山口県の世界遺産 ランキング
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3.88
評価詳細
- アクセス
- 3.59
- 人混みの少なさ
- 3.50
- バリアフリー
- 3.27
- 見ごたえ
- 3.85
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吉田松陰が主宰した私塾「松下村塾」。世界遺産にも登録されています。松陰の叔父、玉木文之進が自宅で私塾を開いたのが始まりで、幕末には高杉晋作、伊藤博文、山県有朋など日本の近代化に重要な役割を果たした名だたる人材を輩出しました。松陰は、階級や身分に関係なく塾生を受け入れました。「学は人たる所以を学ぶなり。塾係くるに村名を以てす。(学問とは、人間はいかにあるべきか、いかに生きるべきかを学ぶことである。これを学ぶ塾の名前に村名をあてた)」と『松下村塾記』に記し、知識を得るだけの学問ではなく、志ある人材を育成しようとしました。教え子たちの長所を伸ばし、講義より討論を重視した松下村塾で学んだ塾生たちが、後に明治維新を担う志士として活躍したのです。現在、松下村塾は松陰神社の敷地内にあり外観のみ見学自由です。幕末当時に建てられた建物が現存しており、当時と同じ位置にあります。室内には松陰の人物像や、ここに通っていた人物、松陰と関わりのあった人物の写真が展示されています。当時に思いを馳せながら、幕末ゆかりの松下村塾を見学してみてください。世界遺産|日本の近代化を担った多くの人材の学び舎
満足度の高いクチコミ クチコミ一覧を見る明治維新に活躍した多くの人材を育てました
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4.0
- 旅行時期: 2024/10
- by ぷーちゃん
11歳の時に、萩藩主の前で兵学の講義を行った吉田松陰の私塾だった建物です。木造平屋建てで、8畳の講義室と10畳半の控室から続きを読む
11歳の時に、萩藩主の前で兵学の講義を行った吉田松陰の私塾だった建物です。木造平屋建てで、8畳の講義室と10畳半の控室から成る小さな建物です。講義期間は1年ほどだったようですが、高杉晋作や木戸孝允、伊藤博文など、明治維新で活躍した人材を育てた歴史ある建物です。歴史の変革期だったこともありますが、短期間で多くの人材を育てたことは素晴らしいと思います。
- アクセス
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・JR新山口駅より美東町経由(特急)約70分 /(その他)約95分
・JR新山口駅から車で約60分
・美祢東JCTより車で約40分
・萩・石見空港から車で約60分
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3.59
評価詳細
- アクセス
- 3.46
- 人混みの少なさ
- 3.53
- バリアフリー
- 2.98
- 見ごたえ
- 4.03
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1604年に毛利輝元が萩城を築いて以来、260年間にわたって36万石の城下町として栄えた萩市は日本有数の史跡都市。重厚な武家屋敷、夏みかんがのぞく土塀やなまこ壁、鍵曲など、町並みには今なお城下町の風情が色濃く残っています。2015年7月世界遺産登録(明治日本の産業革命遺産)
満足度の高いクチコミ クチコミ一覧を見る江戸時代の町並み
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4.0
- 旅行時期: 2025/03
- by pocky
江戸時代の町並みが残る「萩の城下町」 萩の観光の定番と言えば定番だけど 見どころもあり 楽しく散策できました 町の中は続きを読む
江戸時代の町並みが残る「萩の城下町」 萩の観光の定番と言えば定番だけど 見どころもあり 楽しく散策できました 町の中は歩いての散策になるが 見どころも凝縮されていて 木戸孝允旧宅 高杉晋作誕生地 幕末 そして明治維新と歴史好きでなくても知っている人物を輩出した地 途中 萩城下町のガイドさんに会い 町並みとしては美しい通りを教えてもらい 再度じっくりと撮影に戻った 菊屋横町はとても美しい通りだ
- アクセス
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1) JR東萩駅から徒歩で20分
2) 中国自動車道美祢東JCTから車で20分
- 小郡萩道路絵堂ICから車で30分 JCTと直結する小郡萩道路利用で萩市街地へ
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3.43
評価詳細
- アクセス
- 3.39
- 人混みの少なさ
- 3.94
- バリアフリー
- 2.14
- 見ごたえ
- 3.41
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安政5年(1858)に築かれたもので、艦船銃砲等の材料熔解製造に用いられていました。炉は玄武岩とレンガを使用し、基底は長方形で上部が漸次狭くなり、2本の煙突にわかれていて、高さは11.5mあります。世界遺産に登録されている西洋式の金属溶解炉2015年7月世界遺産登録(明治日本の産業革命遺産)
- アクセス
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・JR東萩駅から徒歩で約20分
・中国自動車道美祢東JCT経由、小郡萩道路絵堂ICから車で約20分
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ピックアップ特集
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3.32
評価詳細
- アクセス
- 3.15
- 人混みの少なさ
- 4.23
- バリアフリー
- 2.50
- 見ごたえ
- 2.48
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1853(嘉永6)年、幕府は各藩の軍備・海防力の強化を目的に大船建造を解禁し、のちに萩藩に対しても大船の建造を要請しました。1856(安政3)年、萩藩は洋式造船技術と運転技術習得のため、幕府が西洋式帆船の君沢型(スクーナー船)を製造した伊豆戸田村に船大工棟梁の尾崎小右衛門を派遣します。尾崎は戸田村でスクーナー船建造にあたった高崎伝蔵らとともに萩に帰り、近海を視察、小畑浦の恵美須ヶ鼻に軍艦製造所を建設することを決定しました。同年12月には萩藩最初の洋式軍艦「丙辰丸」が、また1860(万延元)年には2隻目の洋式軍艦「庚申丸」が進水します。現在も、当時の規模の大きな防波堤が残っています。世界遺産|洋式軍艦の建造に先駆的な役割をはたした造船所2015年7月世界遺産登録(明治日本の産業革命遺産)
- アクセス
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・中国自動車道美祢東JCTから車20分 → 小郡萩道路絵堂ICから車30分(JCTと繋がっている小郡萩道路利用で萩へ)
・JR東萩駅からタクシー15分
・まぁーるバス東回り「萩しーまーと」から徒歩20分
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3.31
評価詳細
- アクセス
- 2.63
- 人混みの少なさ
- 4.36
- バリアフリー
- 2.83
- 見ごたえ
- 3.64
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近世の製鉄の歴史を知るうえで貴重な遺跡。大板山のたたら場で作られた鉄は、恵美須ヶ鼻造船所で建造された長州藩最初の洋式軍艦「丙辰丸」の釘や碇などの部品にも使用されました 。主要施設(元小屋・高殿・砂鉄掛取場・鉄池・鍛冶屋等)の遺構がよく保存されており、建物跡などの遺構が露出した形で整備されています。世界遺産|日本の伝統的な製鉄方法であるたたら製鉄の遺跡2015年7月世界遺産登録決定(明治日本の産業革命遺産)
- アクセス
- ・JR山陰本線東萩駅から車30分
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松下村塾
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萩反射炉
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恵美須ヶ鼻造船所跡
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大板山たたら製鉄遺跡
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