽になってきました。
でも、まだ朝の7時でも、29度あります。
さて、打浦橋、便利になりましたよ。
去年の12月末に9号線が伸び、打浦橋駅にも地下鉄が止まるようになったのです。
この9号線は松江まで行く路線でして、
昔は松江なんて言いますと、遠いところ、上海ではないところというイメージだったんですが、
今や、完全に上海中心部への通勤圏となりました。
また、駅の上には大型ショッピングモールも、もうスグ完成しますし、
その裏にある田子坊の賑わいは半端なものではありません。
いつか、また上海に来られてください。
変化の大きさを感じられてください。
ところで、打浦橋近辺にも日本料理屋は多くなってきました。
がってん寿司なんてのも、もうスグ出来るとか。
idapuqiaoさんが、いられた頃は和善だけだったですよね。
日本料理屋が多くなった、今でも、頑張ってるようです。
あそこは、私が住み始めた98年に既にあったんですが、
思うに、海華花園が出来た96年頃からやってるんだと思いますが、
あそこは、日本人がやってるんでしょうか・・・
あるいは関係してるんでしょうか・・・
私が行ったのは2回だけですが、マスターは日本人ではなかったような・・・
なんか気になるんですよね、あの店・・・
2010年08月19日07時52分返信するRE: 打浦橋、便利になりました
井上@打浦橋@上海さん
お便りありがとうございます。
11月に上海に行く予定なのでその折、打浦橋当たりも散策してみようと思っています。
「万博まで4日・日月光中心&田子坊&思南路」を拝見させて頂き、変わりようは大体わかってはいるつもりなんですが、あの頃はほとんどバスを利用していたのに地下鉄の駅が出来ているなんて驚きです。
私のいたころの和善は、日本人ご夫婦でやられていました。本当のオーナーかどうかは詳しくしりませんが、店にはお二人が出られていましが、・・・
今も和善はあるのでしょうか?
5月に退職して、今は金はないけど時間があるので今回の旅の往きでは新鑑真号に乗ってみようかと思っています。
帰りは上海or北京からの飛行機の片道チケットをそちらに行ってから購入しようと思っています。
それでは、また。
まだまだ暑い折、保重身体。
2010年08月22日00時17分 返信する -
上海は底冷えです
dapiqiaoさん、おひさしぶりです。
上海は、今が一番寒いです。
上海の寒さは底冷えするんですよね。
我が家では暖房もせずに超厚着して、
窓を少し開けて、空気の流通を良くして、
熱い茶をすすりながら、湯たんぽを抱えて過ごしています。
上海人って昔から、こんな感じなんでしょう。
なんせ、こんなに寒いのに、窓を開けるってのは、
ホンの10年前までは、
窓が1つしかないような家に住んでたからなんでしょう。
さて、我が打浦橋も、dapiqiaoさんがおられる頃よりは
相当、変わってきました。
5星ホテルが出来たり、日本料理屋も2つ3つ出来たり・・・
そして2年後には、地下鉄9号線の駅もできることになっています。
いつか、また、上海に来られ、打浦橋にも寄ってください。2008年01月16日09時20分返信するRE: 上海は底冷えです
お便りありがとうございました。日本も今週は、相当寒くなっています。
こちらは、「新年好」ですが、そちらは、未だ年の瀬ですね。
打浦路付近も相当変わったとの事。昨年は、太太と二人で台湾と西安に行きましたので上海は訪問できませんでした。西安は、11年ぶりだったので大変な変わりように驚きましたが、上海も前回の訪問は一昨年の9月ですからもう浦島太郎でしょう。
昨年、私の知り合いが無錫の方から上海勤務へとなり虹橋に住んでいるとのことなので今年は、機会を作って訪問するつもりです。
それまでは、井上@打浦橋@上海さんの旅行記を拝見させて頂いて上海の近況をつかんでおくつもりです。
