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大阪俵物会所跡

名所・史跡

心斎橋・淀屋橋

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大阪俵物会所跡 https://4travel.jp/dm_shisetsu/11290347

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クチコミ 2ページ目(56件)

  • 俵もの

    • 3.5
    • 旅行時期:2019/12(約4年前)
    • 0

    大阪北浜駅からすぐの交差点(難波橋南西)、大阪取引所のお向かいにあります。

    俵物とあったのでお米かと思ったのですがア...  続きを読むワビやなまこ、ふかひれなどの乾物を俵に詰めにしていたことからこの名前がついたそうです。
    外交貿易で金銀銅の流出をふせぐためにこの俵物に置き換えたらしいです。
    今はちょっと寂しい感じですが、さすが天下の台所の大阪らしいスポットです。  閉じる

    投稿日:2019/12/24

  • 知識が増えました

    • 4.0
    • 旅行時期:2019/12(約4年前)
    • 0

    難波橋のたもとにあります。俵物って米と思いきや、ふかひれや干しなまこや干しあわびのことだそうです。この日本の重要な特産品を...  続きを読む長崎から中国に輸出していたそうです。その売買をしていた跡ですが、俵物についてよくわかりました。今は石碑だけが残る寂しい場所です。  閉じる

    投稿日:2019/12/09

  • ひっそりと建っています

    • 2.5
    • 旅行時期:2019/09(約5年前)
    • 0

    大阪取引所の堺筋を挟んだ対面のビルの植え込みの中に石碑と案内板があります。俵物とは干なまこ・干あわび・乾燥ふかひれなどを俵...  続きを読む詰めにしていたことによります。海外貿易の決済としては金銀銅でしたが、俵物による決済も行われていたそうです。大阪の繁栄を表す記念碑です。
      閉じる

    投稿日:2020/08/15

  • 石碑と案内板があります

    • 3.0
    • 旅行時期:2019/07(約5年前)
    • 0

    北浜一丁目の交差点の南東部分の植え込みの中に、「大阪俵物会所跡」の石碑と案内板があります。江戸時代の幕府の政策で生まれたも...  続きを読むのですが、せっかくの地図入り案内板がかすれて読みづらいです。是非新しいものに作り変えていただきたいと思いました。  閉じる

    投稿日:2019/08/18

  • 江戸時代の取引所の跡

    • 3.0
    • 旅行時期:2019/06(約5年前)
    • 1

    堺筋の北浜に残る碑です。
    江戸時代にふかひれや干しあわびなど、俵物と呼ばれる商品がこの地で取引されていたそうです。
    ...  続きを読むの俵物はこの地から長崎を経由して、中国などに輸出されていました。
    今では碑のみが残るだけで、歩いていても、見落とすような石碑でした。  閉じる

    投稿日:2019/06/30

  • 「大阪証券取引所」の向かい

    • 3.0
    • 旅行時期:2019/05(約5年前)
    • 0

    北浜の駅の近く「大阪証券取引所」の道をはさんで向かい側のビル前に碑と案内板が建っています。信号待ちをしていてみつけました。...  続きを読む
    「俵物」とは、江戸時代に干し鮑やフカヒレなどの乾物のことで、俵詰めして輸出されていたことことにちなんで名づけられたそうです。
    大阪の街歩きをしていると意外な発見があるので楽しいです。  閉じる

    投稿日:2019/06/20

  • 聞きなれない俵物

    • 3.5
    • 旅行時期:2019/03(約5年前)
    • 0

    江戸時代商業のメッカでああった北浜の堺筋と土佐堀通り交差点南西角囲いに建つ石碑と由緒版。この辺りは江戸時代諸藩の蔵屋敷が立...  続きを読むち並び商業が活発に行われた場所で海外貿易の決済に俵物(輸出品を袋詰めしていた事から名付けられた)で置き換えられたそうです。その場所が会所であったようです。商業の街大阪ならではの碑ですね。  閉じる

    投稿日:2019/08/16

  • あの五代様の銅像のそばにあります。

    • 3.0
    • 旅行時期:2019/02(約5年前)
    • 0

    北浜の駅そば、あのNHK[あさがきた」で一躍有名になった五代様の銅像の近くに、大阪俵物会議所の碑があります。横には説明看板...  続きを読むがあり、俵物とは、干しあわび、干しなまこ、ふかのひれであり、明治期には輸出入の代価であったことが記されています。北浜は洋館も残り、経済の中心であった風情がありますね。碑も、看板も分かりやすく立派なものでした。  閉じる

    投稿日:2019/02/25

  • 今は面影はないです

    • 3.5
    • 旅行時期:2018/05(約6年前)
    • 1

    出張で近隣のホテルに宿泊した際に、せっかくから近隣を散歩したときにとおりました。歩いてみるて気が付いたのですが、この界隈に...  続きを読むはとてもユニークな建物や史跡が多くこの跡も昔からこの地が栄えていたことを表すものです。説明書きがあり俵物について詳しく書いてありました。勉強になりました。  閉じる

    投稿日:2020/05/12

  • あまり目立たない記念碑です

    • 3.0
    • 旅行時期:2018/05(約6年前)
    • 0

    北浜駅最寄りの交差点の南西の角に建っています。大きめの石碑ですが、あまり目立たないので足を止める人は少ないです。江戸時代、...  続きを読む干なまこ・干あわび・乾燥ふかひれなどは俵詰めにしていたことからこれらを俵物と称していたそうで、金銀銅の代わりに支払いのため用いられていたそうで、ここはその集積地だったそうです。  閉じる

