2024/07/09 - 2024/07/09
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たびたびさん
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渡嘉敷島から朝一番の高速船で泊港に戻ってきて。旅の最終日も、最後、3回目の首里の散策です。首里は意外に広いですからねえ。エリアは、首里金城町から繁多川、首里崎山町といった首里城の南側。
ここも当然初めてのエリアではないですが、記憶は途切れ途切れだし、きちんとまとめて回ってみるのは過去になかったような。ただ、改めてですが、金城町から繁多川への直線コースとかだとアップダウンがかなり厳しくて、とても気楽に散策できるような場所ではない。街並で普通に埋まっている光景ですが、実際にここで暮らすとなるとけっこう大変かもしれませんね。一方で、首里城は、要害の地というイメージはほとんどありませんでしたが、こうして歩いてみるとなかなかそうでもないのかな。山でもないけど丘というほどでもない。それなりの険しさがちゃんとあるわけですし、それでいて、一日目でも書きましたが、意外にあちこち樋川(ヒージャー)と呼ばれる湧き水があって、城を築くのにやっぱり最低限の条件は揃っていたんだなあという感じ。沖縄戦では、この辺りも米軍の艦砲射撃でめちゃくちゃにされたようですが、近代戦でなければ、十分に重みのある縄張りだったと思います。
ちなみに、金城町は石畳道が有名だし、世界遺産の玉陵(たまうどぅん)があるのもここですから、首里城とセットで回る観光エリアという位置づけ。繁多川は、琉球王家最大の別邸、識名園があって、それなりに知られているのですが、けっこう遠いですからねえ。実際に足を運ぶ人は少ないかもしれません。首里崎山町は、さらに平地が少なくて、切り立った地形に整備された崎山公園といくつかの御嶽くらいかな。いずれにしても、どこにもまとまった平地はないので、いわゆる賑やかな城下町といったものを作るのは土台無理な地形。城を築くには適地でも、やはり港があって、平地も多い那覇が商都として発展したのは必然のような気がします。
首里の後は、国際通りにも少し寄って、今回の旅はさくっと終了。長かったような短かったような旅でしたが、これで区切りをつける旅にはなったかな。区切りがついたところで、これからは、心置きなく、"普通に沖縄でのんびり"を楽しむ旅にしていきたいなと思います。
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渡嘉敷島から泊港に帰ってきて、泊港からはタクシーで見栄橋駅まで。
見栄橋駅からゆいレールで首里駅に向かいますが、その前に。見栄橋駅からすぐのところに長虹堤跡の説明板と改修碑がありました。 -
長虹堤は、1451年、琉球王国によって建設された首里と那覇の往来のために造られた約1kmの海中道路。当時、那覇は海に浮かぶ浮島で、これが出来る前は、小船を並べて橋にしたということ。今では想像もできない姿ですね。
つまり、那覇は、橋で結ばれた浮島から発展したという歴史。長虹堤は那覇のルーツに関係しています。 -
首里駅に到着して、ずっと気になっていた首里そばへ。
全体の印象としてはワイルドさ半分、繊細さ半分といった感じかな by たびたびさん首里そば グルメ・レストラン
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首里では大人気のお店ですからね。この日もけっこうな行列ができていました。
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イチオシ
沖縄そばは、少しごわごわっとしたワイルド系ではあるのですが、細麺なのでちょっとその辺りは緩和されているし、トッピングの2種類のチャーシューがけっこう繊細な味わいなので、全体の印象としてはワイルドさ半分、繊細さ半分といった感じが特徴かな。一方で、出汁のうまさがあるので、出汁をけっこう飲んでしまいましたが、そういうのも含めて、完成度の高い沖縄そばだと思います。
ただ、面白さという要素も含めると私的にはてぃしらじそばかな。いかがでしょうか。 -
守礼門のところから南に折れて、真珠道を抜けて金城町エリアに入ります。
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まずは、仲之川。東方に金城大樋川、西方に寒水川樋川があり、その中間にあるので仲之川と名付けられたといわれる泉水。
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シダの葉や苔で覆われた古びた石垣ですが、規模としてはそこそこあって、かつての威容が残ります。
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今はもう水は流れていないようでした。
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石畳の道をだらだらと下っていきますと
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もう金城町の中心部ですね。
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次の金城大樋川は、
三方をしっかりとした石垣で囲んだ立派な泉水 by たびたびさん金城大樋川 名所・史跡
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イチオシ
三方をしっかりした石垣で囲んだ立派な泉水。水の流れはさほどでもありませんが、ちゃんと流れている様子で、池の部分は十分に透明な水です。手前の用水路には地下でつながっているようで、そのためにジメッとした印象になっています。
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その隣りが金城村屋。首里金城町石畳の道の途中にある名物建物といった休憩所。