上海の寒さは、思い出しても、厳しいものがありました・・・最も空調機がお粗末なせいもあったのですが、大変懐かしい??です。
井上@打浦橋@上海さんには、寒さに気をつけて、また、楽しい上海旅行記を書き綴ってください。 再見
2008年01月18日13時27分 返信する -
懐かしいさを感じる揚州・・・
初めまして。
揚州の画像に反応してやって参りました。
こまが揚州へ行った時は、大抵南京から車で向かったので、橋ではなくフェリー(生活渡船)で渡りました。
1996年頃の事なのと、仕事だったので画像はありません。こちらで見せて戴き、そんなに変わっていない感じがして懐かしい思いで一杯です。
最後に訪れた時は、小平さんが亡くなられた日でした。町中の電気店で葬儀報道が流れており、江沢民が泣きながら送る言葉を読んでいたのが印象的でした。
最近、中国本来の町を余り歩かなくなったので(敦煌や大西北、新疆僻地ばっかり・・・(~~;ゞ)、江郷風景を見ると、とても懐かしく心が落ち着きます。
激変の大都市と昔ながらの時間を費やす内陸と、ホント不思議な国です中国は。
こまRE: 懐かしいさを感じる揚州・・・
メッセージありがとうございました。
やはり、黄河や長江の流域は、新疆や西蔵とは違って漢族中心の中国らしい景色がたくさん残っているのでしょうか。
新疆は、昔ウルムチとトルファンに旅した事がありますが、中華と違った異国の趣が心に残りました。
こまちゃんさんの膨大な旅行記も今後楽しませていただきます。
2006年11月15日22時07分 返信する -
re-湖南・長沙は懐かしい
すみません! 文字が 今見つかっていないところ(=行っていた所)は、
シャンタンです。 チョウ沙ではありません。2006年10月29日21時22分返信するRE: re-湖南・長沙は懐かしい
お便りありがとうございました。
1993年頃の長沙や湘潭だったら未だ開発・開放の波などのかけらも無く、交通の便にしろ、宿泊にしろ大変だったのではないでしょうか ?
食べる方は、中華の国なのでどこでも問題ない、特にこの辺りは湖南料理の中心なので辛いもの好きの当方としては願ったりかなったりだと個人的には思いますが・・・
湘潭や毛沢東の生地の韶山までは、残念ながら足をのばしていません。
是非ともその当時のその辺りの写真を見たいものです。
2006年10月30日12時37分 返信する -
湖南・長沙は、懐かしい
毛沢東の生誕100年時(1993年)を挟んで、湖南省・チョウ沙市(文字が 今 見つからなくて悪しからず)、および省都・長沙市を中心に、1年強の間、行ったり来たりを、数回しました。 毛生誕の地(ショウ山)や、博物館で潤いのあるミィーラなど等、見てきたことを思い出させていただきました。
私は、機会があれば、当時の写真をスキャニングして、皆さんに紹介できればとの思いに駆られました。
思いを呼び起こさせてくれて、有難うございます。RE: 湖南・長沙は、懐かしい
少し写真を追加しましたのでよかったら見てください。2006年11月09日11時21分 返信するRE: 湖南・長沙は、懐かしい
有難う御座います。湖南大学その他、今の姿 むろんあの頃のを含め、思い出すこと一杯です。 2000年に世界遺産の湖南省武陵源に行った折、長沙空港経由で立ち寄り、その際びっくりしたのは、素晴しい空港ビルや施設に成っている事でした。 写っていますねー 今が。
当時は、国際空港と言いながら平屋で、トイレは吹き抜けでした。
また博物館も立派になった。
あの時 その館の案内の年配の女性が、」「静岡」で過ごし少女時代に立派で素晴しい先生(教師)に巡り会えた、今も思い出す、日本の素晴しさを と私が忘れていた綺麗な日本語で話しかけてくれたことを思い出します。
かの地には、今 だんだん文通だけになっている友がいる。
いずれの日にか、訪ねようと強く感じている所です。
后天 我想去抗州西湖。 再見!!
2006年11月09日21時38分 返信する