    投稿日:2018/05/26

  • 大阪取引所の向かいです

    • 3.0
    • 旅行時期:2018/01(約6年前)
    • 0

    「大阪取引所」と堺筋を挟んで向かい側に建つビル前の植え込みに「大阪俵物会所跡」の石柱と案内板が設置されています。
    江戸時...  続きを読む代の大阪の歴史は、あちらこちらに残されていますが、ここには当時の光景を想起させるものがないのが残念です。  閉じる

    投稿日:2018/03/26

  • お米ではなかった

    • 3.5
    • 旅行時期:2017/10(約7年前)
    • 0

    大阪取引所の信号をはさんで反対に碑と説明文がありました。俵物とはふかのひれ、干しなまこ、干あわびなどのことで、当時の日本の...  続きを読む重要な特産品でした。この俵物を輸出入の代価に用いられることもあり、1744年に大阪に会所が設けられ、ここで売買が行われたそうです。明治2年まで続きました。今でも高級な品々だなと思いました。  閉じる

    投稿日:2017/10/03

  • 北浜の角

    • 4.0
    • 旅行時期:2017/09(約7年前)
    • 0

    大阪北浜にある大阪証券取引所前の道路を渡った角にある小さな碑がここです。ひっそりと佇んでいるので、見過ごしそうです。
    ...  続きを読む差点の木の中をよく見てください。
    かつて大阪が経済的にも江戸の上を行っていた頃の経済の中心地だったところがここです。
      閉じる

    投稿日:2017/09/30

  • 説明文がわかりやすくて良い

    • 3.5
    • 旅行時期:2017/03(約7年前)
    • 0

    大阪の史跡めぐりをしていつも思うのが、解説が回りくどく、いちいち難しい言葉を使っているということ。この俵物会所跡の解説は単...  続きを読む純明快で文字も擦れてなくて、何が言いたいのか良くわかった。やっぱ近代的な意識って大事だと思う。  閉じる

    投稿日:2018/12/29

  • 乾物を扱っていた場所らしい。

    • 3.0
    • 旅行時期:2016/11(約7年前)
    • 2

    会所とは売買センターのことであり俵物とは、ふかひれ、干しナマコ、干しあわびなどの事をさすようです。これらは長崎から中国へ輸...  続きを読む出されていたそうです。江戸時代に東北から輸送されたこれらの製品がここ大阪を経由して中国料理になっていたとはなかなか驚きです。
      閉じる

    投稿日:2016/11/22

  • 北浜のレトロ建築巡りの際、大証の向かい側で大阪俵物会所跡を偶然見つけました。江戸時代に、日本で採れたフカヒレや干しアワビな...  続きを読むどの海産物がこちらの会所を通じて長崎に送られ、海を渡って清国に輸出されていたということを知りました。鎖国の時代に、幕府にとって貴重な輸出産品であったのですね、非常に勉強になりました。  閉じる

    投稿日:2017/01/08

  • 「大阪証券取引所」の向い側にあります

    • 3.5
    • 旅行時期:2016/05(約8年前)
    • 0

    ちょうど7ケ月前ほどにも大阪は訪問したのですが、時間の関係で北浜エリアにまで行けなかったので、今回は「中之島」からスタート...  続きを読むしてレトロビル巡りなどをしながら散策してきました♪
    「大阪俵物会所跡」は、名前の通り、俵物会所の跡地で、「大阪証券取引所」の道路をはさんで向かい側のビル前に碑と案内板が建っていました。
    「俵物」とは、江戸時代に干し鮑やフカヒレなどの乾物のことで、俵詰めして輸出されていたことことにちなんで名づけられたもののようです。
    当初は備後町にあった会所が、こちらの移されたのは1777年で明治まで使われていたようです。
    わざわざ行く価値があるかどうかはちょっと難しいところですが、朝ドラの影響で大阪証券所を訪問される方も多いと思いますので、時間があればご覧になってみてください。  閉じる

    投稿日:2016/12/10

  • 石碑と説明看板

    • 3.0
    • 旅行時期:2016/05(約8年前)
    • 0

    地下鉄北浜駅からライオン橋とよばれる難波橋に行くとき立ち寄りました。 説明看板と石碑があるだけです。 俵物は海産物の干し物...  続きを読むでこれで外国からの商品を買っていたそうです。近くには大阪取引所もあり貿易や金融の中心地だったことがわかります。  閉じる

    投稿日:2016/05/12

  • 海産物を詰めた俵物の売買センターです

    • 3.5
    • 旅行時期:2016/04(約8年前)
    • 0

    大阪北浜付近を散策していると「大阪俵物会所跡」があります。大阪取引所付近となります。俵物というとお米やお芋などを詰めている...  続きを読むのかな と思っていましたが、違ってその意味は乾燥させた海産物を詰めた袋とのことだそうです。江戸時代中国に中華料理の高級食材として長崎から輸出していた干なまこ、干あわび、乾燥ふかひれを俵物三品と言うようです。そしてここで売買して船を利用して運搬したのでしょうね。当時の姿が目に浮かびます。  閉じる

    投稿日:2016/04/14

  • 売買センター

    • 2.0
    • 旅行時期:2016/02(約8年前)
    • 0

    江戸時代において、金とか特産物は有力な商人しか扱うことができなくて、厳しい幕府の監視もある中、取引が行われていた場所がここ...  続きを読むなんだそうで、こでいう俵物とはふかひれ、あわび、なまこなどを指すそうで、明治くらいまで続いたそうです。   閉じる

    投稿日:2016/02/11

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