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右手の木のところから上がった先ですね。
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木造のさりげない平屋造りの建物で、
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中は畳敷き。
これなら自由に上がって寝っ転がったりもできますね。地元の人の集会所にもなっているようで、なにかの表彰状が架けてあったりして、地域の暮らしも偲ばれました。 -
では、今度は首里金城の大アカギへ。
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内金城嶽は、首里金城の大アカギの横にある拝所です。名前を書いたものとかはないので、これが内金城嶽とは分からず、ちょっとうろうろしました。
大アカギを神として崇拝するということだと思いますが、格式の高い御嶽の一つということです。 -
内金城嶽の後ろに回り込んだところが首里金城の大アカギ。ここに来るのに、首里金城町石畳道から横道に入っていくのですが、私道か公道か分からないような細い道を入っていくので、ちょっと戸惑います。
幹に穴が開いている木もあって by たびたびさん首里金城の大アカギ 名所・史跡
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ただ、一角に着くと木の索道が整備されていて悪くはない。
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樹齢200~300年以上のアカギの大木をいくつか間近に見ることができました。
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イチオシ
中には幹に穴が開いている木もあって、けっこうな迫力です。
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また首里金城町石畳道に戻って。
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まっすぐ下り切って、自動車道に出たところ。安里川という川が流れていて、そこにかかっている橋が金城橋(カナグスクバシ)。
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沖縄戦で破壊され、今の橋はその後に架けられてものですが、シーサーや鳥のデザインがあって、普通の橋ではないことが分かります。
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識名平(シチナンダ)の方は、その橋を渡ってから識名に向かう坂のこと。かなり急な坂が長く続いていて、歩いて越えるのはかなりしんどいです。
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イチオシ
繁多川(ハンタガー)は、識名平を上り切ったところ。しっかりした石囲いの泉。今でも清潔に保たれているように見えました。
説明板があって、「ハンタガーとは元々ハンタ(端)にある井泉を意味したとされ、この呼び名に「繁多川」の字があてられ地域の名称となったといわれる」とありました。
それにしても、金城町から繁多川の道は想像以上に過酷でした。しっかりした石囲いの泉 by たびたびさん繁多川 名所・史跡
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ここからは、しばらく平地ですね。
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看板があって、この道はメーミチー(前道)。尚真王(在位1477-1526年)の時代に築かれて、真珠道の一部ということなんだそうです。
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坊主川(ボージガー)も、繁多川と同じエリアにある泉。
近くにある神応寺や識名宮にちなんだ名前。「御穀泉」と記された文献もあって、「乳のような泉・善い水」を意味したとか。水が非常おいしく、繁多川豆腐作りには大いに利用されたそうです。 -
繁多川公民館は、識名宮の隣りに建つしっかりしたコンクリートの建物。
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図書館も入っているし、広いロビーもあって、そこでしばらく休ませてもらいました。公民館ですから、地域の方の集会所的な役割だと思いますが、それなりに人の出入りもあって活気があると思います。
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で、こちらが識名宮。
波上宮、沖宮、普天満宮、末吉宮、安里八幡宮、天久宮、金武宮と並ぶ琉球八社の一つ。 -
尚元王(1556-1572)の長子、尚康伯の病気回復に霊験を得たことで、この識名宮と神応寺を建てたということ。赤い瓦の本殿は落ち着いた美しさです。
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イチオシ
では、再び識名平を下って帰ります。
正面には首里金城町の街並み。ここを下った後は、また金城町の石畳道を上ります。まったく容易ではありません。 -
金城町の石畳道を上がり切って、これはバス道路です。
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バス道路を首里崎山町の方に向かって少し上って、脇道を下りていくと金城ダムです。
これは、しばしば氾濫を起こしていた安里川に建設された洪水調節のための重力式コンクリートダム。上池、下池の二つの貯水池を持つ構造で、平成13年に完成。下からダムを見上げると石造りのような感じにも見えるのですが、コンクリートの質によるのでしょうか。ちょっと変わっています。 -
