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大阪俵物会所跡

名所・史跡

心斎橋・淀屋橋

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大阪俵物会所跡 https://4travel.jp/dm_shisetsu/11290347

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クチコミ 3ページ目(56件)

  • 大阪証券取引所ビルの向かい、北浜1丁目交差点の南西側に「大阪俵物会所跡」と書かれた石柱が建っています。俵物とはなんだろうと...  続きを読む思ったらちょうど説明板があり、フカのひれや干しなまこ、干しあわびなどが取引されていた場所だそうです。経済の歴史を感じました。  閉じる

    投稿日:2015/12/31

  • 海産物の取引所跡

    • 3.0
    • 旅行時期:2015/12(約8年前)
    • 0

    北浜の証券取引所の近くに碑があります。蝦夷地松前でとれた海産物を、俵にいれて、長崎から輸出していたことから、俵物と呼ばれま...  続きを読むす。江戸時代の清国向けの重要な輸出品で、俵物三品(煎りナマコ、干しアワビ、フカヒレ)といい、これらは、中華料理の高級食材や、不老不死の霊薬としての需要が高く、清国からの金銀との交換品目として、盛んに輸出されました。利益が、大きいだけに、幕府から取扱いが許されたのは、限られた商人のみでした。  閉じる

    投稿日:2015/12/29

  • 干物の売買センターかな

    • 2.5
    • 旅行時期:2015/11(約8年前)
    • 0

    北浜駅から難波橋を渡ろうと北浜1交差点で信号待ちしているときに振り向いたら石碑がありました。
    会所というのは江戸時代の売買...  続きを読むセンターで、俵物とはふかのひれ、干しなまこ、干しあわびなどを言うそうです。
    折角なので当時の会所の様子がわかる絵でも一緒に展示しておいてほしかったです。  閉じる

    投稿日:2016/08/18

  • 江戸時代の重要輸出品

    • 3.0
    • 旅行時期:2015/05(約9年前)
    • 1

    俵物とはふかひれや干しアワビ、干しなまこなど海産物の干物のことで、江戸時代には非常に重要な輸出物で江戸幕府の厳しい統制のも...  続きを読むと売買されていました。その売買をする場所が会所でそれがこのあたりにあったとう石碑と、説明板も一緒に建てられています。  閉じる

    投稿日:2015/06/05

  • 江戸時代の海産物流通の拠点

    • 3.5
    • 旅行時期:2015/03(約9年前)
    • 0

    地下鉄堺筋線、京阪電鉄「北浜」駅から徒歩すぐ。
    大阪俵物会所は、海産物流通の拠点だったところです。
    江戸時代、海産物は...  続きを読む日本の重要な特産品で、長崎から中国などにむけて輸出されていました。「俵物」と聞くと、米だわらの事かと思いがちですが、干あわび・いりこ、ふかひれなどの海産物で、これらを俵詰めにしていたことから、そう呼ばれたようです。
    交差点を挟んですぐ近くに、大阪証券取引所(現在は「大阪取引所」)や難波橋、中之島公園などがありますので、併せてどうぞ。  閉じる

    投稿日:2015/03/12

  • 重要な輸出品

    • 4.0
    • 旅行時期:2014/09(約10年前)
    • 0

    大阪俵物会所跡は、大証の向かい側。
    ちなみに、俵物というのは、ほしあわび、いりこ、ふかひれ等の海産物のこと。大阪俵物会所...  続きを読むは、その流通の拠点だったところです。金・銀・銅などの重要な生産物の売買は幕府の厳しい統制化に置かれていたのですが、俵物もこれと同じ。重要な輸出品だったようです。
      閉じる

    投稿日:2014/09/22

  • この碑があるところは移設先です

    • 4.0
    • 旅行時期:2014/06(約10年前)
    • 0

     この会所跡の碑文によると
     ほしあわび・いりこ・ふかひれ等の海産俵物流通の拠点である大阪の俵物会所は 延享元年 (17...  続きを読む44) 備後町に設立され 安永6年 (1777) にこの地に移された
     の通り、ここは移設先だった訳です。
     ところで、俵物と呼ばれるふかのひれや干なまこ、干あわびなどは、江戸時代には日本の重要な特産品で、長崎から中国などにむけて輸出されていた。
     また、この俵物は輸出入の代価に用いられることもあったので、碑文の通り延享元年に大阪に会所が設けられ次第です。  閉じる

    投稿日:2014/08/04

  • 大阪の乾物などの取引所跡

    • 1.5
    • 旅行時期:2014/06(約10年前)
    • 0

    大阪の中之島から北浜の川沿いには金相場会所、など商都大阪の歴史を感じさせる場所が多数ある、最も感じるだけで現物はほとんどな...  続きを読むい、この穀物会所も石碑と説明板があるだけだ。しかし北浜の交差点西南の一等地にありまわりはきれいに植樹されて建てられていた、場所は元大阪証券取引所の堺筋を隔てた向かい側の角。今クリタのビル前  閉じる

