金城橋と識名平
名所・史跡
3.31
金城橋と識名平 クチコミ・アクセス・周辺情報
クチコミ・評判
3.31
(8件のクチコミ)- アクセス:
- 3.00
- 人混みの少なさ:
- 3.75
- バリアフリー:
- 3.00
- 見ごたえ:
- 3.50
1~7件(全8件中)
-
首里金城町石畳道を下り切って
- 3.5
- 旅行時期:2024/07(約2年前)
- 1
-
金城橋は、琉球王国時代に金城川に架けられた橋だそうです。
- 3.0
- 旅行時期:2023/01(約3年前)
- 0
-
金城橋はシーサーが乗った古風な石橋です
- 4.0
- 旅行時期:2020/10(約5年前)
- 0
-
-
さすがに沖縄の橋です。シーサーが乗ってました
- 4.0
- 旅行時期:2020/04(約6年前)
- 5
-
シーサーがのってる橋
- 3.5
- 旅行時期:2019/08(約6年前)
- 0
-
首里城から首里金城町石畳道を経由して識名園
- 3.0
- 旅行時期:2017/05(約9年前)
- 0
-
琉球王国時代の幹線道路
- 3.5
- 旅行時期:2016/04(約10年前)
- 2
首里の人気観光スポットである“金城石畳道”の南の入り口、“金城橋”の橋の北側には、“重修金城橋碑文の石碑”が建立されていま... 続きを読むす。そして、そのすぐそばに「金城橋と識名平」の石標が立っています。石標には、次の通り表示されています。
【石標の表記内容】
『金城橋(カナグスクバシ)は、琉球王国時代、首里・識名台地の間を流れる金城川に架けられた橋。橋の創建年は不明であるが、1677年に木橋から石橋に建て替えられた(「金城橋碑文(カナグスクバシひぶん)」建立)。1809年の洪水により損壊したが、翌年、橋は元の位置から少し下流で再建され、橋の南側に「重修金城橋碑文(じゅうしゅうカナグスクバシひぶん)」の碑が建立された。1945年(昭和20)の沖縄戦により、橋も碑も破壊された。現在残っている碑の残欠は、1985年(昭和60)、金城橋改修の際に、橋の北側に移設されたものである。
識名平(シチナンダ)は、金城橋から識名に至る坂のこと。呼称は方言の「シチナノヒラ」が転訛(てんか)して「シチナンダ」となり、さらに坂の意味を加えて「シチナンダビラ」ともいう。かつては、松並木の続く石畳の坂道であり、王家の別邸「識名園(しきなえん)」に通じ、また、首里から島尻(しまじり)方面に至る幹線道路の一部でもあった。』
王府時代は南に抜ける主要な街道(真珠道)であった識名坂を金城橋から見ると、道は、狭くてかなりの急坂です。周辺は住宅地となっていて昔の街道の趣はありませんが、石碑の説明板を見て、琉球王国時代に思いをはせることができました。
閉じる投稿日:2016/05/30
1件目~7件目を表示(全8件中)
基本情報(地図・住所)
このスポットに関するQ&A(0件)
金城橋と識名平について質問してみよう!
那覇に行ったことがあるトラベラーのみなさんに、いっせいに質問できます。
-
たびたびさん
-
toshibaa45さん
-
AAAIKOさん
-
sirokuma123さん
-
mireinaさん
-
romaxさん
- …他
周辺スポット
周辺のおすすめホテル
-
地図で見る