首里崎山町に入って、崎山公園をあちこちです。ただ、崖のようなところも含めて公園となっているので、下手をすると長い階段を下りたり上がったりすることになってしまうので、園内の散策といってもちょっと難しい面があるんですけどね。
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崎山樋川は説明書きがあって、「王府時代、年中行事のおりには崎山御嶽とともに高級女神官であった首里大阿母志良礼の参詣がありました。良い方角が己に当たる年には元旦に王様に献上する若水が汲まれました」とありました。全体としては小規模なものです。
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崎山御嶽は、崎山公園の脇の通りから一段高いところにあって、コンクリートづくりの門が見えています。
王府時代、首里大阿母志良礼が仕えた御嶽の一つ。那覇の波上宮の縁起に関わる崎山里主の屋敷だった場所であり、その墓と言い伝えられている東姓拝所もあるようです。 -
これは雨乞御嶽のそばにある雨乞嶽展望台。
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イチオシ
断崖の上に位置していて、ここからの眺めはちょっと格別ですね。そもそも首里は高い場所にあるのですが、ここはさらに前を遮るものがまったくない。海の方まで見渡せてなかなかの絶景です。
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下の方に見えるのは、さっきの金城ダムです。
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ここから首里カトリック教会を目指すと、その前に御茶屋御殿跡の石碑がありました。
説明によると「御茶屋御殿は1677年につくられた王府の別邸。国王が遊覧し、柵封使などを歓待したところ。首里城の東にあるので、東苑とも。
茶道、生花、武芸などの様々な芸能が行われ、ここに遊んだ文人遊客によって多くの詩や琉歌が残されています」とありました。 -
イチオシ
そこから南に向かって細い石段を降りて行くと儀間真常の墓。
ごちゃごちゃした場所なのですが、ここが広々として大きな墓。この儀間真常なる人物は、1605年、野国総官が中国から持ち帰ったサツマイモをもらいうけ、その栽培方法の普及に尽力したということ。また、鹿児島から木綿の種子を持ち帰り木綿栽培と木綿布の織りを広めたり、中国から砂糖の製造技術を導入したりもした沖縄産業の恩人なのだそうです。 -
儀間真常の墓から西に進むとさきほどの雨乞嶽展望台の崖下に出てきました。
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イチオシ
国吉比屋の墓は、その崖の方に少し上ったところ。屋根の形をした石造りの立派なものでした。
ちなみに、国吉比屋は15世紀ごろの人物。国吉家の始祖で、真壁間切国吉の地頭職。中城按司、護佐丸の子盛親の子をかくまい養育したとも伝えられていて、ちょっと気骨のある人物かなと想像します。
ここまでが崎山公園とその周辺です。 -
もう一度、坂を上がって、本道の方に戻ります。
瑞泉酒造は、泡盛を製造販売している酒造所。 -
瑞泉の名前はそれなりに有名だと思いますが、それが首里にあるとは思いませんでしたね。
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工場見学もやっているようでしたが、
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ロビーの展示と
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ガラス越しに泡盛を貯蔵する大きな甕を拝見。ずらりと並んだ甕はけっこうな迫力です。
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ここから首里駅の方に戻りつつ。
途中、崎山馬場御桟敷跡の石碑。
説明によると、「崎山村は首里八景の中で崎山竹離と題して詠まれ、竹に囲まれた家々のたたずまいに、ひなびた村の趣がうかがえました。村の中には王家御用の馬場「崎山馬場」が東西に延び、馬術訓練が行われました。その様子をご覧になるため王様がお出ましになる時、この辺りが御桟敷(ウサンシチ)となりました。」ということです。 -
さらに戻って。
首里殿内跡は、琉球王国時代の高級女神官の一人だった首里大阿母志良礼の神殿及び住居跡。
最高女神官は、聞得大君。その下に三人の高級女神官が置かれ、首里(シュイ)、真壁(マカベ)、儀保(ジーブ)。各地の御嶽や神女を分割して所管したということです。 -
もう首里駅に近い辺りまで帰ってきましたよ~
武村松月堂は、けっこう古びたお店ですね。 -
せっかくなので寄ってみました。
看板商品は、「琉球国王 御紋菓 黒糖落雁」という重々しい名前のお菓子。 -
しかし、うーん。パフパフッとした粉っぽい食感で、甘さも中途半端な感じかな。こんなものもあるんだなというくらいです。
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イチオシ
首里駅から牧志駅に戻ってきました。牧志駅から国際通りを少し歩きます。
牧志駅を出ると、これはさいおんうふシーサー。高さ3.4mの巨大な壺屋焼きのシーサーです。さいおんは、隣接するさいおんスクエアのさいおんですが、もともとは琉球王国時代の宰相「蔡温」のさいおん。一日目の散策では宅跡を訪ねました。そして、うふは沖縄の方言で大きいという意味です。うふと笑っているからではありませんので、よろしく。 -
その先がさいおんスクエア。