    投稿日:2014/06/10

  • 俵物と言っても米ではありません

    • 3.0
    • 旅行時期:2014/04(約10年前)
    • 0

    江戸時代は基本的に鎖国をしていましたが、
    長崎の出島では貿易をしていました。
    中国には干なまこ・干あわび・乾燥ふかひれ...  続きを読むを輸出していました。
    これらを俵に詰めていたため、俵物と呼んでいました。
    したがって、米ではありません。
    今でも日本の乾燥ふかひれは良質で有名です。
    貿易によって海外に金銀が流出すると困るので、
    これらの俵物で決済していたそうです。
    しかし、この会所は幕末までしか機能しなかったそうです。
      閉じる

    投稿日:2014/05/03

  • 江戸時代の歴史

    • 3.5
    • 旅行時期:2014/03(約10年前)
    • 0

    江戸時代に長崎からの輸出していた干なまこ・干あわび・乾燥ふかひれなどを俵詰めにしていた、その史跡が北浜にあります。
    石柱...  続きを読むと案内板が設置されており、詳しい説明が書かれています。
    この界隈には、江戸時代の歴史を語る史跡が多く、歴史地区であることが伺えます。  閉じる

    投稿日:2014/04/20

  • 俵物と聞くと、米の俵の事かと思いましたが、違ったようです。江戸時代、開港されていた、長崎からの輸出品は干なまこ・干あわび・...  続きを読む乾燥ふかひれなどで、これらを俵詰めにしていたそうです。外交との貿易の決済は、金や銀で行われる事が多く、大量の金銀の流失を防ぐため一部を俵物で置き換えることにしたそうです。その集荷所がここにあったそうです。  閉じる

    投稿日:2014/04/06

  • 貿易にも係る重要な場所!!

    • 3.0
    • 旅行時期:2014/03(約10年前)
    • 0

    地下鉄北浜駅からすぐの場所で、交差点を挟んだ目の前には大阪証券取引所があります、
    この俵物と言うのは、当時の重要な輸出物...  続きを読むで、
    長崎から干なまこ・干あわび・乾燥ふかひれなどを、
    俵詰めにしていたことからこれらを俵物と言っていたそうです。
    現在は碑があるだけの場所です。
      閉じる

    投稿日:2014/03/14

  • 小さいけど歴史ロマンあふれる場所

    • 3.5
    • 旅行時期:2014/02(約10年前)
    • 0

    北浜のホテルに泊って朝散歩してる時に、難波橋の近くにぽつんとありました。俵物とは、江戸時代に清国への貿易で輸出された乾物の...  続きを読むことで、なまこ、あわび、貝柱のことだそうです。俵に入っていたから、俵物というそうです。今は石碑がぽつんと立つだけですが、ここ北浜は他にも歴史的建造物が多く、当時はどんなに賑わっていたのだろうと歴史ロマンが描き立てられます。  閉じる

    投稿日:2014/03/10

  • 江戸時代の干物などの取扱所

    • 3.0
    • 旅行時期:2013/12(約10年前)
    • 0

    大阪俵物会所跡は難波橋のたもとの大阪商工会議所の近くにあります。
    江戸時代に俵物と呼ばれる干しなまこ、干しあわび、ふかひ...  続きを読むれなどは
    中国への重要な輸出産品であったため、
    会所と呼ばれる取扱所がここに置かれています。
    現在は記念碑のみで当時の歴史を振り返るだけです。  閉じる

    投稿日:2013/12/12

  • 目立つような目立たないような。

    • 3.0
    • 旅行時期:2013/01(約11年前)
    • 0

    地下鉄・京阪北浜駅すぐ上の北浜交差点の
    南西角の花壇の中にひっそりと、この石碑があります。

    江戸時代に、干しナマコ...  続きを読む・干しアワビ等が重要な輸出品として
    中国に輸出され、その干しものを俵詰めにしていたため、
    俵物と称され、その俵物が輸出入の代価に使われていたため、
    会所が設けられたそうです。

    北浜には、歴史ある建物が多く残っているので、
    それも併せて見物されることお勧めです。

      閉じる

    投稿日:2013/01/30

  • 大阪俵物会所跡にて

    • 3.0
    • 旅行時期:2012/06(約12年前)
    • 0

    場所は迫力のあるライオン像がある難波橋(なにわばし)から近い
    北浜1丁目交差点南西側、大阪証券取引所から道を一本挟んだ辺...  続きを読むりに大阪俵物会所跡の碑がひっそりとたたずむ。
    「俵物」って何だろうなあ~って思ってたら江戸時代にフカヒレとか、干しアワビとかを俵に詰めていた呼称で「ひょうもつ」とも読むんだって、知らなかったよ。
    江戸時代には金、銀、銅などの重要な生産物などは会所という売買センターで特定の商人しか扱うことが出来なかったそうです。
    周辺には難波橋(なにわばし)付近にはバラ園が、少し歩けばレトロな雰囲気の新井ビルなどもあり見所も多いですよ。  閉じる

    投稿日:2012/06/14

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