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伊藤宗印屋敷跡

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伊藤宗印屋敷跡 クチコミ・アクセス・周辺情報

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クチコミ・評判 2ページ目

21~31件(全31件中)

  • 将棋の駒「王将」のデザインが誇らしげ

    • 3.5
    • 旅行時期:2016/12(約9年前)
    • 0

    伊藤宗印屋敷跡は、駒札が立っているだけのスポットです。
    ちなみに、伊藤宗印は、明治12年に将棋の十一世名人を襲位した人物...  続きを読む。その屋敷跡です。江戸時代、本所には、大橋家本家、大橋家分家、伊藤家の名人を持ち回りする三家がすべてあったようですが、他家は転居。明治に入って宗印だけが戻ってきたのだそうです。将棋の駒「王将」のデザインが誇らしげでした。  閉じる

    投稿日:2017/10/17

  • 墨田区が設置した木製の説明板があります

    • 3.0
    • 旅行時期:2016/06(約10年前)
    • 0

    両国界隈を散策した際に見ました。京葉道路(国道14号線)を錦糸町から両国方面に進むと、左側に左側にお江戸両国亭という寄席が...  続きを読むありますが、その前に墨田区が設置した木製の説明板があります。伊藤宗印は将棋の名人の称号です。将棋好きの方は訪れてみてはいかがでしょうか。  閉じる

    投稿日:2016/06/28

  • JR両国駅東口から横綱横丁を通り抜け京葉道路を横断し京葉道路沿いの演芸場のお江戸両国亭の前に伊藤宗印屋敷跡の高札説明板があ...  続きを読むります。歩いて5分ぐらいで着きます。伊藤宗印は江戸時代末期に活躍した将棋棋士でこの地に屋敷を構え棋士の育成を始めたそうです。両国に将棋界の有名な棋士が屋敷を構えてたとは驚きです。  閉じる

    投稿日:2016/05/30

  • 将棋指し

    • 3.0
    • 旅行時期:2016/03(約10年前)
    • 0

    江戸から明治を生きた、将棋指しの家元の旧屋敷があった場所で、現在は寄席というか演芸場の両国亭になっており、現在は道路に面し...  続きを読むた場所に高札スタイルの説明ボードがあるだけです。この地に来るまでは伊藤宗印なる人物は全く知りませんでした。かつて将棋の世界は家元制が存在しており、3家の内の一つがこの伊藤家だったようですが、江戸幕府衰退とともにこれも崩壊してしまったようです。この地は現在は京葉道路に面した場所になっており、演芸場の両国亭が建っていることとの関係は良くわかりません。  閉じる

    投稿日:2016/03/25

  • 江戸時代の将棋指し

    • 3.0
    • 旅行時期:2015/10(約10年前)
    • 0

    JR両国駅の南東、京葉道路の歩道横にこちらの立札がある。週末午後、歩道は多くの人が行き来ていたが、こちらの立札を見ている人...  続きを読むはいなかった。立札には、将棋の駒の絵とともに、わかりやすく解説されている。立札のみなので観光要素は少ないが、伊藤宗印は将棋の名人で、明治12年にここに屋敷を構え、将棋棋士の育成を始めた。将棋やこの界隈に関心や知識のある方は、訪問するのもいいかもしれない。  閉じる

    投稿日:2016/01/18

  • 将棋指しの家元の第一人者

    • 3.0
    • 旅行時期:2015/10(約10年前)
    • 0

    京葉道路沿いの両国座の前に建てられています。明治12年年に将棋指しの家元の第一人者が名乗った称号の十一世名人を襲位した八代...  続きを読む伊藤宗印がここに屋敷を構えていました。大橋家本家、大橋家分家、伊藤家の三家が持ち回りで名人を世襲していたそうです。
      閉じる

    投稿日:2015/12/03

  • 将棋の家元

    • 3.0
    • 旅行時期:2015/07(約11年前)
    • 0

    京葉道路(国道14号)沿いに伊藤宗印の屋敷跡はありました。現在は、案内板があるのみで当時の面影を感じることはできませんでし...  続きを読むた。案内板によると、明治12年(1879年)に十一世名人を襲位した八代伊藤宗印がここに屋敷を構えていたそうです。  閉じる

    投稿日:2015/07/13

  • 将棋で名を知られた人なのですね。

    • 2.5
    • 旅行時期:2015/02(約11年前)
    • 0

    観光案内所で貰った地図を片手に両国を歩く。
    マップには当然見どころの案内が記されてていて、この「伊藤宗印屋敷跡」もその中...  続きを読むにあった。
    場所は京葉道路沿いで武蔵野マンションの前に案内板が立っていた。
    その看板には将棋の駒の王将が描かれているので文章を読むまでもなく、将棋の人とわかる。
    私は知らなかったが、将棋で名を知られた人なのですね。家元制度で代々同じ名を名乗り、八代が有名だったようだ。
      閉じる

    投稿日:2015/02/18

  • 将棋の世界はよく分からない

    • 2.0
    • 旅行時期:2015/02(約11年前)
    • 0

    京葉道路沿いのマンションの前に埋もれたような形で碑文だけが残っている。
    伊藤宗印は、江戸時代の将棋指し。
    将棋三家の一...  続きを読む家伊藤家の当主。
    明治に入って宗印だけが戻ってきて、ここで棋士の育成を始めた。
    将棋も囲碁も麻雀も、それで食っていくのはいつの世でも大変だ。  閉じる

    投稿日:2015/02/17

  • 将棋の家元「伊藤宗印屋敷跡」~両国~

    • 4.0
    • 旅行時期:2014/06(約12年前)
    • 0

    両国駅からほど近い京葉通り沿いで清澄通りよりはちょっと西側にあるのがここ「伊藤宗印屋敷跡」。ここは、木の看板がたっています...  続きを読む。なんでも、江戸時代に将棋の世界で、家元というものがあり、その一つのである家元の伊藤家が拠点とかまえていたところとのこと。そのため、多くの将棋人の育成に尽力したみたいですね。  閉じる

    投稿日:2014/06/22

  • 解説板のみが往時を偲ばせてくれます

    • 2.5
    • 旅行時期:2012/03(約14年前)
    • 0

    こちらの”史跡”に関しては、残念ながら現存する遺構は全く残されていない雰囲気で、木製の解説板がひっそりと往時を偲ばせてくれ...  続きを読むるのみとなっています。この人物は将棋の名人として知られていた方のようで、当時の屋敷では棋士の育成などに力を注がれていたようです。ただ、その”将棋”らしさが現在では全く感じられない風情なので、せめて駒形の石碑などが設置されていたらなあと、ちょっと物足りなさを感じてしまいました。  閉じる

    投稿日:2015/03/18

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基本情報(地図・住所)

施設名
伊藤宗印屋敷跡
住所
  • 東京都墨田区両国4-30-4
カテゴリ
  1. 観光・遊ぶ
  2. 名所・史跡
登録者
giani さん

※施設情報については、時間の経過による変化などにより、必ずしも正確でない情報が当サイトに掲載されている可能性があります。

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