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商業施設だけじゃなくて、図書館や公民館、ホテルも入っています。ただ、そういう関係もあって、逆に商業施設としてだけの評価になるとちょっと寂しいかな。街の景観としては悪くないんですけどね。国際通りの賑わいがすぐそこですから、難しい面もあるかもしれません。
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さいおんスクエアの傍らの水辺付近は安里川親水庭園として整備されています。
両岸は石垣で固められて、川の方にはいくつかの石段で降りて行けるようにもなっています。つまり、それが親水ということなんでしょうが、正直、あんまり意味もないし、気持ちよさそうでもないかなと思います。 -
那覇爬竜船モニュメントは、さいおんスクエアの北側。通りに面した敷地内です。ハーリーで使われる派手な色彩の船ですが、これはベンチです。また、沖縄ならではのものですから、観光客の撮影ポイントにもなっているようです。
これも沖縄ならでは by たびたびさん那覇爬竜船モニュメント 名所・史跡
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もう一度、牧志駅の方に戻って。
牧志駅の向かい側。国際通りの東端にあるのが牧志公園。国際通りの賑わいもここまでという場所ですね。それもあってか、公園の周辺は地元のお年寄りがたむろして涼んでいるばかり。公園自体もちょっと地味だし、観光客にとってはどうでもいいような一角になっています。 -
公園の一番奥のところに見えるのは、東之御嶽。鳥居があって、その先の小高い場所に祠があって。。これも御嶽ですか。前のところに、奉納大相撲大会の歴代優勝者の名前が列挙してあって、地域の行事もこの辺りで行われる。そんな場所になっているようです。
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では、ここから国際通りに入ります。
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ほどなく、てんぶす那覇のビルです。
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ずいぶん昔になりましたが、テンブスホールで拝見した沖縄舞踊は今でも心に残っています。
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入り口を入って
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1階には沖縄各地の選りすぐり品を集めたというショップなはがあって、その片隅に那覇市観光案内所がありました。国際通りでも、ここはけっこう東の方に位置している場所だし、観光客はここに来るまでにあちこち回っているはず。早めに情報を得たい観光客のニーズには少しあっていないかも。けっこう手持無沙汰そうでした。
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上階に上がると那覇市伝統工芸館のエリア。一角には、琉球びんがた染め、首里織、壺屋焼きの体験工房とかが集まっていました。
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職人さんの仕事場と体験工房が一体化しているので、無駄はないのかもしれませんが、一方で、製品を拝見する販売場は閉店したよう。魅力が少し落ちたのではないかなと感じました。
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てんぶす那覇の向かい側、国際通りのれん街は、もともとは百貨店が入っていた建物のようですね。
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名前からすると地元の老舗菓子屋さんとかが入っているのかなと思ったら、たくさんの飲食店が入っている食堂街でした。
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それも屋台みたいにごちゃごちゃとしていて、エネルギッシュ。やっぱり訪ねるなら夜の方がよさそうです。
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国際通りに戻って。
ブルーシールは、国際通りに複数店舗があるのですが、国際通りトレビアン店は牧志駅に近い辺り。観光客は比較的少ないエリアになるので、店内でゆっくりするならここがいいですね。 -
塩ちんすこうのアイスをいただきました。程よく濃厚な味わいがいいと思います。
さて、もう帰りの時間。那覇空港に向かいます。 -
那覇空港に到着。
少し時間があったので、国内線旅客ターミナルビル見学者デッキの方に上がって。高いフェンスで囲まれた一角から駐機場や滑走路の方を眺めます。 -
海が隣りの空港は、南国の強い日差しを浴びて、やっぱり沖縄だなという感じ。飛行機の数も当然多いです。
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で、最後にA&Wのハンバーガーをテイクアウトして、
ちょっとクセになるようなところもありそうです by たびたびさんA&W 那覇空港店 グルメ・レストラン
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飛行機の中でいただきました。
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地元でも人気のお店ですが、玉ねぎのサクサクした歯応えや酸味をうまく使ったスパイスのアクセントなど、味わいにはほどよい変化が加えられていてなかなかのものですね。ちょっとクセになるようなところもありそうです。
これで、今回の沖縄の旅も終了。お疲れさまでした。
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